「うまい! いいタックルだ! 」
ボールを持った相手選手に真っ向から正面タックルを決めた。両太腿をがっちりと抱え込んでいる。タックルされたらボールをすぐ離さなければならない。
タグラグビーではタックルでなく相手の腰に付いたタグを取れば取られた側はすぐボールをパスしなければならなかった。だからタックルという新しい技をまず教えられた。身体と身体のぶつかり合いだ。正確に基本を覚えないと大怪我につながってしまう。タックルは軽い気持ちでは出来ないのだ。まだある。スクラムだ。これもタグラグビーには無かったものだ。
後ろにボールが飛ぶ。
またタックルを挑んだ二組の選手は側面から飛びついた。飛びつかれた方は投げる間もなく倒れ込んだ。
「きゃあー! 離さないで! 」甲高い声を出したのは三組の女子だ。 倒れた選手に双方が駆け込み団子状態になった。
「ラックだ! 」 スクラムの一種で双方のフォワードが次々と腕を回して身体を組み、地面にあるボールを確保しようとする。中のボールを手で取ってはいけない。足で後方に回していくのだ。この時発生しやすいのがオフサイドという反則だ。 これもタグラグビーには無かったルールでなかなか覚えられなかった。
双方のスクラムの最後尾にオフサイドラインという目に見えない領域が敷かれ、他の選手はこの領域に入ってたらプレーできない。もしそこからボールを受けたり、相手を妨害などしたらたちまち「オフサイド! 」を喰らい、相手チームにキックボールを与えてしまう。ゴールが近かったらそれこそゴールキックを狙われ点を奪われてしまう。オフサイドは怖い反則なのだ。だからスクラムが組まれると、あわててスクラムを組む選手以外の双方の選手は領域外に退避しなければならない。ボールがスクラムの中から出るのを待つのだ。
ボールはどっちに行った? あっ、三組側の足の間にボールが見えた! 「確保してるな」ジョセが言った。 「あのボールをパスでどうつなげていくか……」 「おっ、二組のバックスが並んだぞ」ボールが出るとみて二組のディフェンスが組まれた。ボールを受けた選手が進もうと向って来るのをタックルで迎え撃ちボールを奪わなくてはいけない。 「敵陣にいるんだ。ゴールは近い。奪わんとな」 見学の身だから簡単に言える。口々に檄を飛ばしたり、知った選手の名を呼び「行けー!そこだ!」と拳を突き上げ叫ぶ。
「ゴールが近いからモールで組んで団子状態でボールをそこまで持ち込めば二組の『トライ』は可能なんだがな」ジョセが腕組みして唸った。モールというのもスクラムの一種だ。 「そりゃあちょっと無理かな。三組のスクラムを崩すのは難しいぞ。なんていったってバカ力がそろってるからな」と言ったハントが「おお! 」指差した。 「トミーだ! 」 足の間から出てきたボールを抱えて走り出したのはイダス村のキャプテンだったトミーだ。 歓声が沸いた。相手のタックルを受ける前にトミーは次のプレイヤーにパスを送る。早い! それをがっちり受け取ったのはクルスだ。 クルスが走る。すぐに次のディフェンダーがタックルを仕掛けてきた。だがクルスは腰を落とし低い姿勢だ。 「クルスに当たったら手ごわいぞ」ジョセはクルスから目を離さないで言った。 ジョセの言った通りになった。クルスの腰に腕が回せられず逆に押しのけられた。 タックル失敗に慌てた二組の次のディフェンダーがスピードの落ちたクルスに飛びつく。 その後ろにもう一人が加わりクルスを倒そうとしたが間際にボールはクルスの手から離れた。背後にいたプレイヤーが待っていたようにボールを受けるとすぐ走る。そいつにディフェンダーが飛びつく前にまた隣へパスした。早い展開だ。
「まずいな……」ジョセが渋い顔になった。 アマトにも分かった。三組の後方に控えた選手が気になるのだ。 コートの側面ラインに隙がある。二組は気が付いているのか。 ボールがまた隣へパスと誰もが思っただろう。だがそれはおとり役だった。まさにボールを受けるようにそのおとりが走って来た。二組のディフェンダーが彼に向かった。が、ボールは遠くに飛んで行く。それを受けたのは同じように後方からダッシュしてきた選手だ。 やっぱり……アマトの睨んだ通りだ。
そいつはラインすれすれに大きくランニングしてディフェンス陣を突き抜けた。
どよめきが起きる。このまま突っ走るのか……その彼を迎え撃つ最後の砦、二組の自陣で守護神を務めるフルバックだ。 仲間が駈けつけるまでタックルで止めなければ……。 太腿を高く上げ猛スピードでゴール目ざすランナーを迎え撃つ守護神フルバック。 どうなるか誰もが固唾をのんで見守った。 ランナーの足が緩んだ。とフルバックの衝突を避けるように弧を描いて回り込む。フルバックが突然の進路変更に慌てたのだろう、進路を断つように前に飛んだ。その飛んできたフルバックの肩を片方の手ではたいた。タックル失敗! もうゴールのみだ。
悲鳴と歓声が飛び交う。 二組が必死で戻るが間に合わない。 「トライ! 」レフリーの笛が鳴った。 「ああー」二組を応援している者の溜息が一緒になって会場に流れた。 「してやられたな……」ジョセが苦笑いをしている。 「クルスを抑えなくてはとディフェンスが乱れたな。ライン側に隙間が出来てしまった。ああいう作戦だよ。あの後方に控えたランナーは要注意だ。三組はスピードが弱点だと思ってたが、あいつのランニングプレーはたいしたものだよ」
トライを決めると五点。それにコンパートゴールが与えられ二本のポールの間をキックしたボールが通れば二点加点される。計七点だ。 「トライした位置が良かったな。キックも楽だ」
三組のキッカーは難なく決めた。これがせめぎ合いの末、ゴール端にトライするとキックもその地点から延長線にあるコート内のどこかでキックしなければならないからかなり斜めからになる。よほどうまいキッカーでないと入らない。 すぐにプレーは始まっていた。今度は三組がキックしたボールを二組が受け取った。 さっきと反対だ。二組の攻撃開始。 二組は足の速さで定評だ。ボールを持った選手に三組のディフェンダーが近づく。直前、パス。 「クルスを避けているな」 「当然だろ」
しかしコンタクト無しに前進はあり得ない。次のパスされたプレイヤーがタックルを受ける。身体を曲げてボールごと地面に倒れると二組の仲間がすぐにボールを拾った。ラックで押し合うのは避けたいだろう。すぐライン側面のプレイヤーにボールが行く。残念だが三組のディフェンダーがしっかりと対面していて抜けられない。ここはもうスクラムにして隙を狙う手だろう。アマトはまたさっきの後方のランナーの動きに目が行った。 さっきのと同じ展開にならねばよいのだが……とつい二組の肩を持ってしまう。トミーには悪いがクルスが嫌なのだ。
だが二組もそのランナーを警戒したようでディフェンスが張られている。 前進してはぶつかる。ボールはどこへとハラハラの連続だ。 三人目のパスでとうとうクルスに当たった。バカ力のタックルだ。二組のフォワードが加勢に加わる。またラックだ。中でタックルされたプレイヤーが横たわっている。 ボールはどうなった? 力の押し合いだ。それでもボールは二組の足元にあり、後ろに送られている。どこにボールをパスしようかと腰を落として一瞬の判断を下すスクラムハーフ。
「まだ三組のディフェンスはしっかりガードしているな。突破は無理だろう」
同じスクラムハーフ役のジョセは自分だったらと考えているらしい。 後方のプレイヤーが走って来ている。ボールをそいつにパスするだろう。 と思ったらなんとおとりだった! おとりの後方にいたプレイヤーにすばやいパスが飛んだ。 「二組もやるじゃないか! えっ? キック? 」ジョセの素っ頓狂な声。 「おい、グラバーキックだぞ! すごーっ! 」 グラバーキックはディフェンスの背後にころがすキックだ。自分で捕っても味方に捕らせてもよい。 「うん、ディフェンダーの後ろに隙があるのを見て判断したんだろうがキックに自信が無ければ出来ないぞ、あんなの! 」 蹴った本人が眼前のディフェンダーの横をすり抜けてまたボールをキャッチして前進した。 ワオーの大歓声が上がった!
アマトの心臓はわくわくと打ち震えた。今のキックを目にしてだ。自分でも出来るか……浜で何度か成功はしている。でも試合中にとっさに判断しなければならないのだ。正確に出来るかどうか自信はない。
三組のディフェンス陣が慌てて自陣に迫るプレイヤーを追う。その向こうに三組の守護神、フルバックが身体を大きく張って立ち向かった。自陣五メートルラインに近い。 フルバックにタックルされてボールを持ったプレイヤーに、わあーっと押し寄せたスクラム陣。 見る方も興奮の渦に巻き込まれ大歓声が起こる。トライが近い! だがスクラムには強い三組だ。そのままゴールまで押し込めない。再度パスで回すしかないだろう。隙はどこだ。 前半二〇分の時間も迫って来ての二組のチャンス。スクラムハーフはボールをライン側にいる仲間にパスをした。 行け! ディフェンスに負けるな! すぐゴールだ! しかしタックルされたプレイヤーは倒れてしまった。倒れる寸前、ボールがパスされる。慌ててのパスだった。味方が受ける前に三組がキャッチしてしまった。 二組の応援席の歓声が、あーっ、というため息に変わり、「やったー! 」 と三組の歓声が上がった。
せっかくのチャンスだったのに…… 「残念だったな」ジョセがぽつりと言った。 ところが試合が中断されてレフリーが反則を身振りで示した。 「おい、オフサイドだって!」ハントが目をびっくりさせて言った。 「そんなのあったか? 」何人かが首を傾げた。 「きっとさっきのスクラムであったんだ! だが試合がそのまま続行されたってことはアドバンテージだ。三組の反則があったが二組がまだボールを確保して有利に動いていたから様子を見ていたが、タックルでボールを捕られて反則した三組が有利になったので適用したんだな」
これも見てる方には分かりにくいがラグビー独特のユニークなルールだ。 反則があっても、反則しなかった側が有利になった時は笛を吹いてはならない。その後、予期せず反則をしなかった側が不利になった時、反則地点に戻ってペナルティを与えるのである。ゲームの流れをむやみにプチプチ切らないってわけだ。 「二組のチャンス! 当然あんな近いんだからゴールキックだろう」 たがわず二組はキック成功! ペナルティキックは三点がもらえる。七対三になった。 「あと一トライすれば逆転なんだが……」 笛が鳴った。前半終了。五分のハーフタイムに入った。
「おい、どう思う。後半の予想は」 「うーん、二組はスピードはあるがスクラムが弱いな。それに三組のタックルは強烈だ。タックルされたら早くボールを回して隙を狙うってな。口では簡単に言えるがな。まあ前進あるのみだ」 ジョセの思うこととみんなはだいたい同じだった。結局、前進、前進。今から急な戦術を練ったってだめだ。前進するために積み上げてきた練習の成果が試されるのだ。
後半、二組は三組のスクラムやタックルを崩すことが出来なかった。スクラムからクルスの強烈なタックルにディフェンスを乱され隙を突かれるというパターンで二回もトライされてしまい、二組はようやく三組の反則に助けられて一トライに終わった。 引き上げる二組の選手のうち二名の歩き方がおかしかった。 「ありゃ、クルスのタックルを受けた奴だ。あのバカ力をまともに喰らったからな。あのタックルは要注意だな」 ジョセは腕組みして「ふーん……」と考え込み 「よし、クルスタックル打破作戦といこう! 特訓だ! 」と喝を飛ばした。
翌日。 朝から、グランドはラグビー一色となった。各学年の準決勝、決勝が決まる。女子応援団のカラフルな衣装がグランドを彩り、応援席も大勢の大人がいた。家族や知り合いとかが詰めかけているようでコートの周りは応援の人垣が出来ていた。 グランドの中ではすでに一年の一組と昨日の勝利者三組の選手がそれぞれ輪になって集まっていた。 「いいか、慌てないで、相手の動きをよく見ること。わずかな隙でも突っ込め。ディフェンスを乱すな。モールやラックになるとどうしてもそこばかりに目が行ってしまうが、フォワードを信じて持ち場からむやみに離れるなよ」 ジョセはうまくみんなの気持ちをまとめているなとアマトはあらためて感心して見ていた。 この一週間、寝ても冷めてもラグビーに打ちこんだ。タックルも迷わずぶつかって行った。選手になることなど頭にない。補欠も意識しない。ただ気持ちをラグビーだけに向けていたかったからだ。 「すごい上達したな」とジョセや周りを驚かせた。そう言われて素直に嬉しかった。 「僕に番をまわすようなことはないようにみんな頑張ってくれよ」 「ああ、まかせとけ」ジョセはどんと胸を拳で叩いて応えた。 「おまえのその傷やあざだらけの身体の分も俺達は頑張るから。なあ、みんな」 顔、手足いたるところ傷だらけにして笑っているアマトの顔をまじまじと見て言った。 「それにしても、いい顔が台無しだな……」 「ジョセ、そんなことはないよ」ハントが口を挟んだ。 「優しい顔に凄みが出て男らしくなったと思うよ」 「おい、垂れ目のこと言うなよ」アマトは打つ真似をした。
試合開始の笛が鳴った。
「一組、がんばれー! 」 はっきり聞こえる甲高い声。 真っ赤な鳥の羽根が頭の上で跳ねている。 「ミオン鳥の雄叫びだぞ。ジョセ、がんばらなくっちゃな」 ミオンの後から次々と一組の声援が飛んできた。それは三組も同じだ。 アマトは身震いを覚えた。試合に出ない自分ですらこんなだ。 「じゃあみんな、がんばれよ」 「まかせとけ! 」 みんなの威勢のいい声を背に受けてアマトはコート外に出た。
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