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作品名:アマトの宇宙(そら) U  作者:サヴァイ

第38回   38



昼も過ぎたか……
ガイは努めて呼吸を整えながらアマトを待っていた。いつ来るのだろうか。警戒態勢の厳しいこの基地からどうやって抜け出すつもりなのか。
アマトと宇宙人のこの企てを組織に知らせようと思えば出来た……昨夜、遅くにゲオルクがやって来たのだ。
看護師を医務室から退かせ2人きりになった時、ゲオルクはなんと私の母が宇宙人であることをほのめかして来た。私の出生から生い立ちも追跡されていて今回私の血液検査で
地球人にはない細胞が発見されたことを知らせた。
『X』はこのことを始めから知っていて私に目を付けていたのか。

「君の呼吸困難もおそらく関係しているのだろう。君はこのことに気が付いていたのじゃないか」

私は黙っていた。それが回答と思われたかもしれない。知ったいきさつを話したくなかったしもう言う気力もなかった。宇宙人の血を変えることは出来ないのだ。

「君が宇宙人を憎んでいたことはよく知っている。この組織のためによく働いてくれたのもその気持ちが動かしていたのだろう」

「……」

「だが自分も宇宙人の血があることが分かった今は憎しみでなくこれからは友好的に迎え入れるように変わる必要があるだろう」

なにが言いたいのだ……

「君も知っている通り、円盤が明日には修理を完成する。この円盤が操れるようになれば地球にやって来る宇宙人達の星とも交流が可能だ。そうすれば君のお母さんの星に君を連れていける。そのためにはまずエアーズロックに君を連れて行ってそこにやって来る宇宙人と接触して欲しいのだ。それまで苦しいだろうがもう少し辛抱していてくれ」

エアーズロックが飛行基地であることを知っている! そして私をそこに連れて行くということか……そこからなら母さんのいる星に行ける!
アマト達の誘いよりも確かな方法に思える。おそらくアマト達も脱出にその円盤を狙っているに違いない。アマト達と仮に脱出出来たとしてもこの組織は追って来るだろう。ドゥルパの洞窟のワームホールは警備で厳重に守られていて入れない。となるとエアーズロックに向かうだろうからその近くの組織の人間に先に待ち受けられるかもしれない。それともいきなり宇宙に向かうとか……それは無茶だろう。修理したばかりだ。アマトの宇宙人は母の星にはワームホールを使って行っている。円盤ですぐ行ける近さではないだろう……ゲオルクの言うことを聞いた方が良いのではないか……それならアマト達の事を今知らせないと……
そんな気持ちに傾きかけ、ゲオルクがベット横で腰掛けていた椅子から立ち上がった時、思わず口を開いた。

「実は……」

かすれた声を出したとたん、言ってはいけない! という声が己の内から起きた。

「うん」立ち上がりかけたゲオルクがベットの私を見下ろしてきた。その目を見たとたんぞくっとした。

「い、いえ、あの、それまで身体が持つかなと……」

「ああ、そのことか。だいじょうぶだ。医師の言うには赤血球は変わりないから急激に進むことはないだろうとな。無理せず、酸素を補給していけばゆっくり動くことも出来るそうだ」

その声にいたわりがあったなら私の気持も変わったかもしれない。ゲオルクの口調はまるで連絡事項を伝えているようなものだった。次の業務に頭は向かっているとばかりにさっさと出て行った。その後ろ姿を見送ってから、ふっと自嘲の笑みが起きた。私もゲオルクと似たようなものだった……

とうとう言えなかったな──言おうとした時、突然、標本室のホルマリン漬けの宇宙人の姿が脳裏をよぎり、信じるな! という声が沸きあがったのだ。
アマト達はスパイであった私を助けるという。そこには打算も策略も感じられない、ただ私を母に会わせたいという思いからだろう。わたしなど構わずに自分達だけ逃げたほうがスムーズに脱出出来るだろうに。
母さんに確実に会える方法に気を取られ、もう少しでここの組織の本質を忘れるところだった。ゲオルクは弁が立つ男だ。おそらく私を利用するだけして私が助かることなど考えてないだろう。
ガイはゆっくり息を吸った。これで良かったのだ。
後はアマト達を待つだけだ。しかし、脱走が成功するかどうか、走ることもままならない私をどうやって連れ出そうとするのか。
不甲斐ないものだな。地位も目的も無くしてしまったもろさなのか、心まで弱って来ているのだろうか。母さんが連れ去られてからの自分の今までの人生がやたらと想い浮かんでくる。周囲から白眼視され、狂人扱いされ。誰も信じられなくなり孤独に生きて来た。生きるよりどころは母さんを連れ去った宇宙人を憎むことだった。できるなら母さんを救いたい。その一心で今の仕事に没頭し、この『X』に入ることになんの躊躇もなかった。
もう今更思い起こしても仕方がない。母さんが異星人であり自分はその子どもだったのだ。
動くこともままならないこんな身体になって、生きていても意味がないだろう。だがここで死んだら自分はあのホルマリン漬けの宇宙人と同じ扱いを受けるに違いない。今になってあの宇宙人が地球人にとらわれた時の絶望が分かる気がする。長くは生きられなかったにしろ扱いは研究材料だった。
ここで死ぬのは嫌だ。どうせ死ぬならアマト達の心を受け入れて脱出することにかけたい。失敗してもそれでも良い。信じることに背を向けてばかりいたが今度は信じてみたい。
きっと来る。アマトはそういう子だ。その子に付いている宇宙人だ。信じるんだ。
ガイはそれからは耳を澄ましてひたすら呼吸を整え時を待った。
夕方近くになった時だった。医務室のドアが開き、入って来た人間を見てガイは絶望に追いやられた。ユスタンだ。アマトを横抱えにして医師を呼んでいる。
計画は失敗したんだ! アマトだけなら希望が持てたがユスタンが一緒ではだめだ。

「どうしました」

医師がびっくりしたように言っている。

「いや、また腹が痛いと言いだし、かなり痛がるので連れてきたが、注射でも打ってもらえないか」

「昨日と同じだろうがまあベットに横にさせて下さい」

「早くしてくれないか、本当は部屋にいなくてはいけないのだ」

「そんな1秒で効くというわけにはいかないな」

アマトは立っていられないようだ。痛みに唸っている。
そんなアマトの様子にユスタンは眉をしかめながら腕時計をしきりに見ている。

「ちょっと見ていてくれ」

医師に告げるとユスタンは医務室から出て携帯電話でゲオルクを呼びだした。

「アマトがまた腹痛を起こし、今医務室です」

「なに、医務室だと。困るではないか。ベンと移行させる時間だぞ。痛がってでも連れて来い」

「はい」

ユスタンは電話を切ると、医務室に戻り、医者をせかした。

「処置だけしてくれ、痛がっても部屋に戻らなくてはいけないんだ」

アマトはベットの上で注射された。仮病で打つのは嫌だがそんなことは言ってられない。腹を折り曲げいかにも痛さに唸っているように装いながらいさぎよく注射を打たれていたら仕切りのカーテンの開く音がした。

「どうしたのだ」

ガイがあえぎながらもカーテンの横にいたユスタンに聞いている。

「いや、こいつがまた腹痛だ。世話の焼ける奴だ」

ユスタンはガイの方を向いて言ってから、ふと顔を和らげた。

「おまえはどうだ。少しは楽になったか」

同じ組織の仲間だからか身体を気遣う様子を見せた。ガイが宇宙人の子であることは一部の者しか知らない。ユスタンにも知らされていないのだろう。

「ああ、動かなければな……」

「そうか、おまえがいない分、俺がこいつの世話で手いっぱいだ。まあ、それも後わずかだがな」

そう言うと、注射を終えたばかりのアマトを見て医師に聞いた。

「このベットごと連れて行きたいが動くか」

「ああ、ロックを外せば出来る」

ユスタンはベットの足のロックを解除するため屈みこんだ。その時、身体の力がふっと緩んだ気がしたが屈んだせいだと思った。
看護師がドアを大きく開けベットを誘導した。ガイが後ろから押しだし、通路に出たベットを看護師と2人でアマトの部屋まで引っ張って行った。
医師はそれを見送ると医務室の奥の部屋に消えた。
アマトは本当に腹痛だったのか……来たからにはなにか起るかと思えばさっと戻されてしまった。一時の緊迫感と希望が消え去ったようでこれからどうなるのだろう。
まさか夜に行動を起こすのか……それは難しいだろう。アマトの部屋は宇宙人対策が万全だ。抜けることは出来ない。ひょっとして実行を延期とか変更せざるを得なくなってアマトはここに来たのではないか。だがユスタンが常に張り付いていて俺に合図を送れなかったこともあり得る……
ガイは落ち着こうと大きく息を吸い込んだ。酸素の吸入がいつでも出来るようにベット横にチューブが置いてある。それに手を伸ばそうとして、おや? と身体の変化に気がついた。呼吸が楽になっている……2,3回息を吐いて吸ってみた。違う! 肺の苦しさが消えているのだ。どうしたんだ、これは……ガイは先ほどの状況を振り返ってみた。アマトとは一切触れていないしユスタンが立ちふさがっていた……なのにこんなに身体が楽になったのは宇宙人が俺の身体に移ったとしか考えられない。
まさかとは思うが……

「おい」

ガイは小さな声で呼びかけてみた。だがしばらく経ってもなんの反応もなかった。
いるのかいないのか分からないが身体が楽になるようになにか仕掛けたのかもしれない。
ということはやはり逃走を実行するのだろう。それには俺が動けるようにしておく必要があったのだ。どうしてそんなことが出来たのか……アマトの宇宙人は朝、ベンに移行しているはずだ。だが俺は楽になった。偶然ではない。アマトが来てからだ。きっと宇宙人が俺に何かを施したに違いない。宇宙人の能力のなせる技なのか。それならその能力を駆使すれば逃走も可能かもしれない!
ベットからそっと降りて足を床に着けてみた。2,3歩動かしたが呼吸は乱れなかった。これなら逃げられる。きっと来る。おそらく夜だ。
ベット脇のワゴンを枕元に引き寄せて、下段の篭の中から宇宙局の制服を取り出した。それを身に着けベットに戻り、上掛けを首まで被った。これでいつでも抜けられる。後は待つのみだ。


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