「おーい、アマトいるかー」 ジョセの声だ。そうかきょうは日曜日で帰って来ているんだな。
「あら、早い」 のんびりと朝食を取っていたパシカが慌てた声を出した。僕とタネおばさんはパシカに付き合っていられないのでさっさと食べ終わっていた。
「どうした、ずいぶん早いな」 僕の声でジョセが中に入って来た。
「おっ、パシカ。久し振りだな」 ジョセがテーブルに腰掛け、パシカを見た。
「パシカ、ちょっときれいになったな」 「えっ、そう。うれしい! アマトはそんなこと言ってくれないもの」 「アマトは口下手だからな。思ってても言えないだけだ」 「おいおいジョセ。パシカをおだてないでくれよ。後が大変なんだからな」 「後ってなによ! 」ムッとした声が返って来た。 こういう勝気さはいまだ健在だ。 ジョセじゃないけど、最近、パシカのふとした仕草や身体つきに、子どもから少女へと脱皮していく感じを覚える時がある。そんな時はちょっとどぎまぎする。 学校の女友達に感化されたのか、おしゃれとかきれいとかに敏感になって来た。それに生意気にも恋とか愛を口にするようにもなって来た。といってもパシカには言葉が実際はどんな感情なのかは分かってないのだろう。だから平気で振りかざして言えるのだ。
「ねえねえ、ジョセ。ミオンは元気? 」 「ああ、はりきって仕事してるよ。町の洋品店だから、すっかり化粧してさ」 「わあー、いいなー。私が化粧する時はミオンにお願いしょうかな」
ジョセが僕を見て来た目は驚いていたようだ。僕は小さく肩をすくめてみせた。
「ジョセ、なんか用事があったんだろう。早くに来たのは」 これ以上パシカがエスカレートしないためにも話題を変えた。 「そうだそうだ。いい話だぞ」 僕はジョセの横に椅子を持って行った。 「パシカ。もう食べ終わったんだろう。食器を片づけろよ」 「あれ、私には聞かせられない話なの? 」 「そんことはない。ラグビーの話しだ。いてもいいぞ」 「なーんだ。じゃあどうぞ」 そう言って立ち上がると、テーブルの上の食器を持って台所に行った。 そこでタネおばさんとなにかしゃべり始めたようだ。
「俺のところの缶詰工場にラグビーの同好会があるんだ。俺もちょっと参加してみたんだが島にも社会人ラグビー大会があるってことだ。職場以外の人も入っていいってことでおまえを誘いに来たんだ。せっかく学校で3年もやってきてぱたっとやらないのも残念だろう。おまえがバラムに引っ込んでるのを見てるとやりきれないよ。どうしてかはもう聞かないが、せめてたまには町に出てきて俺とまた一緒にやらないか」
社会人ラグビーか。考えてもいなかった…… 僕の事を気にかけてるんだな。そう思ったとたん胸がじーんとして来た。 自分は村にいなくては、と言い聞かせてきた。それが地球を救うための自分が出来ることだからと。 だが宇宙人は今だ、なにも言ってこない。毎日が過ぎて行く。ラグビーに汗流した学校時代が懐かしい時もある。畑や漁というこの生活が嫌というわけではないがジョセもハントもそれに村の若い者がいない。疎外感と言うか……ふと僕の青春はここで終わるのか…などと大げさに考えこんだり…そう思うと焦燥感に襲われたりした。 だから今のジョセの誘いは嬉しかった。それなら村から出るわけではないのでやれそうだ。
「ありがとう……ジョセ」 僕が頷くのを見てジョセがパッと明るい顔になった。 「よかった! 俺、心配してたんだぞ。おまえは前より暗い顔してたからな。そりゃあ、こんな世の中だ。明るくなれって言ったって、心底なれるわけないだろ。でも、俺は考えたんだ。生きているうちは明るくいこうぜって」 「そうだな……くよくよして時を過ごすよりは笑って楽しんで暮らした方が良いよな」 僕の暗さは、宇宙人を待つという使命感がそうさせてしまうのだろう。 暗く待つ必要はないのだ。来る時には来る。気を楽にして笑顔で待っていればよいのだ。 「キャプテン、よろしく頼むよ」 「おい、キャプテンはやめてくれよ」 「いや、ジョセこそラガーマンになれたのに……クルスよりも」 みんなの気持ちを引きたてる天才だ。いやジョセは天性だ。 「俺はプロにはなれなくてもいいんだ。思いっきりぶつかって楽しんでみんなとワイワイやってる方が俺には合ってる」 「そうだな、ジョセらしいや」 「おい、夕方に浜に行こうぜ」 「よし」 ジョセは家へ帰って行った。 こんな浮立つ気持ちは久し振りだった。ジョセに感謝しなければ。 「おばさん。畑に行ってタロイモ採って来るよ」 「ああ、ありがとう」台所からタネの返事があった。 先ほどからプーンとココナツの甘い匂いが漂ってきていた。おばさんが煮詰めてクリームを作っているのだろう。 「パシカ、クロを連れて行ってもいいかー」 「いいわよー。わたし、今、パンを作ってるからー」 おお、畑から帰ってきたらパンにクリームだ。楽しみだな。 「クロ、行くぞ」 クロは僕の前にパッと飛びだして道をどんどん駈けて行った。
連邦協議会場
トバイ島の首長が国連の要請に対して息巻いた。
「だいたいここの連邦に対してそんな支援を求めて来ること事態、非常識だ! 我々の島は300年どころかあと20年後には海の底になるかもしれないというのに! 地球温暖化対策の方がもっと差し迫った問題ではないか。温暖化が引き起こす環境破壊や多規模災害でこのままいったら300年まで人類が生き延びられるかどうかさえ危うい。この温暖化の原因の元は発展国にあるというのに本気で取り組んでいないではないか。そのことはあいまいで、300年先と言われるそのよくわからん化け物をやっつけるのに小さな無くなるような島々まで支援をせよとは道理に合わない。有り余る資金や物資のある発展国が取り組むべきことだろう」
拳を振り抗議するトバイ首長に拍手が起きた。
トバイ島の海面上昇は深刻だ。いずれ島民の移住は避けられないとみられている。南極の氷が解けていつかなくなるのではと危惧されている。そうなったら小さな島どころの騒ぎではすまないだろう。海抜0メートルの国にとっても深刻な問題なのだ。
マタイのムウ首長とマライのタラス首長は連邦会議の席で隣同士となった。 「クラノスの後、ようやく島も落ち着いてきたというのにまたとんでもない難題ですな」 ムウ首長はタラス首長に話しかけた。年はムウの方が上で顔の皺も深い。クラノスの政治でムウは心労でめっきり老けこんでしまった。 「そうですな。こればっかりはわたしらでは手の打ちようがありませんな。私の島も観光地として整備までして軌道に乗りかけた先にこんな事になり大損ですよ」 タラスは大きな溜息をして見せた。
この辺一帯の島をまとめている連邦協議会が国連の要請を協議するため各島の首長が招集された。 炭素星雲の対策費として連邦に提示された物資や費用について論議するためだ。
「ウライ会長はどう考えられているのですか」 ドパイ島の首長は責めるようにウライに言った。
「私はこの島々の現状を強く主張していくつもりです。が、地球の災難に対してなにも協力しないというわけにはいかないでしょう。島が消えるということは辛いですが、避難先はあります。だがそいつがやってきたら避難先もなにも地球人が全滅するかもしれないのです。こんな時は敵味方関係なく協力し合わなければならないでしょう」
ウライの言葉で会場は静まり返った。
手が挙がった。ダオ島の首長だ。 「ウライ氏の言われたことに異議があるわけではありません。ただ大義の元にやみくもに従うのは問題です。発展国や大企業が真剣にこの大義のために身を切っても協力するかです。みなさん、どう思いますか。彼らは利潤、つまり儲けがあるからこそ投資するわけです。先ほどのドバイ氏が言われたように彼らがさんざん儲けた付けが温暖化でしょう。それに対して協力してくれているか、いっこうにCO2削減のめどが立っていません。私も思いますね。このままでは300年前に人類は滅びるんじゃないかと」
また会場がシーンとなった。そのあと溜息やら、小声の会話が起き始めた。
「静粛に」 ウライはそう言ってみんなを見た。 「今回はまず提示の段階です。大変な問題ですから、すぐこの場では決められないでしょう。みなさん、それぞれの島においてよく討議して下さい。次回にその討議内容を検討するということで閉会とします」
席を立ちながらタラス首長はムウ氏に嘆いた。 「やれやれ、帰って、いったいどう説明したら良いのか、困りましたな―」 「300年先かと思うと、まだ危機感が起きないですな。我々はもう生きていないし、それより差し迫った環境破壊の方が心配になるというものですよ」 ムウ氏は力の無い声で言った。
宇宙人戻る
「アマト、良かったね。今度の日曜日、ジョセと町でラグビーするんでしょ」 僕がうきうきしているのが伝わったのかパシカが言ってきた。 「ああ、久し振りでちょっと緊張するよ。社会人ばかりだからな」 「船で行くの? 」 「そのつもりだけど……」 なんでそんなこと聞いてくるんだろうと思ったら 「ねえねえ、私もその時乗せてってくれない。あのね、ミオンが町のカフェでライブがあるから行こうって誘ってくれたの。学校の友達も一緒よ。アマトが練習する間だけでもいいから」 「へー」 思わずパシカを見た。町に行くようになってから、交友が広がってるんだ。音楽好きだからライブも興味があるのだろう。 「分かった。乗せてってやるよ」
だがこの約束は果たせなくなった。
まったく予想もしていなかった。長い時の間に忘れてしまっていたことが起きたのだ。 明日のラグビーの事を楽しみに眠りについてどれぐらい経ったのか外が吹き荒れ、暗い家の中が一瞬まばゆい光で明るくなった。その光で、目が覚めて、頭がまだ半分眠りの中でボウーっとしていた時、ピッピッピッという音のようなものが頭に響いてきた。 嵐……光……音…… ハッと身体を起こした。これは間違いない! 宇宙人が帰って来たんだ! 僕の身体に帰って来たことが分かるように残されている、宇宙人の1部がそれを知らせているんだ! なんてことだろう、もう来ないと思っていた。 宇宙人が去った初めの頃はいつ帰って来てもよいように心がけていた。それがこんなに長くかかるとは思ってもみなかったのだ。 突然の出来事に戸惑いながらも、自分がするべきことが分かっていた。とうとうこの時がやって来た。 明日、洞窟に行くのだ。宇宙人を迎えに。自分の身体を貸す為に……
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