帰りのバスの中でも気持ちは塞いだままだ。流れる景色を窓から眺めているうちにだんだん怒りが湧いてきた。 こんなことになったのもすべてあいつが僕にいるからだ。あいつが僕に力を貸さなければ自分の力の範囲で弱いなりにもラグビーを続けられただろう。みんなからも注目され騒がれたりもされなかっただろう。どうして僕だったんだ! アマトは頭の中に向かって罵りの声をぶつけた。こんな時はあいつは返事をしない。それもまたしゃくに触った。バスの乗客が今のアマトの鬼のような形相を見たらギョッとしたに違いない。幸い一番奥の席で窓に向かって怒っていたから見られずにすんだ。
家に帰っても口が重いアマトをみてタネは学校でなにかあったのかと心配し、パシカはとんでもない勘違いで、朝のことをまだ怒っていると思ったらしい。 「アマト、朝はごめんね。私が余計なことしたのがいけなかったわ」 しおらしく声をかけて来たパシカを見て、なんのことだ? 朝の事って…… と考えなくては思い出せなかった。 「なんだ、筆入れのことか。忘れてたよ」 そんなことほんとうに忘れていた。今言われてそうだったと思い出したぐらいだ。 「そんなこと気にしてないよ」 「えっ、そうなの……じゃあどうして元気ないの」 「元気ないって、僕が」 「そうよ、変よ。入学式で話したいこといっぱいあるでしょう。なのになにも話して来ないわ」 「あっ、そうか」確かにパシカからしたらおかしいに違いない。学校のことを二人で想像しあっては楽しみにしてたのだから。 とりあえず何かを報告ぐらいはしなくてはな…… 「ジョセやハントと同じクラスになったよ。それに寮も見て来たよ」 「わあー良かったね。同じで、それで男子も女子も何人ぐらいいるの」 「うーん、そんな人数調べはしてこなかったからな。でも男子のがちょっと多い感じだった」 「ねえねえ、バスは一杯だった? 」 「バスか……始めはそれほどじゃなかったな。フロラーから女子が大勢乗り込んできていっぱいになったっけど」 「女子がいっぱいなの、男子は? 」 「男は自転車さ。いいな。近かったら僕もそうしたいよ。女子と同席しないですむし」 「同席? えっ、アマト今日女子と座ったの。ねえねえ、どんな子だった」 しまった。はずみでつい口にしてしまった。こうなるとパシカはうるさいぞ。あのフロラーのミオンに負けず劣らずのおしゃべりだからな。 「向こうが後から来たんだよ。席が無いって。僕は嫌だけど、しかたないだろ。どんな子かなんてよく見てないから分からないよ」 「でも、これから毎日その子達と一緒になるんでしょ。ひょっとして好きな子が出来るかもしれないわよ。ねえ、もしそうなったら必ず教えてね。わあー、なんか、楽しみが増えたわ」一人で勝手にはしゃぎ出した。 「母さん、母さん。アマトがねー」 台所に向かって大声を出した。 「おい、パシカ! やめろよ」慌ててパシカの口に手を当ててそれ以上の言葉を塞いだ。 「あらまあ、けんか? 」すでに声を聞きつけたタネおばさんが姿を現したが、僕とパシカのこのふざけているように見える様子に安堵した様子で笑ってまた台所に引っ込んでくれた。
これがきっかけでパシカのペースに巻き込まれた。重かった気分が少しまぎれたのか話しも弾みだして教室の様子やこれからの勉強のことなどが口からポンポン出た。僕が勢いよく話しだしたのを喜ぶようにパシカが頷いてくる。そんな様子にふと思う。パシカは教室だのみんなの顔など想像の出来ないことだろうなと。分かっているものとして僕はつい言ったりしてしまうがそれでもパシカはずっと聞いてくるのだ。 パシカのそんな笑顔を見ていたら、ラグビーがやりたい、やれないといつまでもいじいじと思い悩んだりしていることがちっぽけなことのように思えて来た。いったい自分はいつまでとらわれているのか……人にどう見られるかを気にしているのじゃないか。あの程度だったのかと言われるのを恐れてるのだ。自分の力量はわかっている。また学校で今日のようなことが起きたならその自分をさらけ出せばいいじゃないか。そうなんだ。そうすれば良いのだ……。 落ち着いた気分になりようやく寝入ったところで宇宙人が夢の中に現れた。いや割り込んで来たのだ。 こっちが落ち着いたころに現れるわけだ。
〈ずいぶん激しく苛立っていたが、どうしてか〉 「どうしてかだって! あたりまえだろ。僕がみんなからラグビーが強いと思われたのも君の力を借りたからなんだぞ。自分の力じゃないんだ。みんなから騒がれて注目されて、そうじゃないんだ! って叫びたいくらいだ。でも君のことなど話せないじゃないか」 〈ラグビーをやりたいなら自分の力でも続けられるだろう〉 「分かっている! でもみんなは強いと思っているのだ。なんと思われるか」 〈だったら私の力でもやればいいだろう。好きなことを無理にやめなくてもそのまま楽しめるのだから〉 「ほかの人……じゃない、宇宙人の力を借りてなんて恥ずべきことだよ」 〈分からないな……そういう思考は〉 「君にはプライドってものが無いのか」 〈やれることは実行する。私は君の身体を守ると約束しているだろう〉 「それとこれとは別だ。スポーツは神聖なんだ。自分との闘いなんだよ。努力して自分で勝ち取るものなんだ。そういうのって宇宙人には分からないのか」 「スポーツを観戦することはある。いろんな能力を見たり知ったりするのは楽しいことだからね。能力を発揮して星を駆け巡るのは迫力あるものだ。いろんな力を試せば良い。より楽しめることになるだろう」 「……なんだかよく分からないな。それは君たちの世界のことだろう。地球人は違うのだ。だからラグビーのことでは手を出さないで欲しい」 〈分かった。それがアマトの意志なのだね。尊重しよう〉 それっきりプツッと切れた。言ってしまった……これでもう自分の力しか出せないわけだ。すっきりしたと自分に言い聞かしながらも寂しさに襲われた。なぜなんだ……
球体が見つからない限り、やることはなかった。学校が休みの日はジョセの父さんと漁に出て魚の採りかたを教わったり、ヤシの実を採ってヤシ油を造ったり、タネに付いて畑の世話もした。部活が無い休日はジョセも漁に加わった。ジョセはラグビーの話しは避けているようだ。僕の方からも話しはしなかった。 だが困ったのは学校での体育の授業でラグビーがあることだ。男子全員が対象だから、 基本的なことから始まる。パス、キックが主流だ。自分の力で良いのだ。アマトは気楽に楽しんで、ミスもして自分をさらしていた。部活にも入ってないから、下手になるのは当然と思ってくれるだろう。 ジョセとハントはもちろんラグビー部員の男子はそうはいかない。うまくてあたりまえと当てにされていた。 「うまくなったね」 素直な気持ちでジョセ達に言えた。 「そりゃあ、毎日、へとへとになるまで練習しているのだからな。みんなと変わらない ようじゃ意味無いだろ」 「そうだな」 「アマトは力を抜いて楽しんでるって感じだな」 「下手になったって言いたいんだろう」 気軽に言い返すことも出来た。 「まあな。でもしょうがないよな。離れたんだから」 「いや。これが僕の力量さ」 フロラーのミオンも最初の頃は「気を付けて、クルスがあなたを狙ってるわよ」と忠告してきていたが、それもラグビーに気の無いアマトの様子が分かったのか言わなくなって来た。 その代わりの話の種としてなぜマタイから逃亡してきたの、クラノスになぜ狙われたのと思い出したくもない話題に平気で触れて来るのには参った。朝のバスでは出来るだけ合い席にならないよう村人の隣に座るなどして避けてはいるがどうにもならない時もある。
その日の朝、フロラーのバス停に着くと隣の人が降りてしまい、一人席になってしまった。だが、ほかにも空いている席があるのでわざわざ自分のところに来るはずはないと安心して外を見ていたら 「おはよう、アマト」とミオンの声に「えっ? 」と振りむき、なんでここ? という顔を向けてしまった。あきらかに不審な顔が分かったらしい。 「ちょっとビッグニュースがあるからよ」笑いを含んでアマトを見下ろしている。 「隣に座ってもいいかしら」 そう言われては断ることも出来ず 「べつにかまわないよ」 「じゃあ」 ミオンが座るとまた花の香りがつんとした。 「あのね、私の兄さんから聞いた話だけど、すごいことよ。バラムの村が世界中に知れ渡るわよ! 」 ここでもったいぶるのがミオンの癖だ。ただでさえ大きい目をさらにまん丸く開ききって大げさに驚いた顔を作り、相手の関心を誘うことから始まる。さっさと続きを話せばよいのに前置きも長い。いざ本題に入るとそんなことでと馬鹿らしくなる思いをこれまでも何度かさせられたのでそんな顔を見てももう驚きもしなかった。 「もちろん、マタイの島もよ! わくわくする話よ! 」 興奮を隠さず一人で盛り上がっているのを見ると、いらだたしい。女の子同士だとこれがまた盛り上がるための大事な儀式らしいが。 「さっさと話せよ。訳が分からん」 「フフフ」ぷくっとした唇で含み笑いをしてもったいぶり、ようやく本題に入る気持ちが出来あがったようだ。
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