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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第40回   よみがえる記憶 D

 濃い闇に閉ざされて谷間に倒れたアマトは完全に意識が無かった。
 一緒に落ちた岩が方足の上にかぶさっていた。周りに小枝が散っている。崖に生えていた木の枝が崩れた岩に当って折れたものだ。

 〈まったくよく災難を起こす子だ。しかし、今度はひどいな。傷だらけで骨も三ヶ所折れてしまってる。出血もかなりの量になっている。間に合えばよいが〉

 靄は脳の中で造血細胞に信号を送り、通常の倍の働きで血液を作るように指令を出した。深い傷口には止血細胞を集結させた。皮膚の増殖で傷口を早く塞がなければ出血多量でこの子は死んでしまうだろう。私の持つ今のエネルギーで食い止められるかどうか……洞窟のホール内だったらそれはたやすいことだった。宇宙からのエネルギーを取り入れることが出来るからだ。しかし今は身体をちょっとでも動かしたら危険な状態だ。

 近くにわずかではあるがエネルギーを感じていた。それを使えば私のエネルギーは倍にになるはずだ。だがこの子から今離れていくことが出来ない。人間の言葉で言えば、目が離せないのだ。

 〈犬の声がする……これはパシカのクロのようだ。ということは人も来ているのか。アマトにとって今は見つからない方がよいのだが、賢い犬だ。もう嗅ぎ当てていることだろう〉

 動かしたら危険なのだ。だがそれが人に分かるかどうか……

 靄は脳の中で指令を送り続ける―あらゆる感覚神経、運動神経、細胞の働きを止めることなく正確な指令がいるのだ。
 海岸で倒れていたアマトの身体に入る時約束した―私は君を守ると―アマト、がんばるんだ―。

 聴覚神経がピリッと反応した。どうやらクロが近くにいて吠えたようだ。皮膚にも反応があった。クロが鼻をつけたり舐めてきていた。続いて会話も聞こえる。

 「村長、ここは『ご神木の谷』だ。今年の木を切りにこのあたりまで来たからおぼえている」

 「なんだそうか。じゃあ谷を通って行けば会場にはかなり近いじゃないか」暗いうえに岩や灌木に遮られ足を取られそうになりながらダセが言った。

 「おっ、クロがみつけたようだ! 」

 クロの吠える方に駆けよると周りに岩や小枝が散乱していた。それらの隙間にアマトが仰向けに倒れているのを発見した。クロはアマトに鼻を寄せ「クーンクーン」と悲しい声を上げている。

 「これはひどい―!」ケーシー博士が膝をついて呻いた。

 「右腕から出血してる」ティムが眉をしかめ「顔も傷だらけで額からもかなり出血してるぞ! 」
 「おい、見ろ!」足元を照らしたディオが叫んだ「左足が岩の下敷きだ! 」
 「これは……」ダセが絶望の眼差しで「息はあるのか……」

 ケーシー博士はアマトの胸にそっと耳を当てた……「鼓動が聞こえる―生きている! 」
 口にあてた掌にも弱いが吐く息を感じた。

 「とりあえず足の岩をどかしましょう。そっと優しく持ち上げて下さい」

 一人が明りで照らし、四人が岩を持ち上げ始めた「気を付けて……慎重に」
 
 岩をどかされてもアマトの反応が無い。

 「気を失ったままだ……頭を強く打ってるかもしれないな……」アマトの身体をくまなく見ながら博士は難しい顔で「今は動かせない……こんなに暗くては……骨折してる個所もあるかもしれない」

 「博士どうしたらいいですか……」動きがとれないことにダセはあせった。こうしている間にもアマトが死んでしまうかもしれない―。

 「戻って外科の医者が見つかったら連れて来て下さい。それと救急医療器具や薬も」

 「あっ、それと担架になるものと人も何人かお願いします」

 「俺は一番近い病院に連絡して救急車を手配してくる! 」ディオは駆けだしそうな勢いで言った。

 「よし、ディオ頼む。それじゃあ、わしとティム、博士はここに残って様子を見てるからお前達で戻って知らせ、手配をしてくるのじゃ。出来るだけ急いでくれよ。そうじゃクロも連れて行け。道に迷わずにすむだろう」
 みんなが行ってしまうと谷は再び静かになった。近くの小川に流れ落ちる滝の音だけが聞こえる。
 横たわるアマトの傍らで三人はびくとも動かないアマトを見守った。顔中電灯で見える部分しか様子が分からない。体中の傷の大半は出血が止まったようだが腕と額からはまだ血がにじみ出ている……

 「止血した方がよさそうだ……」

 博士は着ている服を脱ぐと切り裂いた

 「これを包帯代わりに額に巻きましょう。それと腕はきつく締めすぎないように。骨折していたら大変ですから」

 博士はアマトの額の傷に明りを向け慎重に布を当てようとかがんだ。その時―

 〈ケーシー博士、やめて下さい〉という声が聞こえた「えっ? 」博士は手を止め村長とティムを見た。
 「博士、どうしました」ダセが聞いてきた。

 「いま、なにか言いましたか? 」

 「「いやなにも言ってませんが―」

 「そうですか……」二人の他には誰もいないし……空耳か。

 〈博士、あなたは信用おける方です。あなただけに話しかけます〉

 また聞こえた。外の音が耳から入って来るのとは違う感覚だ。頭の中に割り込んできてるような……博士はもう一度二人を見た。二人とも、どうした、という顔で博士を見ている。

 ──違う! 二人からではない。誰かが私に話しかけているのだ!
 博士は額の傷をもう一度しっかり見つめた―まさかアマトから……そんなことありえない。

 〈いいえ博士。そうです。アマトから呼びかけているのです。正確にはアマトからというより彼の身体に入っているものからです〉

 「そんな! まさか―」博士の口から驚きの声が飛び出た。

 博士の驚愕した顔と声にびっくりしてダセとティムが目を見張った。まさかアマトの様態が悪化したのか―

 〈博士、落ち着いて聞いてください。今は説明している時ではないのです。急を要することです。近くの『ご神木の木』の葉の付いた枝を取ってきてアマトの傷口や全身を被ってください。早く! 〉
 博士は科学者だ。説明できない姿なき声に安易に耳を傾けるなどこれまでにはなかった。
 それなのにこの呼びかけに博士はもう立ちあがっていた。

 「村長、急いでご神木の小枝を取ってきてください! それをアマトの全身に被うのです」

 突然言われてダセはキョトンした顔で聞いていたが「おお、そうだった! ティム急げ! 木を取りに行くぞ」

 「私はアマトに付いています」二人が行ってしまうと博士は呆然となった。
 
 私はどうしたんだろう……まるで自分の意思がそこになかったように声の言うままに従ってしまった……いや、それが正しいと私がとっさに判断したのだ。なにを根拠にそう思ったのか……
 だが今そんなことを問題にしている場合ではない。アマトが助かることが先だ。

 博士はアマトの顔を見つめた。考えてみれば、これほど深い傷を負っていながら出血がこの程度で収まっていること自体が不思議なことだ……アマトの身体に入っているもの、と言ってたな……もし、それがほんとうなら、頼む! アマトを守ってくれ―

 ダセ達が取って来た小枝がアマトをすっぽり被った。

 たき火を囲んで三人は岩に腰をおろした。今はこうしてアマトを見守るしかない。

 「博士は、よくご神木のいわれを知ってましたな」ダセが小声で言った。

 「えっ、いわれ、ですか……それはどんなことですか」博士は逆にダセに聞き返した。

 「これは驚きましたな―知らないで言われたとは」

 「はっ、それは―」博士は言おうとして思いとどまった「いや、とっさにトーテムのご神木の話を思い出したんですよ」

 「ほうー」ダセは妙に感心したような顔付になった「いや、科学者様はそんなこと信じないと思ってましたよ」
 
 博士は苦笑しながらあの声のことを言わないで良かったと思った。木のパワーを使う行動だけでも科学者らしくないと不思議がられたのだ。姿なき声が言った、などと聞いたらもう変人に思われるだけだ。

 「いやーそれを聞いて話しやすくなりましたな」ダセは小枝を火に放り込みながら
 
 「わしらも忘れかけていましたが、むかしから病気や怪我の手当てにこのご神木の葉っぱや灰が使われてましてな。よく効くと聞かされてました。今は薬があるので使うこともめったになくなりましたが……」

 「そうでしたか……そんな力があるならアマトに効くと良いのですが」

 深く濃い闇がたき火を囲んでいた。もう真夜中だ。そのたき火の横でアマトは小枝で全身を被われて横たわったままだ。びくとも動かない。だが中では靄が全エネルギーを注ぎ込んで闘っていた。
〈五つの糧の一つよ。そのエネルギーを私に送るのだ。私とお前が一つになってアマトの細胞をよみがえらせるのだ〉

 もし、たき火の灯りが無ければ被われた小枝の下で薄青く輝くアマトが見られたことだろう。三人はそれに気付かずただ時を待っていた。博士は声の力を頼みに、ダセやティムは村人の応援を―

 谷の下の方ががやがやとし出した。

 「村長! 仲間が来ましたよ! おお、呼んでます」ティムが立ち上がった。

 「やっと来たか、やれやれ」ダセも立ちあがりながら頬をこすった。よろめきそうな足に黒いものがまといついて来た。
 
 「おお、クロか。よくみんなを連れて来てくれたな。よしよし」

 「こっちだ、こっちだ! 」ティムがちらちらと揺れ動いている明りに向かって叫んだ。


 大勢の者が小枝の山を見つめた。

 「もう取ってもよいですか」

 ディオは担架を近くに用意すると博士に聞いた。
 
 取ってよいかどうか……をどう決めて良いのか……博士は小枝を見つめて

 ──アマトの中にいるものよ。本当にいるのなら、答えてくれ。もう枝を取り払っても大丈夫なのかどうかを―

 これはかけだった。信じがたい問いかけをしている自分に苦笑いを覚えながら。

 〈博士、ありがとう。よく信じてくれました。アマトは助かりました〉

 ──……!!

 信じられない! 答えが返って来たのだ! ほんとうにいるのだ! 

 ──ではもう動かしても大丈夫なのか

 〈だいじょうぶですが左足のすねと右肩の骨が骨折していてまだ回復できません。気を付けて動かして下さい〉

 ──ありがとう―

 博士は胸が詰まった。死から救ってくれたことを姿なき声に向かって感謝した。

 〈まだ完全ではありません。人の医療の力が入れば回復も早いでしょう〉

 「村長、もう枝を取ってもよいでしょう」博士はみんなの方にも首で頷いた。
 
 アマトの全身が現れた。博士は一番に額の傷を見た。血が固まって止まっていた。
全身にあった細かな傷もほとんどがかさぶたが出来ていた。

 「ここまで神木の力があるとは思いませんでしたなー」ダセが驚いて言った。

 「ほんとうに……すごいですね」博士も信じられなかった。神頼み、とすがった自分に半分呆れていたが説明できない未知の力に圧倒されるようだった「でもまだ安心はできません。ほら、見て下さい」

 みんなは博士の照らしたアマトの左足と右肩を見た。腫れあがっている。

 「これはひどいですな」一人の男が言った。

 「この人は医者で怪我を専門にしてるそうで、来てくれました」ディオがみんなに彼を紹介した

 「この部分は骨折してます。まず、当て木をして固定しましょう」

 男は近くの小枝の中から当て木になりそうなものを選んでてきぱきと持って来た包帯で手当てを始めた。

 「触られてもうめき声一つも出ないとは不思議だ。この子は意識が無いのかな……」

 「気を失ったままです」博士は言いながらアマトの口に手を当ててみた「だいじょうぶです。呼吸はさっきよりしっかりしています」

 しかしこれだけの大怪我をしていても苦痛の声もないことの方が心配だ。もちろんもし気が付いたら大変なことになる。アマトは痛さに耐えられないだろう。気を失ってくれてることが幸いだが……。

 博士はアマトの意識を靄がコントロールしていることまでは考えも及ばなかった。

 靄は痛みを感じる神経細胞に電気が流れないようにした。そしてアマトが転落した時意識を閉じさせた。靄自身がアマトの身体の中ですごいエネルギーを噴出させねばならなかったから―
 

 祭りは明け方まで続いた。
 アマトのことで大騒ぎになってることなどほとんど知られずに。バラムの村だけは別だ。無事救出されたアマトが医者のいるフロラーの町に運ばれて行ったことが分かってようやく村のみんなの顔に明るさが戻った。それに犯人グループの三人がジープに戻ったところをそこで待機していたフロラーの人に捕まったということがみんなに知らされた。これでもうアマトが狙われることはない。あとはアマトが回復するのを祈るのみだ。


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