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作品名:アマトの宇宙(そら) U  作者:サヴァイ

第34回   秘密基地『X』の狙い

医務室に行く途中の、ある扉の前でガイの足は止まった。吸っても吸っても酸素が身体に廻らない息苦しさに冷や汗を出しながら扉を押した。
冷やっとした空気に包まれると同時にアルコールの匂いが鼻をつく。照明のスイッチを押すと中に入り扉を閉めた。
いつ見ても嫌な光景だ……ガラスケースに横たわる干からびた宇宙人の屍、ホルマリン漬けのピンク色のぶよぶよした肉体、それも足だけや頭だけといったバラバラの肉体が何本ものガラスの筒の中で浮かんでいる。
どうしてこんな部屋を入る気になったのか自分でも分からないとっさの衝動……遠い宇宙からやって来た宇宙人のこの姿にガイは初めて憐みを感じた。今まで何度も目にしたが憎むべき相手として眺めただけだった。なのに今起きているこの感情は何だろう。
ガイはガラスケースの宇宙人の遺体に目が止まったままだ。どこから来たのだろう。その星でどんな暮らしで生きていたのか……地球で干からびてケースに保管などされてしまって……どうしたんだ俺は……同情しているのか。まさか……干からびたその姿に、母親や自分の姿が重なってしまう。苦しい。息が苦しい。母さん、俺は地球人ではないのか──

広い通路だなー。車2台は充分通れそうだ。大理石模様の床はつるつるに光っている。ユスタンの後からキョロキョロあたりを見回しながら歩いた。この施設の造りを出来るだけ覚えて欲しい、と宇宙人が言っていたからだ。正面に大きな扉が現れ、通路は左右に分かれた。ユスタンが左に曲がった。右はどうなっているのだろうとアマトは左に折れるついでに右に首を回した。その時、右に続く壁からドアが開かれ、人が這い出て来るのを見た。あれ、あの制服は……前を行くユスタンと同じだ!

「ちょっと待って!」アマトの大声にユスタンが振り向いた。

「あそこでうずくまっている人ってガイじゃない?」

アマトの指差す右通路に目をやったユスタンが引き返してきて、アマトの前を通り過ぎ、その男に向かって走って行った。
アマトもついて行った。

「おい、どうした? 医務室に行かなかったのか」

胸を押さえたままガイは返事をしない。

「ひどい汗だな」ガイの手を取ると「熱もあるじゃないか! しょうがないな、さあ掴まれ」
ガイに肩を貸し「ちょっとここで待っていてくれ。すぐそこが医務室だからガイを連れて行って来る」険しい目を僕に向けて言うと、通路を横切り始めた。ガイの状態はかなり悪そうだ……早く母親の星に行かなければ。
ユスタンは向かいの壁に行くと角から奥に繋がる通路に入り、そこにドアがあるようでノックしている。ドアが開かれ中から看護師が出て来て2人を部屋に入れた。あそこが医務室か。
なにからなにまで整った施設だな、いったいどこだろうここは。高い天井も壁も外の景色らしいものがない。まるで地下みたいだな。
それにしてもガイはどうしてこんなところから出て来たんだ?
ドアの横壁に『標本室』の表示があった。気になってドアを押してみた。開く。暗くてひんやりした空気が押し出されてきた。それにこの匂い……アルコールだ。
ドアの内壁に手を這わせるとスイッチらしき物に触れたので押してみた。明りの中から何本かの円錐のガラスが現れた。そのガラスの中に浮かんでいるピンク色の塊。おぞましいものを見た感がした。もっと奥にはガラスケースに横たわったような物、ミイラみたいな……のが見えた。

「おい」

後ろの声にハッとした。

「勝手に入っては困るな」

ユスタンが照明を切った。

「ガイはここから出て来たんだ。あれはなんなの」

「どうってことはない。地球に来て死んでしまった宇宙人を保存しているだけだ。さあ行こう」

ゲオルクが言っていたことは本当だった……地球に来て生きられなかった宇宙人達の標本なんて見るのではなかった……気持ちが塞いだ。ガイはこれをなぜ見に入ったのだろう。


いつのまにか眠ってしまったらしい。
肩をトントンと軽く叩かれてアマトが目を開けると、白衣の学者が覗きこんで来ていた。
びっくりして起き上がったが、ああ、この人はベンだ。それに後ろにいるのはゲオルクだ。

〈円盤を見終わって今、帰って来た。君に移るから手を出して〉

「ああ、そうか……」

ベンはすでに手を出していた。その手に僕の手を重ねる。

〈終わりました〉

ベンが手をひっこめ後ろに下がった。

「疲れていますね。今日はここまでにしてゆっくり休んで下さい。朝食になったら呼びに来ます」

ゲオルクはそう言って、ベンと出ていった。

〈だいじょうぶか、疲れたか〉

──ああ、なんともないよ。食事も旨かったし。ただ眠いだけだ

〈この部屋は監視されている。いたるところに隠しカメラがあるから気を付けて〉

──なんだそれは。監禁と同じじゃないか。立派なこと言ってたけどやっぱり怪しい奴らだな。ヘンリー博士が言ってた、突然、失踪した科学者って、あいつらがここで研究させている人達のことじゃないか?

〈そうかもしれない。ベンに移って奴らの組織の事が分かるかなと思ったがベンはなにも知らないようだ。ただの頭脳明晰な科学者だ。彼は私の説明から学び取ろうと燃えていたよ。喜びと驚きの連続で興奮していただけだ〉

──そうか……あっ、そうだ!

何か言わねばと思っていた。

──ガイを見たんだ! 医務室に行ったはずなのに変な部屋から出て来て倒れ込んでいたんだ。ひどく苦しそうだった。もう持たないんじゃないか。

〈母親のところに行かせてやりたいがここを出ねば無理だ〉

──円盤が治れば僕たちは返してもらえるんだろう。その時、ガイも連れてエアーズロックの基地に行こう。すぐ直るのか

〈簡単じゃない。地球の大気と衝突する前に異常が起きたようだ。動力部と機体の1部が損傷していた。きょうは構造を説明しながら損傷個所を発見したまでで、直していくのはこれからだ〉

──ガイがそれまで持つかな……

もう1つの気がかりは言いにくいな……

──君が聞くと嫌な思いがすると思うが、死んだ宇宙人達が保管されている部屋を見たんだ。標本室、だって

〈どんなふうに保管されてた?〉

──中には入れなかったけど、ガイがそこからはいずり出て来てたんだ。嫌な部屋だ……ホルマリン漬けだろうな。

〈私みたいな気体星人はいなかっただろうな。彼らは初めてのケースだとびっくりしていたからな〉

──気体じゃ死なないだろう、それに保管できないよ

〈いや、私は長時間は単独では生きられないことは彼らは知っている。それに生きたままでも氷漬けされたら逃れられないんだ〉

──そんな……だいじょうぶだよ。奴らは宇宙人のマニアでなく科学力を吸収したいと思ってるから君をそんな目に合わせはしないよ

そうは言ったものの本当に奴らは円盤が直ったら返してくれるのか。秘密の組織と言っていた……気になるな、あの部屋、標本室の死んだ宇宙人達。本当に死んだのか? ひょっとしてここに連れて来られた時は生きていたとか……知識を得るために利用するだけして後は殺されたとか……考え過ぎか……でも僕の宇宙人もそんな目に合うかもしれないのだぞ……気体だ。どんな手を使って気体を閉じ込めるか、ってことぐらいは考えていそうだ。ここに来た時もあの変な膜は宇宙人を通さなかった……やっぱりここは危険だ! 早く抜け出さなくては。でもガイは、どうやって引っ張って行こうか。

〈アマト、君の身体も頭も疲れているようだね。私の事は心配するな。ゆっくり眠ったほうがよい〉

僕のぐるぐる回る思考回路を感じ取ったな。確かにちょっと考え過ぎて事がおさまらなくなっているし。もうやめよう。
ここの事は明日にまた考えてとベットに横になった。静かだった。これでは静かすぎる……まったく物の音が無い。自然の音─鳥の声、木々のざわめき、小川のちょろちょろした流れもなにも聞こえない。
パシカやタネおばさんは今ごろどうしているのだろう。向こうも夜なのか。僕がいなくなったと知ったら驚くだろうな。ケーシー博士の心配が当たってしまって。本当に帰れるのだろうか。

この基地の2階の制御室でゲオルクは隠しカメラが映し出すアマトの様子を見ていた。
会話はテレパシーで行われているようでアマトは動かないし話しもしない。やがて寝てしまったのを確認すると会議室に向かった。
会議室の円卓ですでに5人の背広姿の男達が待っていた。

「そんな宇宙人が本当にいたとは驚きだな」

ゲオルクの報告を聞いていた1番年配の男が腕組みをして言った。
他の男達も一様に頷いている。

「それで円盤は直りそうなのか?」

「宇宙人は直るといっています。ただ損傷個所を補う金属の製造次第だそうです」

「その金属はできるのかね」

「ベンは宇宙人から原料や調合の比率、方法をこれから教わり、材料が整い次第製造を開始すると言っています」

「ベンは宇宙人と他に宇宙の航路についても話しているのかね」

「いえ、今日は円盤の事のみです」

「ワームホールとはすごい移動手段だが、地球にそんな気体星人が自由にやって来てるのは問題だ。今度みたいな地球の危機も彼らのやったことだ。そのワームホールは封鎖されたと言っているが信用おけるのかどうか……ワームホールは我々の目的にかなう物とも思えないな」

男が話し終えると他からも声があった。

「とりあえず今は、我々がもっとも身近に使える円盤を治すことが先決ですな。太陽圏内を自由に飛びまわれるだけでも充分な資源確保と宇宙産業を一手に引き受けれますからな」

ゲオルクは頷きながらこれからの対応ですがと顔を曇らせた。

「宇宙人はアマトという少年の中にいます。自由に出入りできますがこの少年と一体なのです。単独では生きられないという弱点を持っています。やむを得ず少年をこの基地に連れて来てしまいましたが、科学者でもない少年をずっとここにとどめることはできません。少年は国連の『M70』対策会議に出て、そこで宇宙人も彼らとテレパシーで話しています。少年の行方が分からないとなれば国連も動きだし厄介です。宇宙人だけここにとどめて少年は一時も早く返した方がよいでしょう。ただ場所は分からなくてもこの基地の存在を知ってしまいました。彼の記憶を消す必要があります」

「宇宙人が少年と離れてくれるのか?」

「たぶんまともではうんとは言わないでしょう。離れさす方法を考えています」

「それは君に任せよう。人は海で遭難することもあるからな」

「はっ。少年は海岸で行方不明ですのでありえます」

おそらく翌日、漁に出た者達にアマトのボートは発見されるだろう。催眠術で洞窟からの記憶を無くさせるかまたは遭難死させてもここの事は疑われることはない。

「しかし厄介だな。今までのような宇宙人とは違うし、ここにずっと保管したいがそいつは地球を救うために自由にさせねばならないのだろう」

「そうです。アンドロメダ銀河まで行かせねばなりません……」

「300年先ならその炭素星雲の成分を変えてしまうような装置が出来ると思うが科学者たちはなんと言っている」

「方法はあるそうです。個人が携帯できる分子機から炭素を通さないドームとか、宇宙ステーションへの移住、または地下シェルター、酸素を供給する錠剤とかいろんな方法が考えられています」

「これは、ますます我々の出番ですな」
円卓の男達が一様にほくそ笑んだ。

「しかし、そんな状態で太陽系の半分ぐらいをすっぽりおおってしまうほどの星雲をしのげるのか」

「その一方で星雲への働きかけを国連がやっていくでしょう」

「例の炭素の波長を送り出すということか」

ゲオルクは軽く頷くと、ところで……と男達を見まわした。

「宇宙人の事は慎重に考えていくことにして、ガイの事ですが、また苦しみ出しました。医師が血液検査をしたところ血液の中に地球人には無い緑の成分が出たそうです」

「ということは、彼は宇宙人の血が入っているってことか」

「はい。これまでは我々と変わりなかったのですが今ごろから身体の仕組みが変化を始めたのかもしれません。こうなると彼の母親は宇宙人に拉致されたのではなく地球で生きられなくなったため星に帰ったと考えられます」

「エアーズロックの基地からか」

「あのあたりは円盤が時々見られるが、もしガイが母親のところへ行くならきっと迎えが来るだろう」

円卓の男達が色めきたった。

「宇宙人と交流のチャンスだ」



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