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作品名:アマトの宇宙(そら) U  作者:サヴァイ

第36回   秘密基地『X』の狙いB

闇の中で母さんの声がする……ガイ、ごめんね、ごめんね、涙声で俺を抱きしめて来た。男達が母さんの手を取るとエアーズロックの中に消えていった。どこへ行くの! 母さん! 母さん! 呼んでも叫んでも声は闇の中に消えてしまう。母さん!

手を伸ばそうとしてハッと目を覚ました。

また夢か……ここ数日同じような夢ばかり見る。
ガイは両手を額に当てて深い息をした。今なら分かる。なぜあんなに悲しそうに謝っていたのか。あの時の俺にはその意味も分からず男達に連れ去られて行くのを悲しんでいると思っていた。
今度の症状は長引いていた。医務室のベットで酸素吸入をしながら自分の状態をようやく受け入れるようになった。自分の中に宇宙人である母親の血が流れているという事実。
『標本室』のホルマリン漬けにされた宇宙人……それが自分と重なる。もうここでは生きられないだろう。身体もそうだがこの秘密組織『X』においても。
これからどうする……地球人としてこの地で死ぬか、それとも母さんのいる星に行くか……ガイの中でまだはっきりとした答えが出せないでいる。アマトが毎日見にやって来るのも俺が宇宙人だと知っているからだ。なにか言いたそうにしているのも分かる。だが俺はお前達を売ったスパイだ。情報を組織に流しアマトと宇宙人をここへ拉致して来たのだ。いまさら母さんの事を聞けるわけがない。だが……もし死ぬとしても1目母さんに会いたい!


翌日、宇宙人がベンに移る前に

〈アマト、ガイに連絡して欲しい。円盤はきょうで完成するだろう。だがガイの事があるのでなんとか引き延ばすから頼む〉としつこく言ってきた。

そんなこと言ったって……どうしたら知らせることが出来るか。
ユスタンと離れる方法は……1人で出歩いたらすぐばれるし。もうすぐユスタンが迎えに来る時間だ。どうする……そうだ。あの手を使ってみよう。うまくいくかどうかわからないが。
いつものようにユスタンと食堂に行った。アマトは黙って後ろから付いて行ったが歩みを遅らせた。
ユスタンは食堂の前でアマトを待った。

「遅いな……どうした」無口なユスタンが訝しげに言ってきた。

「えっ、そうかな? ちょっと足が重い気がするけれど、運動不足だよ。毎日、こんな生活してたらおかしくなるよ。通路だけでもマラソンしたって構わないじゃないか」

ユスタンは相手にせずアマトを中に入れた。まったく無愛想なやつだ。
アマトはわざと食事をかなり残した。溜息をついて食べるのを止めた。
ユスタンが眉をしかめた。

「あまり食べてないな」

「なんだか腹が重苦しいから食べたくないんだ」

朝食が済むといつもの通り施設内の許された範囲の通路をゆっくり歩き、かなり離れたところの情報室に入った。明るく広い室内には科学関係の本や雑誌。地質学、天文学に関する映像を見ることも出来るし普通にいろんな国の映画も鑑賞できるのだ。昼間は人があまりいないがそれでもちらほら出入りしている。
だが彼らとは接触できなかった。いったいどういう人達なんだろう。いつもなら映画に向かうのだが今日は真面目に科学雑誌を手に取ってテーブルに行き、いかにも興味ありげに見入った。
ここでの時間が1つの勝負だ。ユスタンはたいてい入口近くで椅子に座りこむ。僕が映画に見入ってる時には居眠りしている時がある。ユスタンも気を張り詰めているから疲れるのだろう。情報室に入るとほっとするようだ。
僕は雑誌の合間からちらちらユスタンを盗み見する。しばらくしてユスタンの身体が前かげんに揺れ出した。
僕はおもむろにテーブルに設置されているボールペンとメモ用紙を取った。どこかに隠しカメラがあるだろう。怪しまれないようにしなければ。
メモ用紙に雑誌の中の文字を用紙に写した。なにを写しているのか考えも無しにただ書いて行く。たまにはボールペンを雑誌に持って行く。何時間かそうした。こんなに熱心に勉強する姿など見せたことが無いくらいだ。
ユスタンは途中何度も目を覚ましては変わりない僕の姿を認めると、また居眠りを始める、というのを繰り返していた。
ようやく時間が来てユスタンが椅子から立ち上がった。僕はそれを見て雑誌を元の棚に戻しに行った。戻す間際にカメラから見えないように腕を上げ、瞬間に折り曲げたページの端の部分を引きちぎった。
入口に行くとユスタンがメモを見せろと言ったので僕は書き写した何枚かのメモ紙を渡した。
メモを見たユスタンは

「なんでこんな難しいことを写していたんだ? おまえに分かるのか」
と言ってきたので

「なんにもしないと手まで衰えて来そうだからさ」

「それならトレーニングルームがある。後から連れて行ってやる」

「えっ、そんなのあったの。始めから言ってくれればよいのに」

不満そうな僕の声を無視してユスタンはメモを返して来た。怪しいようなことは書いてなかったからだろう。
昼食に向かう途中、通路で僕は突然うずくまった。腹が痛い、痛いと自分に言い聞かす。
あの時もそうだったな……
クラノスに連れて行かれた父さんを連れ出し、島から逃亡するために僕は真剣に腹痛で苦しいという芝居をした。なぜかそうすると本当に汗が出たし顔も苦しく出来た。

「おい、どうした」

前を歩いていたユスタンが僕の異変に気がついたようだ。

「な、なんかお腹が急に痛くなって……」

声音もいかにもって感じに出来た。
ユスタンはしばらく僕の苦しげな様子を観察するように見ていたようだ。
朝から調子悪そうに装っていたからそんなに不自然には思われなかっただろう。

「医務室へ行くしかないな」と呟くと「歩けるか」と言ってきた。

僕は小さく頷き立ち上がろうとするが、痛さでまっすぐには立てないとばかりに身体を折った。ユスタンは仕方なく片方の僕の腕を自分の肩に回させて僕の歩行を助けながら医務室まで連れて行った。
僕はガイの隣のベットに寝かされ、診察を受けた。ガイとはカーテンで仕切られていたが僕がやってきたことは分かっていただろう。中年の医者は診たところでは悪いものではない。ただ慣れぬ環境やストレスで消化不良を起こしているぐらいだろう。薬を飲んで痛みが治まるまで休むようにと言って去って行った。その後看護師が薬やら念のためにと言って採血やらで出入りしたがその後は静かになった。ユスタンは外の看護師になにやら言うと

「夕方に見に来るからそれまでは寝ているように」と言い残して出て行った。なんか足取りが軽く感じたな。見張り役からちょっとでも解放されたからか。僕の方もホッとした。とにかくまずユスタンの目から逃れることができた。
カーテンの向こう、ガイの気配を探る。看護師がいつやって来るか分からないので見つからないようにガイと接触せねばならない。
しばらくするとちょうどよく別の人間が医務室に入って来た。頭が痛いし熱もあるとか咳も出るとかといろいろ病状を大きな声で訴えている。
チャンスは今だ!
パッと起き上がり、仕切りのカーテンを少し動かした。
ガイが特に驚いた様子もなく僕を見て来たので僕の方がビクッとした。まるで予測していたみたいだ。僕が仮病だってことも知ってるぞという目だ。今までしつこく見舞いに来る僕の、なにか言いたげな目付きに気がついていたのかもしれない。でも声を立てられたらおしまいだ。慌てて僕はシッとばかりに自分の唇に指を立てて示した。
ガイはなにも言わなかった。荒い息をしたまま僕を怪しむように見ている。
そのガイが、うん? と顔を動かした。僕がとっさにガイの枕の下に手を入れたからだ。
僕は目配せするとカーテンを戻して、ベットに急いで音を立てないようにして横になった。外では「採決するから、まあ待ちなさい」と言う医者の声が聞こえた。良かった。看護師は当分来ないだろう。ガイの方に耳を澄ますと衣擦れのような音が聞こえた。ガイはメモを見つけるだろう。後は返事を待つだけだ。どっちを選ぶか……
軽い風邪ですな。今日は薬を飲んで部屋で休むように、と男に言っている医者の声が聞こえた。
男が出て行くと、静かになった医務室は看護師の器具を扱う音が響いている。ガイの返事を聞き洩らさないように耳に神経を集中させる。どのくらいそうしていたか。やがて看護師が様子を見にやって来た。

「どうですか」

僕はまだ痛さが残っているようにしかめっ面で閉じていた目を開けた。

「少し楽にはなってきたようだけど、まだしくしくしています」

「顔色は良くなってきていますよ。もう少し休んでいて下さい」

「はい」

看護師はニコッと微笑んで出て行った。タネおばさんの年ぐらいに見える。いったいどういう人だろう。こんな所で働いているなんて。この施設は1通りの機能を備えているようだ。医務室、食堂、図書室、それにトレーニングルームまであると言っていた。ここで働いている人達はこれが秘密組織と知っているのだろうか。もし知っていて働いているとしたら同じ組織の仲間だろう。
アマトは顔の表情を普通に戻すと横向きになった。カーテンがいきなり開けられてもこうしていれば平気な顔を見られないで済む。ガイからはまだ返事が無い。しばらくするとどうしようもなく睡魔がやって来て眠ってしまったらしい。次にカーテンを開けられ声をかけられてハッと目が覚めたのだ。
しまった! 

「よく寝れたようですね。まだ痛みますか」

「えっ……あっ、だいぶ治まってきたみたいです」

「良かったですね。もうじきお迎えが見えると思いますから、そしたら帰ってもよろしいですよ」

お迎えって……ええ、もうそんな時間! ユスタンが来てしまう。ガイはどうしたんだ。まさか眠っている間に返事があったのだろうか。いっそのことカーテンを開けてどうするんだ、と聞きたくなった。聞くならユスタンが来る前に、とあせった。だが他に聞かれないようにしなければ……
アマトがそっとベットから降りたその時、ドアの開く音がした。入って来た人間はユスタンだ。ここ何日間、一緒に歩いていたから足音で分かる。
万事休す。慌ててベットに戻る。
ユスタンは看護師と1言話しただけですぐ僕の所へやって来てカーテンを開けた。

「もう、治ったそうだな。それでは帰るから起きて来い」

僕は黙ってベットから降りた。ガイの事はもう諦めるしかないのか。ガイのカーテンを眺めながらユスタンの後をドアに向かって歩きだしたその時、ガイが咳をした。それも2回。
あった! 返事が! ガイが決意したんだ。一緒に行くことを。
心の中で小躍りしてユスタンより先に飛びだしそうだった。おっとっと、病人らしくしなくてはと慌てて足を止めた。


ガイは天井を見ていた。最後まで迷っていた。今までの自分のプライドを捨て去る作業は簡単ではない。宇宙人を憎むことで突き進んで来た人生だった。まるで喜劇だ。自分もお仲間だったとは。
身体の変調を無視して地球人として死んで行くのが筋ではないか……表向き国連の宇宙局特捜隊隊長として、裏では秘密組織『x』のスパイとしてやってきたこの俺だ。ふさわしい死ではないか……
いったんはそう決意した。医務室に運ばれてから幾度も繰り返した問答の末に決意していたのだ。
それが今日、アマトがやって来て揺らいだ。枕に入れられた紙のきれはしのメモを見た──星、明日、行く、咳2回──を見た瞬間、決意が崩れ落ちるのが分かった。母さんの所に行けるかもしれない!
死ぬ前に1目母さんに会いたい! その気持が大きく膨らみ始めた。抑えても抑えても湧きあがって来る気持ちに抗えなくなった。
ユスタンがアマトを迎えに来た。いいのか……これが最後だぞ。ドアに向かって行くぞ。
アマトが行ってしまう……母さん! 思慕の念がむくっと湧き起こる。何もかも捨てて最後に残った心の叫びに突き動かされたようになった。
アマトが一瞬足を止めたのが分かった。通じたのだ。ドアが閉められた後、力尽き、息苦しさに再び襲われた。ハアハアあえぎながら浮かぶのはただ母さんだけ。ガイ、おいでと呼んでいる。アマトの宇宙人に見せられた映像の母さんが呼んでいる……


夕方、帰って来た宇宙人に早速報告をした。

〈そうか、ガイが同意したのか。良かったな〉

「メモするの大変だったよ。隠しカメラに見つかったらユスタンに取り上げられていただろうな」

〈私の方もベンに見抜かれなくて良かった。円盤は直っているがちょっとした細工をして完成は明日ということにした〉

「えっ、でも完成となると僕達はだいじょうぶか」

〈明日まではなにもしないだろう。明後日の試乗でベンが円盤を作動させ自由に操作できるかどうかを見てからアマトや私をどうかするつもりだろう〉

「じゃあ、逃げるのは……」

〈夕方、円盤が完成した後、作業員や監視員が引き上げたらすぐ実行する〉

アマトと宇宙人はそれから打ち合わせを始めた。

監視カメラをいつものように覗いていたゲオルクはベンが帰ってからのアマトの脳波を見た。相変わらずなにか話している。いつもの事だ。おおかた今日の円盤の進み具合とかだろう。
さて、いよいよ明日、円盤が完成だ。ようやくここまでこぎつけた。
ゲオルクは受話器を取ると会議室のユスタンを呼んだ。

「ユスタン、全員集まったか」

「はい、そろってます」

「よし、今行く」

アマトの脳波は相変わらず活発に会話を交わしている。
変だな。いつもの脳波はもう少し穏やかだ。興奮させるようななにか変化でもあったのか……ユスタンに聞かなくては。



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