木々の間の道をやって来る物の音がはっきりしてきた。 「クロ、この音はジープよ、村の人が言ってたわ、車だって」 そのジープが近くで止まったようだ。バタンバタンと音がして複数の人が降りた……と、足音がこちらに向かってくる。クロが吠えた。知らない人のようだ。 ──国連の人? でも、集会所に行くことになってるし…… 足音はさらに近くなった。クロは吠え続けている。 「誰?」パシカが足音に向かって聞いた。 「おはよう、お譲ちゃん」 聞いたことも無い男の声だ。 「国連の保健局の者だよ。その犬吠えるの止められるかな」 「出来るわ、ちょっと待って」パシカはクロの背をさすった「クロ、クロ大丈夫よ、静かにして」 パシカが声を掛けるとクロは吠えるのを止めたが、怪しいのか低く唸ったままだ。 「賢い犬だ」男はそう言ってから、検査のため迎えに来たと言った。 「えっ、でも村長さんはさっき集会所に来てって言ってたわ」 「その予定だったけど、目が見えなくては歩いて来るのも大変だからこうして迎えに来たのだよ」 「そうなの……ありがとうございます。でも少し待ってて、母さんが畑からもうすぐ帰って来るから」 パシカがそう言うと男は返事をせず、一緒に来た人とひそひそ話している。 「お譲ちゃん、検査に時間がかかるので先に行ってくれますか。お母さんはまたすぐ迎えに来ますので」 「えっ、わたし一人で?」国連の人と分っていても全く知らない男の人だ、パシカはどうしようか迷った……そうだ! 「ちょっと待ってね、隣のジョセを呼ぶわ」 「ジョセって?」男が慌てたように聞いてきた。 「隣の男の子なの、学校は集会所の近くだから一緒に乗って行けばジョセも大喜びよ。だってジープに乗りたいなーって言ってたもの」自分の思いつきに嬉しくなって男の承諾も得ず「ジョセー」と大声で呼んでしまった。 「やばい! テュポ! もう構わん、連れて来い!」ジープで待機していたネルスが叫んだ。パシカの近くにいたテュポと呼ばれた男が突然パシカに走りより、抱き上げた。 「きゃあー、何するの!」 いきなり抱え上げられ、パシカは暴れた。クロが猛然と吠えながら男の腕に噛み付いた。 「いててっ!この犬め」噛まれながらもテュポはパシカを離さず、ジープに向かって走 った。クロが尚も飛びつこうとしている「おい!パラク! 犬をやっつけろ!」テュポが叫んだ。 一緒にいたパラクが、おう、と返事をしてクロの前に立ち塞がった。 「来い!」パラクが構えた。クロがその足めがけて飛びついた。一瞬、パラクは敏捷に片足を上げ、クロの前足を蹴上げた。 「キャイン──」クロは一声呻き、地面に落ちた…、すぐに立ち上がろうと身体を起こしたが前足の片方が効かないらしく、何とかもう片方だけの前足で体を起こし、びっこを引きながらも懸命にテュポの後を追い出した。 「クロ! クロ! どうしたの!」 クロに何かあった!「いやー助けてージョセー、母さんー」 パシカは必死で叫んだ。 「おい、娘の口を縛って、車の下に隠せ」 その時ジョセが家から出てきた。 「あっ、パシカー」パシカが口を布で塞がれ両手も縛られて車に押し込められようとしている「誰かー!」ジョセが大声で叫んだ「パシカが──パシカが誘拐されたよー」 ジョセは「やめろ! パシカを離せ! 」と喚きながらジープめがけて走った。 「よし! 行くぞ」 ネルスはハンドルを切って急旋回し、追って来るジョセをどんどん引き離して来た道を走り去った
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