コート中央のハーフェイラインから一組がボールをキックオフ。 一組はボールを、三組は陣地を選んだわけだ。風が強ければ陣地を取った方が有利かもしれないがきょうの風は穏やかだ。
三組の選手が飛んでくるボール目がけて前進を開始。 両者がぶつかるところでタックルが始まる。 一組がディフェンスを張った。中央からボールを持った選手にタックル! ボールは後方へパス。パスを受けたプレイヤーが前進しようとしてタックルされそうになりまたパス。 と、そのパスを受けたプレイヤーがボールを前へこぼした!
「ノックオンだ! 」
ボールを前へ落としたり自分より前のプレイヤーにパスしたら反則だ。 この反則はスクラムを組み、反則しなかった側がボールを中へ入れる。
「長引くと損だよな」
一組の席でこんな会話が飛ぶほど三組のスクラムの強さは有名だ。
「だいじょうぶ。ジョセは分かってるから」 ミオンがみんなをうなずかせた。
アマトは席でじっと見ているわけにはいかない。コート外ではらはらしながらもストレッチをしたり飛んだりして身体をほぐしていなければならないからだ。 ミオンの言った通りスクラムハーフのジョセはボールを早く出させて右側にパスをした。 パスボールを抱えて前進するプレイヤーの両隣に仲間が一緒に走る。タックルされたらいつでもボールを引き継ぐためだ。 まともに正面からタックルを受け転倒する寸前その仲間にパスをした。だがすぐまた仲間もタックルされる。タックルされた後いつまでもころがってはいられない。すぐさま起き上がり、プレー出来る位置に移動するのだ。
「おおーっ」とどよめきが起きる。 今度は一組がパスを弾いてしまった。 「またノックオンだ」 その場で今度は三組が投げ入れるスクラムだ。
試合始めの緊張でまだ身体が固いとノックオンはよく起きる。 両者のフォワードががっちり組む。これが大人になるとレフリーの合図でドーンと組みつくのだがまだ中学では危険だから初めからしっかり組んでからレフリーの合図で力を入れるのだ。 三組がボールを入れた。 いくら強いといってもまだ敵陣まで遠いのでスクラムで進むわけにはいかない。 三組も早出しでパスへとつないでいった。 スクラムハーフのトミーがクルスへパス。 さあ、クルスへのタックルだ。 一組のディフェンダーが腰を低くして正面からぶつかる。後ろにもう一人ディフェンダーが付いて警戒した。クルスも二名を見てはひるむはずだ。 頑丈なクルスは倒れない。だが止められて動けない。片方の手で背面の仲間にパスをした。 ボールが遠い後ろに飛ぶ。タックルされてもなおパスに力があるのはさすがだ。
「まずい! 」アマトは思わず肩を縮めた。キックだ! ボールが大きく弧を描いて一組の陣地側に落ちていく……だが一組フルバックがボールをキャッチ! 今度はフルバックが思いっきりキック! ボールは狙い通り三組陣地に近いタッチラインを超えて外に出された。これは作戦だ。
ボールが出た地点でラインアウトだ。双方のプレイヤーが数名一列に並んでタッチラインからボールが投げ入れられる。 ボールは三組が投げる。もちろん自陣のプレイヤーに投げるから奪うのは難しいが、一組にとってゴールが近い。スクラムやタックルで奪えばチャンスだ。 思った通り、ボールを取った選手に果敢にタックルをした。それに双方が団子になってスクラムとなった。
クルスが「散れっ! 」と叫んだ。ボールを出してすぐパス攻撃開始の合図だ。 アマトは攻撃の配置を見て後方の足の速いプレイヤーの動きに注意した。 あのパターンだ!
「ジョセ! 気をつけろ! 」 果たして通じたか……
三組がクロスパスしながらタックルを避ける。クルスが左サイドに走る。ディフェンダーがそっちに向かう……タックルを受け一人、二人とスクラムが発生した。と、すぐさまボールを取ったトミーが左にパス。 ジョセ……右が手薄だよ……
左で受けたプレイヤーが前進する。そしてタックルを受ける寸前で右サイド後方へ大きくパス。その時あいつが前進を始めた。危ない! だがアマトは気が付いた。一組のディフェンダーが二人、ボールを持っていないそいつに向かっているのを。 予想通り、パスがそいつに廻って来た。全速でラインぎりぎり走りたいところだが二人のディフェンダーが向かってきて無理と判断し捕まる直前にパスした。そのパスを奪ったのがいた。ジョセだ! ジョセの作戦だ! あいつの動きを見越してパスを狙ったんだ! 左側に注意を引きつけていた分、三組に隙間がある。ジョセは走った。ゴールは近い! クルスが目を吊り上げて追う。 ジョセに飛びついた。ジョセは倒れかかる。が、クルスに組まれたままゴールに倒れ込んだ! 「トライ! 」 「ワオー ! 」すさまじい歓声が沸き起こった。
誰もが先に点を取るのは三組だと思っていただろう。ゴールキックも難しいコースではないので無事にポールの間を抜けた。先に七点だ。 だがこのことで三組に本気の火がついたようで必死の反撃が始まった。 三組のキックボールで闘いは一組側陣地で始まった。何度もタックルされてパスするうちに一組にスローフォワードが出てしまった。パスするのに焦って自分よりわずか手前にいた仲間にパスしてしまったのだ。
「ああ……」一組の席に溜息が流れる。ゴール近くでのスクラムだ。嫌な予感だ。
一組のスクラムだって決して弱くはないが、今の場合三組の意気込みは半端ではない。 レフリーの合図でボールが入れられた。三組がぐんぐん押してくる。ボールを足元で確保しながらゴール近くまで粘る戦術だ。 一組が押された。自陣五メートルラインに近い。スクラムが崩れそうになった時三組は素早くボールを出すとゴール目ざし一組のディフェンダーと体当たり。素早くボールをクルスに渡した。クルスの突撃に慌てたディフェンダーが横からタックルしたがクルスはなんとひきずったままゴールにトライしたのだ。 三組から歓声が上がった。 同点だ。 「やっぱり三組のスクラムは強いな―……」アマトの耳にそんな声が届いてくる。 だがパスやディフェンスに大差はないじゃないか。攻め方で勝つやり方もあるんだ。 選手たちは何度もパス責めのいろんな戦略を考えて練習してきた。ジョセは一人、一人のそれぞれ得意な分野を見つけてそれを伸ばすよう努力してきた。意見がぶつかる時もあったが練習の中で解決するさと言って、ピリピリせずやって来ていた。それは当たっていた。ラグビーは他人任せでは出来ない。今、自分が最大出来ること、ボールを進めるうえで何をなすべきか常に判断できるようにならなければだめだ。それがチームの和なのだ。
前半タイム間近にまたぎりぎりのところで三組にトライを取られた。だがキックボールは失敗し、十二対七でハーフタイムとなった。
「なかなか手強いな」汗だくのジョセは苦笑いし水を飲んだ。 「だが俺らもよく頑張ってるぞ。やつらも必死だ。チャンスも何度かあったしな」 「疲れているのは一緒だ。後半、いかに体力を持たせ、集中できるかがカギだな。慌てないでよく見て動くこと。練習通りのパスワークを忘れるな。相手が疲れてきたら必ず隙が生まれる」 キャプテンのジョセの言葉にうなずく仲間の目はまだ光がある。あきらめてはいない。 後半開始! 「一人はみんなのために、みんなは一人のために! オーッ! 」 「オーッ!」選手の拳が天を突く。 「がんばって―」 の声が飛び交う。
三組の強いスクラムから早いパス回し、クルスの突撃というパターンの応戦に必死になりながらも一組のやって来たパス回しのうまさが三組を何度か慌てさせた。 それでも敵陣でのラインアウトからスクラムというパターンで三組がまたトライを決めた。だが一組も、その後のすばやいパス回しで相手の隙を作らせトライに成功。 その後はしばらく双方の激しいせめぎ合いが続いたがトライまでにはいかなかった。 いつか疲れが出てきて隙が生まれる。一組が最も力を入れてきたのは、三人で突き進むパスワークにおとりプレイヤー、見ないで背面にいる仲間に投げるパス。それも早い展開で隙を突くという練習だった。 クルスの目付きがきつくなって来ているのが分かった。腰を落とし正面からの体当たりを避け、側面からひるむことなくがっちりと腕を回してくる一組のタックルに苛立ち余裕をなくしている。そのいら立ちが三組のメンバーに伝染したのだろう、三組の反則、ディフェンスの乱れが目立ち始めた。
一組のチャンスが訪れた。敵陣十メートルのところで三組がノックオンしたのだ。 一組ボールのスクラムだ。 最後のチャンスかもしれない。応援合戦が始まった。 スクラムから出たボールを手にしたスクラムハーフにしてキャプテンのジョセは味方にサインを送った。
パスが出された。 後方から一組のポジション、ウィングのプレイヤーが側面ラインを走る。三組が気が付きディフェンスを張る。ボールをそちらに回すと見せかけて実はスクラムを解いたばかりのフォワードのプレイヤーにパスという、撹乱作戦だ。もちろんタックルを受けるが、寸前、素早く反対側面にいるプレイヤーから待機させておいたウィングにへとボールがつながった。 側面ぎりぎりに足の速いウィングが走る。三組のディフェンダーが追う。 ところがゴール間際でクルスに横から飛びつかれた。まるで獲物を狙う猛獣みたいだ。 ウィングの顔が苦痛に歪んだ。それでも目前にゴールがある。腕を伸ばせば届きそうだ。 ウイングはクルスに腰を押さえられたまま前に倒れ、腕を伸ばし手に持ったボールをゴールに叩きつけた。 会場が静まり返る……判定は?
「トライ! 」 レフリーの声に一組から大歓声が起こった。 「同点だ!」
だが倒れ込んだウィングがそのままうずくまっている。レフリーやジョセ達が駆け寄った。心配げな顔付だ。 「どうしたんだ? 」ざわざわと囁き声が流れる。 「クルスが何かしたんじゃないの」ミオンが容赦なく言ってのけた。 「レフリーが見てるからそれは無理だろう」 「見えないようにうまくやるのよ、あいつは。タグラグビーの時だって不利になると、こっそり反則してたもの」 「そんなのラガーマンとして恥ずべき事よ」
何が起きたかは誰にも分からない。転んだはずみで打ちどころが悪い場合もある。 無理な姿勢で倒れたら捻挫や肉離れも起きる。 特に誰もクルスに抗議している様子もない。 ウィングが仲間に支えられてびっこを引きながらコート外に向かった。 まさか……アマトの心臓が高鳴った。
「アマト、済まない。君の出番を作ってしまったよ」 応急手当を受けながら、痛みで苦しそうなのにアマトを見て笑顔で言ってきた。 ジョセが手招きしてきた。 一瞬こちらを見るクルスと目が合った。 入学したての頃のアマトを見る目付きはもう影をひそめている。逆に敗北者を見るような嘲笑うような薄笑いをアマトに向ける時さえある。クルスはもうアマトなど敵ではないと思っているだろう
「ウィングをやってくれ。あと少しの時間しかないが選手不足のままで闘うわけにはいかないから。だいじょうぶだ。アマトは足は早いから」
心の準備のないままにアマトはコートに立つことになってしまった。ここまで来てまさか交替なんて頭から消えていて応援にしっかりはまっていた。 トライによるゴールキックをハントがしたがゴール位置が端だったので角度があり過ぎて失敗に終わった。それでも同点だ。十九対十九。 「チャンスだぞ! 」 クルスの怒声が聞こえた。 くそっ! クルスの言葉に歯ぎしりした。なんて言い方だ。あきらかに僕へのあてつけだ。アマトの心に激しい火が燃えあがった。 試合再開。 時間が迫っている。 「無理するな」とジョセが言ってくれたがアマトは構うものかと渾身のタックルをしていった。迷いが無かった。 双方の激しいせめぎ合いが続く中で、スクラム中に三組のオフサイドの反則が出た。 それも一組にとって、敵陣近くだ。時間からしたらもうここはペナルティキックを狙うしかない。だが反則位置が側面ラインぎりぎりでかなり斜めからなのと距離もある。ポールの間を抜ける確率はかなり低そうだと誰もが思った。 キックは仲間の誰がしても良い。 ジョセは一瞬、思案したが腹を決めたとばかりにアマトを見て来た。
「頼む」 「えっ! 」アマトは耳を疑った。 「アマト、やってくれ。こんな難しいコースは誰でも自信はないだろう。万が一入ったらもうけものぐらいの気持ちでいいからな。それに入らなくてもまだ負けではないぞ」 「そうだよアマト。やれよ」 ハントまで加勢して言ってきた。みんなは不満じゃないのか。ろくに練習もしなかった僕に任せることを…… アマトやれよ、そうだよ、口々に仲間が言ってきた。 アマトはゴールの二本のポールに目を向けた。狭い。だが浜であれぐらいの練習をなんどもしてきたじゃないか。 二本のヤシの木の間を何度も何度も……クロがそのたびに走って行った。一度だけ宇宙人の力を借りて感触をつかんだ。宇宙人……存在を忘れようとやみくもにラグビーに打ちこんできたのにここに来て、存在が蘇る。だが今はいない。 アマトは頷くとボールを指定位置にしっかり置いた 「アマトだって! 」一組から驚きの声が上がった。
そして静まり返った。
みんが固唾をのんで見ている中をアマトは蹴りあげた。 確かな感触がアマトの足に伝わった。 ボールは前方高く弧を描き、その行き先を追う大勢の目が吸い寄せられていく。 入れ! アマトは息をつめて祈った。
「やった! 」 「入ったぞ! 」
ジョセや仲間の声、会場から割れんばかりの大歓声が、信じられないとばかりにぽかーんと突っ立ったままのアマトの頭に飛び込んで来た。 試合終了! 一組の優勝だ。 アマトは興奮が消えない身体で列に並び 「ノーサイド! 」と大きく叫んだ
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