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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第47回   クラノスの秘密 @

「その事件とはなんだね」ウライ局長がすこし冷静になったようで責めるような口調が鳴りをひそめた。きっとクラノスの茶化したような言い方にむきになり過ぎたと気がついたんだろう。

「昨夜、ある情報が入りましてね。謀反をくわだてている者達がいると……」

いったん言葉をそこで切ると煙草に火を付けゆったりとしぐさで吸い、口をすぼめて細く長い煙を吐いた。

「もちろんわたしはすぐ信じたわけではない。こののんびりと平和な島で起きるはずはないと……」言いながら二,三服吸っただけの吸い殻を灰皿に押し付けた

「だが事実でした。こともあろうに身近な長きにわたってマタイの島を守って来た長老達がわたしを首長の座から引きずり降ろそうと密談していたのです。明日はあなた方が来られる。それを利用してクーデタをくわだててました。これを放っておくわけにはいかない。大事なお客様に万が一のことがあってはと今朝、かれらを連行するためにあのような武装をせねばならなかったことをご理解願いたい」

クーデターなんかじゃない! おまえの横暴から島を守るために立ちあがってくれたんだ! アマトは腹の中で叫んだ。怒りでクラノスを睨みつけた。クラノスが目を細め冷笑して調査団がざわめくのをたのしんでる。ケーシー博士やウライ氏の顔が強張った。

「君の言う長老達とはどんなメンバーなんだ」連邦のウライ氏が警戒するような低い声で言った。

「たぶん名前を聞けば知ってる方もいるでしょうな。明かすわけにはいきませんが」

「前の首長のムウ氏とはわたしは親しい。この調査でも協力を約束してあるのに姿も見えない。まさか彼を連行してはいないだろうな」

「ムウ氏ですか。残念なことに彼は今度の首謀者でした。わたしも非常に驚いています。連行するのは忍びなかったのですがしかたありませんな」

「首謀者だって! 信じられない」ウライ氏の拳が震えている「クラノス君、君はとんでもない間違いをしている。連邦では彼のことをマタイの良心だ、と称えられているぐらいだ。クーデターなどとは言いがかりだ。すぐ釈放したまえ」

「これは連邦の局長とは思えない発言ですな。マタイのことに干渉されては困る。わたしはここの首長だということをお忘れか」

クラノスの目がウライ局長にピタッと張り付いた。針で刺すような目つきだ。

首長室に緊張が走った。みんな言葉もなくしーんと押し黙ったままだ。その中をクラノスだけはゆうゆうと構え、さて、と口を開いた。

「その件は島の問題ですので、みなさんとは本題に入りますかな」クラノスは机の上の資料を手に取り「この報告書によると、マタイの工場から流した廃液が住民の健康被害を起こしたとありますが科学的な証拠によるものかどうかはっきりしているのですか」

クラノスは顔を資料から離すとじろりと眺めまわした。

「そのことについてはわたしがお答えしましょう」ケーシー博士だ。前に進み出「わたしは国連の保健局長ケーシーというものです」

クラノスは黙ったまま博士を見た。

「この近辺の島々で身体に異常のある出産が相次ぎました。資料に詳しく地域と名前が書かれてあります。地域の共通点はマタイの工場があった近くの川に住んでいたということです。採掘していたのは鉄鉱石です。鉱石の溶解に使われた有機溶剤がそのまま川にたれ流されていました。これは工場跡と川の下流の成分を調べた結果一致しておりはっきりしています。工場側の責任であることは明白です。当時は原因もわからず肝心の工場は撤退しておりました。なんどかマタイに工場の調査を依頼したのにもかかわらず返事がありませんでした。被害者は働くことも出来ず医療にかかることも出来ないのが現状です。まず補償問題に取り組んでいただきたいことと今あるここちらの工場を視察させていただくことです。わたしが要求する領域はここまでですがほかにもあります。それは連邦のウライ局長から話していただきましょう」

ケーシー博士はウライ氏に目配せした。ウライ氏は咳払いを一回してケーシー博士の後を続けた。

「連邦は今回のことを審議した結果、クラノス首長はこの国連機関の調査を妨害したこと、さらについ最近、マライのある少年を誘拐しょうとしたり命を狙ったりしました。これは犯罪です。よって連邦の裁判にかかるよう出頭を命じます。クラノス首長、あなたは工場調査終了後われわれと連邦の警察に一緒に行っていただきます」

ウライ氏は持っていた書面をクラノスの顔面に突きだした「これが出頭命令書です」

ここまで突き付けられたらさすがにクラノスもひるむだろうとアマトが期待してたことは外れた。クラノスは目の前の書面を一瞥すると動ずることもなく

「なんのことやらわたしには覚えのないことですな」としらじらしい。

「知らないとは言わせませんよ。あなたの部下、ネルス、パラク、テュポがすべて白状しました。彼らはあなたの指示で行動していたと」

「わたしはそんな指示をした覚えはない。彼らには調査がどのように行われているかを見て来るようにと言っただけだ。妨害するような悪辣な指示など島の長たるものがするはずないだろう。彼らの言葉だけをうのみにして出頭などと騒ぎ立てるのはあながたも浅はかではないかね」

「身に覚えがないと言われるのなら堂々と出頭に応じて裁判で潔白を証明されたらどうですか」

ウライ氏も負けじとクラノスに迫っている。クラノスの目がじろりとウライ氏を睨んだ。顔がわずかに歪んだように見えたがじき冷笑を浮かべていた。さあ、クラノスはどう答えるんだろう―

調査団全員がクラノスの動きを見張った。それをまるで無視するかのようにクラノスがまた煙草に手をやった。そのときどドアをノックする音がした。

「入れ―」

銃を抱えた警察官四,五人が入って来た。調査団の一行が固まった。まさか……

「なんだ」クラノスが平然と言った。

「はっ、……」一人の警察官が言いかけて戸惑ったような顔になった。

「かまわん。客を気にするな」

「はい。指示通り、注意人物を全員監禁いたしました」

「そうか。ではそのまま見張りを続けろ。客人が帰るまでは拘束しておくのだ」

「はい、分かりました」

警察官は出て行った。張り詰めたみんなの顔に安堵が戻った。

「驚かれたようですな。まさかいくらわたしでも、世界の権力に歯向かうようなバカなことはしませんよ。たとえばクーデターに味方する方々であっても」

嫌味なやつだ……だがなぜクラノスはこんなに冷静にいられるのか。銃を向けられなかったことは幸いだったが意外な思いが湧いた。考えていることがつかめない。

「工場の視察は午後から受けてもよろしいが、出頭の件は今回は辞退する。わたしにも都合がある。首長として後の手配も考えないといけませんからな……」

相変わらず妙な笑みを残したまま「ご心配なく。わたしは逃げはしない。必ず出頭する」

そう言うとクラノスは立ち上がった。机の受話器を取って「おい、お客様に昼食の案内を頼む」と言うと「わたしはこれから出かけるが、工場の案内は工場長がすることになっている。日程は二日間でしたな。納得いくまでお調べ下さい。お帰りの時にまたお目にかかりましょう」

クラノスが部屋を出る気配に驚いてケーシー博士が「待って下さい。まだもう一つお聞きしたいことがある」

足を進めようとしていたクラノスが立ち止まった。そして声の主を見て来た。

「あなたはラファン博士をご存じですね」

「ラファン……」クラノスはとぼけているような仕草で聞き返して来た。

「この子はそのラファン博士の息子です」そう言うとアマトを自分の前に立たせた

「ラファン博士は何処かの工場に連れられ、なにか実験をさせられていたそうです。博士は身の危険を感じて船で逃亡する途中、無念にも嵐に会って亡くなり、この子だけが助かりました。海に投げ出される直前に博士は工場の地下でなにか実験をさせられていたと叫んだそうです」

ケーシー博士はクラノスに迫った「いったい何をあなたはさせていたのか、その工場も見せて下さい。わたしは彼の友人としてどうしても知りたいのです」

アマトはクラノスの面とまともにぶつかった。クラノスの瞳が一瞬するどく光ったように感じた。負けるものかとにらみ返した。ケーシー博士が肩に手を添えていてくれる……

クラノスはアマトをじっと見据えて来た。きっとこれが狙っていた息子かと苦々しく思ったことだろう。部下が誘拐になんども失敗したのだ。

「ラファン博士はお気の毒でしたな。なんで逃走したのか私も不思議に思っていたのだが……」

アマトから目を外してケーシー博士に向き直り

「なんということはない実験だった。あの方は島で貴重な科学者ですからね。この島では磁鉄鉱が豊富ですので磁気を利用した機器類を考案するために特別に実験室を用意して働いていただいていたのです。見せろと言われてもこれは島の特許製品にしたいので完成していない今の段階ではお見せできませんな」

これ以上は用はないとばかりにクラノスはドアに向かった。去ってしまう! 

「待って!」あっと思う間もなくアマトはクラノスの半袖から出ていた腕をつかんでいた。あれっ……なんでだ。自分のこの行動に驚き、ハッと思った。無意識だ! これは僕じゃない。あいつがやらしているんだ! 
だがもっと驚いたのはその手を捕まれた時のクラノスの驚愕した顔だった。みるみる目付きが歪み始め、まるで火傷でも負ったとばかりにアマトの手を振り払ってきたのだ。 
「待って下さい。父さんはそんな実験なんかやってない。家にはめったに帰って来なかった。夜中の仕事だ、なんの実験か分からん、と母さんに言ってたのを聞いたことがあるんだ」

クラノスとアマトを囲むようにみんなが近くに来た。クラノスはなんと答えるのか……
だがクラノスはアマトしか見ていなかった。不審そうな眼でアマトの目を覗き込んで来た。なんだ、どうしたんだクラノスは―
なにも答えずクラノスは背を向けて出て行ってしまった。

「おかしいな……アマト君の訴えにあのように動揺するクラノスじゃないのにな……」

ウライ局長が解せないとばかりに呟いた。違う―僕の話でああなったんじゃない! 

「アマト、よく言った。なかなか勇気があるな」

ケーシー博士がポンと肩を軽く打ってきた「君のお父さんがいた実験室とやらはどうも見られないようだが、クラノスが逮捕されてしまえば調べられるだろう」


昼食後に一行は工場視察に回った。警護付きだ。といっても一行を守るためでなく行動を監視するためのものだ。
製鉄所、バイク工場、工具製作所などが一か所に集まって工場地帯になっている。ケーシー博士らは製鉄所の溶剤を丹念に調べた。川に流された廃液と同じ成分の廃液かどうか。
アマトはキョロキョロあたりを見た。きっとこの工場地帯のどこかに地下工場があるに違いない。そう思って耳を澄まして気をつけたがそんな音は聞こえない。

バイク工場、工具製作所と調査が進んでいく。このまま帰ることになってしまう。あせった。ケーシー博士はのんきに次の機会でもよいと考えているようだがなぜかアマトは急を感じている。父さんがやらされていたことが気になって仕方がない……

「ちょっと、トイレに行ってくる」

「えっ、さっきも行ったんだろう」ケーシー博士が苦笑いで「アマト、気になってるんだろう。気持は分かるが今は無理しない方がよい。警護付きだ。下手に動くと危ないぞ」

「だいじょうぶ、本当にトイレしか行かないから」

警備員が「またか」と渋い顔をして付いてくる。トイレの入り口で見張られるから動きがとれない。それでもなにか発見出来ないかとゆっくり用をたす振りして窓から見える限りの外の様子をうかがった。建物の裏側はすぐ道路だがその間を遮断するように繁みがあって繁みまではわずかな敷地しかない。なにもないな。これが最後のトイレだ……もう行かなくっちゃ。と、あきらめかけた時「おーい、遅いぞー」と怒鳴る声がした。窓からだ。なんだろうと、もう一度覗いた目に銃を持った警察官の姿が飛び込んできた。さっきまではいなかったはずだ。声を掛けられた方を見ると、繁みの中からもう一人の警察官が早足で駆けて来る。

「とっくに交替時間が過ぎているだろ! 」

「すまん、ちょっと事故があってな」

後の会話は小声になってしまって聞こえなかったが、そんなのはどうでもよい。こんな工場の隅のトイレの裏側に銃を持った警察官がなんでいるのだ。変だ……交替にやって来た警察官が銃を受け取ると建物の方に消えた。窓からは見えないところへ。どこへ行ったんだろう……きっとどこかでなにかを見張ってるんだ。

「おい、まだか」入口で警備員が催促して来た「なんて長いしょんべんだ」

「今行きまーす」アマトは急いで向った。胸が騒いでいる。

工場視察がすべて終えるころには夕闇が迫っていた。バスに戻ればそのまま用意されたホテルに直行だ。どこにも寄れない。お祖父さんのところも友達のところも……せめて自分の家にだけは行ってみたい。それにあの工場の裏手が気になってしかたがない。

「博士、明日はここには来ないんでしょ」

「ああ、明日はこのマタイにあったという磁鉄鉱を採掘していた工場跡と近辺の川を調査する予定だ」

「そうか……来ないんだ」

「ここはもう調べ終えたからな。なんだか、さっきからようすが変じゃないか」

「博士……今夜、ホテルからなんとか抜け出してここに来れませんか。僕、さっきトイレから見たんだ。銃を持った警備員がどこかを見張ってるらしいのを……」

「えっ、それはどこだ」

「工場裏です。窓からは見張ってる場所までは見えなかったけど」

「そうか、あやしいな……調べて見たいが」そう言いながらも博士はしかし難しい顔をした「だが、ホテルから抜けるのはそう簡単ではないだろう。われわれは見張られているからな。長老達も捕まってしまっていることだし、もし見つかったらわれわれの身も危険にさらされてしまう……」

博士の考え込む姿にアマトは気が気でなくなった。

〈博士、これは重要なことです。なんとしても今夜調べて下さい〉

博士が驚いてアマトを見て来た。今のはアマトではない! 宇宙人からの呼びかけだ。

博士に見つめられてアマトは小さくうなずいた。

「僕にも聞こえました。なんだか自分は変だなとは思っていたんです」

博士は声を出そうとしてやめた。宇宙人には必要ではなかった。

─―どうしてそのように気になるのですか

〈今はまだ分かりません。その実験室を見てみないと〉

博士はまた口を開けかけてしまった。これは精神感応、つまりよく言われるテレパシーで答えなくてはならない。しゃべることで意志伝達して来た人間には不慣れな作業だということが実感した。

─―実験室……ラファンのやらされていた実験に興味があるのですね。なにをしていたか見当がついているのですか

〈分かりません。ただとても危険なことが予想されます。なんとしても確かめなくてはいけません。アマトと二人だけで行ってください〉

未知の宇宙人が言う危険なこととは……想像を超えた出来事なのか。

アマトと博士がホテルからどうやって抜け出せるかを考えているうちにバスは着いてしまった。案の定ホテルの周りは警備員が何人か配置されていて抜け出すのは難しそうだ。夕食に案内された部屋の入り口でも一人見張っている。

「ムウ氏が心配だ……長老の全員が捕まったのだろうか」ウライ局長がその警備員に目を配りながら、ケーシー博士にひそひそ声で言ってきた。

「クラノスはこの島でそんなに権威があるのですか。警備員や警察を思うままに動かすほどの……」

「ムウ氏ほどには信頼はないと思うのだが……銃を持ってるからな」

二人がそろって警備員の様子をうかがった。警備員は所在無げに姿勢を崩してドアに持たれている。それほど熱心な忠誠心は無さそうに見える。だが役目だ。外に出してはくれないだろう。



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