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作品名:アマトの宇宙(そら) U  作者:サヴァイ

第18回   占い婆の家

占い婆の小屋の中で杖を持った白ひげの爺が椅子に腰かけていた。

「長老様、このジュースを飲んで下され」
「ああ、ありがとう」
一口飲んだ爺が顔をほころばせた。
「婆の飲み物は本当にうまいのう。占いより茶店のが向いているようじゃ」
「我が家に代々伝わる秘伝の味だから誰にも負けはせぬ。ところで長老様の白いひげはまた貫禄があって似合っておいでじゃ」
「ああこれか」
顎のひげに手をやって口をほころばせた。
「こうして手で撫でてやるところがあるというのは良いものじゃ」
「その風格でここに座って占ってもらえんですかのう」
「婆よ、おまえさんも一応はバラムの占い師じゃ。イダス村のわしが座るのは場違いというものじゃ。それにな、わしがきょう、こうしてきたのは心配だからじゃ。まだ観光客がやって来るかどうかも分からない先から、こんなに準備してしまって金もかかっただろうにな」
「長老様、金はなんとかなりましたでのう心配ないのじゃ。ドゥルパの洞窟は世界に知らされましたできっと観光客は来ますぞ。町の占い仲間にも、観光の案内の中にここの茶店を宣伝してくれるよう頼みましたでな」
「これは抜け目がないのう」
「バラムの衆はわしを信用しておらん。イダス村は近いし、長老様がおいでならみんなもやって来るというものじゃ」
「そんなにわしを買い被るものではないぞ。おまえさんには良い占い玉があるではないか。そこに飾ってある水晶玉なんかじゃなくて本物が。久し振りに触らせてもらえないかな」
「あれは家宝でして今は大切にしまってありますのじゃ。ちょっと待ってくだされ」

婆が仕切りの向こうに行くと白ひげの爺──イダス村の占い師であり、島の占い師の長老でもある──は自分のいる部屋を眺めまわした。
天井から四方に垂れさせている布は白、紫、青、赤を交差させ床は暗い青の絨毯が敷かれている。婆なりに占い部屋の雰囲気を出させようと苦心したようじゃが……ふーん。
婆の母御はあの占い玉をよく使いこなしていたが娘には受け継がれなかったようじゃの。
金に欲があり過ぎじゃ。
この小屋の資金となったいきさつを聞いた時はわしは恥ずかしかった。占い師としての心が欠けておる。だからこんな装飾に頼るのじゃ。

「長老様、ほらお持ちしましたぞ」
婆は大事そうに両手で持ってきた占い玉をテーブルに置いた。
「おお、久し振りの対面じゃ。どれどれ」
爺は自分の杖を片方の手で持ち、もう一方の手を占い玉の上に置いた。
「うん……」
「どうされました」
「いや、ちょっと……」
爺は手を変えてみた。そうしてしばらく占い玉を見ていたが、やがて爺は手を下げた。
「どうしたことかな……婆、これは本当に前からある占い玉なのか」
「何ということを。間違いなく占い玉じゃが、それがどうしましたのじゃ」
「そうか。不思議じゃ。いつも感じた、身体に流れ込んでくる力が感じられないのじゃ。
わしのこの杖と呼びあうような気の流れじゃが……」
島中の占い玉の中でこの婆の持つ玉は特別だった。わしの杖とこの玉には神秘な力を感じるのだがそれが今は感じられない。

「婆よ、おまえさんは今でもこの玉で占っておるのか」
「いや、今はほれ、そこの水晶玉を使っておるが……使わないと力が落ちるなんてわしゃあ聞いたことはないぞ」
「そうだな……」
爺は自分の杖を眺めた。
「杖との合性が合わなくなって来たのか」
そんなはずはないと思うのだがもしそうなら何かの前兆かもしれぬな……

その時、外で足音がした。
「どなたか来たようじゃな」
「はて、まだ観光客ではあるまいし」
婆が外に出てみると外人が三人、庭に入って来た。
「おお、これはこれは」思わぬ客にしわだらけの顔をほころばせて言った。
「婆さん、また来ました。看板を見ました。ちょうど喉が渇きましたので寄らしていただきました」
ガイは努めて愛想よく言った。
「よくいらした。いま飲み物を持ってくるからな。椅子に腰かけて下されや」
婆は急いで小屋の中に入った。
「長老、お客様じゃった。ほれ、国連とかいうところのな」
言いながら仕切りの向こう側に行きガチャガチャと器を出して飲み物を注ぐとまた外に持って行った。
「これは、わしの家に代々伝わる秘伝の飲み物じゃ。疲れた時には良く効きますぞ」
「ありがとう。いただきます」
三人が不安げに一口飲んで、思わず顔を見合わせるのを見て婆はにやにやした。
「どうじゃ」
「いや、とてもおいしいですね! 」
こんなところでしかもこんな婆に出されるものなんかはと仕方なく口にしたが、なかなかどうしてこれはいける! と思わず驚いた。
「婆さん、これなら茶店は繁盛しますよ」
「ほほほ、そうかそうか。嬉しいことを言って下さるの。ところで、きょうはまた急にここに何しに来られたのじゃ」
「じつは、このあたりにまた異常磁気が観測されたので、もう一度調査をしに来たのです。それでいま、ドゥルパの洞窟を見て来たのですが、中の通路の一部が崩れていて奥に行けなくなっていました。前に日本のテレビ局が来た時には無かったことです。きっと最近の出来事だと思うのです。それと異常磁気の関連を調べたいと思うのですが、お婆さんの家は近いですね。なにかそのころ変わったこととか音とかを聞いてはいませんか」
「洞窟が崩れておった?……」婆は首を傾げた。
「はてさてなにも聞いた覚えはないが……」

ガイはハッと思ったことを口にしかけて慌てて言葉を飲み込んだ。
先回、大きな観測値が出てバラムに来た時、婆の家に寄って婆から玉が光ったと聞いたのだった。あの晩、占い玉が光ったといって婆はお告げじゃと大騒ぎしたがだれも取り合わなかったということを思わず言いそうになったからだ。
しまった! とガイは舌打ちした。本物は自分が棚の中に隠し持っている。もしかしたら中で光っていたかもしれない。
婆に渡したにせものを光りましたかなどと口には出来ない。そんなことを聞いたら婆が玉のことで疑問を持ち始めるかもしれないのだ。
婆は婆で、その時の光景を思い出していた。あの時は占い玉はテーブルの上に出ていたから光るのは分かったが、今回は引き出しにしまってあり、光ったとしても分からなかっただろう。崩れる音も聞いてはない。いったい、いつ崩れたのじゃ。と考えた時、そう言えばと思い出したことがあった。

「わしのとこの占い玉はしまってあってな、今回の嵐の時は前みたいに光ったかどうかは分からんのじゃ。それに洞窟の音も聞いとらんがたぶん崩れたのは最近じゃな」

婆から玉の事を言いだされた時にはひやっとしたが婆はそれ以上は玉の事には触れず、話しは崩れたことに向かったのでホッとした。それにしても婆は今、なぜ崩れたのは最近だと言ったのだろう。異常値と崩れたのと同じ時期ということか。

「そうです。異常値が観測されたのは二週間ほど前のことです。でも崩れたのは最近だとなぜ思ったのですか」
「それはじゃな、あの嵐の起きる前の昼間のことだが、バラムの村のアマトが洞窟から出て来たのを見てな、何をしてるとわしは聞いたのじゃ。その時は崩れたとも何とも言ってなかったからじゃ」
「えっ、その日にその少年は洞窟に入ったのですか! 」
「ああ、わしも不思議に思って聞いたが、ただ観光地になる前に自分も見たいからだと言ってたな。わしが茶店を出そうと思ったのもそれを聞いたからじゃがな」
アマトに茶店でも出したらと言われた時は、そんなことするか! と怒鳴ったことなど婆の頭からは消えている。
「少年は洞窟の奥まで入ったのですか? 」
「さあな、詳しくは聞いとらんがな。だが魔物の正体がもう分かったから怖くなんかないと言っとたからな。奥まで入ったじゃろう」
「名前は……アマトと言いましたね」
「そうじゃ。アマトじゃが……はて……そういえば不思議じゃな、あの少年は……前の嵐の時も次の日にドゥルパの洞窟がある河原に倒れていたということじゃが。親は嵐で遭難して浜辺に打ち上げられ死んでいたというのにな……」

アマト……遭難……そう言えば、遭難した夫婦の息子が生きていたと言っていたが名前は確か……アマトだったな。あの時、生き証人だから話しを聞きたいと申し入れたが、本人はショックで覚えていないし、思い出させたくないとかと言われ会うことが出来なかった。だが、今、婆の言ったことはほんとうなのか? 
「えっ、見つかったのは両親と同じ海岸ではないのですか! 」
「そうなのじゃ、しかも誘拐されて洞窟に連れていかれたパシカと一緒に河原にいたと言うのじゃ。おかしな話だ」
村人から信用されていないあやしげな占い婆の話しだ。これは確かめる必要がある。海で遭難した少年が海岸から一山超えた山奥の河原で見つかるなんてありえない。
「お婆さん、ありがとう」
ガイは予定を変更してバラムに戻ることにした。

「そうそう、また占い玉がいるなら貸してもいいぞ」
ガイが急いで帰ろうと背を見せたので婆は呼びとめて言った。
ガイはそれには返事もしなかった。ここで偽の占い玉など見たくもない。

婆の家から離れ、本道に戻った時、計測器をもう一度確かめた。洞窟内ほど高くはなかったがそれでもまだ異常のままだ。
前回が正常になっていた場所で今回は異常となっている……なにか条件に違いがあるとしたら一つはあの洞窟内の崩れだ。他に何かないか……まさか……関係はないと思うが、
ガイの脳裏に占い玉が浮かぶ。前回は占い婆の家に合ったが今回はここには無い。
バカげている。あの小さな玉が関わっていると考えるなどとは。空想の世界だ。
だが……婆は、前回あの玉が嵐とともに光ったと言っていた。もしそれが本当なら、あの玉には未知の力が秘められていることになる。それを確認したいならもう一度、あの占い玉をここに持ってくれば確かめられるな。よし、そうしよう。


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