一年生は三クラスだった。教室の前に生徒の名簿が張り出されていてバラムからの三人は同じだ。 「おい、一緒だぞ、良かったな」ジョセの大声を聞きつけてイダス村のトミーがやってきた。 「やあ、ジョセ。俺は隣組だ、残念だったな」手を振りながら近づいて来るとジョセの耳元で何やらささやいた。 「ええ! そいつはすごいや! 」 「なんだ、なんだ」ハントがせっつく。 「あのパモナのクルスが同じクラスだとよ! 」 「トミー、しごいてもらえるぞ、よかったじゃないか」 トミーはジョセやハントに頭を小突かれる祝福を受けて、にやにやしながら戻って行った。 アマトはクルスの名を聞いたとたんさっきバスの中でミオンが話したことを思い出した。 あんなおしゃべりな女の子達の話などまったく信じるわけじゃないけど気になった。 そのミオンと同じクラスになってしまった。
女子で固まってにぎやかく騒いでいたところへアマト達が教室に入ったとたん「あら! 」とミオンがひときわ大きな声を立てた。声だけならまだしも手振り付きだ。ミオンといる女子達がいっせいに入口のアマト達を振り向いてきた。ジョセもハントもなんだこれはと戸惑いながら自然と女子から離れた場所へと移動した。 「おい、アマト、おまえの知り合いか? 」 「そんなんじゃないって。バスで一緒だっただけさ」 「うへー、それってこれからバスでしょっちゅう一緒だぞ。ハント、聞いたか。俺達がラグビーで汗まみれの時にアマトはさっさと彼女が出来るってわけだ」 「うらやましいなー変わりたいよ」 「こっちこそ変わりたいよ。すっごいおしゃべりなんだぞ彼女。これから毎日バスで一緒になると考えるだけでうんざりさ」 「ぜいたく言うな。そのうちあの中から紹介してもらうかもしれないからな、しっかり仲よくしていてくれよ」 「ジョセ、僕も寮に入りたくなったよ」 出来ないことはジョセも承知だ。軽く頭を小突かれた。 ミオンの方も僕たちのことで盛り上がっているようだ。ちらちら見て来る。ジョセだけはその視線が平気らしい。だいたんにも見返している。姉のエリダで視線慣れしてるのだろう。 入学式とクラスに分かれて担任の挨拶が終わると後は自由となった。町の子は日にバスが何本かあるため帰っていったがバラムまでとなると夕方のバスまで待たなければならない。早く帰りたい者は身内が船で迎えにきている。バラムからの女子はまとまって船で帰って行った。 「アマト、寮を見せてやるよ。行こう」
学校の敷地内に2階建てのコンクリート造りの建物が2棟並んでいる。 ジョセとハントは同室だ。 「いいな。クラスも部屋も同じなんて」 簡素なジョセのベッドに座りながら部屋を見渡した。向かいの壁がハントのベッド。机が二つ窓側にある。 アマトの目が壁にかかっている服で止まった。 「わーこれがユニフォームか! 」 「そうだ、格好いいだろう! 」 深紅の半袖のTシャツにブルーに白の縦じまの短パンだ。アマトはTシャツの背文字を見た。 「マライ、か」 「そうだ。島を代表するチームだからな。これからはよその島のチームと試合をするんだぜ。俺、ぜったい選手になるぞ」 「ジョセならなれるよ」アマトの声援にジョセの声がふと沈んだ「アマトが一緒でないのが残念だよ。おまえなら選手はまちがいなしなのにな」 「ジョセ、それ以上言うなよ。アマトだって本当はやりたいんだよ」ハントがアマトの肩を軽く叩いてきた「アマト、びっくりするなよ。マタイの学校からこれからは交流試合に参加したいと言ってきたそうだよ」 「マタイが!」 「うん。クラノスから解放されてマタイも自由になったようだね。アマトの友達とも会えるよ」 「そうか……」 マタイでずっと、一緒にプレーしてきた仲間の顔が浮かぶ。あの中の何人かはきっと選手としてマライと試合をするだろうな……僕がタグラグビーの選手として活躍したなんてことを聞いたら信じられないと驚くだろう。 僕の本当の力量をマタイの仲間は知っているのだから。 「おい、見ろよ! 」ジョセが窓に顔をくっつけて呼んだ。 「あれ、クルスだぞ! ほら、パモナの選手だ。今年の新入生の中でも注目の選手だ」 校庭で何人かがラグビーの練習をしている。タグはもう着けていない。クルスと言われる男子はすぐ分かった。身体つきが違う。動きも素早い。町の試合で拳を突き上げ雄叫びをあげたあの選手だ。 「おい、見に行こうぜ」言うが早いかジョセがドアを開けて出ていく。 「おい、待てよ」ハントが続いた「アマトも行こう! 」 すでに他の子達も来ていた。その中の何人かの視線が自分に注がれて来るのが分かった。 練習しているのは一年生ばかりだ。タグから卒業してこれから本格的にラグビーを始めるわけだからまだパスとキックで遊んでるだけだろうが走りながらのパス運びはさすがだ。 「あれ、トミーもいるぞ」 村では目立ったトミーも彼らの中では普通にさえ見える。ハントもジョセも目を奪われて見入っている。そんな二人の姿を見ると朝、バスで感じた取り残されたような寂しさにまた襲われた。 本格的なラグビーを身につけるには部活で練習しなければ無理だ。ますます自分は置いていかれるにちがいない……しかたないじゃないか。自分の身体ではラグビーは無理だろう。あきらめるんだ。自嘲気味になってそんなことを考えながら前を眺めていたせいだろう、ボールが自分に向けられたことに気が付かなかった。 気が付かなかったはずなのに自分はとっさにボールを受けていた。完ぺきに。 「えっ……」どうして。受けてしまったボールを見つめる。すぐ分かった。これは自分がやったんじゃない! あいつだ。 「さすが! 」 声の主はクルスだ。彼が投げて来たのだ。 「村組の優勝チーム、バラムのアマトだね、とっさの反射神経はたいしたものだ」 見学者が一斉にアマトを見て来た。バラムだ、アマトだというささやきがあちこちでおきている。 バスで知り合ったミオンの言葉が浮かんだ。嫌な奴よ、強い人にからんでくるのよ、と言ってた。それだ! 僕を試したんだ! なんてやつだ! 「おい、アマト、投げ返してやれよ」ジョセが言った。 くそっ! とボールに力を込めた。投げ返すのに充分な力がみなぎっているのを感じる。 強いパスを返してみんなを驚かすことも出来るだろう……だが。 アマトはクルスを睨んだ。おまえの誘いには乗らん。もしこれが本当に自分の力なら受けて立ちたい。悔しさに唇をかみ殺した。 「ジョセ、変わりに投げてくれよ。僕はラグビーを止めたんだから……」 ジョセなら投げられる。アマトはボールをさっとジョセに渡すと背を向けた。 見学者の輪にざわめきが起きた。なんと思われてもいい。じっさい僕には力など無いのだ。ここにいても無用だ。アマトは輪から逃れるように離れた。 「おい、待てよ、アマト……」 ハントの声が後ろでしたが返事をする気になれない。 「どうしたのだ? 投げ返すぐらい出来たのに」アマトの横に追いつくと怪訝そうに見てくる。 「クルスの態度が不愉快だ。あの挑戦的な顔を見たか? バカにしたような言い方を」 吐き捨てるように言ったものの怒りはクルスだけのせいではないとわかっている。事実は自分の問題なのだ。なのにいかにもクルスの態度のせいだとハントに言い逃れる自分にも情けないのだ。言ってから後味が悪かった。 「ラグビーをやらない者が挑戦に受けて立ってもしかたないだろう」 「なんだ、その投げやりな言い方は」ハントはムッとしたらしい。 「すねてるみたいだぞ。ほんとうにやりたいならタネおばさんは許してくれるはずだ。寮に入らないと決めたのはアマト自身だろ。本心は俺らとやりたいんだろ。だったら今からでもタネおばさんに言えばいい」 僕の態度がハントを怒らしてしまったようだ。タネおばさんとパシカのことを考えて止めたとみんなは思っている。それが一番の理由ではないのだ。話せないのだ。 「おい、どうした」ジョセが追いついて言ってきた。 「代わりに投げ返してやったぞ。あのクルスに。でもどうして止めたのだ」 「アマトはほんとうはやりたいのだよ。今、そのことを言ったんだ」 「やっぱりな。あんなに真剣に練習してきて楽しそうだったのにおかしいと思ったぜ。タネおばさんに遠慮してるのか。だいじょうぶだ。おばさんは俺の母さんに、アマトが寮に入りたいのをがまんしてるんじゃないかって、心配だって話してたぞ」 二人とも僕のことを思って言ってきてくれてるのはじゅうぶん分かってる……でも、言いだせない。僕は強くなんかないんだ! 僕の力量を見たら絶対に進めてなんかこないだろう。でも言えない! 「アマトが言えないなら俺が頼んでやろうか」 ジョセの好意はありがたいがとても受け入れられない。 「いや……」自分のみじめさにやりきれなかった。 「いや、いいんだよ。心配してくれてありがとう……でも君たちが思うようなことじゃないんだ。これは自分自身の問題なんだ……」 そうとしか言えなかった。二人にはなんのことか分からないだろう。 「まあ、今はアマトがしたいようにすればいいさ」ジョセがポンと僕の肩に手を置いて言った。 「俺としてはまた一緒にやりたいと思っていることは分かってくれよな」 「……」黙ったまま首を小さく振った。嬉しかった。こんなに親身な友がいることが。 「すまないな。ハントもさっきはごめんな。いらっだってたんだ」
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