博士は二人を抱き寄せた。 「さあてと、こんな所はまっぴらだ。急ぐでな」 漁師はモーターを全開させたのか、今までに無いスピードでボートを進ませた。 マタイの警備艇のライトがどんどん小さくなっていく。やがてそれは分らないぐらいの点になった。もう安心と心底開放された気分になれた。 「ほうら、見てみな、マライの灯台が見えてきた」 「えっ、もう! 」アマトは驚いて、目を向けた。 漁師の指差す方向に灯台の灯りが点滅していてマライの島影と海とを照らし出している。 「あの灯台を大きく回った向こうがバラムの村だ」漁師が言った。 「僕、マライに行ったことが無いんだ。でも、本当に近いんだね」驚いているアマトに 博士が笑って答えた。 「大昔、マタイとマライは一つの島だったという説がある。地形からしてたぶんその通 りだと父さんも思っているがね。それがある時火山の噴火で島が真っ二つに分かれたということだ。だから、周りの島の人はマタイとマライの島のことを双子島って呼んでるんだ」 「へぇ──! 火山って凄いんだ! いつごろだったの?」 「ハハハ、いつごろなんて分らないほど昔だ。人類がいたかどうかも分らないほどのな。 まだ誰も調査してないが岩石や地層を調べればそれがいつだったか分るだろう」 緊張から開放されて会話も弾んだ。海も穏やかで、ボートは軽快に灯台を回り内海から外海へと進んだ。 アマトはバラムにもうじき着くと思うと暗い海も平気になった。顔にあたる風も気持ちよく、試合には出られなくなったけど、選手になれたことは父さんに話したい。 「父さん、僕マライに住むの? 」 「うーん、それはまだなんともいえないけどな。マライに住みたいのかい? 」 「ねえ、そこにはタグラグビーのチームあるの? 」 「ああ、ラグビーか、それはあると思うよ。昔はマライと試合をしてたからな」 「本当!」 「ずいぶん、嬉しそうだな」 「そうそう、あなた、アマトがね」 やっと、危険から開放されたことで、気持ちに余裕が出てきたレアは、息子のアマトが言いたい事が分った。そして試合に出られなくなってしまったことでアマトがどんなに悔しい思いをしているかと言うことも……レアは風を受けてなびいているアマトの髪を優しく撫でた…… 「選手に選らばれたのよ」 「選手に! そうか、すごいじゃないかアマト、よく頑張ったな……」 スポーツをするには優しい体付きのアマトは、いつもコート外にはみ出たボール拾いばかりをさせられていた。可哀想に、と博士は息子を哀れに思ったが、本人はボールを追うことがいかにも楽しそうで、熱心に練習に励んでいた……念願かなってやっと選手になれたというのに── 「ラグビーは世界的スポーツだ、大丈夫、続けられるからな」 「うん!」 アマトはもう悔しくなかった、父さんも母さんも僕の気持ちが分ってくれていると思うと、嬉しかった。 「おや?……」 ボートが少し揺れていることに気がついた博士は漁師に聞いた。 「この辺の海は波が立つのかね」 「いんや……珍しいことだな……」 そう言いながら漁師は首をかしげている。 「いつもは静かな海だがな……朝凪はぺたーと平らなもんだが……」 漁師が不思議そうな声でぶつぶつつぶやいている間にも島側からの風が強まってきている。それに連れて波も荒れてきているようで小さなボートは波にぶつかっては揺れ始めた。 「大丈夫かね」 「こんなの始めてだ……嵐なんて聞いてないだ。しっかりつかまっていておくんなせい」 バラムがあると思われる島の姿が、夜目にもぼんやりと黒く見えているというのに突然の悪天候に漁師も面食らっている様子で 「こんなの信じられねえ──どうなってるだ!」 博士達も不安になってきた。 ボートは波に激しく揺らされ始めている…… 「こりゃあ進むのは無理だ! 引き帰すべ!」 漁師はそう叫ぶと梶を変えようとしたが効かない。 「駄目だ!」 風の音と波にぶつかる音が入り混じって漁師の声も切れ切れにしか聞こえない。 なんという不運だと呆然となりながら、博士は妻と息子を抱え船底に伏せた。 ──転覆するかもしれない── 漁師がロープをよこしてきた。 「もし転覆してもボートにしがみついていれば溺れ死にせずに済むでな──坊にはこれを」 漁師が寄越してきたのは小さなゴムの浮き輪だった。アマトならなんとか体が入れそうだ。 波はますます大きくなっている。波にぶつかるたびに海水がボートの中に入り込む── 博士は家族に向かって大きな声を張り上げた。荒れ狂う波しぶきと、暴風でその声も切れ切れにしか聞こえない。 「よく聞いてくれ! 万が一を考えて伝えておく! マタイの島の、ある工場の地下に、クラノスが秘密に何か製造している! ケーシー博士にこの事を知らせるのだ!」 漁師が、危ねえ! と叫んだ──同時に今までにない非常に大きな沈み込みが起き次に波のうねりに大きく持ち上げられるのがわかった── その時、マライの島人ですら、どんなに過去に遡っても記憶にない眩いばかりの落雷──しかも雷鳴のない光線と呼んだほうがふさわしい光に島は一瞬包み込まれたのだ!
占い婆はバラムの集落から離れた、ドゥルバの洞窟、と村人が恐れている近くに一人で暮らしている。 先程から、窓に掛けられた布がパタパタとうるさくておまけにそこから入り込んだ風が家の中を走り回っている──いったい何事だ、と婆はとうとう我慢できずに、眠たい目をこすりながら寝床から起き上がった。 「ひゃあ!」 婆は声にならないかすれた声で悲鳴をあげた。 暗いはずの家の中がぼんやりと明るい……何でじゃ?? とよく見ると隅にある粗末な木机の上においてある占い玉が何と、ボウーと白い光に包まれているではないか!。 婆はまた布団に潜り込み、ぶるぶる震えた。婆の母や祖母の声が蘇る──いいか、この占い玉は代々から伝わる大切なお守りだぞ、いつも曇らないよう磨いておくのじゃぞ、と言い聞かされて来たのに──ああ、どうかお許しを! これからは大切にします─ その玉はこげ茶色で、見た目にはその辺に転がっていそうな石で、知り合いの占い師に、それでは風格がない、今時は水晶に決まっとる、と言われ、玉は隅に追いやられた。 今、家の真ん中にうやうやしく丸いテーブルの上の台座に置かれているのは、その占い師から売りつけられた白く半透明の水晶玉だ。 ──おお、お許しを! 玉はますます明るく発光して、今や、家の中全体が真昼のように照らし出されている… …それに呼応するように、風も嵐のごとく激しくなった。 婆は布団を頭から被り、瞼をきつく閉じ、ひたすらこげ茶の玉の方に向かってひれ伏し懺悔の祈りを唱え続けた。やがて玉は、そんな婆の閉じられた目さえ射抜くほどの光を、一瞬、放ったかと思うと、あたりはあっという間に元の闇に戻っていた………風も消えた…… 静けさに、婆が、そうっと布団から顔だけ出して見ると、玉は元に戻ったのか闇に消されて見えない。
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