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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第34回   ミセの祭り B

 いつのまにか空は夕闇に包まれ、かがり火が広場をこうこうと照らし始めた。
 村席の後ろはチビ達の絶好の遊び場になっていて踊りの真似をしたり走りまわったり、合間に食べに戻ったりとにぎやかだ。夜も遊びまわれるのを喜んでいる。ふだんだったらもうとっくに家の中だ。こんなに騒ぎまくってたら尻をぶたれるのがおちだ。でもきょうは違う。特別な日なのだ。
 「おい、炊き出し所に寄って行こう」ハントがさらに後ろにいちだんと焚火で明るくなってる所にアマトを連れて行った。
 煮炊きする湯煙や、蒸し焼きでもうもうと煙に包まれている中を女衆が陽気に大騒ぎしながら動き回ってるのが見える。
 「母さん―」ハントが煙に向かって叫んだ。
 「なんだいー」煙の向こうから返事が来た「おや、アマトも一緒かい―」
 「ココナッツプリンと豚肉の煮込みとバナナくれよ―」
 「あっちにあるだろ―」
 「ハーモニカ隊に持って行くんだ―」
 「そうかいー今用意するよ―」
 ハントは気がきくなーと感心した。
 「さっきタネさんが少し持ってたけどね。あれじゃ足りないと思うから、ほれ」
 「わぁッ! こんなに! 」ハントが面くらって思わず声にするほど大きなバナナの葉の包みだ。
 「落とさないで持ってお行き―」ハントの母さんに押されるように二人は包みを抱えてパシカのいる楽器隊に行った。
 こんなに! と思ったのは間違いだった。さすがに母親というものは食べざかりの娘達の胃袋をよく知ってるものだ。アマト達の包みはさっと解かれ、きゃー、おいしい! とつぎつぎと手が伸びあっという間だった。パシカもその中に混じって負けじと確保してるようでホッとした。交替で吹いているので休んでる間に違う村の女の子達とも友達になったようだ。食べ後のバナナの皮だけが何枚かあるところを見るとみんなで食べてるのだろう。

 「パシカ、どう? 疲れないか」
 「ううん、ぜんぜん。楽しいわ。それに御馳走も一杯食べれるし」
 「疲れたらレイナに言うんだよ。迎えに来てあげるから」
 「うん、ありがとう。また御馳走持って来てね」
 「ええっ!― わかったよ」
 少女達のハーモニカ隊は夜といっても十時ぐらいまでで後は大人と交替だ。それまで食べては吹いておしゃべりしたりするわけだ。
 「クロはどこ? 」
 「炊き出し所よりもっと奥の林の中だって。犬は太鼓の音が苦手なのよ」
 「そうだな。クロは練習の時いつも外へ出てしまってたからな」
 
 夜、家の中で二人が練習を始めると、始めは耳を垂れて塞いでいるがどうにも我慢ならないかのようにそろりといなくなっていたものだ。林の中で祭りが終わるの待ちわびてることだろうな。
 「クロはまだこの近くまで来ただけ強いよ」ハントが言った「俺んとこのモグなんて朝から震えて小屋から出ても来なかったよ。まったくなさけないよ」
「 あっ、いたいた」遠くで聞き覚えのある声がした「おーい、アマト―」声の方を振り向くとジョセの父さんだった。手を振って呼んでるので「パシカ、また後でな」とハントと向かった。
 「アマト、お客さんだ。ケーシー博士だよ」
 「えー! ほんとう! どこ」
 「いま、村長さん達といるよ。行っておいで」
 「うん」
 アマトは村長席に向かった。ケーシー博士に会えると思うと心が弾んだ。父さんの親友で、この島で父さんのことを知っている唯一の人だ。アマトの悲しみを人一倍理解してくれ、見守ってくれている。そのことがアマトにも心強い支えにもなっていた。

 ケーシー博士がダセに酒を注がれ飲みながら、踊りをとても興味深く見入っているところへ鳥の羽根飾りを付け勇ましい化粧をした少年が目の前に飛び込んで来た。
 「えっ……アマト……きみ、アマトか」一瞬、ぽかーんとして信じられない顔をしているケーシー博士を見てアマトが笑いかけた。
 「そうです。アマトです。博士、久しぶりです」
 「おお、久し振りだね。まったく……すっかりたくましくなったな」ケーシー博士が目を細めて息子でも眺めるようにして微笑んだ。
 「いま、村長から聞いたよ。タグラグビーですごい活躍だったそうだね」
 「そんな―みんなががんばったからだよ」
 「危ない目にもあったそうだね。でも元気そうで安心したよ」
 「うん、だいじょうぶだよ。あれからなんともないしみんなが僕を守ってくれてるいから」アマトはにこっと博士に微笑んだ。
 ああ、奥さんの目だ―化粧が描かれているが下がり気味の目尻……愛嬌があって可愛いんだ、とラファンがよく言ってたな……このラファンの息子をなぜクラノスはさらおうとしたのか。村長からの手紙でそのことを知った時、このまま島にアマトを置いておくことが心配でならなかった。スイスに連れて行きたい。でも本人の強い希望で島の学校に進むということだ。クラノスの魔の手がこの子にまた襲いかからねばよいのだが……クラノスが狙わねばならない何かをアマトは知ってるのではないか……今すぐにでもそのことをもう一度アマトに聞きたい。そう思っていたが、こんなに明るく立ち直った姿を前にして、博士は言えなくなってしまった。きょうは無理だ。祭りで楽しんでいるんだから……
 「鳥の踊りか……見ているからがんばっておいで」
 「はい」
 立ち去って行く後ろ姿を見送りながら
 「すっかり元気になりましたね」
 博士は隣のダセに酒を注いだ。
 「ほんとうに。一時はどう声を掛けたらよいか心配なほどでしたがね。タネの家にあずけて良かったですわ。パシカに勇気をもらったかもしれませんな」
 「ほんとうは心配なんですよ。この島に置いておくのは……アマトはあれからなにも思い出してないようですね」
 「聞いてないですよ」
 「そうですか……これからもよろしくお願いしますよ」
 博士はダセに注がれた酒を口に含みながら「しかしこの酒は強いですね」
 「そうですよ。町にビールが出回ってますがあんなのじゃ酔えませんな」
 「ヤシの樹液からこんなに強い酒が採れるとはすごいですね」
 博士も酔いがまわってすっかりいい気分だ。
 「ここの祭りは変わってますね。踊りも……人、鳥、動物、魚ですか……中央のトーテムポールも珍しい」
 「あの木はこのあたりしか採れないご神木なんですわ」ダセの説明に頷きながら
 「あの人面の上、一番上は何ですか……まるい形ですが……」
 「ああ、あれは星ですよ」
 「星……ですか。それもまた珍しいですね。なにか意味があるのですか」
 星と聞いてラファンとのやりとりが思い出された。
 この島の死生観─死者の魂は星に帰るという言い伝えが残っている─このことを二人でまたいつか調べようと話したことを……ああ、ラファン……君はもういないんだ―
 「意味というか昔からこのあたりは星をあがめる風習が強いですな。祭りもその星を祝う行事の一つですが」
 「この祭りはいつごろから始まったものですか? 」
 「いつごろと聞かれてもわしには分かりませんが、なんでもかなり昔で、そのころはあのてっぺんに彫られた星は光ったとかという言い伝えもありますがな……まあ、それはそう見えただけでほんとうかどうかはあやしいもんですがな」
 ダセがそう言ったとたん後ろから頭を棒でポカンと叩く者がいた。
 「痛い! 」ダセが振り向くといつ近くに来ていたのか占い婆がしかめっ面をしてにらんでいた。
 「この罰あたりめ! あやしいもんだと疑うとは」
 「疑うもなにも油も電気もないのにてっぺんだけが光るはずないじゃろ。そう見えたらしいのがいつか光ったと伝えられたのじゃろうとだいたいの者は思っとるわい」
 「御先祖さまをばかにするでない! バラムの村が栄えんのも村長のおまえがそんなだからじゃ。ご神木はほんとうに光ったのじゃ。のう長老様」
 島の占い師の間では長老と呼ばれているイダスの占い爺が、イダスの村の村長の隣でにこやかな顔を向けながら

 「まあまあ婆もそんなにカッカとせんでもよい。古いことは忘れ去られるのが常じゃ。だれも証明もできないことだ」
 占い爺はゆっくりとケーシー博士のほうを振り向き「のう、客人。証明できないことを違う、ほんとうだと言いあってもしかたがないことだ。そう思って聞いて下され」
 占い爺がそう言ってケーシー博士を見つめて来た。濁りの無い目だ―博士は占い爺に軽く会釈した
 「お聞かせ下さい」

 「島の占い師の世界で古くから言い伝えられたことですがな……かなり昔、まだ人類が現れたころ、その時はマタイとマライは一つの島だったそうですが、星の神が訪れ、生物に命を与えてまた天空に去って行かれたという。その時、一年に一度、星に向かってお祈りをするように命じられたと……その時にはこの木を彫って立てるようにと植えられたのがこの地にしか採れないといわれるほれ、あのご神木じゃ」爺は踊りの輪の中心に立っているトーテムを指差しながらさらに話を続けた。
 「その祈りが祭りの始まりと言われている。不思議なことに祭りの日の夜にはご神木の一番上にに彫られた星がいつも光ったという……島人は星の神があらわれてわれわれを守っていて下さるのだと固く信じ、毎年必ずこうしてこの地で祭りを欠かさずおこなってきたわけです」
 爺の口調は淡々としていながら妙に真実を帯びてるような説得力があった。
誇張して納得させようとしているふうでもない。まるで昔話でも聞かせてるように目を柔和に細めながら話していた。

 「すると、その光っていたというのはいつごろまでのことですか」
 「さあーどうでしょうかな……特に記録されていたわけでもありませんからな。言い伝えというものはあいまいなもので長年の間に、人々の口によって捻じ曲げられることもよくあることですからな」
 「それみろ婆、俺の言ったことも間違ってたわけでもないわ。よくも叩いたな」ダセが小突いて来た占い婆を睨んで言った。
 「そんなことはないわ。光ったことだけは事実じゃ。のう長老さま。証拠があるのじゃから」
 「証拠? 」ダセが疑わしそうに婆を横眼で見据えている。
 「そうじゃ。証拠だ。長老様の家にそれがあるんじゃ」言ってしまってから婆がなぜか慌てて口を押さえた。しまった! という顔がありありと分かった。



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