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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第48回   地下工場へ

「ヤシ酒はいかがですか」

二人の間に立って給仕係が声をかけて来た。みると人なつっこそうな青年だ。

「おお、これは! 」ウライ局長の顔がほころんだ「私はこれが好きでね。こんな非常時では出ないだろうとあきらめていたが、ありがとう、ありがとう」

給仕係が注ぎながら「そのまま聞いて下さい」とささやいてきた。

「私はムウの親戚の者です。このホテルの食堂に勤めています。ムウがもしもの時はみなさんに心配いらないと伝えるようにとことづかっています」

「そうか……彼は感ずいていたのか」

「警察官の中でもクラノスの息のかかった者はわずかです。あとは役目だから仕方なくやってる者がほとんどですが、長老達を捕まえたことに対して動揺しています。長老達が解放されるのも時間の問題ですから心配なくと言ってました」

給仕係はちらっと警備員を横目で見た。警備員も仕方なくやってる者の部類らしく給仕係のようすを気にすることなく、自分も早く家に帰って酒を飲みたそうな顔つきだ。それを見て給仕係はアマトの横に来た。腰をかがめアマトの耳元でそっとささやいてきた。

「あなたがアマト君ですか」

アマトはギョッとして見返した。

「そのまま食べながら聞いてください」味加減でも聞いているようなニコニコ顔で「お祖父さんが会いにホテルに来ていますよ。厨房の裏口です。わたしが去った後、なにか食器でも落として交換してもらいに今からわたしが戻るドアから入って来てください」

アマトは食べ続けながら小さくうなずき、給仕係の青年が去っていくドアをしっかりと目に入れた。嬉しさに飛びあがりたいのをがまんして手元の落として良さそうな食器を探した。

いちばんよく落とす物……無くては困る物……よし!

「アマト、彼はなにを君に言ってたのかな」アマトがスプーンと取り皿に手を伸ばした時、博士が聞いてきた。

「うん、待ってて」にこっと笑ってテーブルの端からつい手が当たってしまったとばかりに食器を落とした。慌てて立ち上がり拾うと「博士、これ変えてもらいに厨房に行ってきます」それから声を低めて「お祖父さんが来てるんだって」と伝えると給仕係の言ったドアに向かった。

警備員がちょっと警戒気味に見て来たのが分かったがアマトが落とした食器を持ってるのを見てまた姿勢をゆるめてよそを向いてしまった。
給仕係が厨房にやって来たアマトを見ると「ああ、こっちだ」と裏口に連れて行った。ほかに何人かが立ち働いていたけれど入って来たのが少年だと分かると気にもとめず作業を続けた。
薄暗い裏口のドアのところに老人が立っていた。アマトにはそれがすぐお祖父さんだと分かった。

「お祖父ちゃん! 」駆けよって爺の胸に飛び込んだ。

「おお、アマト―」祖父の手がアマトの頭を撫でて来た「生きていたんだな」目から涙をこぼしながら「よかった、よかった。ラファンが海で亡くなったことを知ったよ……おまえだけでも助かってほんとうに良かった……」

「お祖父ちゃん―」声が喉に詰まってしまった。いろんな思いがこみ上げてきて何にも言えない。

「よく島に来れたな。おまえはクラノスに狙われていたそうじゃないか。爺は心配で心配で……おまえが来ることを知らされてな、会うのを心待ちにしておったのじゃが、長老達が捕まってしまってこのまま会えずに帰ってしまうんじゃないかと悲しんでいたら、ムウ様が会えるよう取り計らってくれていたんじゃ」お祖父さんは涙を何度もぬぐいながら「こんなに大きくなって……」と鼻をぐずぐずさせて泣いた。

「お祖父ちゃん、よく来てくれたね。元気だった? クラノスがお祖父ちゃんまでいじめてるんじゃないかって、僕しんぱいだった」

「だいじょうぶじゃ。わしには手出しはせんじゃった。だがもししてきたら爺は怒ってやろうと待ち構えておったわ」

「そうだよね、お祖父ちゃんは村一番の頑固者だって父さん自慢してたもの」
「ははは、なにを言う。ラファンはぐちを言ってたのじゃろ……」爺は言うとまたぽろっと涙が出た「あいつは―……もういないんじゃ……」

頑固で気丈夫なお祖父さんの涙にアマトは胸が締め付けられた。

「だいじょうぶだよ。クラノスはもうじき連邦に捕まるからね」クラノスはいちおう、出頭すると言ったんだから―

「ところで、おじいちゃん、ここにはどうやって来たの? 」
アマトは自分が今しなければならないことに思い当りふと気になったのだ。ひょっとしてこれは……

「ああ、こちらのムウ様の親戚の方がホテルに荷を運ぶ車で連れてきてくれたんじゃ」

「荷を運ぶ車……」アマトは給仕係に目を向け「じゃあ……お祖父ちゃんの帰りもそれで帰るんですか? 」

「うん、だいじょうぶだ。怪しまれずに帰れるさ」

しめた! あまとは小躍りして周りにだれもいないのを確かめると彼に近寄り耳元で話しかけた。

「お願いがあるんです……お祖父ちゃんを送るついでに僕とケーシー博士を乗せてくれませんか」

アマトの願いを聞いてびっくりしたようだが「ええ? そりゃあ出来なくもないが……どうして? 君達はホテルから出られないんだろう? 」

「それは分かってます。でも博士はどうしてもあの工場に地下があるに違いないって言ってました」ほんとうは僕が思ったことだが、博士が言ったことにした方が話しがうまくまとまるような気がしたからだ。

「僕の父さんはその地下でなにか実験をやらされていて協力するのがいやで逃亡したんです。博士はどうしてもそれがなにかを調べたいのですが警備員がいて自由に動けず、明日はもう帰らなくっちゃならないんです。協力して欲しいんです。お願いです」

アマトがあまりにも真剣な目で言ってくるので彼も拒むことが出来なかったようだ。

「分かった。協力するよ。でも警備員の目からどうやって抜けるんだ。外も見張りがたってるし」

「……中の警備員は僕達が部屋に眠りにいったらきっといなくなると思う。それから抜け出してこの厨房に来るから待っててくれる? 」

「それからか……」彼はちょっと迷っていたが「出来るだけ早く来てくれないか。それまで明日の準備とかなんとかで時間を稼いでいるから」
「ありがとう! 」
アマトは急いで戻っていった。

同行のみんなにはアマトのお祖父さんのところへ行ってくるとすでに話してある。
静かになったホテルの中を博士とアマトは厨房に向かった。思った通り警備員はいない。
暗い食堂を抜け厨房に入ると給仕係の彼だけが後片付けをしながら待っていた。

「博士、この人です。ええと……」彼の名前を知らなかった。

「ラムダです。ムウの親戚です」ラムダが博士に笑顔で答えた。

「ラムダ君、ありがとう。無理を聞いてくれて」博士が彼の手を取って挨拶したのでラムダは照れたように笑って「さあ、行きましょう」と言うと裏口に向かった。

車がボックスカーで助かった。すでにお祖父さんが乗って待っていた。裏口から出て来た車に見張りの警備員が近寄って来たがラムダがホテルの人間だと分かると調べることなく通してくれた。

町の通りには人もなく街頭に照らされた道路を走る車もめったになかった。

「みんな、不安で家にこもってますよ」

ラムダが運転しながら話してくれた。クラノスは国連の調査隊や連邦の役人が来ることを公にしなかった。だがそんなことはすぐ知れてしまう。これでクラノスが島からいなくなってくれるとほとんどの島人が期待していたのだが長老達が拘束されてしまった。今はこれからどうなるかと不安な空気が島をすっぽり包んでいるのだ。

このまま工場に行けるとホッとしたのもつかの間

「あれ? おかしいな、こんな時間に……」ラムダがブレーキをかけたので前方を見たらライトに照らされて数人の警察官がジープの前に立って銃を抱えている姿が写った。

「検問です。でも銃を持っているのは異様です。念のため座席の下に隠れて下さい」

「お祖父ちゃん、かがんで」アマトはお祖父さんの背中を押して座席下にかがませると
自分も隣にくっ付いて低くなった。スピードを落とした車がついに止まった。

「ここから先は通行禁止だ。引き返せ」

「えっ、知らなかったな。でも困ったな……なにかあったんですか? 俺はこの先にある港に用があるんだが」

「今はだめだ。クラノス様の命令だからな」

「俺はホテルの調理係のもので、明日の材料の魚を受け取りに行くんだ。もっと早くに行く予定だったのが遅れてしまったんだ。魚が腐っちまう。なんとか目をつぶって通してくれないか」

「ほんとうか? 」

「ああ、車を見ればわかるだろう」

警察官の一人が懐中電灯を車に向けた。ホテルの名前が書いてあるのを見て「そうみたいだな……だが念のため調べるぞ」

後ろの荷台の扉が開く音がした。お祖父ちゃんが小さくせき込んだのでひやっとしたがさいわい開ける音やら車のエンジン音やらで気付かれずにすんだようだ。

「魚臭いな」と後ろで呟く声が聞こえて来る。魚を入れるトロ箱がいくつか積み込んであるのだ。後ろから前の座席に向かって明りが飛ぶ。座席に人の姿がないのを認めるといちおう調べが済んだとばかりに扉を閉める音が大きく響いた。

「ちょっと待て」と警察官は言うとジープの前に集まり相談し始めた。

「まだです。動かないように……」ラムダが小声で教えて来た。

はなしがまとまったようで特別に許可が下りた。ただし途中で止めたりしないように、特に工場前は駐停車禁止だと言い渡されてようやく出発できた。

「ずいぶん警戒しているな。工場でなにかあるのか……」

座席に身体を戻して窓の外を注視しつつ博士が言った。たまにしかない外灯に照らされる時は身を低くしなければならないからだ。

「わたしはちょくちょくここを通りますが、こんなことは初めてです……」

「きみに怖い思いをさせてすまなかった。だが君で良かったよ。用事がないのに通ろうとしたらもっと取り調べられただろう」

ラムダはきっと緊張しただろうに冷静に切り抜けてくれた。

暗がりでは昼間に廻った工場の位置がよくわからない。かといってゆっくりしていては怪しまれてしまう。
「工具製作所の場所へ行ってくれますか。裏側に繁みがあってその向こうが道路だったところなんだけど」

「ああ、それならこの通りでもうすぐだ」ラムダは言ってから「おや……」とささやいき「驚いたな―クラノスの乗用車だ。それにジープもある」

「クラノスだって! 」博士とアマトは同時に叫んだ。

「これは! とても止まれませんよ。警察官もうようよしている! このまま突っ走りますよ。隠れて下さい! 」

心臓が高鳴った。目ざす工場にクラノスがいる! なぜだ? こんな時間に……

ラムダは乗用車やジープの横を何気なさそうに通り過ぎ、遠く離れた所まで来ると横道に入った。その道には外灯が無く暗かった。車を止めた。

「ふうーっ」とラムダが背もたれに身体を投げ出すとハンドルから手を離した。汗で手が湿っていた「やれやれ無事、通れて良かったー銃を向けられている横を通る時は冷や冷やでしたよ」

「すごい警戒だったな」博士も溜息が出た。

「さてと……困ったな。ちょっと遠いし、あの警戒の中を近づくのはかなり難しそうだな……」

「アマト、やめろ! あんなとこなど見にに行っては撃たれてしまうぞ! 」

お祖父さんがアマトの腕を捕まえて必死な声で言ってきた。

僕だってまだドキドキしてる! 怖い。でもそれ以上に行かねばという気持ちのが強いのだ。あんなに警戒してるところをみるとなおさら切迫した思いが起きている。いまやらねば……

「博士……」アマトは博士を見つめた「行かなくては……」

」それで通じるはずだ。僕の思いではないもう一つの強い声が分かるよね。

「どうしても行くのですか」心配するラムダには申し訳ないが行かねば―

「ちょっと遠いですがここで降りるしかありません。一時間後にまたここで待っています……気を付けて」

「ありがとうラムダ君」博士が先に降りた。

「お祖父ちゃん、心配しないで。車の中でラムダさんといてね」

すがるようなお祖父さんの目にうなづき返すとアマトも降りた。急がねばと二人ともすぐ繁みに隠れた。車は暗がりの道を走り去った


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