間一髪だった。 ウエーターの父親、ロバートはまだそのアパートに住んでいたが明日は町に引っ越すということで荷作りの真っ最中だったのだ。
「わしはもう年で炭鉱の仕事は無理だからアパートを出ることになったんだ」
突然訪ねて来た僕達を見て不審そうだったが忙しい手を休めて話しに乗ってくれたのはレストランに働くそのウエーターの息子の話しが出たからだろう。
「こんなんで部屋には上がれん状態だ。悪いが玄関で話してくれ」 「ここで結構です。忙しいのにすみません」
博士が玄関に立ち、僕とジャクソンはその後ろに並んだ。博士が手短に用件を言った。
「へー、あのボブの息子のガイがなー。大した出世をしたもんだ。もともと頭は良かったがな。おっかさんと別れてからはわしはもう会ってないな―」 「そのガイの母親と分かれたいきさつをお聞かせ願えませんか。あなたの息子さんは、まだ自分は子どもだったから本当の事情は知らないと言われましたがただ、ガイ本人は母親が宇宙人に連れて行かれたと言っていたそうですね」 「またとんでもないことをあいつは話したもんだ。子どもの勘違いというやつだ」
博士の質問に呆れたような顔が浮かんでいる。
「あんたらはガイの何を知りたいのだね。まさかその宇宙人とやらを鵜呑みにしてはいまいか」 「いいえ、ただ話しだけで信じることはできませんので、当時のことを良く知っている大人の方にもっと詳しく聞くためにやってきました。ガイがなぜ大学教授や研究者にならずに宇宙局を希望したのか、このことが関係しているのではと考えてるからです」 「宇宙局になー」 それまで話しながらでも荷作りの手を休めなかったが 「ちょっと待てよ、昔の事だからな」 思い出す為か近くの荷の箱によいしょと言って腰掛けた。 「そうだな……」 顎を指で撫でながら遠い昔を手繰り寄せるように口を開いた。 「ボブの奥さんは……えーと、なんと言ったかな……」 ゆっくり腕を組み頭を傾げたおかげか思いだしたようだ。
「フリーダだ。そうそうガイの女房の名だ」
名が出たのですっきりしたのかそれからするする話し始めた。
「フリーダは炭鉱の食堂で働いていてな。亭主が事故で亡くなってからも女手一つでガイを育てていたんだが、あれはいつだったかな……うちの息子が九才頃だな。ガイも同じだ。フリーダのところに男の客が来てな。二人だったかな。なにしろ夜だったんでな。顔ははっきり見えなかったが黒い背広姿だったからこのへんじゃ目立つ。わしがちょうど飲んで帰って来たところへそいつらをアパート前で見つけて不審に思って隠れて見ていたら、アパート前の道路を北に向かって歩いて行ってしまったんだ。ほれ、前の道路のあっちへな」 そう言って指差した。 「あれは……町とは反対方向ですね」博士が言った。 「そうだ、とうぶんなにもない砂漠だ。近くにエアーズロックやアボリジニーの村があるぐらいで夜の観光に行くようなところではないな。怪しい奴らだなと見送ったあと隠れていたところから出ようとしたら「どこ行くの」という声がアパートの出口から聞こえたんだ。声を聞いて、ああこれはガイの声だなと分かった。そしたら「シっ」と抑えた声が続いて、フリーダが辺りをキョロキョロ見回しながらガイの手を引いて出て来たんだが誰もいないと分かると慌てたように道路に飛び出し、男達の去った方向へ走って行き始めてな。あの時の光景は今でもはっきり思い出せるのだ、なにしろあの夜の道路を走り去るフリーダと引っ張られて抵抗しながら付いて行くガイの姿は不気味だったからな。すぐ闇の中に消えてしまった親子の後を追おうか追うまいか迷って去って行った方を見ていたら、ブーンというエンジン音が聞こえて小さな赤いバックランプが遠くに見えたんだ。じきに見えなくなって音も聞こえなくなったので、ああ、車で行ってしまったのかとは思ったが、きっとなにか訳があって急いでいたのだろうと、わしは家に帰ってしまったが、翌日になってフリーダの置き手紙がドアに貼ってあって大騒ぎだったさ」 そこまで一気に話してロバートは一息ついた。そしてまた話しの続きを始めた。
「まあ、アパート中で話しがあれこれ飛び交ったもんだ。だいたいフリーダというのはどこの人間かも知らなくってな。突然この町にふらっと現れたんだが記憶でも無くしたのか自分の過去を一切覚えてないというんだ。かわいそうに思って炭鉱の食堂で雇ってやったら良く働くし気持ちも優しいところのある娘だったので炭鉱夫の間では人気者だったな。射止めたのがボフだ。結婚してこのアパートに住みガイが生まれたのだ。ボフが亡くなった後、みんなで励ましてやってな。そのまま働き続けていた。それが突然の失踪だから騒ぎにもなるわな」 「その貼ってあった置き手紙にはなんて書いてあったのですか」 「どうってことはない、知り合いの家に行くことになったので皆さんにはお世話になりましたということだけさ。だがわしは前の晩に現場を見ちゃってるからな。どう考えても夜中にこそこそ男達の車で出ていってしまうなんぞは単なる知り合いとは思えないさ。記憶が無いはずの女のところへ誰が訪ねて来て一緒に出ていってしまったのか、この謎に勝手な憶測がアパート中に沸いたもんだ。男と去って行ったんだからな、そりゃあ、勘ぐるさ」 「その時はガイも一緒だったんですよね」 「ああ、そうだ。その時はな。まさかガイだけ帰って来るとは思わなんだ。二日ぐらい経ってからだったかな。あの時は驚いたな。ガイがアボリジニーの人に車で送られて来たんだ。車から降りたガイはわしを見つけると走り寄って来てな「母さんを助けて、あれは宇宙人だよ。エアーズロックの中に母さんが連れていかれたんだ。そこから飛行機みたいなもんが突然空に浮かび、あっという間に星空の中に飛んで行ってしまったんだ」とわけも分からんことを口走ってな。その時の目付きがおかしくて、こりゃあ、相当混乱しとると思ったんだ。ショックだったんだろうな、母親に置いてきぼりにされたんだから」 「アボリジニーの人がなぜ連れて来たのですか」 「それはな、エアーズロックの近くはアボリジニーの村があって、ガイを連れて来た村人に聞いたところ、あの晩の明け方、ガイがふらふらになって村にやって来て、母さんを助けて、助けてと必死なのでとにかくエアーズロックまで行ったんだが、なにもありはしない。とりあえず、村に戻り、叫び疲れたのかすっかり元気をなくしたガイに食事を与えてどこから来たのか聞こうした時にはガイが眠ってしまい翌日まで目を覚まさなかったというのだ。ガイからこの炭鉱の町からやってきたことを聞きだして送って来てくれたというわけだ」 「そうですか……ガイはそのエアーズロックあたりで車から一人降ろされたというわけですね」 なぜなのか。ガイが付いていけない事情があったに違いない。 「かわいそうにな。子どもだけ置いて男とどこかへいってしまうような女とは思わなかったな」 「でもガイは母親は宇宙人に連れて行かれたと信じ込んであなたの息子さんにも話していたそうですが……」 「それは違う。この辺は飛行機も多いから、ガイはそれを勘違いしただけだ。まだ子どもに言って聞かせるような内容でもないからわしらはなにもガイに言わないようにしたのだ。いずれ分かる時が来るだろうからな」 「その後、ガイは精神療養所に入ったのはなぜですか」 「あの子はなかなか頑固なところがあって、わしらが母親を探そうともしないことに怒っていたようで、塞ぎこんで口もきこうとはしなくなってしまってな。父親のボフも炭鉱に稼ぎに来たよその人間だ。身よりも分からないし、アパートの住人もどこも裕福ではない。手に余って民政局に相談したらとりあえず施設に入れようということになったのだ。その時のことは嫌な思い出だ。ガイを迎えに施設の車が来た時だ。わしらは道路まで見送りに出たのだがガイはまるでわしらを拒むような目付きで見て来て、さっさと車に乗り込んで行ってしまった……後味の悪いものだった」 「そういう事情でしたか……話していただいてありがとうございました。ガイがなぜ人と打ちとけにくい性格なのかようやく分かりました」
ガイはその後も母親は宇宙人に連れて行かれたと頑なに信じているに違いない。だから国連の宇宙局特捜隊の仕事を選んだのだろう。いくら叫んでも気が狂ったとしか世間では見てくれないということを身をもって知らされたガイはその信念を心の奥底にしまいこみ人を容易に寄せ付けなくなっていったのだろう。
「これで生い立ちは分かったな。どうする。これから私の診療所を見ていかないか」 ジャクソンがそう言ってきた。
僕は博士と目を合わせた。ジャクソンは僕達がなんのためにガイの生い立ちを調べているのか本当のところを知らない。誰だって信じられないだろう。ガイが頑なになっていった気持もだから分かるのだ。
「そうだな……せっかく来たついでだから寄りたいが、アマトがエアーズロックやアボリジニーの村も尋ねてみたいと言っているのでね。ここからは遠いのかい」 「今からだと帰りは夜になってしまうだろうな。明日にしようか。僕が案内するよ」 「すまないな。仕事は大丈夫か」 「ああ、3日間の休暇をもらってある。任せておけ」 「どの村か分かるのか」 「エアーズロックに近い村と言えばあそこしかない。彼らは観光客のガイドが仕事だ。 ついでに案内してもらおう」
|
|