「さてと……アマトいいかな。覚悟がいるぞ」
二人は黙々と繁みに沿って先ほどの場所まで進んだ。音を立てないように行くのは困難だ。なにしろ暗くて木や枝を見落として触ってしまう。そのたびにひやひやしながらなんとかクラノスの乗用車が見えるところまでは行けたが、さてここから地下への出入り口があるのを見つけなくてはならないわけだ。茂みを挟んで道路側と建物裏の敷地とに警察官が見張っている。そこのあたりだけライトが点いて明るい。いったい彼らはなにを守ってるのか……もっと近づかないとよくわからない。慎重に、音を立てないように徐々に進んだ。茂みの中は暗くて彼らからは見えないだろう。かなり近いところまで来て止まり、ようすをうかがった。
二,三人の警察官が建物に向かって走っていく。その先にある建物の一か所がボウーっと明るくなっている。内側からの明りが外に漏れているみたいだ。
「博士、あれ……」アマトがささやくと博士にも分かったようだ。うなずく気配がした。
「たぶんあれが地下への入口だろう……とても入れそうもないな……」
まさかこんなに厳重に警護されてるなんて予想してなかった。これでは身動きがとれない「しばらくここでようすを見よう」
「うん」
二人とも黙ったまま前の動きを見張っていた。建物に消えた警察官が戻って来た。何事もないように元の位置に立っている。そのまま動きもなく時間が過ぎる。ラムダと約束した時間が気になる。せっかく地下入り口を見つけたというのに。
クラノスは長いことガラスの中を見つめていた。
──こんな揺らぎ方ではまだ早いな……だが、のんびり待っていられないぞ!
クラノスは焦っていた。あのアマトとの身体に触れた瞬間の強烈な衝撃が生々しく身体に残っている……まさかとは思うが― 今夜にでも実行に移そう。そう決心して部下の警察官を従えてここにやって来ていた。
「おい、この黒靄がこのように伸び縮みを始めたのはいつごろからだ」
「はっ、伸び縮みですか? 」
若い技師はとっさには答えられず「えー……」とだけ言って首をひねった。
「きちんと観察してなかったのか! 怠慢だぞ! 」
「は、はい、すみません! たしか一週間ぐらい前だと思います。記録誌を持ってきます! 」
「もうよい! 」
それからもしばらくクラノスは黒靄の動きに気を取られて突っ立ったままだ。技師はその後ろ姿を恐る恐る見守った。
ラファン博士が消えた後、自分一人で実験を続けさせられた。ラファン博士が「なにかしみみたいなものが見える」と最後に言ったあの時は眠くてまともに見てなかった。その後も変わりない日が続いたが博士が言ったしみが現れ出したのだ。その報告をした時のクラノス首長の歓喜は異様なほどで薄気味悪ささえ覚えた。
しみは今度こそ消えずに少しづつ大きくなり始めた。放電を繰り返すごとにまるでえさをもらったかのような動きに見えた。不気味だ。大きくなるにつれまるで生き物に見えた。そいつを見にやってくるクラノス首長の目付きも異様だ。俺はなにをやらされているんだという不安な気持ちを抱えたまま実験を続けていたのだ。
クラノス首長の見続けるそいつは今では人の半分ぐらいの大きさにまでなっている。触角みたいなものが伸びたり縮んだりするようになって来たのは最近だ。
「せめてあと一週間あれば安心だが仕方がない。移ってから俺が育てるか」
「はっ? 」なにを首長は言ってるんだ……「この実験室を移すのでしょうか」
クラノスが振り返って見て来た。その目に技師はぞくっとして全身に鳥肌が立った。 人の目とは思えない!
「くだらない奴らだ―」冷たい表情でせせら笑ってクラノスは技師に「おい、放射を始めろ! それからおまえは帰れ。部屋から出て行くのだ。分かったな! それとドアの外で立っている警護の奴も外に連れて行け! 」
「はっ、はい。分かりました」急いでスイッチを入れに行く。ガラスの中で火花が散り始めた。
「こ、これでよろしいでしょうか……」返事がない。放電を睨んだままだ。
「では私はこれで失礼します」無言のままのクラノスから逃げるようにして技師は部屋を出た。
ガラスの中で触角のようなものが動き始めた。
─―可愛い奴よ。フフフ……おまえの力はまだ弱い。だが俺の身体になればもう自由だ。下等の生物たちが今に大騒ぎになるだろう。この星は俺達の物になる。 クラノスの目の奥で黒よりさらに暗黒の闇がうごめいた。
技師は警備員と一緒に外に出た。地下通路の反対側の部屋がバカに静かなことに気がついた。いつもなら機械の音がしているはずなのに。
「今夜は作業は中止命令が出たんだ」警備員が教えてくれた。
外に出ると入口を警護していた警察官がどうしたんだと不審がって集まって来た。 クラノス首長がたった一人で部屋にいる。だいじょうぶか。
警察官が地下に入りかけたので技師が慌てて止めた「だめだ、すごい声で出て行くように命令されたんだ。行かない方がよい」
「……」銃をたずさえたまま警察官達は入口に立ちつくした。命令は絶対だ。ここにいるしかないのだ。
この様子をアマトと博士は見ていた。なにかあったに違いない。中をうかがうように警察官が入口に集まっている。
「どうしたんだろう……」博士が言った。
「なにかあったんでは……」胸騒ぎがしきりにしている。でもあんなに入口を固められていては―。
技師はとにかく今夜はこれで帰れると、入口から離れ始めて「あっ! 」と叫んだ「しまった! 」
あわてて向きをかえ入口に走った。
「どいてくれ、大事なことを忘れた! もう一度戻らなければ」
みんなを押しのけて地下に駆け降りた。首長に怒鳴られることを覚悟して通路を走った。
放電のタイマーが解除されている。 首長が来る前に定期的な放電が終えたばかりで、それ以外で放電を繰り返すとタイマーを設定しなければならない。当たり前のことを首長の命令にびくついて設定せずに飛び出てきてしまった。知らせなければ。
だがその時ガッシャーン、バーンと、物が壊れるようなすさまじい音がした。実験室だ。 首長がいる。技師は身体ごとぶつかるようにドアを開けた。
「うわぁ―」こんな事って―! 目の前の光景に唖然となった。真空になっているガラスの実験容器がぶち割られその中に首長が手を突っ込んでいる。それもくねくね動く黒靄の中にだ。放電中のままだ。部屋中に火花がとびかっている。黒靄の表面が電気を浴びてパチパチと光の線が走っている。
「クラノス首長! 」
火花を避けるように身体を屈めてクラノス首長に近づいた時、首長の身体がどーんと床に崩れ落ちた。
「首長! 」
這うようにして仰向けに倒れている首長に向かった。電気がぶつかりあいバチバチと火花が部屋中に飛び散っていて立ってはいられなかった。
「首長! だいじょうぶですか― 」
見れば、首長はまるで死人のように青ざめていた。意識もない。慌てて手首の脈を取ると弱い脈が伝わってきた。よかった。まだ生きてはいる。だが早く病院で手当てをしなければ―
「どうした! なんかあったのか― 」通路から声が飛んできた。数人の足音がしてドアのところで「わあっ! 何だこれは! 」
「おい、大変だ! 首長が倒れてしまったんだ。手を貸してくれ。火花に触れると危ないぞ! 身をかがめて来てくれ― 」
技師と数人の警察官が部屋からクラノス首長を引きずり出した。
「おい、急いで救急車を手配しろ! それから外にいる者も呼べ。首長を運び出すんだ! 」 そう言って指示した警察官はもう一度ドアに戻り部屋の中をのぞいた。プスプスとくすぶる白煙が部屋中に広がり始めていて。その中を火花が飛び交っている。そしてその奥の割られた実験台の中で黒い靄がうごめいているのが見えた。そいつの中でも青白い電気光が走っている。
「おい」彼は技師を呼び「あれは何だ! 」と聞いた。
「私にも分かりません。首長に言われた通りの実験をしていただけです」
「なんだか薄気味悪いな……この火花を消せないのか」
「放電のスイッチを切ればおさまると思うのですが……」
「よし、なんとか切ってくれ」
「はい……」技師はしぶしぶまた床に這いつくばって入っていった。素早くやらないと上に漂っている煙を吸い込んでしまう。 技師が機械にたどり着きスイッチに手を伸ばそうと立ち上がったとたん、実験台の中にいた黒靄がパッと技師を包み込んだ。
「うわっ! 」叫び声を一つ出して技師は床に倒れた。
「おい! どうした! 」この様子を見ていた警察官は自分も入ろうとしてハッと身構えた。黒靄が技師から離れたのだ。それが自分の方に向かって来るではないか。それも空中を漂いながら―
「バンバン―」あわてて腰の拳銃を撃った。弾は確かにそいつにあたったはずなのに弾は壁にぶち当たった。 そんな馬鹿な―。もう一度撃った。同じだ。まるで空気に向かって撃ってるようだ。だが黒靄は生き物のように向って来る。
「隊長! どうしました! 」首長に付いていた警察官もやって来て「なんですか、これは! 」と言いながら慌てて銃を抜いて撃った。
「だめだ! 素通りするだけだ! 」
「これは生き物ですか! 」
「わからん! だが危ない。技師がやられた。近寄るな」
叫んでいる間にも黒靄がますます近づいてきた。
「クラノス首長は運び出せれそうか」
「はっ、今、外の者が来ました」
「よし! ひとまずドアを閉めて退散だ! 」
「技師はどうします」
「無理だ! とにかくあいつを部屋から出さないようにしなければ! 」
ドアが閉められ、地下通路にいた者はいっせいに外に出た。
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