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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第35回   ミセの祭り C


 「そんなの聞いたことがことがないぞ。また婆のでまかせじゃろ」
ダセはとりあうのもばからしいとばかりに婆を無視した。イダスの占い爺は婆が何を言ったかなど気にしてる様子もなくただやりとりをまるで楽しんでるかのようだった。
 バツの悪い顔つきでしおらしく横に戻って来た婆にも二言三言会話をかわしただけだ。
 「さあ、博士。気にすることはないですわ。もう一杯やりましょう」
 ダセから酒を受けながら博士はイダスの占い爺に目で一礼した。あんがい占い婆の言ったことは当たってたかもしれない。つい口に出してしまったことに慌てたさっきの婆の様子は嘘をついたふうには見えなかったな……村長はそれを逆に嘘をついたとみたようだが……それにしても長老と呼ばれるだけあってただ人の良い爺だけでないな。にじみ出るような威厳が感じられる。

 「博士、どうでしたか。パシカの目は」
 ダセが酔いですっかり真っ赤な顔を博士に向けて来た。
 「パシカですか……」博士も自分の顔が酒で火照ってきてるのが分かった。きつい酒だな。けっこう強い口の方だと自任してるが今夜はよく効く。腹に響く太鼓のリズムと民族的な踊りが酔いによけいに拍車をかけてるのかもしれないな。
 「まだ報告書にまとめる段階ではないですが原因はほぼ間違いなくマタイの工場から流された廃液でしょう。よその例とも一致してますよ」
 「その原因がはっきりしたからには目を治す方法もあるんでしょうか」
 「今の段階では……かなり難しいでしょうが、方法が無いわけではありませんよ。パシカがお腹の中にいたときちょうど目の機能が作られるころ、水晶体と呼ばれる部分に廃液が影響して見える対象物の像が……つまり……映像が結ばれなくなったわけです」
 「水晶体? ですか」なんだか分からんが……ダセは顔を傾げた。
 「ええ、まあ……」口ではどの部位だか分からないだろうな「また報告書で詳しく説明しましょう。その水晶体が正常になれば像がはっきりするのではないかと理論上はいえますがね」
 「わしには難しいことはわからんが治ってくれるといいですな。あの子はいまほれ、あそこのハーモニカ隊でがんばってますよ」
 ダセの視線を追ってみると太鼓衆の横の色鮮やかな衣装を付けた少女達が目に入った。
 「ハーモニカ隊ですか。いいですね。パシカが目が見えなくても活発に育ったのもこうした村のみんなの支えがあるからですね」
 祭りにハーモニカ隊とは珍しかった。博士は心がジワッと温かいもので満たされる気分だった。
 踊りと太鼓と酒盛りの饗宴で祭りは興奮の渦となり夜深くなって来てもここだけは時間が止まったみたいだ。松明の火がこうこうと空まで照らせとばかりに燃えている。
 最初は順番に踊っていたのも一通り終えると、踊りたい者が好きに飛び出て自由に混ざり始め、女衆まで煮炊きの手を休めて飛び入りで踊りの輪の中に加わったりで大騒ぎだ。年寄の膝に入っては休んでまた飛び出すチビ達、ハーモニカ隊の女の子達も大人と交替して今は自分達だけの輪を作って踊ったりしている。パシカも手を取ってもらい踊りに加わっていて、アマト達はイダスの少年やよその村の子達と踊りの中を練り歩いたり、踊ったりと別行動だ。

 「おい、トミー。おまえ学校に入ったらラグビー部入るのかー」
 「あたりまえだ。そのために行くようなもんだからな。ジョセも入るんだろ」
 「もちろん! アマトもだ。一緒になれるな」
 「こりゃあー強敵だな。よろしくな! アマト」
 「こっちこそ! 」
 ジョセは知った顔に会うと「ラグビー部に入るか」と必ず聞いた。同年同士だ。やっぱりな、あいつもか。こりゃあ、強敵だ。レギュラーになるには狭き門だな。と興奮しながらアマトに檄を飛ばしていた。
 アマトはジョセの知り合いが必ずっていっていいほど自分に視線を向けて来るのが分かった。先の試合ですっかり有名人になってしまったようだ。
 アマトはそんな視線に怖くなった。一目置くような目で見て来るのだ。みんなはマタイでの僕のことを知らないからだ。今回の試合での自分はほんとうじゃない。自分でも自分が信じられないくらいなのだから……
 「おっ、トリア村のあいつがいるぞ― 行こう! 」膨れ上がった踊りの輪から少し出たところに数人の少年達がふざけるように踊っているのが見えた。同じように鳥の衣装を付けているのですぐ分かる。アマトはできれば視線を避けたい気分だ。
 「僕、ちょっと喉が渇いたし少し休みたいから村席に行ってもいいかな」
 「そうか……じゃあ、あとで俺も行くからな。迷子になるなよ。ハント、行こう」

 ジョセとハントが踊り手の間をかき分けるようにして去っていくとアマトは一人で踊りを続けた。
 お面や羽根飾りを付けた大勢の踊り手や、輪に加わった素顔のままの人々に押されるように流れるままに動いた。急いで村席に戻る必要もないや……アマトは適当に手足を動かして、いろんな踊り手の顔に描かれた絵柄や衣装、羽根を見物しながらゆっくり進んだ。ジョセ達といると付いて行くのに夢中でのんびりとはいかなかった。それはそれで楽しかったけれど祭りが初めてのアマトはなにもかもがめずらしくてもっとのんびり見ていたかった。ジョセにしてみれば毎年のことで見慣れているんだろうけど。
 キョロキョロしてたのが目立ったのか後ろからポン、と肩を叩かれたので振り向いたら
 怒り面を付けた人だった。
 「おい、アマト、どうした、一人なのか? 」面をかぶってるせいで声がこもってるがジョセの父さんだとすぐ分かった。
 「えっ、ディオおじさん、怒り面だったんだ! 」
 「そうだ、怖いだろ」脅すように面を目の前に近付けて来た。とたんに強い酒の匂いが鼻につーンと来た。
 「ジョセはどうしたんだ。いないじゃないか」
 「いままでずっと一緒だったよ。僕、喉が渇いたのでちょっとだけ村席に行って来るだけだよ」
 「そうか。まあ、だいじょうぶだろうが気を付けて行けよ」
 おじさんは僕の肩を軽くポンと叩くとまた踊りながら人混みの中に消えて行った。怒り面なのに酔ってるせいか手足の動きがバラバラで、手に持っている棒はふらつくのを支える杖に変わってしまったようだ。鳴り続ける太鼓の音と大勢の踊り手の熱気に包まれ、すぐ村席に行く気になれずアマトは人の流れるままに踊りながら付いて行った。
肩がどんと、なにかに当たったと思ったら笑い面を付けた人だった。ぶつかったらしい。
 「これは鳥さん。悪かったね」と謝って来たがよろよろしている。
 ──この人も酔ってるな―
 「だいじょうぶだよ」と言った時、笑い面の人が転びそうになったのでアマトはとっさに体を支えてあげた。
 「だいじょうぶ? 」
 「ああ、ありがとよ。さっきから村席に戻ろうとしてるんだがどこだかわからんくなってしまってな」
 「どこの村なの? 」
 「フロラーだがな。鳥さんは分かるかな」
 「僕も分からないけどこの踊りの輪から出ないと見つからないと思うよ」
 
 さっきから止まってる二人に何人かがぶつかっては抜いて行った。ここでは邪魔だ。でもこんなによろよろしていては出たくても出られないだろうな……

 「僕が外まで連れ出してあげるよ。手を離さないでよ」
 笑い面の人の手を取ったとき、案外がっちりした手だったので意外だった。もっと年寄かと思ったのだ。この人はお酒に弱いんだ。

 人混みをかき分けながらなんとか踊りの流れから逃れた。チビ達が走りまわったり見物人がカメラを向けたり雑談したりしてる所に来て村席で宴会してる様子が見える。フロラー村ってどこかな―とりあえず一番近い村に向かった。
 「おじさん、ここかな? 」今にも転びそうでアマトの手にすがってる笑い面の人はその村に顔を向けると首を横に振った。
 「ああーでもあそこの顔に覚えがあるな……分かった。鳥さんよ、ここはパモナの町だよ。となると……この隣かな……」
 「隣なの……」アマトはたむろする人の間から遠くを覗き見た「ああ、あれかな―ほら向こうに見えるのが……なにか旗みたいなのが立ってるよ」
 「どれどれ……」「おお、そうだ! あれだ。よかった、よかった。わしみたいに酔っ払いが多くてな。目印にって村が立てたんだよ。役に立ったな」
 「僕、あそこまで付いて行ってあげるよ」
 「それはありがたいな鳥さんよ。一人じゃ無事たどり着けるかどうか……すっかり酔ってしまって」笑い面の人は安心したのか急に力を抜いた。
 「ああ、座っちゃだめだよ。もうちょっとがんばって」
 このままだとここで寝てしまいかねない笑い面の人を引っ張り上げ、仕方ないので肩を貸して歩かせた。身体からまともに酒の匂いがしてたまらない。
 「おお、鳥さんよ、おまえは力持ちだな……名は何と言うのだ」
 「アマトだよ……」できたら黙っていて欲しいもんだな……面から漏れる息がたまらないのだ。アマトは出来るだけ顔を離した。
 「アマトか、いい名だな」
 「……」
 フロラーの村席が近くなったところで突然、怒り面を付けた男が駆けよって来た。
 「なんだ、おまえ、ここにいたのか―さんざん探したんだぞ! 」怒り面に怒鳴られたみたいだ。
 「……うん……」笑い面の人は顔を上げて目の前の面を見て「やあやあ、やっと会えたな―」
 「ちょっと踊って来ると言って帰って来ないからまたどこかで寝てるんじゃないかと心配したんだぞ」そう言うとくるっとよそを向いて「おーい、見つかったぞー」と手を振った。
 その手に気付いた人が向かってきた。今度は泣き面だった。いかにも心配で半泣きって感じだ。でも実際の声は怒っていた。
 「まったく人騒がせなやつだ! 」
 怒り面がアマトを見て「ありがとよ、鳥さん。重かっただろ。代わろう」

 肩から腕を外されてやれやれとアマトはやっと荷から解放された気分だった。
 「この鳥はなアマトって鳥だ……」
 笑い面の人がそう言ってまたブツブツ言ってたが目を半分閉じていて身体もダラーンとなっている。知り合いにあえて気がゆるんだのかもしれない。僕には少しは気が張ってたんだろう。
 「大変だったな。お礼しなくっちゃな」泣き面の人が言って来たがもう村席に帰らないと。ジョセ達も戻って来てるだろう。
 「お礼なんていいですよ。僕これでもう行きます」そう言って帰ろうとしたが
 「いいや、こんな目に合わせて申し訳ないから、特別、村自慢の御馳走をちょっと食べていってくれよ」
 笑い面の人を担いだ人がなおも言ってきて、泣き面の人が「そうだ、そうだ。あれだけは他の村では採れない物だ。食べていけば村で自慢できるぞ」とアマトの背に手を置くと促すように押して来た。
 そんなにおいしい料理ってなんだろう? ちょっと興味もわいてアマトは少しだけ寄っていくことにした。
 泣き面の人に手を引かれフロラーの村席の後ろの林に入った。バラムと同じように女衆でにぎわっている炊き出し所がすぐ見えた。どんな御馳走かな……お腹もちょうど空いていてアマトはわくわくした。
 炊き出し所に向かうと思ったのに怒り面、泣き面の二人はそちらに寄らずにもっと奥に向かった。特別って言ってたから別に炊き出している場があるのかもしれない……アマトは不思議にも思わず二人に挟まれるように付いて行った。月明りも林の中までは届かない。男達が懐中電灯を取り出した時アマトはようやく「おかしい……」と思い始めた。
 「おじさん。炊き出し所、ずいぶん遠いんだね……」
 「ああ、もう少しだ」
 アマトはあたりをキョロキョロ見回した。誰もいないし、太鼓の音や人のざわめきが遠くなった。
 アマトはハッとした。酔っていたはずの笑い面の人がもう担がれてなく、一人でさっさと歩いているではないか―。
 ──しまった! この人達は!―
 アマトはとっさに後ずさりし逃げようとして後ろにいた泣き面の男に肩をがっちりつかまれてしまった。
 「離して! 」
 「フフ……気が付いたようだな。おとなしくしろ! 」
 「誰か―」助けてと大声を出そうとして背にチクっと鋭い痛みが走った。
 「静かにしてろ! でないと痛い目に合うぞ」
 ナイフだ! 恐怖に縛られアマトは声が出なかった。
 「声を出すな。歩け! 」また小さくチクっと突かれた。アマトは言われるままに歩くしかなかった。


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