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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第45回   球体を追って

 ケーシー博士の手紙の内容を聞いた村人は喜びに沸き立った。
 特に長老達はクラノスが犯罪者として出頭を命じられたことで、これで昔通りの双子島になれると涙を流した。ただアマトはケーシー博士からマタイに一緒に行かないかと誘われていることは伝えなかった。そんなこと相談したらタネおばさんやパシカが一番に「とんでもない! 」と猛反対するのは目に見えている。連絡が来たら「行くよ」とだけ言って出るつもりだ。
 
 マタイに行くことにすっかり心を奪われ、寝床に入っても頭に浮かぶのははマタイで過ごした日々の思い出ばかり。タグラグビーの仲間達はどうしてるかな。僕が突然いなくなり驚いているだろうか……お祖父ちゃんはどうしてるんだろう。クラノスに脅されてなければ良いのだけれど。
 
 祖父は父さんの父親だが漁師がいいと言って小さな漁村でいまだに一人暮らしだ。お祖母ちゃんはずいぶん前に病気で亡くなっていた。きっと心配してるだろうな。陽に焼けた深いしわだらけの笑い顔が浮かんだ。父さんが亡くなったことを知っっているのだろうか。それを思うと辛かった。僕は生きていることを知らせたい。マタイに行ったら何としてでも会いたい!
 
 マタイに心が飛んでいたおかげで宇宙人への癖のような呼びかけを忘れていた。見る夢までマタイの頃の生活で占められていた。すっかり自分自身の意識しか感じられなくなっていたのでもう宇宙人は僕の身体から去って行ったかもしれないとさえ思ったほどだ。

  手紙が来てから一週間が過ぎ、今か今かとケーシー博士からの連絡を待っていたアマトにその夜布団に横たわったとたん思いもかけず宇宙人から呼びかけられた。
 本当に突然だ。身体の内側からくるこの呼びかけは間違いない。ああ、まだいたんだ。

 〈アマト、私は君に歓迎されてないようですね。だが大事なことを君が忘れているので言わなければならないから〉
 
 がっくりしながらも、初めてのときほどうろたえず頭の中で声なき返事が出来た。

  ──君はもう僕の中にいないと思ったのに……どんなに僕が呼びかけても返事もしなかったじゃないか
 
 〈知っている。だがまだ答える必要のない質問ばかりだった。私は議論する気はない。君はマタイに行くことしか考えてないので大事なことを思い出させるために呼んだのだよ〉

  ──答える必要のないだって! 僕にとってはすごく必要なことなんだ! 考えると頭がおかしくなりそうだ。
 
 〈君が困惑していることは分かっている。時が来れば話します。それより占い婆に球体が戻って来ているはずです。それを取り返すことをまっさきにしなくてはならない〉
 
 ──球体? 球体って……
 
 〈やっぱり忘れていたね。誘拐され崖から落ちたりしたショックで君は占い玉を手に入れるはずだった指示を記憶の隅に追いやってしまったのだ。もう一度思い出して欲しい〉
 
 ──占い玉……球体……ああ! そうだった! 夢をみたんだっけ。夢のお告げがあった。占い婆の家に行って取って来るようにって……待って……

  あの時は夢だと信じ込んでいた。まだ宇宙人のことは知らなかったはずだ。だとするとあの夢は?

  ──夢なんかじゃなかったんだ! あれは君が僕を動かさせていたんだな。おかしいと思った。どうしてこんなに玉を欲しがるんだと。
 
 〈そうだよ。私は夢と思わせて君に行動を指示した〉
 
 ──そうか、あれは君のせいだったんだ。僕は動かされていただけなんだ! 
 
 〈そうとも言えない。君の意志があっての行動だからね。君は夢とはいえ約束を守ろうとしてくれた。それは君の意志から思ったことだよ〉
 
 ──君がいると分かってたら約束なんかしなかった!
 
 〈そんなに興奮しないで約束通り球体を取りに行って欲しい〉

  ──いやだ。僕はもう君の言う通りには動かない。僕は今マタイに行くことだけしか考えてないからね
 
 〈アマト……冷静になって下さい。あの玉がどんなに大切か覚えていますか〉
 
 ──覚えてなんかない!

  宇宙人のいいなりに動くなんていやだ。僕は僕だ。

  自分が意固地になって反抗しているのが分かっていた。素直に考えようともしないで返事してしまった。
 
 〈よく思い出して下さい〉

 そう言うと宇宙人は静かになった。頭の中がしーんとなった感じでアマトは自分の興奮だけ取り残された。そのあとなんだか恥ずかしい思いになった。カッカ、カッカとのぼせたように反抗していた自分が情けない。父さん……いつも父さんが言ってたよね。冷静に考えるんだって……こんな場合もそうなの。宇宙人なんて──
 
 答えは自分で用意しなければならない……父さんそうだよね。これは誰にも相談できないことだから。
 アマトは興奮から少しづつ冷めて考えて見た。なぜ球体が必要だったか……夢の中で聞いたことを思い出そうと。

  ──あの時、君は夢の中であの球体はドゥルパの洞窟の天蓋に嵌めなければいけない……これは世界を守るためだと言っていた……
 
 〈そうです。思い出してくれましたね。あの占い婆さんはその玉を国連宇宙局特捜隊のガイ隊長に貸してしまいました。期限は一カ月でした。その期限は過ぎましたので玉は返っているはずです。取り戻して玉を元の天蓋に嵌めます〉

  そうだったな…思い出した。婆の家に行ったこと。にわとりと格闘したこと。婆が畑に行った間に玉を取りに行くはずだったのにガイが借りてしまったことを……あの時、夢中で自分は動いていた。
 
 ──なぜ世界を守るために必要かはまだ話せないとも言ってたね。今も聞いてもまだ答えてもらえないの。
 
 〈ええ、今話しても理解出来ないでしょう。時が来れば話します〉
 
 ──分かった……
 
 もうどんなに聞いてもこの宇宙人には通用しないことは分かった。
 
 ──僕は近いうちにマタイに行くんだ。それからでもいいでしょ
 
 〈いいえ、すぐに行動しなければ。それほど重要なことなのです〉
 
 今日明日に世界がどうこうなるはずないのに、と思ったが宇宙人は融通の利かない頑固人だ。いや人じゃない。いったいなんなんだ
 
 ──僕はあまり気が乗らない。でも行かなくては駄目なの……君一人で行って欲しいところだけれど……僕から離れて行ったらどうかな
 
 〈それは出来ない。私はこの地球上で歩き回れる物体ではないのだよ。君と一緒にしかしか行動できない存在だから〉
 
 ──じゃあ、僕がどうしてもいやだと言ったらどうするの
 
 〈困ったことを聞きますね。その場合君の意志を止めて私の意志で身体を動かしますが、それはよほどのことがない限りしたくないことです〉
 
 ──そんな! あたりまえだよ。勝手に身体を使われちゃたまらない!
 
 〈私の意志だけですとどうしても顔の表情がうまく作れない。誰にも接触しなければ済みますがそれでは村の中を動けないでしょう。それともっと大事な理由は君の体への負担です。あまり長く君の意志を止めると思考力が衰えて行くからです。だから玉を取りに行くのも君の意志でやって欲しいのです〉
 
 ──じゃあ僕はいやだと言えば君にあやつられ自分の思考力が鈍っていくというわけ
 
 〈そんなふうに悪く考えないでください。君が動くことでみんなの幸せを守れるのですから。協力して自分の意志で動いて下さい〉
 
 ──なんで世界が守れるのかも知らされずにただ動くわけだ……
 
 〈アマト……私はあなたの身体に入る時、君を守ると約束しています。君が行こうとしているマタイでなにが起こるか分かりませんが、今までのように守ります〉
 
 ──なんだかその代わりの条件みたいだね。宇宙人でもそういう交換条件みたいな考え方をするの
 
 〈交換条件……いいえ。そういう思考はありません。さっきも言いましたように君の思考を止めれば実行できますから〉

  ──つまり……僕の身体を思いやっての条件だね
 
 〈そういうことです〉
 
 ──分かったよ。やるよ。婆の家へ行けばいいんだよね。

  朝になった。昨夜の会話はしっかり覚えている。今度は夢のお告げではないことも。婆の家のあの引き出しにあるにちがいない。占い婆のところには期限通り玉がかえされたんだって、婆はもっと貸し続けて稼ぎたかっただろうよ、とタネおばさんとサキおばさんが庭で話していたから。今日やろう。タネおばさんは朝のバスでサキおばさん達と町に買い物に行くことになっている。ちょうどよい。学校へはジョセにパシカを頼んで僕は休もう……理由を考えないと。

 アマトは占い婆の家に向かって灌木の茂みに入っていた。途中の畑で村の人に会わないように気をつけながら。タネおばさんには身体の具合が悪いから学校を休むと嘘をついた。おばさんが町へ行くのをやめようかね、と言った時にはあわてて、そんなたいしたことじゃないよ、少し骨折した所がうずくだけでいつものことだからと言い訳してなんとか出かけさせることが出来た。クロもパシカに付いてジョセと学校に行ったし、みんないなくなるとさっそく実行したのだ。
 
 いやに静かだな……婆の家の様子をうかがってみたが物音ひとつしない。煮炊きしている様子もない。婆は家にいないことが多いと聞いていたのでアマトはそっと戸口に近づくと中をのぞいた。薄暗い。いないようだ。そっと入ろう。
 
 外の物音に気をつけながら例の五段の引き出しに向かった。確か下から二段目だったな……そっと引き出しを引っ張る。あった! 暗い中で茶色の目立たない玉が真ん中にポンと置かれていた。アマトは急いでそれをつかんで後ろを振り向いた。だれもいない。うまくいった。あとはこれをドゥルパの洞窟に持って行って天蓋に嵌めこめばいいんだよね。 宇宙人にそう呼びかけた。だがすぐに返事がない。どうしたんだろう……と思いながら、アマトが外に向かい出した時
 
 〈アマト、待って〉
 
 宇宙人が呼びとめた。
 
 ──どうしたの?
 
 〈おかしい……この玉は以前のと違う。似てはいるがにせものだ〉
 
 ──にせものだって! そんなはずないよ。占い玉は婆に返されたって大人達が言ってたから。
 
 〈だが、これはちがう。成分反応がまったくちがうのだよ〉
 
 ──ちゃんとした国連の人達が返して来たんだよ……ひょっとして婆がにせものを置いて他に隠したのかな
 
 〈いや、これはにせものでもかなり高度な技術で作られている。婆さんの手で作られるような簡単なものではない。それにこの家の中からは球体の存在が感じられない〉
 
 ──そんな……それじゃあまるでにせものを返して来たみたいじゃないか……
 
 〈ガイ隊長と言ってましたね。彼はどうも油断のならない人のように思える。彼が調査に来て婆から渡された球体を見ている姿に私は危ない物を感じた。ひょっとして彼はわざとにせものを返して本物は手元に置いているかもしれない〉

  ──そんないい加減なこと国連の人がするわけないよ。にせものと分かったら大騒ぎだよ。
 
 〈婆さんには見抜かれないと分かってるのでしょう。ほかの人はだれもこの玉のことをよく知ってはいないから婆さんが気がつかない限り見つからないし、婆さんは引き出しにしまいこんだらめったに取り出すこともないでしょう。家宝だから〉
 
 ──じゃあ、もしそうだとしたら球体は手に入らないじゃないか。ドゥルパの洞窟の天蓋はどうなるの……
 
 〈困りました。なんとか取り戻さなくては……それにしてもあのガイ達長は球体をなぜ調べ終えても返さないのかが気になる〉

 仮病を使ってここまで来たのに無駄骨だった。アマトはにせものの占い玉を引き出しに戻して引き返すしかなかった。




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