ジョセの叫び声が遠くなっていく──いやージョセ! 助けて! 母さん、怖い!ー─ ─パシカは必死で叫びたくても口を塞がれ声が出ない。クロ……クロ、どうしたの! 声が聞こえないなんて── ジープはパシカを車の足元に転がしたまま、村外れの道に出た。この間、村の住人は、朝の遺体の件や、来客の迎えの用意やらで、殆どが集会所にいて、ジープの目撃者が誰もいなかった。もし見かけたとしてもパシカの姿は見えないし、こんな日だからジープを見ても不審にも思わなかったことだろう。
所々、伐採して畑になっている間を抜けて、ジープは潅木の中に入って行った。この間パシカは車が揺れるたびに身体のあちこちを打ち付けて、恐怖と痛みで震えていた。 「これ以上は無理だ。」ネルスがそう言ってジープを止めた。「ここからは歩く、娘を担いでくれ」 クロを蹴上げたパラクがパシカを担いだ。そしてさらに奥に入って行った。 濃い木々の匂い、鳥のさえずりで、山に入ったことがパシカには分った。 「おい、すぐ見つかるようなところじゃないな」 「大丈夫だ、村の者が恐れている所だ、誰も来やしないさ」
男達はもくもくと進んだ。やがて川原に出た。ごろごろした石の間を流れる水の音がする。 川原を少し進むとその水を落としている小さな滝にぶつかった。 「ここだ」先頭を進むネルスはそう言って、左斜面に目を向けた「あれだ!」 横に迫り出している木の枝の間から小さな暗い穴が見えた。男たちはその穴に向かった。石と石の間にポッカリ開いている入り口は、大人一人が立ってやっと入れる縦長になっていてそのまま奥に続いている。やがて入り口からの光が届かなくなるところまで来るとネルスは懐中電灯を点けた。 「よし、ここだ」そういって周りを照らした……壁、床、天井が照らされていく。 「ほう……ここがあのドゥルパの洞窟か……」他の二人が感嘆したようにぐるりと見回した。「まるで造られたようだな」 自然に出来たとは思えないほど、石が上手く噛み合わさって、空洞を作っている。 「ここなら見つからない、誰もが恐れるドゥルパの洞窟だ、娘を降ろせ」 パシカを担いでいたパラクが平らな石の床にパシカを降ろした。ついでに塞がれていた口の布や手の紐も外した。 パシカはあまりの出来事に今にも気を失いそうなほど朦朧としていて、動くことすら出来なかった。 「お譲ちゃん、苦しかっただろう」ネルスが腰を落として、床に降ろされたままのパシカに声を掛けて来た。 「怖がらなくてもいい、これ以上は何もしないからな……ただ暫くはここにいてもらわにゃならんがな」 そう言うとパシカの手に袋を握らせた。「この中に食べ物と水が入っているからな、一度に食べるなよ……そのうち母さん達が迎えにくるから、おとなしくここで待っているんだぞ」そう言ってネルスは立ち上がった。 パラクは、興味深げに洞窟をきょろきょろしていて入り口の反対方向にさらに奥に行けそうな通路を見つけた。 「おい、まだ奥に行けそうだな……」そう言いながら懐中電灯で奥を照らし進もうとした。 「よせ!」ネルスが慌てて止めた。 「何で? せっかくここまで来たんだ。ちょっと中を探検してもいいだろう」 「迷路になっているんだ、戻れなくなるぞ……それに、魔物がいると言われている……」 「魔物? まさか……見たものがいるのか?」 「いや見た者はいないが、声だけは聞いたのが何人かいる」 「聞いたことがあるのか?」 「……ウーとかヒュウーとか気味の悪い声だ。奥へ行かなきゃ聞こえんがな」 「ほうーおもしろそうだな……」パラクはもう一度奥のほうを覗いた「ドゥルパの洞窟かー一度探検してみたいものだな……」さも残念そうに言いながらと戻ってきた。 「さて、まだ仕事は終わっちゃいねえ、帰るぞ」 ネルスは洞窟好きのパラクと、クロに噛まれたテュポを促し出口に向かいながら「お譲ちゃん、いいか、動くと危ないからな」と、パシカを振り返り、もう一度念を押して出て行った。
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