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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第6回   6

ダセはさっさっと寝台に横になり上掛けを頭まで被った。
「ダセ、この罰当たりめ! わしゃあ知らんぞー村に何が起こっても知らんぞ! 」
占い婆は尚もしばらくダセのことをののしっていたが、相手にもされないのでやがてぶつぶついいながら帰っていった。、
「行ったか?」妻が呟いた。
「ああ……やれやれ、とんだ目に合ったわい」
ダセが小さい頃は、まだ占い師は一目置かれていた。それ病気だ、祭りだとなると占い
師は無くてはならない存在だったが、今は、生活も町の様式がどんどん入ってきて、占いに頼る意味が無くなってしまった。それでも儀式の一部に残ってはいるが、今の占い婆はいい加減な占いで村人から愛想をつかれている。
「前の婆は威厳があったのにな……」妻がまた言った。
村人から疎んじられ、山に引きこもるようになってから婆の姿を見かけることは滅多
になくなったが……しかし、ひどい格好だったなあ……頭がおかしくなったのか……
占い婆の異様な姿が目に浮かんだが、ダセはじきに眠りに落ちた……が、ダセの望む幸せな朝をまたしてもぶち壊される出来事が待ち受けていた。
夜も白み始めた頃、バラムの男衆数人が,ダセの家に駆け込んできた。
「ダセーダセー」
「おーい、村長! 」
「大変だ!ー 」男衆はてんでに大声を張り上げ、村長を起こしにかかった。
夢の世界でまどろんでいたダセは、叩き起こされたようになり、体を起こすと、頭を一
振りして立ち上がった。体も気分も不完全で、むすっとした表情で、戸口に向かい、覆いを上げた。
「何だ……朝っぱらから何の騒ぎだ──」そう言って不機嫌な顔を男達の面々に向けた。見ると浜の男衆ばかりだ。
「おお、村長、大変だ! 浜に人が打ち上げられているぞ! 」
「三人もだ! 」
興奮した男達がまたてんでにダセにことばを浴びせてくる。
「ありゃ、もう死んでるぞ! 」
一人の男の一声で皆は無言で頷きあった。
さすがのダセも眠気が吹っ飛んだ。浜に人が打ち上げられるなど前代未聞だ! 村長という自覚が眠気を吹っ飛ばした。ダセの妻がパッと跳ね起きて夫の上着を手に取り渡してきた。ようやくうっすらと明るみ始めた中をダセは上着に手を通しながら男達と浜に向かった。

この大事件は瞬く間に村中に知れ渡った。村の中心に流れる小川で、洗濯に集まったおかみさん達もその話で持ちきりだ。
「ねえ、聞いた? 打ち上げられた人のこと」
「三人だってね、一人はおじいさんであとの男と女は若いってさ」
「そうそう……それでね、そのおじいさんっていうのがどうもマタイの漁師らしいよ」
「マタイだって! 」
洗濯の手が一瞬止まり、みんな目を見合わせた。
「うちの亭主がね、漁をしてる時に何度か見た事があるって……」
「へぇ──。でも、マタイは許可が無いと、外海は出られないじゃないのかい?」
「ああ、でも表向きはそうでもけっこう漁なら大目に見てくれてるんだって。警備艇も一日三回見回るぐらいだってよ」
「ふーん……じゃあ何だって夜中に他の人を乗せてやって来たのかねぇ?」
そうそう、とみなも頷きあった。
洗濯物をパタンパタンと岩に叩きつけたり、ごしごし手もみしたりしながら
おかみさん達はそれぞれが憶測を飛ばしあった。ちょうどそこへダセが通り掛った。
「あっ村長さんだ! 何か聞けるかもしれないよ」
「村長さーん」何人かが揃って呼び止めた。
「浜に打ち上げられた人達って誰だか分ったのー」
ダセは女達には顔を向けずに首を横に降り々通り過ぎて行った。
「あれ?」いつもの陽気なダセは何処へやら?
「村長さん、元気ないねぇー」
「そりゃーこんな事今までに無いことだからねぇ──どうしてよいのか困ってるんじゃないかね」
「あの寝坊助の村長だからねぇ、早くから起こされてもうくたくたなんだよ、きっと」
おかみさん達は口々にダセが去っていく後ろ姿を目で追いながら言い合った。
「あれっ、そういえばダセの奥さん、今日来てないね」
「あっ、そうそう今日はほら──国連の何とかが見えるから、朝、集会所に寄って私達女衆がすることを打ち合わせて来るって言ってたじゃないか」
「そうだったわ! 大変! みんな!のんびりしてる場合じゃないよ」
おかみさん達は慌てて、手を忙しく動かし始めた。
一方、ダセは今日という日を呪いながら,タネの家目指して歩いていた。道々何度も考えては不安になり、頭の中を整理しようとまた考えたりを繰り返していた。そしてこんなにも頭が働かないのはゆっくり朝食もとれなかったからだ、と決め付けていた。
──まったく俺一人ではどうにもならんな……あの三人の遺体はどうしたらいいか?……村の安置所にひとまず置いたが……待て待て、この事を町に知らせなくては…それは、船で行ってもらってと……それと、国連の保健局だ……局長の名は、ええとー、ケー……ケー? まったく! ダセは頭をゴツンとやった。思い出した!……ケーシーだ! ケーシー博士だ。町の役人と来るのは午前中だったな。タネは忘れてないだろうな。
やり忘れたことは無いか、遺体の事、来客のもてなしの手配は大丈夫か……
のんびり穏やかなバラムの村にとっては、大騒動である。その采配をする村長の役は重大なのだ。一度にこんな沢山の事できるもんか、とダセはまた今日という日を呪った。
昼飯ぐらいはのんびり食べられるだろうな……いやいやお偉い方々を前にして、無理な話だ! やれやれ……歩きながら、考え疲れ、体中から汗が吹き出てくる。ダセは額から垂れてくる汗を手で拭いながら、ともかくタネの家が先だと、重い足を運ばせた。
タネの家は、村の外れに流れるもう一つの小川の川縁にある。少し山寄りなので、緩やかな登り道となっているが、ダセはハア、ハアと息を切らしている。若いときから漁に出たり、山に入り伐採したりして自慢していた足腰も、肥えて出っ張ってきた腹を抱えてきては身体も思うようにはいかないのだ。タネの家に着いた時は、立ち止まって暫く息を整えねばならなかった。


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