〈私は思考の波長をみなさんに送ります。私に聞きたい事がある場合普通に声に出してもいいですし、頭の中でアマトに向かって思考を送る方法でもいいです〉
アマトの口が閉じたまま動いてないのを確認すると気味悪そうに見て来た。腹話術でもしてると思ったのだろう。
「さあさあ、みなさん、落ち着いて。要望に答えて姿は無いが現れてくれたのですから」 ヘンリー博士が両手を広げメンバーに言った。 「まず私が1番に話すとしますかな」 ヘンリー博士はアマトの目を凝視して声を出し始めた。 「良く来てくれました。私はヘンリーと言います。声で話します。みんなにも分かりますから」 ヘンリー博士が話し始めたことで他のメンバーも落ち着きを取り戻し、博士の話しに耳を向けた。
「正直いって本当に実在するとは思ってもみませんでした。しかも姿が無いということは考えも及ばなかった事です。ここにいる者は驚きを持って、事実を受け入れる覚悟のある科学者ばかりです。客人として、喜んでお迎えします」
ヘンリー博士がわずかに頭を下げた。
「さて、この集まりはすでにご存じのように炭素星雲に対する特別専門対策委員会です。あなたの登場で関心があなたの星とか生物とか科学力に向いてしまいそうですが、そのことは別の席でしたいと思います。ハイツ博士、それでよろしいですね」 「あっ、はいはい、いいです」
あまりの事に呆然としていたのかハイツ博士が喉を詰まらせていた。
「それでは、先ほどの続きに戻ることにします」 ヘンリー博士と言えど動顛したに違いないがすぐ冷静に事を進めていく姿にアマトは感心してしまった。さすがにさっきの横柄な口調が消え、丁寧にはなっているが立ち姿からは貫録がにじみ出ている。
「先ほどのケーシー博士の報告で炭素星雲を呼び寄せたのはマタイのクラノス首長に取りついた炭素星人であると聞きました。なぜ呼ぶ必要があったのですか」
詰問されてる気分だな、とアマトはヘンリー博士の視線から目を外し、ガイに向けた。 あれ、ガイが変だ。肩が激しく上下している。息が苦しいのだろうか。他のメンバーは僕に気を取られ気が付いていないみたいだが。
〈炭素星人は酸素の中では生きられません。そこで酸素を食べ炭素を吐き出す炭素星雲を地球に向けさせました。炭素星雲は酸素が無くなればまた他に移動していきます。その後彼らが地球に住むためです〉
想像しただけでぞっとする内容なのに宇宙人はたんたんと説明した。
「呼び寄せたということですね。ガイ隊長の推理が当たっていたわけですか」 そう言ってガイを見た。 「ガイ隊長……どうかしたのかね。なんか苦しそうだが」 「い、いや……なんでもありません。息が少し乱れただけでもう治って来ましたからどうぞ続けて下さい」 「君の持論の宇宙人説が証明されたわけだがそれでも驚いたからかな。気分が悪いようなら医務室で休んでくるといい」 「いや、もう大丈夫ですから」 さっきに比べると肩の動きも静かになったようだ。 「ハイツ博士」 ヘンリー博士に呼ばれてびっくりしたように 「あっ、はい」 「炭素星雲が宇宙人に呼び寄せられ地球に向かっているということがはっきり証明されたということで、ガイ隊長ではないがみなさんも少し休憩が必要ではないかな。ここでいったん気持ちを整理して次の質問も考える必要があるだろうし」 「そ、そうですね」
ハイツ博士は身体を重そうにして立ち上がり
「それではみなさん。お疲れだと思いますので、ここで休憩に入ります」 言うなりまたどっと腰を落とした。
すぐに立ちあがって出ていく者はいなかった。エミリー博士とキムラ博士は生物学的にどう考えたらよいのか2人でひそひそ話しているし、ハイツ博士はヘンリー博士と今後どう議論を進めるかと打ち合わせを始めたようだ。
「アマト、ロビーに出よう」
ケーシー博士が僕に言ってきた。博士の顔に疲れが出ていた。僕もここの空気から逃れたい。2人でドアに向かおうとしたらすでにガイが1人で出て行くところだった。 どこに行くのだろう。ガイには伝えなければならないことがある。 ──おい、ガイにいつ言うの。 〈この会が終了したら博士からガイに話してもらうが、ガイの様子が気になる〉 ──うん、苦しそうだったよ 〈まさかとは思うが〉 ──なにが…… 〈身体が合わなくなって来たのかもしれない。もしそうなら急がないと。ガイの後を追って〉
慌ててガイを探しに出た。ロビーの窓側が広いホールになっていた。いくつかのソファが置かれていてガイは窓に面したソファに深く身体を沈めていた。
「よろしいですか」
ケーシー博士の声にビクッとガイの頭が動いた。
「だいじょうぶですか。お疲れのようですが」 博士と僕はガイの向かいのソファに座った。 「いや、なんでもありません」 ガイは僕の頭を見て来たがすぐ自分の足元に目を落とした。
「実はガイ隊長には個人的にどうしてもお話せねばならないことがあるのです」 ガイは目だけケーシー博士に向けて来た。 「まだ、なにか秘密の事でもあるのですか……」低い声だ。 「あなただけに関してです。宇宙人が伝えたいことがあるそうです。アマトが隣に行きます。それでアマトの手を握って下さい」 「いや、今は」と言いかけるガイの言葉より先にアマトがさっとガイの手を握った。 ムッと手を振り払おうとしたガイが突然驚いた顔をアマトに向けた。 アマトを見ていたはずのガイの目にもやがかかり変わりに頭の中にたくさんの星の宇宙が見えていた。頭の映像がその中の1つにすごい勢いで向っていた。やがてその星にぶつかったかと思った瞬間次に現れたのは明るい日差しの差し込む部屋の中のようであった。 少しはっきりしない映像だが、その部屋のテーブルにいてこっちを見ている女性らしい姿に 「あっ!」とガイは声を上げた。
母さん! まぎれもない、昔と変わらぬ笑顔でこっちを見ている。
〈ガイ、私がわかりますか。ここはお母さんの生まれ育った星です。あなたにはなにも言わず地球を去ってしまったことを許してね。あの晩、あなたを一緒に連れてこの星に帰るつもりでした。でもあなたの身体は地球人のお父さんの遺伝が濃くお母さんの星の大気に合わないと言われ、置き去りにしてしまいました。お母さんは昔、地球に移住しました。そのころはまだお母さんの身体も地球の大気でも大丈夫だったのです。期限が来たら帰るつもりでした。地球で暮らすうちにお父さんと愛し合いあなたが生まれました。でもお父さんは事故で亡くなり、お母さんも身体が変調して来て地球の大気に合わなくなって来たのです。ガイ、本当にごめんなさい。あなたがその後、とっても苦しい思いをしたことを宇宙人が教えてくれました〉
映像の母親は泣いているようだった。
〈ガイ、あなたの身体はだいじょうぶなの。お母さんのようにいつ変調するかわかりません。それが心配なのです。もしそんな兆しが現れたらあなたも地球では生きられなくなります。その時はこちらに来て下さい。移動できる場所は分かってますね。お母さんが行ったあの場所です。宇宙人に頼んで連絡をとれば迎えの飛行艇が行きます。ガイ、忘れないでお母さんはいつまでもあなたを愛しています〉
そこで映像が消え、また宇宙が現れそれも消え、ガイの目にアマトの姿が戻った。 アマトに握られた手に目を移した。衝撃でガイはなにも考えられなかった。アマトは 握った手をゆっくりと離した。
〈これは、本当の事です。あなたには辛すぎる事実でしょうが〉
宇宙人がガイに呼びかけた。
〈さきほど、あなたが息苦しそうにしていたのを見ました。もしたびたびあることならお母さんの言われる変調かもしれません。その時は私が迎えの準備をしますので隠さず教えて下さい〉
突然、ガイが頭を抱えた。
「でたらめな事を言うな! ほっといてくれ!」 勢いよく立ちあがると乱暴に去ってしまった。
「無理もないな。これまで宇宙人を憎んでいたんだ。突然言われても受け入れられないだろう」 「でも、ガイは苦しそうだったよ。このままでだいじょうぶかな」 〈息が止まるというようなことはすぐにはならないとガイのお母さんは言っていた。だけど身体は辛くなっていくらしい〉 「ガイに占い玉のこと言いそびれてしまったね。今言わないと今度会えるのはいつになるか分からないよ」 「私もそれを考えていたのだが……この会議が終わったらガイの宇宙局に押し掛けるしかなさそうだな」
ハイツ博士がやってきて会の始まりを知らせて来た。これからまた密室でやりとりが始まるのかと思うと戻りたくないがもう後戻りはできない。
「アマト、行くかな」
博士も同じ気持ちなのか大きく溜息をもらした。
「さあ、どんな質問が飛び出ることか。宇宙人は大丈夫かな」
〈私ですか。なんの動揺もありませんから心配なく〉
「僕もそうなりたいよ」
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