案の定、宇宙人がもう待てないと言ってきた。おかげで僕は体育祭に向けて学校で自主練習するはずだった貴重な日曜日をまた潰してしまった。やる気がないと思われても仕方がない。ジョセには黙っておいた。
バナナやヤシの実を取って来るという口実で山に向かった。久し振りだ。灌木を通り過ぎ深い木々の中をぬっていく。観光化されたらこの茂みも伐採されるだろう。森の奥深く鳥のさえずりがここまで響いて来ている。
小川に出た。洞窟の穴が見える。あの中から僕はパシカをワームホールから連れ出したわけだが全く覚えてない。あの時は僕の意識はまだ眠ったまま宇宙人に動かされていたからだ。
懐中電灯を照らして中に入った。テレビモニタ―で見ていたから、ああ、ここがあの映像の場所だなと最初の広い空洞を眺めた。パシカが誘拐され置き去りにされた所だ。そして奥に続く通路を照らす。本当にちょうど人が通れるぐらいの道のようだ。奥に行くにつれヒューという風の音がし出した。魔物と勘違いして長い間恐れられていたこの音がだんだん強くなっていく。 左に別の通路が現れた。そちらは風が通ってない。パシカが魔物を恐れて入り込んだ別の通路とはこれだろう。 行き止まりだ。通路を塞いでいる岩は周りの壁の岩とは違っていた。磁鉄鉱の黒っぽい光沢をもってはいるが表面が磨かれたように平らになっている。あきらかに不自然だ。こんなの見たらきっと調べたくなるだろうな。
〈開けるよ〉宇宙人が言った。
音もなくその岩が横に開いた。 パシカは目が見えないからこの内部を知らない。恐怖と疲労でここで寝入ってしまったのだ。 ──不思議な空間だな…… 五枚の岩壁に囲まれ、床は一枚岩、天井もそうだがドームのようにアーチ状だ。 〈天井を見てごらん〉 言われてライトを向ける。ちょうど真ん中にポコっと陥没した穴が見えた。 〈あそこに球体がはまっていたのだ。簡単に外れる物ではない。そうとうの地殻変動があったのだろう〉 ──きっと島が半分に割れてマタイとマライが出来た時だよ。かなりの昔だよ。 〈占い婆の手にあって助かった〉 ──本当に奇跡だよ。これでガイから奪い取れば地球は救われるの? 〈それだけではない。地球人も試練に耐えられるかどうかが試されるだろうな〉 ──試練って……何か起きるの 〈それはまだわからない。アマトや博士のような人ばかりではないから〉 宇宙人はなにを言いたいのか。球体を嵌めれば地球は助かると単純に考えていたけれどもっと複雑な問題が起きると言うのか。 〈アマト、岩壁に掌を当てて〉 宇宙人の言う通りにした。いよいよ僕の身体から離れるのか。 掌の当たった部分が青白く光り出した。 〈岩全体が光を帯び出すまでこのままで〉 掌にわずかな熱を感じる……今、宇宙人が僕から岩に、身体、というか気体を移してるのだ。 〈アマト、完了したよ〉 ──今から行くの? 〈いや、まだ準備があるから夜中に出発する。アマトはここからもう出ていいよ〉 ──分かった。ところでいつ帰って来るの? それに帰って来たってことをどうやって知らせてくれるの? 〈そんなに長くはかからないだろう。帰ったら君の身体に呼びかけるから分かるだろう〉 ──だって僕から抜けてしまったんだろう。 〈大丈夫だ。意志はないが信号を受け取るだけの微量の気体を残してあるから〉 ──そうなんだ……そいつとは会話できるのかな 〈いや、できない。アマトを助けるような力もないからこれからは気を付けるように〉 ──ああ、気を付けるよ。これからは怪我をしても簡単には治らないってことだね。じゃあ、もう行くよ。また会おう。元気で 元気でというのはおかしいなと気がついた。でも地球人のこれが挨拶というものだ構うものか
洞窟を出て小川の河原からもう一度洞窟の入り口を振り返った。土手の木の枝の間から見える小さな暗い穴。あの中に今、宇宙人がいる。 ふと、おい、本当に君はいないのか……僕の問いかけになにも返事がない。流れるせせらぎの音と小鳥のさえずりだけだ。静かだ。やっぱりいないのかな。もともと無口であったからひょっとして黙ったままかも……いや、嘘など言わないやつだから本当にいないのだ。 さあ、帰ろう。バナナとヤシの実を取っていかないとタネおばさんに怪しまれるからな。 小川から土手に上がりわずかに人が通ったらしき茂みのわけ目を歩き始めた時、ガサッという音がした。その音のした方を振り向き、一瞬、うっと声が洩れたがじき占い婆だと分かった。相変わらずぼろをまとった魔物のようだ。
「おまえ、アマトだね。ドウルパの洞窟から出て来たのを見たぞ。こんなところで何をしているのじゃ」 しまった! 占い婆に見られていた。今日に限って婆はどこにも出かけなかったのか。
「婆は知らないだろうけど今度洞窟は観光地になるんだよ。僕はまだ一度も中を見たことが無かったから賑やかくなる前にちょっと見ておきたかったからさ」 なんとかとっさに言い逃れた。
「観光地にだと」 「そうだよ。来週にはこの道を整備するための測量が入るんだ。そうだ、婆の家も近いから観光客がくるかもしれないよ。そしたら占いの仕事もできるかもしれないよ」 「そりゃ、本当の話しか」 「ああ、ほら、テレビで放映されて有名になったんだ。世界から来るんだよ。バラムの村も土産品を作ろうと大騒ぎさ」 「そうか。人が大勢来るのか……」 婆は考えるふうに皺だらけの手で顎をつまんだ。 「ふむー。となるともうちっと家をきれいにしなきゃならんな」 「そうだよ。お金ならほらガイからもらったのがあるだろ」 「なんで、おまえが知ってるのじゃ! 」 しまった! あの時。灌木の茂みからやりとりを見ていたからつい言ってしまった。 「ああ、それはさ……ちらっと、ほら、村の人から……」 「ふん、どうせ良くは言ってないだろ」 「……」当たっているだけに言えない。 「それにしても……」 婆がじろっと見て来た。 「おまえ一人で洞窟に入るなどよくできるな。みんな怖がって入らなかったんだぞ」 また話しが戻って来てしまった。早く切り上げないと…… 「魔物の正体はただの風だよ。もう怖くなんかないよ。モニターでも見たし。バナナとヤシの実を取りに来たついでだからと寄ってみただけさ。もう行かなくっちゃ。来週からこの辺は賑やかくなるからね。婆、お茶でも出してあげてよ」 「そんなもん誰が出すか! 」
婆の罵声が背に聞こえたが振り向かなかった。婆の訝しげな目をもう見たくない。 僕の行動に不審を持ったかもしれない。なんとか言い逃れたけど信用したかどうか分からないな。
その日の夜はタネおばさんが昼間の村集会で聞いてきたことで大騒ぎだ。 おばさんも興奮してパシカと民芸品を造る話しで盛り上がった。 貝殻でイヤリングや首飾りや腕輪はどうとか、アマトは取ってきた魚の燻製とか鳥の羽根で帽子とかと言っては二人で笑い合っている。 村中の家が今こんな状態だろうな。僕は村の人がこんなに喜んでいる姿をみると複雑だ。ドウルパの洞窟を世間の目にさらされたくない。 「アマト! 嬉しくないの。さっきから黙ったままよ」 パシカがあきれたように言ってきた。 「僕は今、それどころじゃないよ。体育祭が近いんだから」 とっさに言い逃れたが 「ふーん。でもアマトはラグビーに出ないんでしょ」 「そうだけど、一応補欠になってるから」 まず出ることはないと思う。本当にそうであってほしい。宇宙人はいない。いくら練習して来ているとはいえジョセ達にはもう足元にも及ばないだろう。
一週間後だ。明日からもっとしっかり練習しなくては。 そんなことを考えていたせいかその夜の夢は最悪だった。僕の投げたパスがジョセの手に届かずジョセが怖い顔で睨んで来た。次は頼むぞ、とまたキックオフから始まる。緊張で汗が出て来ていた。おまけに天候が急に荒れて来てボールが風を受けてそれてしまう。 風はますます荒れてグランドが砂ぼこりを上げ出した。目が開けてられない。女子達がきゃあきゃあ言いだした。どこかでばたばたという音がしている。
うーん―うるさいな―バタバタと……その時、顔に強い風が当たって来た。 それで目が覚めた。夢か……と溜息を突いていると入口の方でバタバタまだ音がしていて、アマトの寝間の仕切りのカーテンが激しく踊っている。さっきの風は戸口からか。タネおばさんが戸を閉め忘れたのかもしれない。起き上がって行くとタネおばさんが入口の戸を手で押さえていた。 「どうしたの」 「ああ、アマトかい。ちょうど良かった。ひどい風だよ。つっかい棒が取れてしまってね。ほらそこに転がっているから持って来て」 言われても暗いうえに起きたばかりで目が暗がりに慣れない。 何とか部屋の隅に転がっているのを見つけた。 「ああ、それでかってくれる」 おばさんが戸を手で押さえている間に棒を立てた。 「ああ、やれやれ。こんな風が出るなんて……あの時もそうだったけど、おかしいよ」 おばさんが言ったと同じくらいにまばゆい光が射ぬいた。 「まあ、雷までー。アマト、近いよ、耳を塞いで! 」 おばさんもしゃがみこみ耳を塞いだ。 すぐ来ると思った。まだかまだか……変だな 「おばさん、来ないよ」顔を上げてみる。あたりは変わらぬ暗闇だ。 「おかしいね……あんなに光ったのに」 おばさんが顔を傾げながら 「あの時もそう言えば音がしなかったね……」 「あの時って、いつなの」 光……あの時 タネおばさんがふと口にした言葉に触発されたようにアマトの脳裏にくっきりと浮かんだ記憶── 「おばさん! それって僕の父さん、母さんが海で遭難した夜の事! 」 タネおばさんが慌てて口を塞いだがもう言ってしまったからには仕方ないという顔になった。 「ごめんね、嫌な事を思い出させてしまって」 「今みたいなことがあの夜中にもあったんだね……」 「ああ、でももっと激しかった気がするけど」
そうだったんだ!
あの嵐は宇宙人がやってきたからだ。そして今、洞窟から去って行ったんだ! もし来なかったら遭難することもなく今ごろは父さんや母さんと暮らしておれただろう。宇宙人は遭難して海岸に打ち上げられた僕達のところにやって来てなんとか息のある僕に住みついたんだ。僕は……僕は…… 「アマト、あの時は両親を亡くして悲しんでいるあんたにはなにも言えなかったんだよ。遭難しただけで充分だ。思い出させるような話題には一切言わないようにしてきたのだよ。村人も……」 「おばさん、気にしないで。僕は思い出してまた悲しくなったわけじゃないよ。まったく悲しくないと言えば嘘になるけど、おばさんや村の人達のおかげで元気になれたんだ。もう昔のようにはならないから。ただ、あの時もこんな嵐だった事が分かってびっくりしただけだから」
もう外は静かだった。
布団に戻ったアマトは眠れなかった。宇宙人が来たために偶然とはいえ嵐で両親は死んだ。もし来なければ無事バラムに着いたのだ。一日でもずれていれば救われたのに…… 闇の中でもんもんとやりとりが繰り返される。その中で一番辛いことは両親を殺したといってもいいぐらいの当の本人、いや宇宙人を僕の身体で守っていたってことだ! なんと皮肉じゃないか。悲しいのか悔しいのか分からぬ感情にかられ、アマトは布団に顔をうずめた。
|
|