夕方、ホテルに帰り部屋で博士と二人だけになると、アマトはガイの言っていたことが本当のことだったと分かった時から口にしたくても我慢していた言葉を吐き出した。
「博士、ガイは誰からも本気にされずどんなにか辛かっただろうね……施設にまで入れられて……」ガイの口惜しい気持ちが分かる。自分も同じだから。 「そうだな……これが大人だったとしても信じてもらえないだろう。それが子どもとなるとなおさらだ。誰も受け入れてくれないと分かったガイは心も口も頑なになっていかざるを得なかったのかもしれないな……」 「僕だって、もし博士がいなかったらみんなにわめいていたよ。博士が他の人に言ってはならないと忠告してくれたから言わなかっただけだ。一人でもいい。信じてくれる人がいたらどんなに救われたことか。僕は……僕は博士に本当に感謝しています」 「ありがとう。そう言ってもらえるのは嬉しい限りだが、私も、もしアマトが崖から落ちて大怪我をしたあの時に、宇宙人から呼びかけられなければアマトがどんなに騒いでも信じられたかどうか自信はないのだよ。仮にこの私がアマトの代わりに言ったとしても誰も信じてはくれないだろう。これは二人だけにしか通用しない出来事なのだよ。まだまだ世間には伏せておかねばならないだろう」
二人の間にしか通用しないこと……博士の言葉が心に重くのしかかる。 そうなのだ! タグラグビーで見せた僕の強さが実は偽で、本当は宇宙人の力だった。どんなに僕じゃない! と叫びたかったことか。すごいと注目されることがどんなにつらくてみじめだったか。喉までほとばしる叫びを飲み込まなければならないやりきれなさを嫌っというほど味わされて来たのだ。
〈地球人はまだまだこれから大変だね〉 宇宙人がいきなり会話に入ってきた。 〈私達のような星の間ではいろんな星の生物がいるのが当たり前で、生命体がまったくいないと考える方が不思議だ。もちろん知的に発達した生物だけのことを言ってるのではないよ。どんな環境でもそこに生命は生れるものだ〉
地球人の考えの狭さをズバリ言われた気分だ。 「そりゃあ、君達からみたら、まだまださ。でも地球人だって、ここでストップってわけじゃないよ。今はこの星を出たことが無いから想像のしようがないじゃないか。これから変わっていくよ。これでも原始時代からはうんと発達してきたんだから」 「ははは、アマトもよく言えるようになったね。考えもしっかりしてきている。その通りだ。地球の中ですら一つ一つ新しい生命の発見をしている。それも驚くような環境の中でだ。たとえば灼熱の泥の中、極寒の海底に、酸素が無くてもミクロの生命体が発見されるなど多様な生命は多くの人が認めてきているようにね」 〈こうして地球の人達と関わることができた者としては地球の未来を期待して、宇宙にも飛び立つときが来るのを楽しみにしたいと思っている〉 「それには、今、待ち受ける困難を解決していかなくてはいけないね」博士が言葉をつないだ。 「三百年先にやって来ると言う炭素星雲のことだよね」 言うのは簡単だが三百年という時間は途方もない。まず自分はもうこの世にいない。どうやって解決するのだ。先が見えないな。 「方法はこれからだな。一つ一つを解決していく中で見えて来るだろう。その一つがガイの事だ。宇宙人の言う球体を取り戻すこと。それが今やるべきことなのだよ、アマト」 「……うん」
宇宙人は球体を取り戻すことをとっても重要視している。きっと炭素星雲を阻止することと関わりがあるにちがいない。博士の言う通り今はこのことを解決していかなくては。 「しかし、ここまで分かったからにはガイにどう近づくかだな。簡単には球体を手放さいだろう」 「博士、ガイに本当のことを打ち明けたらどうだろう。今、地球に危機が迫っていること、そのためには球体が必要だということを。ガイは宇宙人を信じているから話せば分かってくれると思うんだ」 「そうかもしれない……だがガイは宇宙人の存在を認めても、好意的かどうかは分からないぞ。母親を拉致されたと憎んでいるかもしれないからな。そもそも宇宙局特捜隊は地球外生命体から地球を守るという役割を担っているのだよ」 〈博士もアマトもちょっと待って下さい。ガイについてはまだ気になることがあるのです。もう少し調べてからガイに話すことにした方がよいでしょう〉 「まだ調べることがあるの? 」 〈思い当ることがあるのです。それについてアマト、帰ったらすぐにドゥルパの洞窟に行って欲しい〉
思わずびっくりして博士と顔を見合わせた。ドゥルパの洞窟とどういう関係があるというのだろう。 僕の疑問に答えて返事があったのはマライに帰ってからだった。
──えーっ! 君が僕の身体から抜けて調べに行くの! 〈そうだ。その星は地球によく似た大気なのだよ。だからその環境に会った生命体が集まってとっても交易が盛んな星のひとつだ。外見も地球人に似てる生命体もいるんだ。彼らの中にはエアーズロックにみられたような宇宙基地を使って銀河間を飛行することもあるんだよ〉 ──じゃあ、もしかしてガイのお母さんはその星に連れていかれたかも知れないってこと? 〈うーん、そのへんは調べないと何とも言えないな……〉 あれ、なんか引っかかる言い方だな、と気になったが近くで足音が止まったので、それ以上深くは聞き出せなかった。
「アマト……起きてるの? 」ささやくように言ってきたのはタネおばさんだ。 「うーん……ちょっとね」 「さっきから、寝言のような声が聞こえていたけど、だいじょうぶ? 」 ああ、つい声を出したりしてしまうからだな。 「なんともないよ。なかなか寝付けなくて」 「旅行から帰ったばかりだものね、気持が興奮から冷めてないのかもしれないね」 「うん、そうかもしれない。だいじょうぶだからおばさんも寝て」 「パシカもさっきやっと寝付いたところなんだよ。人形にすっかり興奮しちゃってね。あんなに喜ぶなんて。ありがとうね。じゃあ、おやすみ……」 そう言うとおばさんは去っていった。 人形か。パシカがあんなに喜ぶなんて……さすがケーシー博士だ。僕がパシカへのお土産に困っていたらケーシー博士が、女の子は人形が好きなものさ、と助言してくれたのだ。 たくさんの人形の中で選んだのはおしゃべりする人形だ。簡単な言葉だけしか言わないけど、目が見えなくて、昼間は一人になることが多いパシカの事を考えて選んだのだが、あんなに大喜びするとは思わなかった。
──ところで、いつドゥルパの洞窟に行くの 〈近くになったら知らせる〉 ──2週間後には体育祭があるけど…… 〈私には関係ないことだろう〉 そりゃあそうだ。なんてことを僕は口にしてしまったのだろう。一切手出しをするなとこっちから願ったのに気持ちのどこかで当てにしてる……いっそのこといない方があきらめもつくというものだ。 〈心配するな。私はその前に出発する。自分の力で頑張れよ〉 ──ああ、そうなんだ……ありがとう これこそ望んだことだ。いないのだ。奮い立つような緊張感が身体を走った。
翌日は月曜日。四日間学校から離れただけなのにずいぶん久しぶりな気がした。 バス停まで走り出したら、後ろで同じような駆け足の気配がしたので振り向いたらなんとジョセだった。 「よう、久し振り! 」 「あれ、ジョセ、帰ってたのか」
ジョセは晴れやかな顔をしている。怒ってないのか。まあ、根に持つタイプではないが、僕が旅行に行く前の態度とは雲泥の差だ。 「船じゃないのか」 「ああ、今日は俺もバスさ」
それも珍しいし言った瞬間、ぽっと顔に照れたような表情が浮かんだのが不思議な気がした。バスに乗ってもその陽気さが変わらない。なんだかおかしい…… フローラ―のバス停に着くといつもの女子達が乗り込んで来た。今ではミオンは僕の席に来ることはめったにないのにこの日はさっさと目ざしてやってきた。
「あら、アマト帰ってたの」 「ああ」と軽く返事をしたがとっさに警戒心が起きた。なにをまた根ほり葉ほり突っ込んでくるか分からないぞ。 ところがミオンは僕の返事などどうでもいいように視線をジョセに向けたではないか。 「ジョセ、お早う」 「やあ」 二人が目を合わせて意味ありげに微笑み返している。そういうことか。 それにしてもいつの間にこうなったんだろう。 「おい」 ジョセの横腹を小突いてやった。 「へへへ」ジョセが頭を掻きながらニヤッとした。 「全く気が付かなかったな」 「おまえが旅行に行ってる間さ」 「ミオン、僕と変わろう」 さっさと席を立ちミオンをジョセの横にさせた。 「ありがとう」素直に喜びを表し、座るミオン。こういうところは可愛いなとは思うが。
学校に着いて、ハントから聞きだした。 「アマトが休みだしたので、どうして、とミオンがジョセに聞いたのがきっかけかな。その後、体育祭のラグビーの応援をしようとミオンが女子達に働きかけたりしてジョセとよく会ってたりしたからな」 「アマトが放っとくからさ。残念でした」 「そんなんじゃないよ。でもジョセはミオンに気があったのかな」 「そりゃあ、おしゃべりだけど案外さっぱりしたとこあるし、目がくりくりしてて可愛いからな」 確かに目はミオンのチャームポイントだ。でも僕はあの目は苦手だ。 「ハントもひそかにいるんだろう」 「俺はまだまださ。ジョセのようにはいかないな」 「片想い? 」 「うまくいったら教えてやるよ。それよりアマトはどうなんだ」 「僕! 全然」 「女子達がアマトの目が可愛いと評判なのを知ってるか」 「垂れ目だぞ」 「それが愛嬌があっていいんだと。自信もって当たれよ」 なにが愛嬌だ。子ども扱いされてるだけじゃないか。 それに今の僕はそれどころではない。
「おい、何話してるんだ」ジョセがいつの間にか後ろにやって来ていた。 「ミオンがおまえに取られたのでなぐさめていたんだよ」 「ハント! 」 「それは違うだろう。アマトがミオンに素っ気なかったからさ」 「素っ気ないなんて! 僕は別に何とも思ってなかったから普通にしてただけじゃないか」 「分かってるさ。おまえは女心が通じなかったんだな」 「もういいよ。女はうるさい」 「ははは、ハント。アマトはこりゃ当分彼女なんて無理だな」 軽く言ってるだけ……それは分かっている。ジョセもハントも悪気はない。だが無理、という言葉は僕にとっては特別なんだ。今の僕の立場が分かってたらこんな言葉は簡単には言えないだろう。僕だって普通に学校生活も楽しみたいし、彼女だって欲しいさ。だったら宇宙人の言葉など無視して自由にすれば良い。しようと思えばできる……何度かそれも考えた。でも自分にはできない。それが結果だった。自分でそう踏ん切りがついて迷わないと決めていたつもりでも、ふと今のような言葉が心に突き刺さる。そう簡単には割り切れないものなんだな。
「そうそう、ミオンが兄から聞いたって言ってたが、ドゥルパの洞窟のテレビ放送を見て世界各地から問い合わせが殺到してきてるそうだ。役場は観光地として本腰を上げたそうだ。近いうちにバラムへのバスを増やし、洞窟までの整備もするって、それに町の海辺の綺麗な個所もリゾート地として開発を進めるってさ」
「すごーい! 島も変わるぞ」ハントがガッツポーズをした。 「洞窟の整備だって。ジョセ、それいつごろ」 「ああ、村長のところにはもう話しが来てて、今週中に調査が始まるそうだ。村長は大喜びだぞ。村への道も綺麗に舗装されるし村で取れる産物をどう売ろうかと長老達と相談してるとさ。そのうち集まりがあるだろう。村は大騒ぎになるぞ」
今週中! とりあえずは道の整備だろうがそれでもこれから大勢の人の目にさらされることになる。 洞窟の内部をモニターで見た僕でさえ、洞窟にしては整然とした人工的な岩肌だなと思ったぐらいだ。もし専門家が来たらきっと削って調べるはずだ。特に、行き止まりの通路、ワームホールの扉の岩は危ない。心が騒いだ。それは僕の意識だがもっと奥の宇宙人の意識も動いたのを感じていた。
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