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作品名:アマトの宇宙(そら) U  作者:サヴァイ

第11回   ガイの秘密 D
 

翌朝、ジャクソンの車でガイが飛び込んだ村に向かった。

ジャクソンが付いていてくれたおかげでアボリジニーの村では快く迎えてくれた。
今でこそ、政府がアボリジニーの健康問題を取り上げ、医療の手が差し伸べられるようになったが、それまではヨーロッパからの移住者に土地を取られ、迫害され、新しい病気を持ちこまれアボリジニーの人口は激減してしまった。陸地の内部奥へと追いやられ病気と貧困が彼らを襲っていた。
そういうことは学校の歴史では習っていたけれど、訪れるのは始めてだ。
村長はジャクソンの手を取ると喜びを顔にあらわした。

「以前、彼の孫の病気を治したことがあってね」とジャクソンが教えてくれた。
「若い者は町に働きに行っているし子どもは学校だ。ここにいるのはわしらのような年寄りばかりだ。今日は診察日でもないのにどうしたね、先生」
「ああ、今日は別の用事でやってきた」ジャクソンに促されて僕と博士は村長の前に出た。
「この人は私の友達で隣の少年は友達の友人の子だ」
村長が差し出した手を博士が受けて握手した。

ジャクソンが村長と話し始めた。その様子を見ながらアマトは村長を真近に見て
マライの人よりさらに濃い褐色より黒に近い肌の色と顔に刻まれた深い皺、鋭いような黒くて大きい瞳、歴史にほんろうされながらも生き抜いてきたたくましさに圧倒された。
「それはちょうど良い。わしは、これから長老会議に行くから案内しよう」
「それでは、私の車で御一緒しましょう」

ジャクソンの車で村長もエアーズロックに行った。なぜ長老会議にエアーズロック? と疑問に思った。ジャクソンは知っているようだ。
エアーズロックは巨大な岩だ。教科書で習ったものの実際その前に立って、初めて実感した。まるで天を突くように立ちはだかっている。
驚いて見上げている僕にジャクソンが
「すごいだろう。地表からは三百四十八メートルだがまだ地下には六百メートルは埋まっているのだよ。周囲は八キロもあるのだよ」と言ってきた。
村長が岩に向かった。
「岩穴をまず見せよう」
村長の後について中に入った。

穴の中は外の陽が入り込んでそれほど暗くはない。中央は平たくなぜか敷物が敷いてあった。
「このエアーズロックは6億年の歳月をかけて今の形になったのだ。わしらの祖先は6万年前からここに暮らし、ここを聖地として守って来たのじゃ」
長老はゆったりと語りながら岩壁を回った。
「ほら、この絵は祖先が書き残したもので2万年前の物とされておるのじゃ」
長老の目の前の岩壁には、動物や魚らしきものが描かれている。
「アマト、ここの絵は世界で発見されている洞窟絵とちょっと変わっているだろう」
ケーシー博士が言ってきた。
「うん、学校で習ったことがある。まるでレントゲンで撮ったような絵から『]線描法』と呼ばれてるって。本当に骨まで表してるようだね」
2万年前の人間がここにいて描いていたと思うとぞくっとした。その絵を見ている現代の僕達がいるなんて不思議な気がする。彼らは何を思って描いたのか。狩りをするための言葉代わりだったのか……

「それでは、ガイが連れていかれたという場所に行くとしよう」
「えっ、ここじゃなかったの」アマトが言った。
「ここではない。少し行ったところの切り込んだところだ」

三十分ほど岩に沿って歩いたら長老の言った通り、岩が切り立って人が通れるぐらいの亀裂が奥に続く場所にやってきた。

「ガイはここにわしらを連れて来て中に母親と連れに来た男達が入って行ったと言ってな。自分は中に入ることは許されなかったそうだ」
この奥に……暗くてよく見えないな。
「わしらは中に入ってみたが、亀裂も途中で塞がれてしまっていてなにもなかったのじゃ」
「そうですか。こんなところで一人、置いてかれたのですか」

暗闇に取り残された子どものガイがその時どんな恐怖を味わったことだろう。どうしてここでなくてはならなかったのか。なにがあったのか……
「わしはこれから会議だからここで失礼するがよろしいかな」
「どうもありがとうございました」
ジャクソンが長老の手を取って礼を述べた。去っていく長老を見送りながらアマトはようやく聞いた。
「会議って言ってたけどどこでするのですか」
「ああ、さっきの岩穴だよ。近隣のアボリジニーの村から長老達が集まって行われるのだ。
彼らにとっては岩穴は神聖な場所だ。昔からそこで物事の取り決めをするのだよ」
「土地問題は解決したかね」
ケーシー博士が聞いた。
「今はこのエアーズロックを含むウルル国立公園はアボリジニーが所有していて観光客のガイドの仕事で生活もなんとか成り立ってはいるがまだまだ彼らの多くは貧困だ。昔奪われた土地を調べ直し、権利を取り戻したいと政府に掛け合っているところなんだがなかなか進まないな」
「アマト、この国だけじゃないのだよ。世界のいろんな国で部族通しのもめごとは絶えない。悲惨な歴史が繰り返されながら人間は少しずつ人々の生活が大切にされるような意識になって来てはいるのだが、時間がかかるのだよ。理解しあえるまでが……」
アマトは頷いた。博士が思うほどには知らないが、すぐ最近まで燐島、マタイのクラノスの横暴さを見て来たから、世界にももっと様々な問題が存在してるだろうと理解はできる。

「さて、ここでガイは置いて行かれたわけだが、どうしてかという手がかりがあるようにはみえないな」
博士が岩の亀裂を見上げながら思案している。アマトは先ほどから中に踏み込みたくてうずうずしている。せかされている感じだ。宇宙人だろう。
「僕、中に入ってみるよ」
博士が苦笑した。
「若い者は冒険がしたいのさ。ジャクソン、私もアマトに付き合うから、君は車で待っていてくれないか」
「ああ、分かった。見てみなくては気が済まないだろうからな」
ジャクソンは片手を振りながら車に向かった。

「アマト、宇宙人が何か言ってるのかい」
切り立つ岩の中に足を踏み入れ、ジャクソンも見えなくなると待っていたように博士が聞いてきた。
「はっきりと言ってきたわけじゃないけど、とても入りたがってるのが分かるんだ」
「宇宙人の気持が分かるようになって来たのか」
「うん、何となくね。これは自分の感情とか意識とかとは違うなって」
アマトが先になって、切り立つ岩の隙間を縫って奥に入っていく。やがて村長の言っていたように亀裂が閉ざされた場所に来た。
「何もないように見えるが……」
博士の不思議そうな声が響く。
アマトは念じてみた。

──どう、なにか分かった?
〈うーん、ここに来て外と違う異空間の気配がしている〉
──異空間? 感じないけど。
〈アマト達には分からないだろう。調べたいことがある。この辺の岩に触ってみて〉
言われて周りの岩に手を当てていった。
〈ここだ。止めて〉
アマトの目には周りと変わりないように見えた。
〈しばらく当てたままでいてくれよ〉
「なにか分かったのか」アマトの手を見てケーシー博士が聞いてきた。
「僕には分からないのだけど、ここに異空間があるといっている」
「異空間だって! それはすごい」博士の目が輝いた。
「手をこのままでと言ったから、今、調べているみたいだ」

どうやって調べているのだろう……ひょっとして今この瞬間、宇宙人は僕の身体から離れているのだろうか。そうだとしたらこの手を岩から離したらどうなるか……手を見ながらそんな考えが浮かんだ。ああ、これが地球の危機など知らされてなければためらわず実行するだろう。身体の中の宇宙人がいなくなればどんなに気持ちが解放されることか。いけない。いなければ、と考えるのはよそう。そんなこと考えても何にもならないじゃないか。ガイから球体をとりかえすことが先決だ。

〈見つけたよ〉
宇宙人が戻ってきた。
〈博士にも伝えます〉
博士が頷く。
〈この岩は分子が整然と並んでいます。おそらくある光エネルギーによって開くようになっているのでしょう。この奥に飛行基地がありました。これは私のような気体でなく個体生物の宇宙基地なのでしょう〉
「ということは、ガイの母親と男達はここから飛び立ったということかな」
博士が言った。
「ガイのお母さんはむりやり連れ去られたの? きっとそうだよ。母親だよ。自分の子どもを置いたままなんてできるはずないもの」
息子とむりやり切り離され泣き叫ぶ母親の姿が浮かんできてアマトは胸がぐっと来た。母さん! 荒れ狂う波に飲み込まれていく母親の姿が突然、アマトの脳裏によみがえった。母さん! 母さん! ガイが叫び続ける姿と自分とが重なってガイの気持が痛いほど分かる……

「そうだとしてもなぜなのだろう……」
博士が言った。そうだ! なぜよりによってガイの母親だったんだろう。
〈そのことだが、この基地を見て思い当ることがあるのです。それではもうここから出て行きましょう〉

宇宙人はそれからなにも言わなかった。博士もあえて聞いたりもしない。必要なら宇宙人の方から声がかかるからな、と以前言っていたから。
僕も宇宙人の寡黙で融通のなさを充分知っている。それにしても思い当るのはなんだろうかとつい考えてしまう。返事はないのだが。
外で待っていたジャクソンが何か手掛かりはあったのかと聞いてきた。
博士が首を横に振った。
「そうだろう。行き止まりだからな。きっとガイという子どもは勘違いをしたのだろう。
小さい時には体験と夢とがはっきりしないことがあるものだ」
「そうだな……」
博士が苦笑を見せ
「君には面倒を掛けさせてしまってすまなかったね。おかげで半信半疑だったのがすっきりしたよ」
「じゃあ、これから僕の診療所でも寄っていかないか」
「そうしよう」



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