町の学校
「アマト、アマト、早くココナッツミルク飲んで! 」 「今、それどころじゃないよ! テーブルに置いた筆入れが無いんだ! 」 「筆入れって─あっ、あれ。さっきカバンに入れておいたわよ」 「勝手に触るなよ。さんざん探したんだぞ! 」 「必要なものはちゃんとカバンに揃えて入れておくべきよ」悪いのはアマトだと言わんばかりだ。絶対謝らない。
「あらっ」台所から覗いてきたタネおばさんが僕の様子を見て「早くしないとバスが出ちゃうわよ」とさらに追い打ちをかけて来た。 もうココナッツミルクなどくそくらえだ! ガバッとカバンをつかむと「行ってきまーす」と外へ飛び出た。 あっ、ミルク! と叫ぶパシカの声に、クロにやればいい!、 と外から自棄になって言ってやった。
集会所まで走って行かないと間に合わないや、と駆けだした後ろで、クロ、じゃまよ。どいて! とパシカのどなり声がした。
とんだとばっちりを受けるはめになったクロがかわいそうにと走りながら同情したが、いまはそれどころではない。今日から町の学校が始まるのだ。昨夜は興奮してパシカと遅くまでおしゃべりをしてしまった。それがいけなかった。明け方になって深い眠りに落ちてしまって寝坊したのだ。
そりゃあーパシカは元気なだけでなく優しいところもあるのは認めるよ。だが、おせっかいだ! それに頑固だ。走るからよけいにさっきのやりとりに腹が立ってきた。 集会所ではすでにバスの運転手がハンドルに手を回し、窓から顔を思いっきり出して、苦い顔で走って来るアマトを睨んで来た。
「来た来た!」ティオが手を振っている「遅いぞ─」 「ごめんなさーい」 「今年の新入生だ。頼むぞ」ティオが運転手に声をかけた。 「おお、今年の一年生はのんびり屋だな。それも男一人か」 「ああ、他の奴は寮だ」
通いか寮かで迷っていたハントも寮にしてしまったから新一年生の男子は僕一人になってしまったのだ。 汗だらだらで乗り込むと二年、三年の女子が三人、すでに腰掛けていて遅いわね、という目付きで見て来た。
「じゃあ、アマト、頑張れよ」ティオが笑って見送ってくれたのがせめてもの救いだ。 始発だからバスの席は充分開いているので一番奥の席にした。
隣村のイダス、次にキマラ、トリア、と止まるたびに学校に通っている生徒や町に通う村人が乗り込んで来た。生徒は女子が多い。男子のほとんどは寮に入るからだ。ミセの祭りや、タグラグビーの試合などで顔を見知っている何人かがいた。だがラグビーの選手たちはいない。 やはり寂しい気がした。自分だけが取り残された気持だ。 フロラーの町に入ると。今までの村の風景ががらっと変わる。道路が舗装されて車が走り、家も洋風の建物が目に付いた。
バス停に止まった瞬間、なんだこれは! と目を奪われた。十人はいそうな女子ばかりの集団だ。それが乗り込んでくるのだ。新しいカバンや靴からして僕と同じようにこれから入学する子達らしい。男子がいないのはなぜだろうと不思議に思ったがじきにわけが分かった。自転車だ。何人かの男子が勢いよく自転車で走り去っていく。 いいな―近ければ自分もそうしたいよ。 後ろ姿を羨望の眼差しで見送っていたら 「あのー」と頭の上で声がした。振り向くと、知らない少女が立っていた。今乗り込んで来た女子集団のうちの一人らしい。 「この席、いいですか」 前を見ると空いていた席がしっかり埋まっている。この少女はどうやらあぶれたようだ。 断る理由もないので 「ど、どうぞ」とどぎまぎしながら隅にからだを寄せた。 「ありがとう」と言って座り込んだ少女から、ふわっと果物のような香りがしてきた。
ミセの祭りの時に女の子達が付ける香油に似た匂いだ。 アマトはなんとなく息苦しさを感じて窓に顔を向けて景色を眺めるふうに装った。
「あら、あなた、一年生? 」少女はアマトの感情には頓着なく明るい声で聞いてきた。 声に振り向いたらまともに顔とぶつかりあってしまう。 「あっ、ああ……」 ちょっとだけ振り向いて、返事をするとすぐまた窓に戻した。
「カバンや靴、新しいもの、すぐ分かったわ。私もそうよ。きょうから一年生」 ずいぶんなれなれしい子だな、と返事に戸惑っていると 「私はフロラーのミオンよ。よろしくね。あなたの名前は? 」
まさか顔をそむけたまま返事も出来ず、かといってこんな近くでしっかりと相手の顔と向き合うなんてごめんだ。まったく女の子ってどうしてこうも平気なんだろう。神経が知れない。
「バラムのアマト……」かろうじて顔を斜め前方の席に向けて答えたが声が聴き取りにくかったらしく 「えっ? バラムの誰? 」 「アマト……」 「アマト……って、えーっ、あなたがアマトなの! 」驚いた顔で「私、名前知っているわ。ほら、ミセの祭りで誘拐されそうになったでしょ。それに、タグラグビーでバラムを優勝させた子だって! 」
はっきり言う子だな……アマトは眉をひそめた。 誘拐の怖い思いでと宇宙人の力で勝った試合という引け目……どっちも自分の願ったことではない。そんなことで名が知れ渡っているなんて……
「ミセの祭りの時、行方不明の少年かもしれないってバラムの人に言いに行ったの私の父さんなのよ! 当たっていて本当に良かったわね」 「えー! 」 思わず首を回転させたのでまともに彼女の目とぶつかってしまった。 「そ、そうなんだ─あの時は助かったよ」 もし知らされてなかったら僕は今ごろ、生きてなかったかもしれない。 「僕、あれから入院してしまったからお礼も出来なかったけど、お父さんにありがとうって伝えてくれないか」 「ええ、伝えるわ、本当に偶然ね」
黒目が大きく、微笑んだ唇がぷっくりしていた。顔がちょっと小顔なせいでそう感じたのかな。アマトもちょっとはにかんで笑顔を返した。
「一人で座っているけど、バラムからは男友達はいないの? 」 「いるけど、みんな寮なんだ」 「あら、あなたは入らないの」 「僕は家の手伝いがあるから……」 黒目が輝いて僕を見て来た。好奇心が強そうだ。根掘り葉掘り聞いてきそうな気配がしてきた。まずい! 話題を変える必要があるな。 「フロラーは女の子ばかりなのか? 」 「え、そんなことないわ。バスに乗るのはそうだけど男の子は自転車で通うから」 「町の一年生って大勢いるんだろうね」 「そうね……ええと──」うまい具合に僕のことからそらすことが出来た。ミオンと名乗った女の子は三つの町の名の一つ一つの情報を、なにも知らない村の男の子に教えようと夢中になったようだ。 あと何分かかるんだろう。早く学校に着いてくれないと、おしゃべりのネタが尽きてしまう。バスがのろく感じた。 「そういえば町のタグラグビーのチームはやっぱり凄いや。試合で見たけど、特にパモナに身体が大きくて強い選手が多かったな」 特にあのリーダーは凄かった。ゴールとともに雄たけびを上げた姿が今でも目に焼き付いている。 「優勝はいつもパモナよ。大勢の中から選りすぐれた選手ばかりだもの。当然よ」 気に入らないような口ぶりだ。 「でも、わたし、あのチーム好きじゃないわ。強いだろうと言わんばかりに威張ってるわ。特にリーダーのクルスは嫌な奴よ」 プリッとした唇を尖らせて言った。 「アマトも学校でラグビー部に入るんでしょ。クルスには気を付けたほうがよいわよ。うぬぼれてるのよ。あれでちょっとでも強い子がいるとしつこくからんでくるって有名なんだから」
女の子の情報網ってすごいもんだ。初対面なのに臆せず平気に言って来る。うかつに話したら僕もなんといわれるか分かったもんじゃないな……噂のネタになるとしたら『おかしな子』だろうな。挙動不審? あり得る。僕には宇宙人が住んでるのだから。
「忠告、ありがとう。でも僕はバスで帰らなくっちゃならないからラグビー部には入らないんだ」 「ええっー、強いのに入らないの」 「うん」 「残念だわ、私達期待してたのよ。バラムのアマトって子がクルスを負かしてくれないかなって」 唖然とした。そんなこと考えてるのか。もし期待に応えて負かしたら今度は、世界の七不思議の一つ、とばかりに僕のことを大騒ぎして勘ぐるに違いない。どうしてあんな身体で勝てるんだって。 やっぱり寮に入らなくて正解だったな。
「ミオンー、降りるわよ―」 前の方で呼ぶ声がした。 「はーい、今そっちに行くわー」声と同時に立ちあがったミオンはアマトを振り向き 「じゃあ、また学校でね。同じクラスになれるといいわね」と言い残し、バスはまだ動いているのに立っている人をかきわけて前に向かっていった。
一緒のクラスなんてご免こうむりたいよ…… バスを降りて女の子集団から遅れて学校に入ったとたん 「よお、来たな」ジョセとハントが門で待ち構えていた。 「きょうは授業なんてないさ。後から俺達の寮に行こう」
二階建ての白い校舎が目に飛び込んできた。これからの新しい学校生活がここから始まるんだ。この時ばかりは宇宙人のことも使命のことも忘れた。浮き立つ気分で大勢の入学する生徒達に混じってアマト達も校舎に向かった。
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