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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第42回   よみがえる記憶 F

 ドアの外で、ここだ、という声がした。あの声はダセだ。みんなドアを振り向いた。

「やあ、みんな一緒か」ダセはそう言いながら「さあ、どうぞ」と後ろの人を招き入れた。
 入って来たのはイダスの占い爺だった。みんなの視線に柔和な顔で挨拶してダセの横に立った。

「祭りの片づけをしながらアマトのことを話したら、ああ、魚を彫った少年ですねと覚えて見えてな。お見舞いに行きたいと言われたのでお連れしたんだ」
 
 ダセはみんながうなだれたままなので「どうしたんだ? アマトはもうだいじょうぶなんだろ」
 タネが首を振って目を伏せた。

 「村長、アマトは『破傷風』にかかってしまったんだ」
 「えっ、ディオ! いま『破傷風』って言ったか―」ダセはまさかとばかりの顔だ。

 「そうだ……それも薬がいま町に無くて届くのが三日後って言うんだ……だからマタイに問い合わせて交渉してもらうことになった」苦々しそうにディオが言った。
 「マタイにか……」ダセはアマトの顔を見て普通ではない様子が分かった。
 「ケーシー博士ほんとうですか? 」
 博士は黙ったまま頷いた。
 「なんてことだ……」ダセの大きな溜息がみんなに聞こえた。

 「アマトのそばに行ってもよろしいですかな……」
 
 静かな病室におだやかな声が響いた。占い爺だ。

 「イダスの爺様、アマトのために祈って下さいますか」タネは頭を下げた。

 占い爺はベッドに横たわるアマトの傍らに立ち、苦しむ顔のアマトを見つめた。
 「わしには治す力などないし、治してやる、という気負いもない。ただこの地の自然にお祈りするだけだが……」と爺が語り出した
 「村長から聞いた時、なぜかわしは行かねばならぬ、この少年の元へと思ったのじゃ。なぜかわからぬが……」爺は持っている杖を前に掲げた「この木がわしに訴えて来たのじゃ。先祖代々から受け継がれてきた祈りの木が……」

 爺は目を細めていとしげに木を見た。杖の頭の部分は円く下に向かって細くなっていた。
 「古くにミセの祭りのトーテムに使われた、それも光ったと言い伝えられている星の部分になっていた木なのじゃ」

 爺の話すのを本気にしてよいのかどうか、そんな大昔の夢物語みたいなことを突然言い出して、これがその時の木じゃ、と見せられても信じられないのが当然だ。第一、今にいたるまで木がぼろぼろにならないのがおかしい。爺が信じ切って敬うように見つめているのをみんなは訝しい表情で次の言葉を待った。

 「わしの家は代々、この木を守ってきた。父から譲り受ける時聞かされたことがほんとうのことか、いま、みなさんが思ってられるようにわしにも疑問じゃった。永い間、父から子へと言い伝えられたことが実際に起こったことがなかったからじゃ。初めてじゃ……木が呼ぶなど」
 爺はそこでみんなを見回した「祭りの歌に『その地に降り立つものの声をきけ』というのがありましたな……わしはこのことかもしれぬと思いましたのじゃ。木が少年の元へ行きたがっている。なにかはわからぬが大いなる力を感じるのじゃ」

 爺はあいかわらずこれらのことを尊大に言うわけでもなくおだやかなままだ。なのにみんなの中に畏敬の念を抱かせるものがあった。占い婆が思わず口をすべらして慌てた様子を博士は思い出した。あの時、婆が、証拠があると言ったのはこの杖のような木
 見た目はただの古い木だ。だがアマトの身体を回復させた神木の力を目の当たりに見た博士は、爺の話を興味深く聞いた。あり得るかもしれない。神秘の力と片付けてただ敬い恐れるのではなく、それがどうして起こるのかを解明したくなるところが科学者魂なのだ。この木がなにを起こすのか……

 「爺様……」ダセが口を開いた「すると、その木がアマトを救うために呼んだというわけですかな」みんなも頷いた。ダセの言ったことはみんなの思いと同じだ。そんなことがほんとうにあるのか……イダスの占い爺がこれからしようとしてることがそれを証明するのか?……

 爺がアマトの身体の上に木を向けた。すると先端の丸い部分がアマトの頭に向かった。
 「おお! 木が動いた」
 
 爺が驚いて言った「わしが動かしているのではない。木自身がまるで生きているようにこの子の頭にむかったのじゃ」

 はたから見ている者には、爺がしているようにも思えたが次の瞬間みんなからいっせいにどよめきの声が上がった。
 「うわあー光ったぞ! 」叫んだのはジョセだ。アマトの頭に触れた丸い部分が青白く光り出した。
 「信じられん―」「大昔に光ったというのはほんとうなんだ……」「昔の作り話としか思ってなかったが……」

 呆然と見つめるみんな……木を持っていることさえ忘れて占い爺も驚きを隠せない。 先祖代々言い伝えられて来たことが今目の前で起こっている。この少年に呼び覚まされて木がよみがえった。何千年の時を待って―
 タネとサキが寄りあうように手を取った「タネさん、信じられないね……」サキの呟きにタネは頷くのみ。

 「母さん! 母さん! なに、これなに! 」突然パシカが叫んだ。顔がおびえている。両手を目の前でおろおろ動かしながらうろたえている。

 「どうしたのパシカ! 」タネはパシカを抱きしめた。パシカの異様な行動に、なにが起こったんだ、とみんながアマトからパシカに目を移した。

 「分からないのよ! でもこんなの初めてよ。今までにないわ。家から突然外に出ると母さんが言ってたお陽様の色だよって教えてくれたのよりもっともっと強い色よ。こわい! なにかあったの。みんなにも見えているの」

 「もっと強い色だって? 」ハッとタネが木を見た「パシカ、みんなにも見えているものだから怖がらなくてもいいよ。パシカも聞いてたでしょ。アマトの頭にある木が光ってるんだよ。きっとその光がおまえの目に写ったんだ」
 「光ってる……この色が光なの? 」
 「そうだよ。ふだんのおまえに見えている色は暗いだろう、この光は反対に明るいのよ」
 「分かったわ。母さん。アマトはこの光で治るの? 」
 「そうだね……まだ分からないけど、治ると良いねぇ―」

 アマトの額が木の光と同じように青白く輝きだした。博士は姿なき者の居場所が脳にあると確信した。身体の仕組みを支配するのは脳だ。いま、アマトの脳にいる者が古き神木の力を得て『破傷風』の菌と闘っているのか……

 「神木にこんな力があるなんて知らなかったな」ディオがティムと目を合わせて言った。
 博士はそれを聞きながら、ほんとうに力のある者は神木の中にあるのではない。力を与え、それを呼び寄せている者……脳から博士に呼びかけて来たその者をみんなは知らない。
 博士はそのことは自分の胸の内に秘めたまま、アマトを見守り続けた。

 〈博士、博士〉

 ──うっ、まただ……

 博士はじっと耳をすませたが、ふと苦笑した。耳から入って来るのではなかった。

 ──分かります。あなたはアマトの脳の中にいるのですね

 〈そうです。博士、アマトは危機を脱しました。お爺さんの持って来たこの木が菌に打ち勝つ力をもたらしました〉
 ──この古い神木は昔、星からの光を受けて光ったと言われるそうですがこの木にまだ力が残されていたのですか

 〈この木は普通の神木と違うのです。一万年前、私はこの星に飛来しました。そのとき私はある木に命を与えました。私の一部ともいえる命です。それがこの木だったのです。その後木の仲間が増えました。かれらも少しはエネルギーを持っています。この子の怪我を治す力ぐらいはあります。でもこの木に比べたらわずかな力です。私は木にずっと呼びかけていました。この占い師のもとにあることは知りませんでしたが〉

 ──呼びかけに応えて木がお爺さんを動かしたのですね。

 〈近くに存在していて助かりました。これでアマトはだいじょうぶです。数日すればすっかり元気になるでしょう〉

 ──一つ気になることがあります。痛さに苦しむはずのアマトがずっと意識を無くしています。もしかして脳を損傷していませんか

 〈意識が戻らないのは私が神経の伝達を止めているからです。心配はありません〉

 ──安心しました……それともうひとつ気になることがあるのですが……

 声の存在を知ってから、博士は疑問に思っていたのだ。

 ──アマトは自分の中にあなたが入ってることを知ってるのですか。知ってて我々に黙っていたのですか。

 〈……私は、遭難して倒れていた彼に始めは話しかけましたがおそらく彼は忘れたのでしょう。その後、私が必要な時はこの子の意識を止めて行動しましたからこれまでは気が付いていません。ただこの子が今度目覚めた時、思い出すかもしれません。崖から転落するとき一瞬、遭難の映像が流れましたから〉

 ──遭難の映像……ですか

 〈そうです。意識は明朝回復させます。まだ痛みが伴いますので痛み止めの薬を用意してください。その後この子に聞いてみて下さい〉

 ──ありがとう……あなたの存在が私には何なのか分かりませんがアマトを救ってくれたことを心から感謝いたします

 〈私のことはいずれまた話さなくてはならない時期がくるでしょう。そのときまでアマトの力になってやって下さい。あなたが必要なのです。私にも〉

 どのくらい『声』と会話してたのか分からないが村長が「博士」と呼んだのでハッと目が覚めたようになった。

 「博士、どうしました? 」

 「えっ、いや、私がどうかしてましたか……」

 「はあ、アマトの顔をじっとみたまま動きもしないで黙ったままなので……ほらアマトの顔がおだやかになってきましてな。木の光も消えて来ましたよ」

 ほんとうだ。この変化にも気付かず、脳の中の『声』と会話してたのか。

 「もう大丈夫のようですね」
 「博士、ほんとうですか! 」タネが弾けるような声を出した「パシカ! 聞いた! アマトが病気から助かったんだよ」
 「母さん! 」抱き合って喜ぶ二人。ジョセ親子。よかった、よかったと頷く村長にティム、そして不思議な縁でアマトに結びついた占い爺―手を交互にとりあいながらアマトの無事を喜び合った。

 アマトの顔におだやかさが戻り、呼吸も安定してきて、まるで眠ってるようだ。災難続きで痛められたこの子を何者かが守ってくれている。そのことは博士しか知らない。

 「そうそう今朝、犯人の三人は町の警察に連れて行かれた。これでアマトを狙うことはもうないじゃろう」
 ダセはそう言って腕の時計を見ると「わしは今からその警察署に行ってくる。また帰りに寄るからな。じゃあ、イダスの爺、行こうか」

 「爺様も警察署へ? 」サキが怪訝な顔で言った。

 「いいや、爺は町にちょうど用事があるそうでな」

 爺は頷くと、役目を終えた木を杖にしてダセと出て行った。
 入れ替わりに医者が入って来た。

 「もう、腹が立ちますわ。担当の者がいないと待たされ、ようやく電話に出てきたと思ったら、詳しく話せだの、ちょっと待て、上役に聞いてくると、また待たされ、おまけにすぐには結論が出ない。今から会議で相談してから連絡する、ときた。まったく急を要するというのになにをもたもた手間取るんだか」カッカと憤慨した顔で博士相手にまくしたててきた。

 「ドクター……」博士が目でドクターにアマトを見るよう促した。

 「やややー! 」博士の視線を追うようにアマトの顔に目が行ったとたんギョッとした顔になった「まさか―」

 死んだようにみえたらしい。慌ててアマトの手首を取り脈を見、額に触り、ホッとしたようすで「びっくりしました―。あまりにさっきと違うので―」

 博士は軽く微笑んだ。医者がうろたえる気持ちが分かる。ふつうならあり得ない。思わず、死んだ? と勘違いもするだろう。

 「この子は勝ったんですよ、破傷風菌に……」

 「信じられませんね―」ドクターは動揺を抑えながら「島ではまだこの病気がときどき出ますがこんなケースは初めてです」

 「まれに特異体質でありえますよ。以前にもよく似たことがありました」

 「そうですか……」感心した声で「でも、よかったですね。偶然にも薬がなかったので特異体質で助かりました」

 博士の言葉を信じ切っているドクターの姿にちくっと胸が痛んだがこの場は仕方がなかった。だますつもりはない。アマトのことはそっと伏せておきたい。

 「ドクター、痛み止めを用意していただけますか。意識が戻ったらこの子はきっと痛さに苦しむでしょうから」

 「分かりました。わたしはまた診察に戻ります。でも博士どうしましょうか。マタイに問い合わせる件ですが……」

 「マタイですか……」マタイの対応を見るのもこの際いい機会だ……「この子にはもう必要はないでしょう。ただ、ほかで今起きたら困るでしょうからこの際問い合わせてみて下さい」

 「そうですね。では頼むことにいたします。が、会議がいつ終わることやら―」とぶつぶつ言いながら医者が出て行った。

 その日、アマトは目覚めなかった。タネやサキの心配をよそに博士は横になって休んだ
 アマトの中にいる者が守ってくれている。みんなは知らないが明朝になればアマトは目覚めるのだ。だが……その目覚めた時のアマトの気持はどんなだろう。たった一人、暗闇に連れ去られあげくの果てに断崖から転落したのだ……怖かっただろうに。
 両親と死に別れ、誘拐されそうになり、そしてまたこんな目にあったアマトの身を思うと博士はいたたまれなかった。目覚めたアマトがなにを思い出すのか……それもまた心配だった。明るく立ち直った彼をまた苦しみに付き落とすことにならなければ良いのだが―


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