「博士、みんな出て来ましたよ。だれか運び出されたみたいだ。地下で音がしたようだけど……」 「うん、拳銃の音らしい。どうも地下でなにかあったようだな」 「もう少し近づいてみますか」
二人は音を立てないようにして茂みの中をそっと進んだ。怒声や会話が聞こえるところまで来て倒れたのがクラノスだと分かった。
「博士! あれはクラノスだって! 」博士に耳打ちした。博士も聞こえたらしく頷きながらアマトを見て来た。
「驚いたな。いったいなにが起きたんだ……」
無線機に大声で話している声がした。
「だめだ! そんなものでは通用せん。とりあえず工場の電気を止めろ。俺は首長に付いて行くから病院に来てくれ。いいか病院だ! 電気工学に詳しいものを呼ぶんだ。対策をそこで立てる。それまでここには見張りを付けておく。分かったな」
救急車の音が近づいてきた。
「隊長! 来ました! 」 「よし。道路まで出るんだ。そこの三人はこのまま見張りを続けていろ! なにかあったらすぐ無線で知らせろ」
三人以外の警察官たちがクラノスの身体を持ち上げ茂みの間の通路へ移動し始めた。アマト達のすぐ近くだ。ひやっとしたが警察官たちは周囲の警戒どころではないようでわき目もふらず道路に出て行った。
あとを任された三名の警察官が寄り添うようにかたまって茂みの手前で見送っている。 救急車の音が止まった。 その時周りが突然暗くなった。工場の灯りが消えたのだ。 道路の救急車のライトとクラノスが乗って来た乗用車やジープのライトだけが道路を明るく照らしている。
「アマト、今だ。見張りが救急車に気を取られているすきに地下に入ろう」
博士とアマトは茂みから抜けて入口に走った。暗かったが、さっきまで見ていた入口はすぐ分かった。ペンライトを出して博士が階段を照らした。足元しか分からないが見張りに見つかる前に入らなければと飛び込んで通路に着いたとたん上で救急車が去っていく音がした。
「急ごう。彼らはまたやって来るぞ」
博士はアマトの手を取ると先に立って小さな明かりを頼りに走った。右の壁にドアを見つけた。 「開けてみるからアマトは下がって」
博士は音を立てないようにドアのノブを回してみた。静かだ。少し押してみた。なんの反応もない。 思い切って中をのぞきライトを向けた。そこにうつったのは機械類だった。
「なんだろう……」博士は近くにライトを当てるとそこは作業台で作りかけの物が並べてあった。確かめに見に行った博士はまた通路に戻った。
「驚いたな―クラノスはここで銃を密造していたのか」
「父さんは銃を作ってたの? 」
「いや、違うだろう。それならなにもラファンにさせることではない。もっとなにか特殊な実験だと思う。奥に行ってみよう」
通路はさらに奥に続いている。用心しながら突き進む。一度左に折れた。その折れた先の方が行き止まりらしい。
「博士! あれ! 」アマトは思わず前を行く博士の服を引っ張った。
左側の壁がチカチカ光っている。足元ばかりに気を取られて博士は気がつかなかったのだ。博士がその壁にライトを向けるとペンライトの明りが反射して写っている。 「ガラスだ」博士はライトを左右に動かした「ガラス窓だな」窓の枠を照らして言った。 そのガラス窓の向こうで光っているのだ。
「部屋のようだ……どこかにドアがあるはずだ」
ガラス窓から右下の方を照らすとドアのノブが写った。
「これがドアだな……」博士は手をノブに掛けアマトを振り返り「私の後ろに付いてるように」と声をかけノブを回した。 〈博士、待って下さい〉 「うん……アマト、なにか言ったのかい」 「ううん。違うけど僕にも聞こえたよ。頭の中で……宇宙人だ」 〈そうです。私が呼びました〉 〈今、入ろうとしている部屋は非常に危険です。博士は後ろで待機していて下さい。私が先に入ります〉 私が先に入るだって──? 博士とアマトは目を合わせた。二人とも思ったことは同じだ。宇宙人がアマトの身体から出る──! だが、二人が思ったことがすぐ伝わったらしく 〈いいえ、アマトの身体で入ります〉と返事が返ってきた。
「ちょっ、ちょっと待って! 僕の身体でだって! 危険だって言ってたじゃないか」
頭の中にいる者に返事するのは変なものでびっくりした表情で声に出してつい叫んでしまったものの、見る相手がいないのだ。
「アマトは生身の身体です。そんな危険にさらすわけにはいきません」博士が宇宙人のいる場所であるアマトの頭を見ながら訴えてくれた。
〈だいじょうぶです。私が守ってる限り、相手は身体に危害を加えることはできないから〉 「相手? ですか。あの光っているものは生きているのですか」博士が驚きの目で言った。
〈私の知っている現象だとするとあいつはあなた方地球人にとっては非常に危険な存在です。中に入って接触反応をみれば確かめられます〉
「でもなにも僕が一緒でなくても……君一人でできるんじゃないのか。君は僕達なんかよりうんと高度に進んだ宇宙人なんだろう」
〈アマト、それはできない。残念だが私は地球の大気に合わない身体というか成分構成なんだよ。生物の身体に入ってるから活動できているんだ〉
「僕はその生物か。ひどいなあー」
「待って下さい。もし、生物と言うならアマトでなくてもよいのですね。アマトは友人の大事な忘れ形見です。いくらだいじょうぶだと言われてもやはりそんな目に合わせられない。代わりに私の身体を使ってほしい」
〈それは無理です。私はアマトの機能を全部知るまで時間がかかっています。なにかあってもすぐ対応できるようにしてあるのです〉
宇宙人の言葉を聞いてアマトはもう諦めるしかないと決意した。ケーシー博士が身代わりになると言ってくれた時にアマトの胸は震えた。誰かに変わってもらおうなんて弱気な人間でいいのか。こんな大事な時に逃げ腰になるなんて…… アマトは心配する博士の目に応えるように頷き
「僕行きます。宇宙人を信用します。心配しないで」博士と入れ替わるようにしてドアの前に立った。このドアの向こうに不気味に光る得体のしれない生物がいる……なにが起きるんだ。ドアを睨んだ。勇気を出すんだ!
〈行こう! 〉
「うん! 」
開けるんなら勢いよくだ! アマトは躊躇する気持ちを振り切りぱっとドアを押し開けて部屋に入った。
「うわあー 」窓から見たより強烈な光が目を射して来て思わず顔を腕で庇った。黒い靄の中で電流がバチバチぶつかり合い火花が飛び散りその光が部屋中を乱舞している。その靄はぶよぶよとうごめいていて今にも触角がこっち目ざして伸びて来そうだ。足がすくんだ。後ずさりしようとしたら
〈だいじょうぷ。どうやら間に合ったようだ。あいつはまだ完全ではない。今なら消すことができる。アマト、行くぞ〉
「行くぞって……」なにをする気か聞く間もなくすくんでた足が前に向かってしまい、あっというまにそいつの目の前に立っていた。宇宙人が足を勝手に動かしたんだ。僕の意志を無視して。
「僕に聞いてから、動かせ! 」 〈そんな時間はない! あいつはもうこっちに気が付いている。アマト、右腕を靄の中に突っ込むんだ〉 「えっ! この中に突っ込むの」 〈そうだ、私に動かされるのが嫌なら、自分の意志で動かすんだ! 〉 アマトがひるんだこの一瞬を突くように青白い電流が顔に当たって来た。 「痛い! 」焼けるような痛みが顔を走った。 「アマト! 」博士の叫び声だ。 「嘘つき! 危険はないって言ったじゃないか! 」自分の頭に怒りの言葉を投げつけた。 〈早く腕を入れるんだ。私のエネルギーはそこに集中している。腕ならだいじょうぶだ。早く! 〉 宇宙人に文句を言ってる場合ではなさそうだ。ぐずぐずしていたらまた狙われてしまう。やるんだ! 「えいっ! 」腕をそいつの中に突っ込んだ。そのとたん右手に火がついたような衝撃が走ったがそれは一瞬だった。アマトの目の前で靄の中の右手から銀の光が飛び交って行く。靄の中の青白い火花とぶつかりあいが始まった。みるみる靄は輝きを増し暗い闇の部分が消滅していく。持ちあげている腕をひっこめたい。眩しさに顔をそむけながらアマトは自分の腕がどうなってしまうかと恐ろしさと闘いながらもがまんした。長く感じた。ようやく火花も減って来たころにはうごめいていた黒靄の輪郭が無くなってきてやがて右手の周りにはうっすらと白煙が漂い始め、走っていた電流の火花がまったく見えなくなった。 〈アマト、よく耐えた。あいつは消えたよ。もう大丈夫だ〉 声をきいたとたんアマトはがくがくとその場に座り込んだ。右手にまだ違和感があるが何ともないようだ。手を眺めて大きく息を吐いた。 「アマト、大丈夫か? 」博士が駆けよりアマトの肩を抱きしめて来た。部屋はすでに闇に戻りつつあった。 「これはどういう現象なのか、教えてほしい」 〈やはり私の予想していた相手でした……あなた方地球人にはまだ未知の意志を持った領域の生き物とでも言いますか〉 「意志を持っているのですか? あの靄が……」 〈そうです。個体としての細胞生物ではありませんが〉 「個体でもなく、液体でもないとなると気体しかないがまさか気体が意志を持つなんて考えられない」 〈われわれはあらゆる現象を受け入れます。あれがここにいたということは大きな意味があるのです。あれの保護膜が完成されてなかったのが幸いでした。でなければこんなに簡単にはいかなかったでしょう。放電をもっと続けていたら、あれは地球の大気の中を自由に移動出来てしまいます〉 「私には理解できない現象だが、今は詳しくは聞いてはいられません。早く出なくては。警察が戻って来る前に」博士はアマトを抱き起こしドアに向かった。 その時、アマトの耳にかすかに声が聞こえた。これは……人のうめき声だ! 「博士! 部屋に誰かがいます」 博士はペンライトを部屋に走らせた。隅の機械装置の下で倒れている人がいた。白の実験服を着ているところをみるとこの実験室の関係者か。 「君、だいじょうぶか? 」 博士の声に応えるように男が「うう……」と声を上げた。 「怪我は? 」 男がゆっくりと体を起こしながら顔を博士の声のする方に向けて来た。ペンライトに「うっ」と思わず目を細めながら座りこんで頭を振った。それからハッとしたようにまわりを見た。 「いない……どうなったんだ」男は立ち上がると「あ、あれは消えたのか? クラノス首長は無事ですか」と博士を見て来た。 「あなたは警察の方ですか……部屋が真っ暗ですがどうなったんですか」 「私は警察の者ではありません。ケーシーと言います」博士が言いながら男に近寄った。 「あなたはこの実験室の方ですか」 「そうです……」 「では、ラファン博士をご存知ですか? 」 「ええ、知ってますが……」男が訝しげに見て来た。 「怪しいものではありません。私はラファン博士の友人です。そしてこの子はラファン博士の息子さんです」ペンライトに照らされたアマトを見て男が驚きの顔になった。 「ラファン博士がなにかの実験をさせられていることは知っていました。それが何の実験だったのかを確かめにここに来たのです」 男はまだ事情が呑み込めないと言わんばかりの顔付だ。 「ラファン博士はだいぶ前に息子さんが病気だからと警備員が病院に連れて行ったきり行方不明になったんだ……」「じゃあ、博士は戻って見えたのか」 「いいえ…」博士は言い淀んだ。 「僕が仮病を使って父さんを病院に来させたんです」アマトが代わりに叫んだ「島からボートで脱出したんだ。でも、でも……ボートが転覆して─―僕だけが助かったんです」 男は黙ったままアマトを見つめた。そう言うことか―― 「さあ、今は早くここを出なければ。君、歩けますか」 「だいじょうぶです。ちょっと電気ショックを受けて気を失ったようだがもう歩けます」 男は博士の後に付きながら「クラノス首長や警察官たちはどうなったんです」 「首長は救急車で運ばれました。今は外の入口に三人の警察官が見張っているだけです。間もなく彼らはあの靄を消滅するためにここに戻って来るでしょう」 「戻って来るって? でも靄は見あたらないですよ。あなた方は見たのですか」 「いや……なにも」博士は嘘をついた。見たといったらそれからどうなったかを言わねばならなくなる。どうやって消滅させたかはとても言えない。 「電気を止められましたから真っ暗でした。なにも見えませんでしたよ」 「電気を止めた?……そうか……ひょっとするとそれで消滅してしまったのかな……」 男の質問をはぐらかしながら部屋から出て通路を進んだ時、向こうの階段のあたりが強い光に照らされて、何人かの人声が聞こえた。 「うっ、これはまずい。間に合わない。鉢合わせになりそうだ――」 「博士、ほらあの部屋、銃を作っていた部屋に入りましょう」 二人が駆けてさっき博士が見つけた部屋のドアを開けるのを見ていた男が 「見つかると、まずいんですか? 」と聞いてきた。 「ああ、私達は内緒で侵入したんだ。クラノス首長が隠してやらせていた実験だからね。詳しいことはまた後で話すから君も早く入ってくれないか」 階段を下りて来る足音が響いた。 「早く! 」 だが男は中に入らずドアを外から閉めてしまった。
|
|