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作品名:アマトの宇宙(そら) U  作者:サヴァイ

第20回   過ぎゆく時

その夜はなかなか寝付けなかった。

僕はなんだってガイに対してあんな言葉を投げつけたのだろう……ガイを憎んでいるわけではない。彼の生い立ちを知ってからはむしろ同情してるぐらいだ。ぶしつけなところも仕事への執着がそうさせているのであって、気を回すような器用さもないところがガイらしい。
それにしてもすごい気迫だったな。ガイはいったいなにを求めているんだろう。母親が宇宙人にさらわれたと信じ、気違い扱いされた後はそのことを胸にしまいこんで今の仕事を選んだ。彼は宇宙人の存在を今も信じているに違いない。そして憎んでいるんだ。今も母親を追い求めて手がかりをつかむために必死なのだ。だから構わずに追及してくるのだろう。
僕だって……同じじゃないか! 宇宙人がここに来なかったら両親は死ぬこともなかったんだ! どうしてこんなことになってしまったのか。
結局僕はその考えに行きついてしまう。博士……僕はいまどうしてよいか分からない。
こんな気持ちのままでは、宇宙人がもどってきても僕は洞窟へなど迎えになんか行けない……いや、行きたくない。

M70国連対策委員会

「我々はM70が本当に太陽系に向かっているのかと疑心暗鬼でいたずらに時を流しているわけにはいきません。まず相手を知る必要があります。本日の会合でどういう対策をして行くか具体的に提案をお願いします」

司会役のハイツ博士が席に着くとエミリー博士が挙手して他の博士たちを見回した。

「今のハイツ博士の対応策を考えることと合わせてもう1つの懸案事項があります」
ハイツ博士が頷くとエミリー博士が続けた。
「このM70の存在に付いては私たち以外、1部の天文学者を除いては極秘扱いになっていましたが、みなさんもすでにご存じの通りアマチュアのあいだでも知れ渡ってきており、隠し通すことは困難な状況が生まれています。私のところにも何件か問い合わせがきています。これについての対応も早急に検討すべきだと考えます」
「その件についてですが」
挙手と同時に声を上げたのはキムラ博士だった。
「私の国では、すでにマスコミに報じられています。まだ根拠があいまいで漠然としていて大騒ぎになるまでには至っていませんが、国連として冷静な見解を迫られるのは時間の問題だと思います。ここはやはり対策をすでに立てていることを公表していたずらに騒がないように納得してもらわねばならないと思います。300年先の事です。科学の総意を尽くして取り組んでいくという強い姿勢を示せば国民は安心するでしょう」

場が静まり返った。

「私の国では100年先論が出回っているがね」
ヘンリー博士が苦笑して言った。
「優しいマスコミばかりじゃないからな。飛ぶように売れるにはどうしたらいいかと常に考えている連中だ。おそらくまたいつもの終末論が多いに賑わうことだろうし、救世主があちこちで生れるだろう」
皮肉屋のヘンリー博士の言葉通りの状況が起きることは他の博士たちの懸念でもあった。
ハイツ博士がおもむろに立ち上がった。

「公表すると言うことは大変重大です。しかし真実を隠すことも国民を欺くことになります。また公表するにはそれなりの科学的な根拠となるデータ―を用意しなくてはならないでしょう。私は今、ここまでの段階であるという事実だけ公表していけばよいと考えます。この件については後からまた検討することとしてまず何をしていくかということを決めていきましょう」

ハイツ博士がヘンリー博士を見て言った。

「ではヘンリ―博士から提案が出ていますのでお手元の資料をご覧ください」
ヘンリー博士が咳払いを一つして資料を見ながら話し始めた。
「資料と言っても相手が炭素星雲らしいと分かっているだけでは化学式もない薄っぺらいものですが、まず、地球から炭素星雲までの距離と往復の時間。なにを調べるかということ。そのためには探査機になにを搭載するかということを書き出してみたものです。下の余白部分は搭載機の製造をどこに依頼するかとか時期をいつにするかなどみなさんと検討しなければならない事項のために空けてあります」

ガイは博士たちの問答を顔色も変えずに黙って聞いていた。もともと物理学の分野でも優秀なガイはヘンリー博士の資料を手にした時、まず探査事項に目がいった。その中の有機物の有無(生命の存在)という文に眉がぴくっと動いた。また搭載機の個所では炭素星雲内で電波を発信するための発信機まで載せられていた。

ヘンリー博士が調べたいものが自分と共通している……炭素星雲に電波に反応する知能は存在するのか……
ガイは報告するヘンリー博士の顔を見上げた。ガイの動きを目の端で捉えたヘンリー博士が一瞬視線をガイに寄こして来た。
博士は私の事を知っている……そう思えた。

目を閉じる。この途方もない計画を辛抱強くやり遂げなければならない。太陽系から抜けて闇の空間を探査機は五年以上の時を飛び続けていく。交信が途絶えたらおしまいである。地球上の科学者が最新の技術を投入しても困難を極めた旅となるだろう。それでもやらなければならない。失敗したらまたやり直す。もし本当に太陽系に向かっているとしたら圏内に入らせたらもう止める手立てはないだろう。
地球人の科学でもって止められるのか……母さん。
ガイははっと意識を振り払った。自分がその先考えようとしたことがいまいましい。地球に侵入してくる宇宙人を憎んでいながら、その科学技術があれば今のこの事態に立ち向かうことが出来るのでは……などと一瞬でも頼ろうと考えることは自分の誇りが許さないのだ。

    過ぎゆく時

受け入れられないと憤っていた。それが僕をバラムから離れさすきっかけでもあった。

寮に入った。僕は特別な存在ではない。みんなと一緒だ。ジョセ達とラグビーに汗流し、学校生活に浸りきった。
パシカは初めは寂しそうにしていたが、休みごとに帰る僕を心待ちにし、自分もいつか町の学校に通うことを楽しみにするようになった。
そうして、月日が過ぎて行った。
ケーシー博士は寮に入ってしまった僕にびっくりしたようだ。僕は正直に気持ちを話した。
「それもよいだろう。学校生活はだいじだから」

博士は大人だ。それに科学者だ。地球の事態を考えたら宇宙人からの交信を早くと望んでいるはずだ。僕が洞窟から遠ざかるのを本当は反対だったと思う。
でも博士はなにも言わず、僕を励ましてくれた。
僕が寮に入った後、ドゥルパの洞窟は公開された。休みで帰るたびに観光客目当ての店の手伝いもした。
洞窟の通路の崩れは機械も入れない狭さなのでそのままとなった。鉱物学者、考古学者も大勢調査に来たようだが、テレビで見た行き止まりの通路の不思議な鉱物が見られないことを非常に残念がっていたようだ。
不思議なのはガイがまた来たことだ。それも一人で。

ダセが観光客の中に見つけたので、役場からの連絡ミスかと慌てて対応に向かったら今日はただの観光で来たと言ってさっさと行ってしまったという。
ガイはなにをしに来たのだろう。僕にも分からない。
しかしバラムのこの観光客もやがて激減してしまった。いや、バラムに限らず、世界の観光地も同じだ。無理もない。世界中の人々がM70の存在を知ることとなったからだ。
僕は国連がいよいよ公表に踏み切ることを事前にケーシー博士から聞いて知っていたが初めて聞いたとばかりに驚く真似をしていた。
幸い、300年後の事なので大きな混乱や騒乱は起きなかったが世界の人々の心に重くはのしかかっていった。
これからどうなっていくかという不安をたえず抱えながら、日常の生活を営むしかなかった。
国連の公表に当たってはあらゆる機関、組織、報道を通じて冷静になるよう呼びかけられていた。
僕達の学校も先生から国連の声明の説明がされた。

いたずらに騒がないで、これからの科学者たちの対応を見守り、知恵を絞り世界の人々と手を取り合って地球のこの困難に立ち向かおう、と……
生活はいつもの通りだ。ラグビー部も。

「俺達の代はいいけど、孫の孫ぐらいになると危ないよなー」
練習の合間に出る言葉だ。

ジョセは「かといって俺達が元気をなくしたら地球も元気をなくすのだぞ。俺は人間を信じる。めそめそしてたって解決しないなら思いっきり生きたほうがいいさ」
その言葉で部員の心は軽くなる。今すぐ起きるのではない。まだ未来があるのだ。
動揺は少しずつ治まっていった。
占い婆が村にやって来て、
「村の衆よ、今こそ改心して祈るのじゃ。毎週、集会所でわしとともに天に祈るのじゃ」
と、まるで煽るように大声を上げたが村の衆は横目で見て行くだけだった。だが不安が無いわけではない。占い婆を信じてないだけだ。
バラムの村はこれで済んだが世界のいたるところで新しい宗教が生まれた。わしこそ救世主じゃと名乗る怪しいのもいた。宇宙に避難するプロジェクトも立ち上がっていった。
宇宙産業がにわかに湧きたつ一方で、避難地下シェルターの研究も始まった。
どこの国でもテレビやラジオ、あらゆる通信で毎日どこかで何が起きているか触れない日が無かった。
アマトは学校で交わされる様々な情報を聞くだけで進んで会話には加わらなかった。休みに帰るバラムの家でも口数は少なくなった。。

「ねえねえ、そのM70って地球を食べちゃうの? 」

パシカにとっては星雲も洞窟の魔物もあまり変わりがないのだろう。
「なにいってるんだい、この子は。星雲って煙みたいなもんだよ。それが炭素ってもので出来てるからそんなのに地球がすっぽりかぶったら息が出来なくなるんだよ。村長が言ってたけどね、ほらたき火の煙なんか吸ったら苦しいのと同じことだって」
タネが、そうなんだよねー、とばかりアマトを見て来たがアマトは苦しい笑いを見せるだけだった。

世界中が動揺している……当たり前だろう。300年の間に地球の科学が宇宙で対応できるほど発展するとは思えないのだ。それよりも地球から逃げるか、防御策を考える方が可能だと。
ケーシー博士がたまに「連絡はあったか」と聞いてくる。博士は宇宙人を心待ちにしている。
この間にも月日はどんどん流れて行った。

少しづつ世界は動揺しながらも、静かな落ち着きを見せ始めて来たようだ。すぐどうこうできる問題ではないのが分かって来て、それぞれの場所で日常の会話がなされるようになってきた。村の女衆も小川で洗濯しながら亭主の悪愚痴や冗談が口に出るようになっていった。

そうして三年経った……信じられないがこの間宇宙人からの呼びかけは全くなかったのだ。

宇宙人は地球を見離したのでは……僕はそう思うようになっていた。博士からはもう長い間問い合わせもない。

僕の中の憎しみ、怒り、憤りはこの間に徐々に薄まり、考えが変わっていった。

クラノスがいなければ逃げなくて済んだだろう。宇宙人が来る日が違ってたら遭難することもなかっただろう。もしこう違ってたらと悔やみ、怨み、抜け道の無い個室の中でさまよっていた。その中から抜け出せれたのは学校生活やラグビーに没頭して考えないようにしたこともあるけれど、世界の動揺を目のあたりにしていつまでも個人の確執にこだわり続ける自分のありようを見つめ直し始めたからだろう。

偶然だったんだ。宇宙人のせいではないのだ。僕はようやく宇宙人を許すことが出来た。
そして今……地球を救うには宇宙人の力を借りなければと本気で思っている。なのに肝心な宇宙人がなにも言って来ない。

僕は学校を卒業すると、村に戻った。

ケーシー博士はオーストラリアの上の学校に進級することを進めてきたが断った。
ジョセは町の缶詰工場に働きに、ハントは連邦の学校へ進級するため島を出て行った。
クルスはラグビーの才能を見込まれてオーストラリアのラグビーで有名な学校へ行った。
「アマトだったら学校へ行けるのになんで村にひきこもるんだ」
とジョセが不思議がったがバラムにいたいからと答えた。

僕は毎日漁に出て、たまにはマタイのお祖父ちゃんのところへ船で尋ねたりした。
パシカはレオンに手を引かれてバスで町の学校に通っている。そのパシカを船で迎えに行くこともある。
村の衆は、若い僕が村に残って畑や、漁に汗を流しているのを感心したり不思議に思ってもいるようだが僕は気にしない。

300年のうちもう3年が過ぎた。僕に出来ること、それは宇宙人を信じて連絡が来たらいつでも応じられるこの村に、洞窟の近くにいることだ。それはいつのことか……明日かもしれない。10年先かもしれない。もっと悪く考えると来ないかもしれない。それでも僕はここにいよう。



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