バラムの村の集会所で村長のダセは今か今かと待っていた。 島の役場から案内はいらないと言っているがとりあえず迎えだけはして欲しいと頼まれたからだ。 急だったため村の衆の集まりも出来ず、ディオには来てくれと頼んだ。
「なんでまたガイはやって来ることになったんだ? 」 「わしにもよく分からんが、ほら、日本という国のテレビ局が来ただろう。あれを見てもう一度調べたいことがあるということだ。役場の随行員や村の案内もいらないということだがな」 「それなら、俺なんかいなくてもいいのじゃないか」 「そう思ったんじゃが、いま、洞窟までの道を整備中だからな、まあ、行きだけは付いていってやってくれ」 「洞窟まででいいのか」 「いいだろう。ところで占い婆だがありゃ、なんじゃ。このまえわしも久し振りに洞窟まで行ったのじゃが、婆が道に出ておってな、なんか棒をコンコン打ちこんでおったのだ。なにを始めたのか気になるでな。ついでに見て来てくれんか」 「ああ、あれか」ディオがにやにやした「茶店の看板を出すらしい」 「茶店? 」 「どっかからドゥルパの洞窟が観光地になると聞いてもうけようと考えたんだろ」 「阿呆かあの婆は! 村の迷惑じゃ。だれがあんな汚らしい小屋で飲む気になる」 「それが俺もみてびっくり。小屋は建て替えきれいになってるし庭にテーブルや椅子までおいてあるのさ。きっとあのガイに玉を貸してやった金を使ったんだろう。外で茶を、中で占いをするのだろうな」 「下手に金なんぞ持つとろくな使い方しかしないな」 ダセが苦い顔で言った。 「そういえばジョセは帰ってるのか」 「ああ、期末休みだから長いな。毎日、アマトやハントと会ってるよ」 「おおそうだ! 聞いたぞ、体育祭のラグビー、ジョセ達の組が優勝したってな」 「うん、同点で最後にアマトのゴールキックが決まって勝ったんだ。かなり難しいコースだったから大喜びさ」 「嬉しいことだな。村の子達が活躍してくれたのが。わしゃ、鼻が高いよ」 ディオは街道の遠くに目をやった。 「おっ、ジープの音がするぞ」 「やっとおでましか。やれやれ」
ジープから降りたのは三人だった。役場から車を借りて隊員が運転してきたという。 そのジープにディオが乗り込んだ。
「ディオ、先日、また夜に以前のような嵐があったそうですね」 車に揺られながらガイが聞いてきた。 「ありました。でも今回はあれほど強くはありませんでした」 ディオの返事にガイが頷いた。 「そのようですね。だが異常値はやはり世界で感知されました。震源地は同じくここです。なにか起りましたか」 「いやーなにもなかったですね」 ガイは計測器をちらちら見ていた。 「以前より値は小さいですが磁場は狂ってますね。バラムの村近くからこの状態です」
道は整備中で山近くになるとさすがにジープでも通るのは無理なので歩いて灌木の中に入って行った。人が歩きやすいように道部分だけ木や草が伐採され平らにならされていたおかげで一行は奥にどんどん進むことが出来た。
「ディオ、役場に聞きましたがここは観光地になるそうですね。洞窟にはもう見学者が来ていますか」 「いやまだです。問い合わせは来てますが洞窟の入り口を入りやすく整備して、中も安全のため電灯を取りつけることになってます。それから受け入れるそうです」
ガイが足を止めた。なにか見つけたようだ。 「ああこれですか」 右側に細い道がある。その角に看板が出ているのだ。 「これは例の占い婆のところに行く道で、婆さんが観光客目当てにやる茶店の看板です」 「茶店……こんなところで」ガイが呆れたように呟いた。 「寄って行きますか? 」 「いや、そんな暇はありません。行きましょう」
ガイは占い婆に顔を合わせるのは避けたかった。婆に返した偽の占い玉はまだ見破られていないようだ。だが顔を合わせれば玉に関する話題になるだろう。触れたくない。 その時、ガイははっと気が付いた。 「おい、計測器はどうだ! 」 計測器を持っていた隊員が慌てて磁針と数値を見た。 「えっ、隊長! 村の時より上がっています。磁場も狂ったままです」 「なんだと! 」 ガイも計測器を見た。 「おかしいな。前回は占い婆の家あたりから正常になっていたはずだ」 「そうです。違いますね」 副隊長のジョンも首を傾げている。 「その数値を記録するんだ。さあ、洞窟に急ごう」
気持ちがはやった。洞窟での結果はどうなる……
一行は小川に出ると土手にある洞窟の入口に立った。 ガイ達は強力なサーチライトと小型の削岩機を抱えて中に入って行った。それを見届けたディオは来た道を戻った。ガイは洞窟の調査が終わったら村に寄らず帰ることになっているからだ。
入口の狭い通路を抜けてパシカが誘拐された時に置いて行かれた空間に立ったガイはじっくりと眺めて回った。 壁、床、天井は石造りだがうまく組み合っている。
「誰が何の目的で作ったのでしょうか」 昔はマタイの洞窟とつながっていたと言われているがマタイの方はいかにも自然の洞窟を住めるように手を加えただけというものだ。それがどうだろう、マライの洞窟は迷路のような狭い通路までわざわざ石で造られたものだ。 「この辺で採れる磁鉄鉱がふんだんに使われているようですね」 壁を削って採取している隊員が言った。 「しかし、私が見たあの行き止まりの通路の壁は表面が磨かれたように平らで黒光りしていた気がします。他と違いました」副隊長が思い出してガイに言う。 「テレビでも探検隊が驚いた顔で言っていたな……よし、先に進もう」 ガイ一行は奥の通路へ進んだ。
しばらく行ったところでが風が身体に当たるようになりそれとともにヒュウーという音が聞こえ始めた。 「例の魔物の音ですね」副隊長が皮肉を込めて言った。 「この先です」 サーチライトを前方に向けると左に暗い部分が映った。 大人一人が入れるぐらいの狭い通路だ。
「私が先に立とう」 ガイはサーチライトを持って入って行った。ゆっくりと丹念に周りの壁も観察しながらあまり進まないうちにガイが驚愕の声を上げた。 「どうしました! 」副隊長はガイの背からライトに照らされた前方を見て「あっ! 」と思わず叫んだ。 「崩れている……ここだけ」ガイは屈んで崩れた瓦礫の一部を手に取った。 「これまでのと同じ石のようだ。どこから崩れたんだ」ガイはライトで瓦礫の周りを照らした。 「通路の壁もどこも陥没していない……ということは奥から飛び出て来たものなのか」 いったいいつ誰が何のために……ガイはこれが自然現象だとはまったく考えなかった。 ここだけ崩れているということが意図的であることを証明している 「計測器はどうだ」 隊員がライトを計測器に向け数値を見た。 「高い! これまでで最高値です! 」 「この瓦礫をどかすことは出来るか」 ガイは屈んで手前の石に手を掛け引っ張ってみた。この奥が見たい。強い衝動にかられた。だが重なり合った石を崩すのは手では無理だし、この狭い通路では機械でも入れない。 まさかこんな事態に遭遇するとは考えてなかったから瓦礫をどかす道具類の用意もしてこなかった。
「どかすのは無理だ。引き上げるしかないな」 「バラムの村に行って応援を頼んだらどうですか」 「いや、どかすにしても状態を調査してからでないと危険だ。島の役場に言って石の撤去を申請してからまた出直すことにするしかないな……」
一連の異常磁気の謎の正体がここにある気がしてならないのだ。行く手を阻むように崩れている瓦礫を見てますますその思いが強まる。
来た道を引き揚げる途中、占い婆の看板のところでガイは立ち止まった。 洞窟に一番近い人家だ。ひょっとして婆が岩の崩れる音か何かを聞いていないだろうか。 「どうしました? 」 ガイが止まったままなので副隊長が怪訝そうに言った。 「占い婆のところに寄って行くことにする……」 もし、占い玉が偽物だと婆が騒いできたとしても難癖だと突っぱねればよいのだ。
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