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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第7回   7

タネの家では戸口の外で娘のパシカが飼い犬のクロに向かって何か言っていた。クロが神妙な様子で耳を垂れ、うな垂れたように座っている。そのクロがハッと耳を立て、顔を遠くに向けた。ダセを見つけた! クロは身体をサッと起こすと、嬉しそうに尻尾を振り振りダセに向かって駆け出した。
「おお、クロ、よしよし」ダセは足元にじゃれついてくるクロの頭を撫でた「お前、何か言われてたのか? わしが来たんで助かった! と言う顔をしとるぞ」
「誰―」
パシカだ。
「わしだよー、パシカ、お早う! 」
「ああ、村長さんね」パシカの顔が嬉しそうに輝いた「村長さーん、ねえ、見て見てー」そう言うとパシカは立ち上がった。とたんに村長の所にいたクロが急いでパシカの元へ駆けた。そして歩こうとするパシカの横にピタッと付いた。
──賢い奴だ! とダセは感心した。
目の見えないぱしかのの傍にいつも寄り添っている。パシカが小さい頃、母親の目がちょっと外れたすきに危ない所に行きようものならクロが服をくわえて引きずり戻したり吠えたりして知らせた。村一番の賢い犬だ。
「ああ、パシカー。わしが行くからそこで待っとれや」
パシカはそのまま、わくわくしながらダセを待った。
「何だ? いい事があるのか」
「ねえ、見て見て! これっ」パシカは首からぶら下がっているペンダントを掌に乗せ、ダセに見せてきた。
「昨日ね、エリダが来て、私にプレゼントしてくれたのよ! 」
ふっくらしたパシカの掌の上に丸い形のペンダントが乗っている。横に小さなねじが付いていてそれを廻してからペンダントの上蓋を開けると澄んだオルゴールの音色が流れ出す。
「きれいな曲でしょ、『乙女の祈り』って言うのよ」
「うーん、いい音だ。エリダが町で買ってきたのかな」
「そうよ、昨日はエリダのお兄さんが久しぶりに家に来るからって工場を休んで帰ってきたんだって」
エリダとパシカの家は近いため、パシカの面倒をよく見てくれて、パシカは小さい時から姉のようになついていた。そのエリダは十五歳になると、山を越えたマライの一番栄えている町の缶詰工場に働きに村を出た。
「そうか、ロイトが帰っているのか」ロイトは頭の良い奴だったな……
エリダの兄、ロイトはもっと上の学校へ行くと言って、島を出て、オーストラリアの大学へ入ったのだ。
──淋しいものだな……若者はどんどん村を出て行ってしまう……
五十世帯ばかしの小さな村から若者が消えていく。だんだん年老いた者ばかりの村になってしまう。何とかここで生活できるような手立ては無い物か……長老達の集まりには決まってこの事が話されるのだが、いい策が浮かばないのだ。
「エリダはまだいるのか?」
「ううん、今、工場が忙しいからって今朝、エリダのお父さんが船で送って行ったわ」
「そうか……パシカ、寂しいか? 」
パシカの頭がこっくりと頷いた。
「ミセの祭りにまた会えるからな」ダセはパシカの頭を優しく撫でてやった。
「おおーい、パシカー」
大きな声がパシカを呼んできた。エリダの弟、ジョセだ。彼は一二才で、この頃背がぐんぐん伸びてきたせいかひょろっとして痩せている。だがすばしっこくて陽気な少年で、村のタグラグビーチームのリーダーだ。彼がいまはエリダの変わりをしてくれている。
「今日、学校で音楽やるぞー、行くかー」
「えっ音楽なのー行きたいー」
集会所の近くに、学校がある。といっても、やしの葉の屋根に床と柱だけの造りで週に三回、町の学校から先生がやってくる。幼い者たちもくっ付いて行くので、賑やかなものだ。
「後で迎えに行ってやるからなー」
ジョセの言葉に、ダセは慌てた。
「ジョセー、ちょっと待ってくれ、音楽の時間は朝か昼かどっちだー」
「昼だよー」
「それなら、昼に集会所に迎えに来てくれるかーパシカは朝は目の検査があって、集会所にいるからなー」
「ああ、そうかーわかったよー」ジョセは手をヒラッとさせて家に引っ込んだ。
十三歳になると、町の学校に行くようになる。ジョセがパシカを連れて行けるのも後わずかだ。その後はまた近くの子どもにパシカを頼まねばな。
「パシカ、音楽好きか? 」
ダセに聞かれて
「うん、大好きよ! 私、ハーモニカ吹けるのよ」
「そうかー、よーしミセの祭りの時、吹いてもらうかな」そう言うとダセはパシカの家の戸口を見た「母さんは家の中か? 」
「母さんは畑よ。夜中に吹いた風が心配だからってジョセのお母さんと見にいったわ」
「そうか、畑か……」川の上流のバナナ畑だな……歩いても知れてるが忙しいからな。
ダセはこれ以上歩きたくなかった。
「パシカ、母さんは今日集会所でパシカの目の検査がある事わかってるよな?」
「ええ、わかってるわ、すぐ帰るって言ってたから」
「そうか、それなら安心だ……今度は国連って言ってな、世界中の国をまとめているところでな、パシカの目が見えなくなった原因を調べに見えるのだから怖がらなくてもいいんだよ」パシカがこっくり頷いた。「原因が分れば治る方法も見つかるかもしれんぞ」
「本当! ……でも、町のお医者さんは難しいって言ってたわ……」
「町の医者じゃ分らないことがいっぱいあるさ。あきらめずにいこうな」
ダセはそれから集会所に戻った。
村長の足音が遠くなっていった。クロはどうやら途中まで付いて行ったようだ。
「クロ! クロ! おいでー」パシカの声でじきにクロは駆け戻ってきた。
「クロ、ねえ聞いた? わたしの目治るかしら? 」そう言いながらクロの顔を両手で包み込んだ。
「クロの顔、わたしとは違うわねー……これは耳、そして鼻、口」クロはパシカが撫で回してくるのを我慢した。「わたしには形しか分らないけど、見えるってどういうことかな……色っていうのも分らないわ……母さんはクロの色は名前通り真っ黒で、夜と同じ、みんな見えなくなるんだって言ってたわ」
パシカがもっと小さい頃、赤色は? 青色は? と母親にしつこく聞いたことがある。母さんは何と言ったらよいのかかなり困ったようだけど、赤色はね、と火の傍に連れて行って、熱いだろ、燃えてる火の色が赤だよって教えてくれたし、ジョセは海の色は青だよって教えてくれた。他にも村の人達が色々教えようとしてくれたけど、考えても分らないので、だんだん、聞かなくなってしまった。
「クロ、色って難しいのね、それに色って無いのもあるんだって、風とか……そうそう空気とか……でも、おまえは犬だから言っても分らないよね」パシカは地面に座り込む
とクロを抱きしめた「わたし、見えるようになりたい……でも、今まで見てもらったお医者さんはみんな治らないって言ったわ……きっと、今度も駄目よね」
寂しそうなパシカの顔にクロがクゥーンと鼻をすり寄せていった。
その時、遠くで聞きなれない音がした。クロが顔をパッと上げ耳をピーンと立てた。パシカにも分った。母親がよく、おまえの耳は犬並みだよ、と感心するほどだ。見えない分、耳が研ぎ澄まされたようだ。それに匂いにも敏感だ。
「クロ、何かこちらに近づいて来るわ……」パシカはクロを引き寄せた。


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