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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第46回   マタイ島へ

マライから出発した巡視船の甲板に立ちアマトは近づくマタイの島を見ていた。

「もうすぐマタイの領海に入る。ほら向こうに何隻かお迎えの警備艇がいるだろう。おだやかに迎えてほしいものだ」

ケーシー博士が横で苦笑いしながら警備艇を指差した。
警備艇と聞いたとたん背筋がぞくっとした。真っ暗な海の中で警備艇のライトを恐れてボートの中につっぷして、どうか見つからないように! と恐怖に震えていたあの時の感覚に一瞬襲われたようになった。アマトは頭をぶるっと振るって警備艇の一団をにらんだ。夜の海を逃げなければならなかったあの時と違って今度は昼間堂々と乗り込んでいくのだ。なにも恐れることはないんだ。と言ってもどう迎えられるか不安もある……

「だいじょうぶか? 」

博士が顔を覗き込みながら言ってきた。

「いくらクラノスでも国連や連邦の人達に対してはひどいことはしないでしょ? 」

「ああ、普通はね。でも相手はクラノスだ。どう出るかだが……要請に対して受け入れると答えて来たから無茶はしないだろう。南太平洋連邦の方達もいることだから」

「そうでないと困るんだ。タネおばさんやパシカには絶対大丈夫だからって言って出て来たんだから。猛反対されたんだよ。また危ない目に合うんじゃないかって」
 
「そんなことは起きないだろう。アマトは正式な重要参考人としてメンバーに入っているのだからね。マタイの有力な長老たちはクラノスを追放させるために連邦と連絡を取り合って動いている。クラノスがおとなしく出頭に応じればよいがそうでなかったら長老たちは逮捕という強硬手段でクラノスを我々に引き渡す覚悟らしい」

マタイの警備艇にどんどん近づいていくにつれ緊張して来た。見張られている気分だ。

「アマトはクラノス首長をよく知ってるのか」

「ううん、そんなには知らない。学校の行事に挨拶とか島の祭りとかで見るぐらいだったけど」
「みんなは首長のことどう思ってたのかな」

「みんな……」クラノスは僕が学校に上がる頃はすでに首長だった。声がでかくて身体もがっちりして強そうなおじさんという印象だった。

「前はわりと人気があった気がする。よく島の話しをして発展させるには君達若者ががんばらねば、と話していたし、笑い顔も力強くて頼もしい感じだったから……でもそれは以前のことでこのごろは変だった。父さんは前からあいつは危ない、と言ってたけど、威張って怒りっぽくなったって大人たちが話してました」

「威張りだしたか……島のことを大切に考えていたのになんで変わり始めたのかな。なんでも自分の思う通りに動かすことができる立場に立った時こそ難しいものだ……長老たちを締め出して威張り始めるようになってしまったか。君のお父さんは始めからそのクラノスの隠れた気性を見抜いていたんだろうな」

靴音が後ろから響いて「博士、船室にお戻りください」と船長が言ってきた。警備艇の甲板から制服の男達が出てきて、巡視船を囲むように左右前後に警備艇が張り付いてきたからだ。いよいよマタイの島に乗り込む。アマトは船室の窓から警備艇を見た。
巡視船が港に着くとすでに警備員が待機していて漁師達は遠ざけられたのかだれもいなかった。懐かしい。この港はよくお祖父さんと船で来たから知っている。

「アマト、私のそばに付いてくるんだよ」警備員に誘導されて歩きはじめるとケーシー博士がアマトに耳打ちして来た。僕があたりをきょろきょろ見回したりしているので心配になったんだろう。
一行はバスに乗せられクラノスの待つ庁舎へと向かった。


庁舎まで道中はよく知っている。町に住んでいたから。知った顔は通らないかとバスの窓ガラスに張り付いて見つめたがどうしたわけか人の姿がまったくない。店も戸を閉めている。こんなことは今までになかったことだ。

「いやに静かだな……」隣でケーシー博士が言った。

「おかしいよ。いつもここは町でも賑わっているところなのに……」

その時前からジープが3台続けてすれ違って行った。そのジープに乗っている人達の姿に「あっ!」とアマトは叫んだ。

「ずいぶん物々しいな。こちらの警察はあんな銃まで携えて巡回しているのかい? まるで戒厳令でも敷かれてるみたいじゃないか」博士の顔は曇って、低い声でアマトに聞いてきた。

「違う……こんなの初めて見た。銃をあんなに持ってる人なんて―」

心臓が早打ちしている。恐ろしい―まるで戦争でも起きたようで、信じられない。マタイは銃を持った兵士に占領されてしまったのか。

庁舎に着いて玄関から入ろうとした時もどたどたと靴音がして中からさっきのジープにいた人達と同じように銃を持った数人の警察官が外に飛び出て来た。調査団の一行など目もくれず慌てた様子にアマト達の方が急いでよけねばぶつかるところだった。
庁舎の職員はまったくそのことに口を閉ざし、アマト達一行を二階の一室に案内すると、ここでしばらくお待ち下さいと言って、目も合わせず出て行ってしまった。

「なんだか様子がおかしいですね……」国連の調査団の一人が連邦の人に聞いた「マタイ島では銃をふだんあのように持っているのですか」

「いいや、始めて見ました……わたしどももびっくりしているのです。銃をあんなに持っているとは」四十歳ぐらいの連邦のウライ局長が眉を寄せて厳しい顔で言った

「前の首長であったムウ氏が庁舎で迎えてくれる手はずになっていたのですが……なんだか胸騒ぎがします。クラノス首長に出頭を言い渡す時、彼と島の長老達も同席してクラノスをその場で解任させる筋書きになってましたので……」

言いながらそわそわと落ち着きを無くして腕を固く組み、床を踏み鳴らした

「そうそうスムーズにはいきそうもない雲行きになって来たかな……連邦ではふだん銃を持ち歩くことは禁止されているのです。こんなに二重三重に罪を平気で犯すとは……クラノスはおとなしく出頭しないでしょうな」

部屋の空気が重苦しくなった。クラノスはどう迎えようとしているのか不気味だ。いつからクラノスはこんなになったんだと連邦の人達は固まってひそひそ話している。

「ずいぶん待たせるな……」ドアをにらみながらケーシー博士が呟いたその時、ドアが開いた。みんなの目がドアにくぎ付けになった。緊張が走る。だが入って来たのは飲み物を手にした女子職員だった。ウライ局長が「やれやれ」と立ち上がりかけた身体を椅子に落とした。一人一人にコップを置いていく女子職員の動きに目をやりながら「君、クラノス首長の面会はすぐかね」

まだ若い感じのその職員は戸惑ったように手を止め「すみません、わたしには分かりません」と首をかしげていかにも申し訳なさそうに目を伏せた。
アマトはさっきからじっと彼女を見つめていた。どこかでみたことがある……と考えていて彼女が首を傾げた時に「あっ! 」と声を出した。あの動作に覚えがある!

「思い出した! 」椅子を蹴って彼女のところに駆けより「ねえねえ僕のこと分かる? 」
突然、目の前に飛び出てきて顔を向けられ彼女は驚いたように後ろに下がったので「僕だよ、ほら、ミトの同級生のアマト。あなたはミトのお姉さんでしょ」

「ええミトは妹よ」訝しげにそう答えてまじまじとアマトの顔を見て来た。

「僕、ミトの誕生日に家に行ったことがあるんです。ほかにも友達がおおぜいいたから顔や名前を覚えてはいないかもしれないけど」

「待って……アマト君ね……」なにか思い当たったかのように「そうそう妹から前に聞いたことがあるわ。とつぜん家族と一緒に行方不明になった子がいるって。アマトって子だって―」ミトのお姉さんがびっくりした目で見つめて来た。

「あなたがその子なの? 」

「そうだよ。僕だよ」アマトは嬉しくなった。久し振りに故郷マタイの知り合いに会えたんだ「ミトは元気? ほかの友達も変わらないかな」

「ええ、元気よ。でも……」彼女は周りに目をちらちら向けながら「あなたはどうしてここにいるの? 行方不明になったのに」アマトにしか聞こえないぐらい小さな声で聞いてきた。

「うん、ちょっと……わけがあって」あれからあったことをここで話しているわけにはいかない。

「アマト、知り合いなのか」ケーシー博士が二人のそばにやって来た。

「うん、同級生のお姉さんです」

「そうか、じゃあちょうどよかった」博士が笑顔で彼女に近づいた「あなたはわれわれがどういう一行かご存じですか」

「はい。聞いています。国連の方と連邦の方だと……」

「われわれは正式な調査団ですがまるで軟禁扱いでこの部屋で長いこと待たされたままです。それに異様な警察官の姿も見ました。何か起きたのですか」

彼女は困ったような表情を見せた「わたしにもよくわからないのです。朝、仕事に行く以外は外出をしないようにという島の放送が入りました。庁舎に来てみると銃を持った警察官が出たり入ったりしていて怖かったけれど職員は普通に仕事をしているように言われました」

「じゃあ、あなた方はなにも知らされてないわけですね」

彼女は黙って頷いた。身体が緊張で強張ってるようだ。

「クラノス首長はいるのですか」

彼女はまたコクりとうなずくと「首長室におみえです」と小声で言った。

「部署に戻ったら、上の人に早く面会するように言っていたと伝えて下さい」

そういったにもかかわらず彼女が出て行った後もかなりの時間が過ぎて行く。

「もう昼になってしまう。日程では工場の立ち入り調査をすることになっているのに」これ以上待てないとばかりにウライ局長は立ち上がった「わたしがようすを見て来ましょう」とドアに向かった。その動きをまるで待ってたかのように先にドアが開けられた。

首長室に入るのさえ銃を持った警護付きだった。クラノスは一行が全員入るまで煙草をふかしながらまるで獲物をなぶるような目付きで椅子にもたれて待っていた。

アマトは最後に入った。その最後を確かめるようなクラノスの視線を感じてぞっと鳥肌が立った。急いでケーシー博士の横に付き、始めて見る首長室を眺めた。クラノスの後ろの窓ガラスから遠い山並みと澄んだ青空が見える。おだやかなその景色からは程遠い緊張が首長室に満ちクラノスがまず口火を切った。

「諸君、ようこそマタイへ。まあ、椅子に掛けて下さい」クラノスはバカにしたような薄笑いを浮かべて自分から腰を落とした。言われて掛けるのも腹立たしい思いだが、立ったまま怒鳴りあうために来たわけではない。

全員が席に着いたのを見届けたウライ局長が重々しくクラノスに抗議をした。

「まずわれわれをこのように長く待たせたことに対して説明を求めたい。正式な調査団に対してあまりに無礼ではないか」

「これはこれはお怒りは最もでしょうな」局長の顔に一礼したがそれも軽くあしらうような態度だ。あいかわらず皮肉な笑いを浮かべたままだ。

「大切なお客様になにかあっては大変と騒ぎがおさまるまで待っていただいたのです。もうかたがつきましたのでこうしてお呼びしたわけです」

「その騒ぎとはなんだね。われわれは来る途中銃を持った警察官をなんども見たが連邦の規定では禁止されていることだ。それも説明していただかねばこの件でもあなたを告訴しなければならない」

「銃の禁止は承知の上でやったことです。確か規定では例外として緊急事態に際しては認められていたはずではないですか局長」

「それは例外だ。この南連邦においては現在緊急と認められるようなことは起こっていない」

「ところが起こったのですよ。このマタイでね」

「ほう……マタイだけに起こったということかね。これはゆゆしき事態だ。君は連邦にも報告していないじゃないか」

「報告しようにも間に合わなかったんですよ。われわれはあなた方を急いで守らねばならなかった。なにしろ事件の発覚が今朝だったからです」

クラノスはなにが言いたいんだ―アマトは二人のやりとりにはらはらして握りしめている掌が汗ばんで来た。もったいぶってわざともてあそんでるんじゃないか! いったい何があったんだ。


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