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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第44回   葛藤

 それからのアマトは驚異的な回復力を見せ、事件から一週間足らずで退院。
 『特異体質』と言う名目で医者や村人にもアマトの秘密は知られずにすんだ。ケーシー博士は国へ帰って行った。

 「すごいな! 俺も『特異体質』だといいのにな」その日、さっそくタネの家に来たジョセやハントがうらやましそうに言ってくるのを「僕はいやだそんなの……みんなといっしょのがいいよ」アマトがむきになって言い返してくるのを見て

 「そんなのぜいたくだぞ。怪我や病気が早く治るなんて最高だ。今度だってそのおかげで君は助かったんだぞ」

 二人ともタネが出してくれたココナッツゼりーに飛びつきながら笑って言った。

 アマトは「そうじゃないんだ! 」と出かかる言葉を何とか抑えた。言い返せれないもどかしさにいらいらしながらも耐えた─違うんだ! 僕の力じゃない。僕の体に入り込んだ宇宙人の力だなんだ─と吐き出してしまいたい。でも、だめだ! そんなこと言ったらみんなから「アマトは頭を打っておかしくなった」としか思ってもらえないんだ。ケーシー博士が二人だけの秘密にしようとしたのもそのためだ。

 「決してだれにも言わないように。がまんできるね」と約束している。博士が心配してるような騒動が本当に起きるのだろうか……話せば分かってくれるんじゃないのかという考えが起きたりするが約束した以上は守らなければ……。

 「そうそう、君が入院しているあいだに素晴らしいニュースが入って来たんだ。でも俺は学校の寮に入るけどな」ジョセが言った。

 「俺も寮がいい。でも母さんが通いにしなって言うんだ」
 ハントが不満そうな顔で「畑や漁の網のつくろいをやってもらわんとと言うんだ。俺だって遊びに学校へ行くわけじゃないんだぞ。学んで働いていつか母さん達に楽させてあげたいと思ってるのにさ」

 「ハント、おまえいつから親孝行になったんだ。学んでは嘘だな。ラグビー部に入りたいんだろう。それに町はいいよな―」ジョセがハントを小突いて言った。

 「何のこと? 」アマトが二人を見た。

 「島を回るバスがもう一便増えるんだ。今は朝だけだろ。それが夕方も一便だ。でもそれに乗って通うとなるとラグビーの練習なんか無理だな」

 ラグビーか……アマトはジョセ達の話題に以前のように燃えない自分を感じた。あれほど意気揚々と希望に満ちていた学校生活の憧れも今は遠い―

 「アマトは当然寮だよな。トミー達も楽しみにしてるぞ。いっしょににやれるのを」
そう言うジョセの目は輝いている。笑顔を向けられてアマトは顔をそらしてしまった。

 僕のことを強い選手だと勘違いしている……あれは自分の実力じゃないんだ。

 その夜、退院を祝ってタネが用意してくれた夕食をパシカとタネの三人で食べていても会話が弾まない。

 「アマト、元気ないね。どうしたの? 」案の定パシカが聞いてきた。顔の表情は分からないのに声の調子には敏感だ。僕の声になにかを感じたんだろう。

 「そりゃあ、アマトはとても怖い思いをしたんだからまだまだ前のようには調子が戻らないんだよ」タネが慌てて答えてアマトを見て来た。傷ついた雛をかばう親鳥のような目で無理に笑顔を作っている。

 パシカが黙っている。自分も怖いことは今まで一杯あったけれど……とびっきり怖かった記憶がパアーっと浮かんだ。

 「分かるわ! わたしもドゥルパの洞窟につれて行かれた時、とっても怖かったわ。でも、わたしは置いて行かれたけどアマトは崖から落ちたんだもの、もっと怖かったのね。アマトかわいそう……でももう犯人は捕まったんでしょ。もう安心よ。だから早く元気になってね」
 パシカが考えられるだけの言葉で励まして来た。タネが傷口のふさがるのをそっと待っていようとしているのにくらべ頓着なしで言い放つ。でも、その方が気持ちが楽だ。パシカの調子にアマトは苦笑いになった。

 「落ちただけじゃないよ。背中にずっとナイフを突き付けられていたんだよ。いつぐさっと来るかって声も出せずがまんしてたんだ。なんどかちくちく刺さったこともあったんだよ」

 「ええっー! ひどい! そんな目に合っていたの―刺すなんて! 痛かったでしょ―」
 パシカが身体ごと憤慨した。足を鳴らし、拳を固めて、顔を振り回す。
 タネが顔をゆがめて「さあ、もうそんな怖いことを思い出すのはやめましょ。そら、パシカ、ミルクこぼしたわよ」事件の話しは打ちきりたいのにパシカはやめない。こぼれたミルクの上に手をバーンとやったのでしぶきがアマトの顔に当たった。
「うへっ!」
「あっ、ごめんね」ミルクの手を服にすばやくこすりつけながら「だって母さん。ひどすぎるわ。アマト痛かったでしょ。かわいそう……」今度は目に涙を浮かばせている。感情を抑え込むなんてパシカには無理だな。思ったこと感じたことをその場で表してくる。
「ちょっと脅し過ぎちゃったかな。パシカ、だいじょうぶだ。こうして傷も治って帰って来たんだから安心して」
「だって……アマトが元気ないもんだから心配になっちゃうのよ」
「ベッドに一週間も寝かされてたんだよ。うんざりさ。ジョセ達と遊ぶことも出来ないし―気分が落ち込んでたんだ。じき治るよ」

 夜の闇にこだまする野鳥の声を聞きながら、アマトは寝床に仰向けになったまま暗い天井を見つめていた。かんたんには眠れない……僕の身体の中に宇宙人が住んでいる―パシカが元気がないと見抜いた本当の理由はこれだ。秘密を抱えた不安で心から笑うなんてできない。その秘密というのも人間に通用する秘密ならまだましだ。
無駄だと思いながらも今夜もそいつに呼びかけてみた。やっぱり返事がない。あれからなんども試みたけれど駄目だった。

 ──きみ、きみ、宇宙人なんだろ。ほんとうに僕の中にまだいるの?
 ──きみはどうして僕の中にいなくちゃいけないの?
 ──きみはどこからやって来たの? なんで地球に来たの?

 こんな無言の呼びかけを医院のベッドの上でなんども繰り返して来たのだ。タネの家に帰って来てまぎれるかなと思ったけど、一人暗闇の中にいるとどうしても繰り返してしまう。
 もう返事は当てにしていなかった。独り言のように呟いているだけ。ラグビーも駄目だ。僕は寮には入らない……僕の実力を知ったらあきれられるだろうな。いったいあの時のアマトはどこへいったんだって……自分でもびっくりしながらも強くなったことが嬉しかったのに。どん底に落とされた気分だ。きみの力を借りていたなんて―

 四、五日経ってもアマトは気持がふさいだままだ。誘われるままにジョセ達と浜に行ってもラグビーはやらなかった「まだ足が痛いから……」と断って木陰から眺めていた。
 なにも知らなければいっしょにやっている……宇宙人の力を借りていると知ってしまった以上びくびくとそいつを当てにしてしまう。いやだ。のびのびと自分自身の実力で動きたい。

 「おっ、アマト、ここにいたのか」

 ティムがすぐ近くまで来ているのも気がつかなかった。

 「どうした? ジョセ達と遊ばないのか」

 ティムが隣に座った。
 「うん……まだちょっと痛むから……」

 「そうか。完全に良くなるまではがまんだな」ティムはそう言うとズボンのポケットから手紙を取り出して「ケーシー博士から手紙が来たぞ。早く届けてやれとダセが俺に頼んだんだ。タネが浜に行っていると教えてくれたので持って来た」

 「ケーシー博士だって! 」

 アマトはティムの手から手紙を受け取ってすぐにでも封を開けようとして思いとどまった。ティムがいる。ひょっとして僕の身体のことが書かれていたらどうしょう。

 「ありがとう、ティム……」手紙を握ったままアマトは答えて目をジョセ達に移した。
 「どうした? 開けないのか」さぞ喜ぶだろうと思っていたティムはアマトの反応がふに落ちなかったがそれ以上は詮索しない方がいいらしいと感じたんだろう

 「どれ、俺もちょっと遊んでやるか」

 立ち上がるとジョセ達の方に向かった。ティムがジョセからボールを受け取りパスを始め出したのを見てアマトは少し離れた木陰に移動し、急いで手紙を開けた。



  『アマト、その後も身体はだいじょうぶだろうね。おとなしくしているかい(こ
 の意味分かるね) 
  さて私は近々マタイに行くことになりそうだ。君を危険な目に合わせた犯人達
 がすべて白状したよ。君達の住む南太平洋連邦にひんぱんに起きた身体異常児出
 生の原因がマタイの経営工場から流された廃液であったことが分析の結果はっき
 りした。この調査を妨害するために彼らはクラノスから指令を受けてやっていた
 んだ。パシカのように誘拐や脅迫をして協力させないようにね。
 君が襲われたのはこれとは別だ。お父さんの脱走と関係していることまでは分
 かっているがその理由は犯人達には知らされてないようだ。
  マタイに対して国連は立ち入り調査権を発動したよ。それだけではない。クラ
 ノスに対しては国際犯罪者として出頭も命じられた。これは南太平洋連邦からの
 要請でもあるんだ。
  これは内密ではあるがマタイの中からもクラノスの横暴に対して立ちあがって
 いる人達がいる。島の平和を願う人達だ。彼らは私達がマタイに入国することを
 協力してくれるはずだ。
  私は調査隊としてマタイに渡ったら、君のお父さんがなにをやらされていたの
 か調べるつもりだ。
  アマト、一緒にマタイに行かないか。マタイに住んでいた君の力を借りること
 が必要になるかもしれない。渡る日時がはっきりしたらまた連絡する。それまで
 に行くか行かないかを考えておいて欲しい。


 考えることなどあるものか。父さんをひどい目に合わせたクラノスをやっつけるんだ。手紙を握りしめて前方におだやかに広がるスカイブルーの海を見つめた。
 
 闇夜に荒れ狂ったこの海に命を落とした父さん! 母さん! 記憶の底から深い悲しみが胸を突き上げて来る……悲しみはそのままクラノスへの怒りとなった。アマトはマタイにわたる決意に身体が燃え、海に矢のような視線を突き刺すと立ち上がった。


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