ようこそサテューンへ
どの銀河星雲にも属さない。 優秀な星間パトロール隊も寄りつかない。 悪のし放題野郎の安住の地。 その星の名は『サテューン』 ごろごろした岩の間を黒と赤の入り混じった土が星の一面を覆い尽くす。 砂嵐がひとたび起きればサテューンが一〇周するまでその赤と黒の砂塵が大地を暴れまわる。 どんな荒くれどももこの砂塵を突っ切ることが出来ない。 サテューンにある三つの大気ドームだけが砂塵から住民を守っている。 いや住民と言うたぐいではない。荒くれどもの休憩にサービスを提供する肝の据わったこれまた野郎どもなのだ。 飲み屋『ゴーランド』の開き戸がバーンと音を立てた。 「これは、ようこそ、ビッグ様」 「よう、スッパ」 ビッグは酒場の客に睨みを利かすと、どかどかとカウンターに向かった。 「相変わらずけちな野郎ばかりだな」 「なんだと! 大した口を聞くじゃないか、ええ―耳長め」 隅で仲間と飲んでいた一つ目テリの応酬にビッグの細長い両耳がピーンと伸びた。鞭のようにしなる耳だ。 「こら、口をつつしめテリ! ビッグ様はいまや英雄だ」 バーテンのスッパの言葉に 「さすが、スッパ。もう情報が入ったのか。俺はさっき暴れて来たばかりでパトロール隊をやっと振り切って来たところだぞ」 「なにをしでかしたんだ。ビッグ様よ」 他の客が聞いた。 スッパはスイッチを入れた。 「見ろ。もう指名手配がすべての銀河星雲に通報され済みだ」 壁のスクリーンにビッグの姿が大写しされた。トカゲ族耳長種のビッグ。未開生物星への殺戮、破壊により指名手配。 「うわおっ! こりゃあすっげー。A級だとよ。懸賞金だけで遊んで暮らせるぜ! 」 「なになに、未開生物星って言えばあのおいしいクラゲ族のことか」 「ビッグ、おまえ全部喰っちまったのか」 客たちが騒然とわめく中、スッパは当たり前のようにカウンターのビッグに祝い酒をふるまった。 「まあ、ビッグ。飲んでくれ。これはサービスだ」 「ありがとよ」 「よーし。俺達も乾杯だ。パトロール隊なんてくそくらえだ! 」 だがテリ一味だけは冷たい視線をビッグに向けた。 「英雄なら、パトロール隊から逃げるかよ。闘ってきたのか」 ビッグは酒瓶を床に叩きつけた。 「おい! さっきから絡むじゃないか。おまえは何をやったんだ。どうせちびちびしたコソ泥だろう。偉そうな口を叩くんじゃねえ! 」 「いよーいいぞ! やれやれ」 酒場が気色ばんだ。はやしたてて両者に火を付けるのを最上の喜びとする連中だ。 「ビッグ、やってしまえ! 」 「テリ! 負けるな! 」 最高にエキサイトしていられるのはビッグとテリ以外の連中だけだ。両者の目から探り合いの視線が飛び交う。どちらが先に戦闘を口にするか……わくわくして成り行きを楽しむ関係ない連中。 酒場の空気が張り詰める。 「あと一時間で砂嵐だ……」 スッパの一言が膨らんだ空気に穴を開けた。 戦闘はドーム内でやってはならない。 これは『サテューン』の最高の掟だということをここに来る連中で知らない者はいない。宇宙広しと言えども悪の仲間が安心して眠れるのはここしかない。 掟を守らないと自分達の住処が無くなるのだ。 万事休す。酒場は二人のことなど無かったようにまた元のにぎわいに戻った。 息も出来ない砂嵐の中で闘うバカはいないのだ。いつもの収まりだ。 「てめえ! 砂嵐のことを知ってたな」 テリは薄笑いをビッグに向けた。 「知恵の無いものはどうしようもないな」 「なんだと! 砂嵐が無かったらそんな言葉など恐ろしくて言いやしまい。ええ、卑怯者! 腰ぬけ!」 「何とでもいえ。どうせもうおまえは狙われたけだものだ。銀河星雲の特別パトロール隊から逃れて生きている英雄はいやしない。サテューンに隠れてるしかあるまい」 どんな罵りや挑発も言葉だけなら許されている。ビッグは身体を震わせ、飛びついて長い耳で相手の喉を締め付けてやりたい衝動を耐えるのがやっとだった。 「テリ、ここでは何とでもほざけ! だが気を付けな。寝首を掻かれんようにな」 「ああ、いつでも受けて立ってやるよ」 テリは立ちあがった。 「さあて、ゆりかごのように眠らせてくれるサテューンの寝床へ行くとするぜ」 仲間を連れだってテリは酒場を去った。 「ビッグ、気にするな。あいつの嫌味は毎度のことだ。乾杯のやり直しだ」 スッパになだめられカウンターに向き直ったビッグは一気にあおった。 「スッパ。あいつの宿はどこだ? 」 「宿……やめとけ。サテューンを甘く見てはいかん。下手するとここの連中すべてがおまえさんの敵になるぞ。二度とここに足を踏み入れなくなるぞ」 「くそっ」 「ここで生きていくには何を言われようと言おうと自由にどうぞだ」 それからはビッグはスッパとカウンターを挟んで向き合いひたすら飲んだ。カウンターの後ろもスッパの言うサテューンの自由な世界だ。 「おい、スッパ」 ビッグの目が据わっている。 「なんだ」 「うむ…ちょっとな」 「なにが言いたい」 「うむ、ちょっと耳に挟んだことがあるんだが……」 「何のことだ……」 ビッグは後ろを振り向き、見ている奴がいないかどうか確かめた。 だいじょうぶだ。酔って怒鳴り合ってるやつばかりだ。 「ここには、なんでもすごい飛行艇があると聞いたが本当か? 」用心して声は落とした。 「飛行艇? さあ」スッパは平然を装った。 「おい、隠すなよ。教えてくれ。今の俺にはそいつが必要なんだ」 「……」 「スッパが知ってるって前のA級、キンから聞いたんだ。パトロール隊を振り切るのなんかわけないだってな。どんなレーザー砲も跳ね返すとも言ってたぞ。あれからキンに会ってない。キンはそれで逃げたのか? 」 スッパの目に哀しい色が動いた。 「あるんだろう」 「おまえもキンと同じか……」 「やっぱり……キンは逃げたのだな」緊張でピーンと張ったビッグの耳がゆるんで背中に垂れた。 「俺にもそいつを売ってくれ。わかるだろ、ここではもう危ない。遠くの銀河に移りたいのだ」 「ビッグ。売るのは簡単だ。だが問題があるのだ。だから俺はお勧めできないんだ。キンはそれでも行ってしまった」 「もったいぶるな。教えろ」 「そんなに言うなら……」スッパは酒瓶を棚に戻すと隣のバーテンに後を頼みカウンターから出て来た。 「ついて来い」
誰も知らない酒場の地下でビッグは目の前に横たわるの飛行艇に目を奪われた。 「こりゃあすげえ! 」 光沢のあるシルバー鋼造りだ。 「おい、中を見せてくれ」 スッパが施錠レーザーを飛行艇の腹に当てるとスッと丸い透明カプセルが降りてきて二人を飛行艇の中に吸い込んだ。 「これが動力スイッチか」 「そうだ。後は分かるだろう。だが早さはおまえのとはくらべものにならんしパトロール隊の一光年の倍は出る」 「幾らだ」 「金ではない。問題と言うのはこのことだ」 スッパが操縦席の黒いボタンを押した。 「テスター星だ。知ってるだろう」 操縦スクリーンに映っている乳白色の星、誰でも知っているが誰も行ったことが無いと言われるまぼろしの星だ。 「サテューンよりさらに離れたところにあり、豊かな資源を蓄えている。ここのテスター星人はおだやかで平和的な民族だ」 「けっ、平和的だと」 「そうだ。極めて平和的。闘いの意味すら知らない民族だ」 「泥棒もいないのか」 「必要が無いのだ」 「気色悪! 俺が一発ぶっ放してやりてえよ。それよりこの星がどうしたんだ」 「この飛行艇はテスター星で造られてるのさ。動力源はこの星で採れる特殊な鉱石で一握りで十光年まで燃え続けるのだ」 「おい変じゃないか。そんなすごいエネルギー源なら銀河警察がとっくに使ってるだろ。だがそんなこと聞いたことないぞ」 「テスター星人はどこにも所属しないし武器の取引もしない独特の信念を持ってるのさ」 「おい、待て。となるとなぜここにこれがあるんだ。ええ? 」 「おかしいだろう」スッパが妙な含み笑いをした。 「おまえ、おれをだますつもりじゃないか」言うが早いか ビッグはスッパの腕をねじあげた。 「いててて、おい離せ! この飛行艇は俺のだ。俺はテスター星人だ」 「なに! 」 ビッグの締め上げが緩んだ。 「穏やかで平和的な民俗様がよ、なんでここにいるんだ」 「おれは異端者で追い出されたのだ」 「突然変異体か」 「そうだ」 ビッグが腕を離した。 「取引は何だ」 「テスター星に行って、おまえはその鉱石を取ってくればこの飛行艇は動く。それでよその銀河に逃げられるだろう。だが一つだけ俺の頼みを聞いてくれ」 「頼み?」 「ああ、そうだ」 「何だ? 」 「俺は、慌てて星を出たので隠しておいた金銀財宝を持って来れなかったのだ。条件はそれを持ち出すことだ」 「財宝か……」悪くない話だ。あわよくば俺のものに出来るぞ。 「横取りはできんぞ。ビッグ。それを持って来なくては飛行艇は渡さん」 見抜いてやがる。 「分かった。よし俺様が取って来てやるから詳しく教えろ」言ってからビッグははたと頭を傾げた。 「待てよ……飛行艇がここにまだあるということは……おい、スッパ! キンは帰って来なかったのか」 スッパは頷く。 「だから問題なのだ。簡単じゃない。なぜかキン以外のやつも戻らないのだ。 この話しは無かったことにしてもいいのだ。危ない気がする。ビッグやめろ」 「やめろだと! おいスッパ、バカにするなよ」 ビッグに火がついた。 「そんなのに怖気づいて、はいと聞く俺様じゃないぞ。キンが帰って来ないのは死んだとは限らんぞ。そのまま逃亡したんだろう。闘いを知らぬ奴らにやられるなんてことはありえんからな」 ひょっとしてスッパの財宝はもうないかもしれんぞ。それならそれでこの飛行艇はあきらめて、他の奴らの財宝を分捕って逃げる手もあるな。 「どうしても行くのか……」 「くどい! ぐだぐだ言わずに航路を教えろ! 」 「わかった。サテューンの十周後に教えよう。それまでに気が変わるのを祈ってるぜ」 砂塵が止んだ。 スッパの忠告などなんのその。野望を秘めてビッグは一路、テスター星に向けて飛び立った。そのビッグの飛行艇が一点の光となって消えていくまでスッパは見つめていた。 帰るのは無理なんだよ、ビッグ…… * * * * *
ビッグはテスター星を一周してスッパの言う『青のドーム』目ざして下降した。ドームと言っても霧のような膜に被われているだけで、自由に出入り出来るから、飛行艇はドーム外の森林に隠しておいた。 目の前に青の霧がかかっている。この中がテスター星人の町だ。 ビッグは恐れることなく霧を蹴散らすように進んだ。 中はもやーっと水蒸気のような霧が続いているが、奥の方に町並みがあるのが見えている。そこを目指してなおも進み突然霧が晴れたところに出た。 そこは畑だった。見事に育った野菜の中にビッグは立っていた。 「おや」 鍬を振っていた髭ずらの親父がビッグを見て言ってきた。 「これはこれは、新人さんだね。ようこそテスター星へ」 ビッグに近づいて来て抱きつかんばかりだ。 「来るな! 撃つぞ」 銃を構えるビッグを見ても何の恐れもなく人なつっこい顔を向けてきている。 その顔にビッグは首を傾げた。 「こいつは見たことがある……」銃を構えたままじっくり顔を眺めた。 あっ! こいつはリックだ! 『悪魔のリック』と一昔前に大騒ぎされた 大悪党。もちろんA級犯だ。間違いない。顔に大きくえぐられた跡がある。 銀河警察にやられたと思っていたのに。 だが何という変わりようだ。悪魔の目付きとは程遠いまるで善人の爺様じゃねえか。 「あんた、ひょっとしてリック様か?」 「リック……リック? 」 男が遠い目付きになる。 「ああ、そうだ。わしは昔そう呼ばれておった。おまえ、よく知ってるな」 「その『悪魔のリック』様がここでなにしてるんだ」 「なにって、見れば分かるだろう。野菜を育てているのだ」 「はっ? 野菜……」 「そうだ。泥棒家業なんかよりずっと楽しいぞ」 こいつ頭がいかれたのか。相手などしておれん。 「ところでリック様よ。ここには飛行艇の燃料になるという鉱石があると聞いて来たんだがどこにあるか知ってるかね」 「鉱石か。ああ、知っている。採掘場に行けばあるさ」 しめた! 「そこに行くにはどうしたらいいんだ」 「俺が連れってやるよ。ちょっとこの野菜を小屋に置いてこないとな。おまえも運んでくれ」 小屋の中には野菜がいっぱいだ。 「こんなたくさんの野菜、どうするんだ」 「変なこと聞くやつだな。食べるために決まってるだろう」 「一人でか? 」 「一人……ははは、おまえ、頭おかしくないか。ここに住むみんなに決まってるじゃないか」 「みんなって……ただでみんなにやるのか」 「あたりまえだ。食べ物だからな」 わからん! どうなっちまったんだリックは! とまどうビッグにはお構いなくリックは採掘場へ向かっていく。 町はずれの山にそれはあった。 採掘場の坑道の入り口で一人の男がトロッコを押して出て来た。 「まさか! 」 その男を見て唖然とした。 「キン! あんたはキンだろ」男がトロッコを止めて向いてきた。 「やあやあ、おまえビッグじゃないか」 懐かしそうに笑いかけて来る。昔の面相からは思いもよらぬ顔付だ。リックといいキンまでどうなってるんだ! 「キン、あんたスッパの財宝をかっぱらってどこかへ逃げたんじゃないのか」 「スッパの財宝? 知らんなそんな物」 「そんな物だって……じゃあ、飛行艇の鉱石は手に入れたのか」 「鉱石はあるさ。今も掘って来たとこだ」 「じゃあ、なぜ『サテューン』にもどらないのだ」 「戻るだって。とんでもない! こんなに住み心地の良い星からなんで出なくてはならないんだ」 呆れた顔で逆にビッグを見て来た。 「おい、キン……いったいどうなったんだ。さっぱりわからねえぞ」 その時坑道から何人かが出て来た。 「おい、昼飯に行くぞ」 と一人が言ってきた。その男の顔も見覚えがある。昔、やっぱり名のある悪党だった奴だ。 「おお、そうだな。さあ、飯だ。おまえも一緒に行こう」 キンはそう言うとその仲間たちと歩きだした。 「ちょっと待てよ」ビッグが呼びとめても行ってしまう。 「みんな、どうなってるのだ」 俺のことなど気にもせずさっさと行ってしまう。 ビッグも歩きだした。 ふと、耳に小さな音色が聞こえて来た。今までに聞いたことが無い心に響いてくるような……なんという美しい音だろう。ビッグはこれまで音楽と言うものなど無縁だった。なのに震えるほどの感動を呼び覚まされた。 その時からビッグはスッパの財宝のことなど忘れてしまった。 なんという素晴らしい星だ。 「おーい、待ってくれキン。俺も行く」
* * * * * 「テスター星の人口が一人増えました」 銀河警察が誇る科学技術の粋を集めた流刑星から特捜部に通信が入った。 「新人の名はA級犯、ビッグ。所属、採掘部」 モニターの報告を受けて特捜部の隊長は『サテューン』のスイッチを押した。 スッパは地下の飛行艇の中でその知らせを受信した。 「捕まったか、ビッグよ」 次にテスター星を写した。一人、酒を傾けて乾杯する。 「ビッグ、俺は特捜部隊なんだよ」 『サテューン』の酒場主人として特命を受けて、この地に赴任してから何人テスター星に送り込んだことか。 血を流すことなく悪党を抹消する。 『サテューン』はきょうも健在だ。
第1回と同じ内容です。連載ではなかったのですが「最終回」にしなかったため でした。お詫びいたします。
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