「博士! あの人僕達のことを話してしまうよ! 」 「アマト、落ち着いて。とにかくどこか身を隠そう」
博士は奥の機械の裏側に隙間があるのを見つけるとアマトとそこに屈んだ。靴音がドアのすぐ近くまで来ていた。 「おおーい、助けてくれ―」男の大きな声がドアの外でした。アマトと博士は緊張した。男がしゃべるのか――
「なんだ、おまえは! 」 「おれは、実験助手をしていた者だ。実験室で気を失ってしまったんだ。クラノス首長や警察の人達はどうしたんだ。部屋は真っ暗だし……」 「ああ、おまえ、生きてたのか。良かった! 俺はあの部屋で化け物みたいな黒い靄を見た者だ。あいつが襲い掛かってきそうで首長を外へ運び出すことだけでも必死だったんだ。今、電気を切っておまえを助けに来たんだ。あの靄から逃げられたのか」 「分からん……俺が気がついた時は真っ暗だった。靄の姿など全く見えなかった」 「靄が見えなかったって! 本当か? 」 「ああ、青白い電気光もない。ただ暗いだけだ。なんなら確かめたほうが良いかもしれない。ライトで探してみてくれよ」 「よし」
何人かの足音が奥へ向かった。強烈なサーチライトの明りが通り過ぎるのがドアの隙間から洩れて来た明りで分かった。実験室の方でガチャガチャさせる音や大声が聞こえて来たがやがて出てきて男のところに戻ってきたようだ。
「おまえの言うとおりだ。なにもない……あの靄はどこへ行ったんだ……まさか、外へ逃げだしたんじゃないだろうか」
「いや、それはないと思う」男の声だ。 「首長が言ってたんだ。あいつはまだ不完全だからもっと放電が必要だと。おそらく……電気を切られて消えてなくなったんじゃないかな」 「無くなった? つまり消滅したってことか」 「そうだ。あいつは電気が無くては育たないんだ」 「育つ……首長が実験してたのか? あんなものを……」 「そうだ。秘密だったんだ。誰も知らない」 「首長はあいつにやられて倒れたんだぞ。どういうことなんだ」 「俺も知らない。なにをやらされているのか知らされなかったんだ」 「もういい。とにかくあいつは消えてなくなったんだ。ここは引き上げよう」 「ああ、でも俺も病院に連れて行ってくれよ。電気を浴びて身体がまだおかしいんだ」
男達の足音が聞こえなくなった。
「助かった―彼は私達に協力してくれたようだ」 博士の口から安堵の溜息が洩れた。 「良かった! いい人で」アマトも一瞬の緊張から解放されて博士に微笑んだ。
外は闇にすっぽり包まれてしーんとしていた。助手の彼が二人が避難しやすいように障害になる物をすべて自分とともに運び去ってくれたことに感謝だ。
「ラムダ君が心配してるだろう。急ごう」
ホテルに無事たどり着き、博士の部屋に入ってベッドに腰掛け大きな溜息をつくとアマトは自分の頭に怒鳴り散らした。
「なぜ、靄の中に手を突っ込む時に僕の意識を止めてくれなかったんだ! そうすればあんな怖い思いをしなくて済んだのに……」
勝手に動かすなと宇宙人に怒ったことなど忘れていた。
「さあ、アマト、カッカしないでこれでも飲んで落ち着くんだ」
博士が冷蔵庫から冷たい水をコップに入れてアマトに寄こした「知りたいことが山ほどあるからな。冷静になって聞かなくては」
アマトの横に同じように腰掛けて来た博士が頭を抱え込んで黙っている。疲れただけではない。何もかも理解を超えている。考えられないのだ。今、何から聞いたらいいのかも混乱していて簡単に言葉が出ない。
「とにかくだ……」とアマトの頭に顔を向けようとして止めてしまった。床に目を落として両手を膝の上に置き指を組んだ。口にしなくても見ていなくても通じるのだ。そう思ってもやっぱり声に出して話しかけていた。
「まず……だが、あの実験室の黒靄の正体と……クラノスはなぜあんなものを作っていたのかを聞きたいのだが……それになぜクラノスは倒れたのかも……」 いやいやまだまだある。が、まずはこれだけをと博士は言葉を切った。
〈博士、あなたの混乱ぶりは分かります。でも冷静な科学者であることは私にとって幸いでした。疑問に対して出来るだけ分かりやすくお答えします。それにアマト。今君が怒ったことの答えでもあるからよく聞いて欲しい〉
〈あの実験室で作られた物は炭素物体というべきものです。クラノスの身体に宿った靄は黒靄、つまりこの炭素物体に知性が加わった私と同じ気体生物なのです。私は黒靄ではありませんが〉
「えっ、じゃあ君は何なの? 」アマトが思わず聞いた。自分に巣くっている物の正体は知って当然だ。
〈安心したまえアマト。私はあいつのように侵略生物ではないから。地球にある気体でいえば酸素に一番近いよ〉
「酸素……空気みたいなもの? 」
〈うん、まあそんなものかな。私のことはまたおいおい話すことにして、続けるよ〉
〈次にクラノスが、いやクラノスに宿った黒靄がなぜあんな物を作らなくてはならなかったのかというと、あいつは地球の大気の中では生きられないのです。それは私もですが。だからクラノスの身体を借りた。おそらくあいつはドゥルパの洞窟にあるワームホールから地球にやってきたのでしょう。そしてマタイの工場にいたクラノスが身近に存在していた……と推測ですが〉
「ドゥルパの洞窟だって! それって君が言っていた占い玉というか球体を嵌めなくていけないっていうことと関係あるの! 」
〈そうなんだよ。もしあの球体がはまっていればあいつも来れなかったんだ。島が二つに割れるほどの地殻変動が起きた時に球体が離れたようだ。それで封印しておいた磁場道が解かれてしまったのだろう〉
「じゃあ、大変だ! 宇宙人がどんどん入り込んでしまうじゃないか! 」
〈いや、そんなことはないよ。宇宙時間にしてみれば地殻変動からそんなに経ってはいないからね。それに宇宙の磁場道は誰でも通れるわけではない。われわれのような気体生命体しかね。〉
「ちょっと待った、アマト」博士が手で制して来た 「話しがどんどん広がってしまってるよ。今はこの事件に関することに話しを絞ろう。夜も遅いからな。それ以外はまたの機会にしよう」
〈そうですね。ここからが大事です。黒靄が作ろうとしていたのは炭素の膜です。その膜に入れば地球の大気でも自由に飛びまわれるのです。クラノスの身体を捨てて地球の大気の中を自由に動くためなのです。本当に危険な状態でした。もう少し実験が続けられていたらあいつを抑えることは難しいことでした〉
「じゃあ、クラノスは、いや黒靄はなぜ急に未完成の身体なのに移ったのですか」博士が聞いた。
〈あいつは私の存在に気がついたのです。ほらアマト、君が官庁でクラノスの腕をつかんだ時のこと覚えているかい〉
「ああ、あの時! クラノスがすごい顔で僕を見て来たんだけど……」 〈あいつは私の存在を感じたのです。だから慌てたのです。私達が地下の実験場を見つけるとは思ってもいなかったでしょうが、急いだのです〉 「えっ、じゃあ君は黒靄にとっては強敵なんだ。強いんだね」 〈強敵? まあ、敵ではないが私の作る磁場はあいつを分解してしまうからね〉 「黒靄が急いだ理由は分かりました。もうひとつクラノスはなぜ倒れたのですか。彼はまた元に戻って動けるのですか」博士の問いに
「クラノスがまた元通りに動いてしまうの! 」とアマトが叫んだ。
〈うーん、これは残酷なようだがクラノスの場合は意識が戻らないかもしれません。あいつはクラノスの身体に入って彼の世界や思考の仕方を自分に取り入れてから彼の意識を止めたのでしょう。クラノスの思考は何年にも渡って止められたことで脳に流れる電流の回路がつながらなくなってしまったことが考えられます。そうなると意識の回復は難しいでしょう〉
「と言うことは回復せず眠ったままの状態になるということですか? 」
〈思考のみであればですが悪くすると身体の機能も停止状態が起きるかもしれません〉
沈黙が流れた。そこまで聞くとアマトは不安になった。冗談じゃない! 君だって僕の身体に入って僕を操作してるじゃないか! 僕までクラノスみたいになってしまうのか! 博士も同じことを考えたのだろう。
「これは大事なことだからはっきり聞きたいが、アマトはどうなるのかが心配だ」 そうだよ、とアマトも心の中で叫んでいた。だがこの心まで宇宙人は聞きとったようだ。 〈アマトの場合はまだとっても短い時間しか私はいませんが、大事なのは意識を止めるか止めないかです。私はよほど危険でない限りアマト自身の意識で動いてもらうために止めたりはしません。アマトがさっきなぜあの時意識を止めてやってくれなかったのかと怒りましたこれがそのわけなのです〉 「じゃあ、君は僕のことを考えてくれてたわけ? 」 〈そういうことです〉 ふーん、でもあれぐらい止めてもらってよいのに…… 〈だめです。命にかかわることでも無し、ちょっとした勇気さえあれば出来ることですから〉 ちぇっ、すぐばれるなあー
アマトと宇宙人が内部で問答している間、博士は難しい顔になっていた。 アマトはこの間色々危険な目に合いながらもこの宇宙人に救われてきた。信用しても良いのではないか……いやまて、地球人の考えで善し悪しが測れる相手なのか…… 博士は拳を強く握り締めると決心した。これは私の良心が決めるんだ。 「これまでの話から、いきさつは分かりました。だがどうしても分からないことがある。 炭素生物、そしてあなたの言う酸素生物が宇宙人、じゃなくて宇宙生物と言うことはもう認めます。だがなぜ今、この地球にやって来たのか、炭素生物はなにが危険なのかを教えて欲しい」
博士の質問は届いているはずだがすぐには返事がなかった。
博士に不安が走った。なんだか胸騒ぎがするのだ。とんでもなことを聞かされるのか、まずいことだったのか……
〈これはとても大切な重要な質問です〉間をおいて宇宙人の返事が返ってきた。
〈私は一万年前にこの地に一度やってきました。まだその時は地球人は類人猿に近かったのです。私が訪れた理由を言います。地球は酸素を大気に持つ星でした。そしてその酸素を好む物質が宇宙には漂っています。その物質がこの太陽系が含まれる銀河に向かったのです。それが必ずしも太陽系のこの地球に向かっているというわけではありませんが、酸素の存在を波長で感じると向う性質があります。私達はそれを止めることは許されませんがただ、その星に酸素が消滅することで生物が絶えてしまう場合は進行を食い止めたり消滅させたりすることがあるのです〉
まさか!……そいつがこの地球にやって来るというのか――これから聞かされる内容にアマトも博士も緊張してきた。
〈この物質と黒靄との関係を説明します。黒靄、つまり炭素生物は知性を持っています。彼らは炭素系成分に住みつきます。炭素系大気を持つ星が彼らの絶好の場所なのです。私は彼らがドゥルパの洞窟にあるワームホールを通ってこの地球に来ないよう球体を嵌めこんで磁場道を塞ぎました〉
「でも球体が外れてそいつが来てしまったんだね! 」黙って聞いてるだけではおれない心境だ。
「地球の大気は炭素系ではない。来ても生きられないのにどうしてその黒靄はやって来たんですか」博士も同じだ。
〈それは黒靄がその酸素好きの物質を地球に呼び寄せるためです〉
〈地球は大気の酸素を除けば太陽からの直接の放射能から逃れられます。温度も適しています。水分も鉱物も豊富です。そういう星を見つけると彼らはこの好酸素物質に酸素の電波を送りおびき寄せるのです。そして酸素を食べてもらって吐き出す炭素系の物質で大気が満たされます。物質は酸素が無くなるとまた移動して行きます。そのあとを住みつくのです〉
さすがのアマトももう分かった。つまり自分達の住みやすいように物質に大気の成分を入れ替えてもらうのだ。なんてことだ。酸素が無くなるなんてとんでもない! 地球人だけでなく動物もみんな窒息死してしまうじゃないか!
博士の顔色も変った。事実としたらとんでもない。星そのものを乗っ取るためにじわじわと忍び寄る巨大な物質を想像しただけでも鳥肌が立った。
「だがクラノスに巣食っていた黒靄は消滅したんだ。その物質を呼び寄せることはもう出来ないのだろう?」望みをかけて博士は質問した。
「でも、博士」アマトが宇宙人が答える前に言った。
「球体がないからそのワームホールからつぎつぎと仲間がやって来てしまわない? それとももうとっくにほかにもいるんじゃないかな……」
〈いや、彼らはワームホールの近くにしかいられない。クラノスのやっていたように実験で炭素膜を製造して中に入らなくては生きられないからね。すぐに宇宙に逃げられる場所にいなくてはならないんだ。おそらくほかにはいないだろう。それよりも……すでに物質に地球の酸素の存在を知らせた可能性がある方が心配です〉
「というと……なにか兆候でもあるのですか」
〈物質の進行方向ガここ千年ほどで向きを変えています〉
「はあ……千年? ですか」とんでもない時間感覚だ。
〈われわれの計測が正しければ物質はこの太陽系に向かってきているのです。ワームホールが解放されたことがわかって私は一番にこのことを考えました。間に合って欲しいとやってきたのですが、どうやらそれも望みは薄くなってきました。こうなったら一時でもはやく対応をしなければなりません〉 信じられない! まるで夢物語のようだ。それも対応しようなんて――博士は自分の頬をひっぱたいて架空の世界から目を覚ましたい衝動に駆られた。だが現実だということは分かっていた。
「対応といわれてもなんにも思いつかない。そんな大規模な物質にどう立ち向かえるというのか……いったいいつそいつは到達するのかさえわからないし、国連やほかの国々の宇宙局さえ知らないはずだ」
博士には不思議だった。それほどの動きがあるのなら国連の宇宙局が情報をつかんでいてもよいはずだ。
〈太陽系の或に到達するのは三〇〇年先でしょう。しかしその時ではもう食い止めることはできません。太陽系の中に入れさせてはいけません〉
「君は簡単に言ってくれるね……」博士は両手で頭を抱え込みながら呻くように言った。 「地球人の科学の程度を知ってるかね……いったいどうしたらよいか教えてくれないか」
〈この対応は地球人には無理です。消滅させることはわれわれの力で出来ます。ただ消滅させるためには地球人はこのことを理解しなければなりません。それには博士の力がひつようになります。そのことはいずれ分かることです。いまはもっと急ぐことがあります。球体を取り戻してワームホールを閉じなければまた別の黒靄が入り込むかもしれないのです。そしてもっと重要なのは球体が無ければ物質を消滅させることが出来ないのです。博士。球体はおそらくガイ隊長が持っているはずです。国連に戻って取り戻してきて下さい〉
翌朝のマタイは大騒動だった。小さな島だ。あっという間にクラノスが倒れたことは知れ渡って、島人は張り巡らされた鎖から解き放たれたかのように朝早くから合う人ごと握手しあい顔をほころばせた。
アマト達一行の泊まるホテルでも、従業員は仕事に手がつかず浮足立って数人が固まっては驚き合って話しこんでいる姿が目に付いた。
アマトと博士がみんなより遅れて食堂に現れるとウライ局長が飛んできて
「いや―もっと寝ていても朝食には充分間に合いますよ」とおどけた調子だ。
「びっくりするようなことが一晩で起きましてな。あのクラノス首長が意識不明で病院に入ってしまったのですよ」
博士はアマトと目を交わした。博士の目は充血している。眠れなかったのだ。アマトも同じだ。十二歳のアマトの頭でも宇宙人が話したことの重大さが分かった。ベッドの上でなんども寝返ってばかりいた。信じられない。嘘だろう……と言葉がぐるぐる回転して眠りはなかなかやって来なかった。
「もう島中が大騒ぎで、仕事どころではないようで、われわれの腹も待たされてるわけですよ。まあ、これは喜ばしいおあずけと思ってがまんしましょう」
ようやく遅い朝食が始まると昨夜の恩人ラムダが博士のところにやって来た。
「良いお知らせです。監禁された島の長老達が解放されて、今、庁舎で集まって会合が開かれていますよ。もちろんムウもです。それとクラノスはこん睡状態が続いていてこのままでは危ないそうです。たとえ意識が戻ってももう彼は犯罪者です。島にはおれませんよ」彼の顔も喜びで興奮している。
「そうですか。ムウ氏も無事でしたか。彼なら安心だ。良かった」
隣で聞いていたウライ局長が涙声になった。
「これで南太平洋も落ち着きを取り戻せれます。本当に良かった」
その日の日程はスムーズに終えた。もうクラノスの犯罪は明らかだ。工場跡地での採取 も証拠を明らかにするためのもので早々に終えると、アマトはどうしても住んでいた家に行ってみたかった。帰船する前のわずかな時間を取ってもらいアマトは祖父と博士の三人で懐かしい街に入り自分の家に向かった。 玄関を開け、中に入る……静かだ。台所からふと母さんが顔を出すんじゃないかと目が向いた。いるはずはないのに……両親と過ごした日々はもう戻ることはない。しずかな家の中がそう語っている。
「これからはいつでも帰って来れるでな。またここで住むことも出来るし……」
祖父が目に涙をためて言った「大事なものだけ持って行けや」
「うん……」アマトは祖父の手を握り締めた「お祖父ちゃん、ごめんね……」
祖父が、マタイに戻って一緒に暮らそうとしきりに勧めてくれたのをアマトは断ってしまった……両親と過ごした懐かしい家……このままここにいたい気持ちに襲われた。でもバラムの村で、タネやパシカが待っている。ジョセ達と町の学校にも行きたい。それに僕の気持以上にバラムにいなくていけない相手がいる。僕に住みついている宇宙人だ。彼には僕が必要なんだ。そして僕も……いや僕だけじゃない。地球に住むみんなの未来のためにどうしても戻らなくっちゃいけないんだ!
「お祖父ちゃん、待っていて。僕、きっと帰って来るからね」今は唯一の身内となってしまった祖父と別れるのは悲しかった。でも行かねば……。
港で涙ぐむ祖父に最後の言葉をかけてアマトは船に乗った。ラムダとその横に白ひげの優しげな老人が見送りに立っていた。
「あれがムウ氏だよ」博士が教えてくれた。
来た時は威圧的な警備艇がアマトらの巡視船を誘導してくれた。警備員も明るく人なつっこい島人の顔に戻って、離れる時はいつまでも手を振っていた。マタイがようやく解放された証しだ。
アマトは博士とデッキに立ち遠ざかるマタイの島を見つめた。 「きっと帰って来れるだろう……いや帰ってこようなアマト」 「うん……」
紺碧の空に白い雲が流れていく。
「地球は美しいな」
「うん」
二人ともしばらく黙って空を見つめていた。宇宙人が話してくれたことが心に重くのしかかっている……おそらく……この広い地球上でこのことを知っているのは僕と博士だけだろう。たくさんの命とこの美しい自然を育んできた地球……今までは当たり前のように見ていたこの空さえ地球が創り出した尊いものなんだ。それを壊す物が近くまで忍び寄って来ているなんて信じられない。でも信じられないことって現実にはあるんだ。。僕に起きたことだってそうだ。地球人の頭でだけで判断しちゃあいけないんだ。やつらは来るんだーー 「誰にも言っちゃあいけないのですね」分かっている質問だ。言ってからため息が出た。
「そうだな……今はまずいだろう」
「知らない方が幸せだった……」
「ああ……」博士は頷いた「だが知ってしまった。そのことに目をつぶるか、ぶつかって行くかだ。選ぶ自由はある……」
選ぶ自由? 僕は自分で選んだのかーーよくわからない。無理やり巻き込まれてしまったんだ。そして答えは一つ……逃げられない。自分はもちろん大切な人達の命がかかっているんだ。僕と宇宙人は一体になってしまっている。進むしかないじゃないかーー
「僕には選ぶ自由なんてないですよ、博士」
博士はアマトを見た。アマトの目が仕方なさそうに笑っている。ああ、母親譲りの目だ。 ラファン、君の息子だ。現実によく耐えて立ち向かおうとしている。私もどこまで出来るか分からないが一緒に闘っていくからなーー
「家から何を持って来たんだ」
「うん……アルバム。それにジーパン。もうはけないかな。買ったばかりで島から逃げ出してしまったから」 「そうか……はけなかったら買ってあげよう。町の学校に行くとなるといろいろ用意する物があるだろうな」 「僕は、寮に入らないから、そんなにいらないけどね」 「通うのか。大変だろう」 「バスがあるから」 「ラグビー部に入りたいんじゃないのか。練習するなら通いは難しくないか」 「やりたいけど……」ラグビ―部の選手になることはあきらめたつもりでも本心ではないのが口調に出ていた。 「パシカやタネおばさんの手助けもしたいんです。ヤシの木に登ったり漁に出たりはおばさんでは無理だから僕がいれば助かるでしょう。それに……」アマトは自分の頭を指差した「僕はドゥルパの洞窟から近いところにいたほうがいいんでしょ」
〈そうです〉当然とばかりに頭に返事があった。
〈でも、球体が見つからない限り君は自由にしていていいよ〉
「球体か――」
博士にも聞こえていたようで「私にかかっているようだな」
〈そうです。ガイから取り戻せるのは博士しかいません〉
「ガイとは面識がないから、簡単にはいきそうもないな」考える時の癖で、顎を撫でた。
「国連に帰ってからなんとか手立てを見つけよう」
マライの港が見えて来た。 クラノスが倒れたことできっと沸き立っているだろうな。これで平和が戻ったとーー みんなと同じように喜べたらどんなに良いだろう…… 先に立ちはだかっているものを考えるとみんなみたいに手放しで喜べない。これからどうなって行くかさえ見えない。父さん、母さん。信じられない立場に僕は置かれてしまったけれど、たくさんの命が僕の手にかかっていることだけは分かる。僕は必要なんだ。クラノスに立ち向った勇気をこれからも持ち続けて進むからね。
「さあ、着いたぞ。新たな一歩の始まりだ」ケーシー博士が言った。 「うん」
港でたくさんの人が手を振って帰りを喜んで出迎えてくれている。その中でもひと際はげしく手を動かし、甲高い声を飛ばしている女の子がいた。
「パシカだ! 」
タネおばさんに抱きかかえてもらっている。
「おおーい! パシカ─」
パシカには見えないと分かっていてもアマトはデッキに身を乗り出すようにして大きく手を振っていた。
第一巻完
アマトとケーシー博士に待ち受ける困難。標的を地球に向けた炭素星雲にいかに立ち向かうのか。立ちはだかるガイの出生の秘密とは……第2巻に続く。(春から連載を予定しています)
|
|