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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第37回   よみがえる記憶 @


 「フフフー残念だったな。さんざん手を焼かせやがって」

 兄貴分のネルスが怒りに燃えた目でアマトに電灯を向けて来た。高台に追いやられたアマトの姿が光の中にに写し出された。

 アマトは後ずさった。ネルスがじりじりと迫って来る。後の二人も左右に周りアマトは追い込まれた獲物だ。前には追手、後ろは断崖……
 どんなに叫んでもだれも助けには来られないのは分かっていた。もう駄目だ―
アマトは後ろの滝の音を背にしてあきらめた。これ以上は逃げられないのだ。

「さあ、突き落とされたくなかったら、おとなしく縛られるんだ。こっちに来い! 」

 言うことを聴くしかないか……身体のいたるところが痛かった。足ももう限界を感じていた。クラノスがなぜ自分を狙うのかさえ分からないというのにこんな目に会うなんて……
 「早く来い! 」
 「分かったよ……今行くよ」アマトは力の無い声でようやく言うと「でもどうしてなの……僕はなにもしてないよ。なぜ狙うの……」
 「そんなことは知らん。クラノス様がおまえに会いたがっておられるのだ―たぶんおまえの親父が脱走したことと関係あるのだろう。怨むなら親父を怨むんだな」
 「父さんと……」

 父さんがなにをしていたかなんてなにも知らないのに……
 アマトはネルスに向かって足を運んだ。一歩踏み出したとたん身体がふらついて石につまづきまたひどく転んだ。手が着けないのだ。肩が地面にもろに当たった。

 ──痛い!

 痛さと恐怖で目から涙がにじむのが分かった。固く結んだ口元から嗚咽が洩れた。それでもなんとか立とうと、片膝をおこした。両手が後ろで縛られているので思うように起き上がれない。立てた片膝に力を込めてもう片方の足首で地面を蹴ったとたん身体がまたぐらついた。いや身体が傾いたのだ。またつまづいたわけでもない。足元がぐらっと動いたのだ。地面が崩れて落ち始めている!

 「わぁー」アマトが叫んだ。ネルスの「しまったー! 」という声。それもつかの間でアマトは闇の中に落下して行った。自分の叫び声と闇に放り出される恐怖が一体となった時、一つの映像が脳裏に蘇った! あの時……嵐でボートが大波にのみ込まれそうになった瞬間の記憶が! そして父さんが叫んでいた言葉もはっきり聞こえた。


 「あれっ、アマトはどこ? 」

 ジョセは村席に帰ってきてアマトがいないことに気が付いた。陽気に笑ったり大声出して騒いでいる人混みの中にどこかいるんではとハントと探し回ったのだが見あたらない。ひょっとしたらと炊き出し所に行ってみた。始めの時はごった返して動き回っていた女衆もいまは竈のまわりに腰をおろし自分達も酒を飲んでいて時々、材料を補充しては談笑していた。

 「母さん。 アマトはこっちに来た? 」

 「いや母さんは見てないよ」サキはそう言うと「だれかアマトを見たかね」と周りに聞いた。だれも返事をしない。ここにもいない……パシカのところはどうだろう。
 「タネおばさんがいないけど村席の方かー」女衆の中にパシカの母親の姿がなかった。
 「タネさんはパシカを見に行ったよ。もう交替するころだから迎えに行って来るって言ってたからね」
 サキはジョセとハントにそう言うと「そうそうそいでねーうちの亭主がね……」と隣のおばさんとまた話し始めてしまった。
 「パシカのところに行ってみるか……」ハントを促して楽器隊のところに向かった。

 なんだか胸騒ぎがする。どうかパシカのところにいてくれよな……
 最後の望みをかけるような気持ちで向かって行ったジョセの期待も、むなしく砕かれた。
 ハーモニカ隊の女の子達はそれぞれの村に帰って行ったらしくジョセが着いた時にはバラムの子達が村席に帰ろうと歩き始めていた。その中にアマトらしき姿がない―

 「おばさん、アマトはこっちに来なかった? 」パシカの手を引いていたタネはおかしなこと聞くね、という顔で「アマトかい。来てないよ。ジョセと一緒なんだろ」

 「うん……ずっと、踊りも一緒にいたんだけど、アマトが喉が渇いたから先に村席に帰るって言って離れたんだ。俺達はトリアの知り合いにちょっと会いに行ってから戻ったんだけどアマトがいないんだ。母さんのところにもいなかったからパシカのところかなと思って来たんだけど来てないよね」
 ジョセの不安が膨れ始めた。ちょっと会いに、と言ったもののけっこうあいつらのところで時間を喰っていた……

 「ねえねえ、アマトがいなくなったの……」パシカが追い打ちをかけるように心配な声で言ってきた。
 「まだわからないよ」タネはジョセとハントの顔を見て「もういちど村席に戻ってみたらあんがいいるかもしれないよ」

 タネの言葉にすがるような思いで村席に戻ってみたがどんなに目を凝らして見てもアマトの姿を見ることはなかった。

 「アマトを見なかった? 」と村人に聞きまくった。
 酔いどれてトローンとしているイノ爺さんには意味すら通じない。不安な気持ちを隠しきれずジョセは苛立って片っ端から陽気におしゃべりしている村人の間に割り入って聞きまくった。ハントもタネも手分けして探したが誰も知らなかった。タネから聞いたのかサキが村席に戻り

 「みんな―アマトがいないんだ―見たかいー」と持ち前の大声を張り上げたので急に静かになった村席にようやく一大事が起こったことが分かり始めた。パシカはすでに不安に耐えきれず泣きだしてしまった。

 「アマト―アマトー」パシカの泣き叫ぶのをレイナが寄り添ってパシカの手を握り締めた「だいじょうぶよ、みんなが探してくれるから……」

 「パシカ、いいかい、ここを動くんじゃないよ。今からみんなで手分けして探しに行くからね、おとなしく待ってるんだよ。レイナお願いね」タネはパシカに言いつけてから「私は村長とケーシー博士のところに行ってみるから」と駆けだした。

 「うちの亭主はこんな時にどこに行ったんだやら……」サキもおろおろして「ジョセ! 踊りのところをハントと仲間で探しておくれ! 」
「あっ! ティムだ! 」ハントが叫んで走った。

 踊りの輪から村席に帰る途中で面を外しながらやって来たティムは、ハントがぶつかりそうな勢いで向ってきたのでギョッとしたがハントの顔が異様なほど真剣だ。

 「どうしたんだ―」ティムが先に声をかけた。
 「アマトが! アマトがいなくなったんだ!―」
 「なに! いなくなったって! どういうことだ―」

 ティムは急いで村席に戻りジョセやサキの話を聞くとそこにいる大人だけでもと集まってもらった。祭りの役で中心的な男衆はほとんど出払っている。

 「七つの村席を手分けして探すんだ。どんなことでもいい。鳥の格好の少年を見なかったかどうか聞いてくるんだ―」

 動ける者はみんなそれぞれ飛び散って行った。残った年寄りや、女衆や子どもたちは置いて行かれた雛のように寄り添い、無事な便りが届くよう祈ったり、ひそひそと話しながら待った。そんなことなど関係なく踊りは最高の盛り上がりを見せて観客と踊り衆の堺が見分けられないほどだ。酒の入った者同士の陽気な騒ぎがいたるところで起きている。
 そのにぎわいにそぐわないバラムの村席に、通り過ぎる人々が不思議な目付きで見て来る。それがよけいに待つ者にとっては寂しい思いにさせられた。心細げにかたまった村席にダセとケーシー博士がタネの知らせを受けて飛び込んで来た。

 「母さん! 」パシカはタネの声を聞いて立ちあがった「アマトはいたの? 」
 「それが……」タネはパシカを抱きしめ「いないんだよ……」
 「そんな―……」パシカはタネの胸に顔をうずめた。
 「まさかとは思うが……とにかくみんなが戻って来るのを待ちましょう」ケーシー博士の言葉に黙ってみんな頷いた。

 そのまさかが起こらないよう祈るのみだ……クラノスの手がまた動いたとは考えたくない……アマト、どこかにいてひょこっと帰ってきてくれ、どうしたの? とびっくりさせてくれたまえ!

 博士は強く拳を握りしめながら天を仰いだ。アマト、無事でいてくれ―
しかし探しに出かけた村人がつぎつぎ帰って来て、だれもアマトを見てないという報告にいよいよ心配がほんとうになりつつあった。
 踊りの輪に入って探したジョセ達はよその村のラグビー仲間にも頼んだが見つからなかった。父親のディオが酔ってイダスの踊り手と肩組んでふらついているのを見つけ、訳を話したら「アマトなら一人の時に会ったぞ―」と言ったのでそれからどっちへ行ったの?
 って聞いたら
 「村席に帰ると言ってたな」
 「それなら知ってるよ。そこからいなくなってしまったんだ。村席には帰ってないんだよ! いまみんなで探し回ってるんだ。大変なことが起こったんだよ。父さん、村席に帰ろう! 」

 ディオにもようやく意味が分かってふらつきながらもジョセと一緒に戻って来た。

 「イダス、キマラ、トリア、パモナはだめか……残るはモモスとフロラーか……」
ダセとティム、ケーシー博士を取り囲むようにしてみんな残る二か所からの報告を待った。アマトの知り合いがそこにはいそうもないし、遠い村だ。きっとだめだろうな―

 「村長! こんなとこでじっとしてないで山や道路にも行った方がいいのではないか―」
 ディオがいらいらしながら叫んだ。

 「ディオ、気持は分かるが待て。暗闇の中を勝手に動くのは危険だ。あと二つの知らせ次第でじっくりと対策を立てたほうがよい」

 「そうです、みなさん。もう少し待ちましょう」ケーシー博士も言った。

 モモスに行った村人が帰って来た。首を横に振りながら近づくのが見えた時、みんな溜息が出た。あと一つか……。
 だがその一つ、フロラーからの知らせも同じだった。わずかな期待さえ打ち砕かれてしまったのだ。黙って重苦しい雰囲気が漂った。


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