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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第32回   32

 「おい、どうだ勇ましいだろう」
 アマトが後ろを振りむくと顔や体にペイントで模様を付け羽根冠をがっちり被った少年がムッと睨んでいた。目の周りが黒白の線でふちどられていてまるで鷲に睨まれているようだ。
 「ジョセ、すごい迫力だな。君とは分からないよ」
 「そうか。よし。ハントもじきに終わるぞ。次はアマトだ。リョン達はもう済んで出て行ったかな。俺も先に外へ行くからな。」
 会場の隅に布で幕を張られた着替え所がある。男用、女用とあってそこで村の者が祭り化粧と装束を身に着けるのだが、狭い中でごった返しおまけに男衆の汗と息でむんむんしていてここから早く出たいがアマトはハントの次だ。慣れた大人はさっさと自分でやれるが子どもは大人にやってもらうためこうして待っているのだ。
 「おい、冠を忘れず持って行けよ。途中で取りに戻ると後の順に回されるからな」
 「分かった。外で待ってて」 
 人混みの間を縫ってジョセは外へ出て行った。
 体にぺたぺた絵具が塗られ、顔も鼻、頬、目と模様が描かれていく。こんなの初めてだった。タネおばさんの作ってくれた羽根冠を載せて完成。鏡を見てギョッとした。ジョセほど怖くはないな。でも少し垂れ目の自分の目が気にならないほど威嚇的に出来て満足だった。

 外で最後に出来たアマトを待って少年達は会場のバラム席に向かった。後ろでにぎやかな女子の声に振り向くと、色鮮やかな羽根飾りの頭が飛び交っていた。顔は男と違って花模様が描かれ口元や目が赤色に染まり少女達の周りは一段と華々しい空気が漂っているようだ。
 「おいおい、レイナだぜ……」女子集団に圧倒されたように突っ立ったままジョセ、ハント、アマトの三人は耳打ちしていた。普段なら軽く声を掛けるのに衣装が変わるとこうも女らしく見えてしまうのが不思議だった。
 「わあーかっこいい! 」
 男と違ってレイナ達はアマト達の姿を見つけて駆けよって来て、じろじろ眺めてきた。なんで平気なんだろ……近寄られて間近に女子の衣装が目についた。
 フワフワした羽根飾りに真っ赤な花を耳に着けその耳から平たい貝殻が何枚もぶら下がっている。腰には細かく裂かれた樹皮が厚く重なったスカートを付けていてそこにも色とりどりの花が飾られている。それになにか付けたのか花からか知らないが甘い匂いがぷんぷんだった。
 「うっへーくさいくさい! 」ジョセがレイナから顔をそらすようにして手を大げさに振った。
 「えっ? 臭いの」レイナが自分で腕を鼻に持って行って嗅いで「おかしいなーねえ、くさい? 」隣の女の子に同じように腕を出した。
 「ううん。いい匂いよ」
 「そうよねーそのはずよ。わたし香水たっぷり付けたんだから。ジョセの鼻、おかしいわよ」
 「そう近寄るなよ。俺その匂いが苦手なんだよ」
 ジョセが離れようと動き出したら「アマト―、ジョセ―いるの? 」
 パシカが手を引かれて着替え所から出て来た。
 「ねえ、見て。似合う? 」
 男達の戸惑いなどお構いなしだ。黙って逃げ出すわけにもいかなくなってしまった。そんなことしたら後からなんで、なんでとしつこく聞かれてしまう。

 「きれいでしょ」
 「う、うん……」と言ってからまた慌てて「きれいだよ」と言葉を足した。
 レイナ達と同じように着飾ってもらい、おまけにたっぷりの香水だ。
 「パシカ。アマトもすごいよ。怖いぐらいな顔になってるよ。羽根冠も勇ましくて格好いいよ」
 レイナがアマトの姿をパシカに言っているのを聞いたジョセやハントがにやにやしているのでバツが悪かった。
 「パシカ、ハーモニカがんばれよ。僕達もう行かなきゃな、ジョセ」
 「そうだ、そうだ。おい、イダスの連中のところへ行こうぜ」三人が駆けだそうとするのでレイナがびっくりして
 「まだ始らないわよ。村の席に行かないの? 」
 「ああ、ちょっとな。トミー達と話すことがあるんだ」

 話すことなんて本当はなにもない。このまま女子と村席までくっ付いていくのから逃れたかっただけだ。陽がまだ高く広場の中をうろうろしてるのは始まる準備している大人か鬼ごっこで走りまわっているチビ達だけだ。ぶらぶらして中央のトーテムポールまで来た。
 「人の顔だけど、おまえに似てるなって言われるんだ」一番上の顔を指差して「おれってあんないかつい顔してるか? 」ジョセはちょっと不満気だ。
 「わざわざ怖く彫ったんだぜ」
 「まあ、怒ったときなんかあんな感じだな」ハントが言った「おれの犬は反対に優しすぎるって言われたよ。しょうがないよな。モグのイメージだからな」
見上げた目が順に下がりながらアマトの魚の番になった。
 「苦手だといったけど魚らしいよ。うろこの感じなんかうまいもんじゃないか」ジョセにほめられて嬉しくなった。手豆だらけで痛かったけど彫っている間は夢中だった。 魚になった気分で楽しかったな。夜、パシカがアマトの掌を取っては傷にいいからと薬草を撫でつけてくれたくれたことを思い出した。しまった、さっきもっとほめてあげるべきだったな。素っ気なさすぎた。でもあんなに周りに女の子達がいる中で言うのはやっぱり無理だ。パシカには男の気持は分からないだろうな。ジョセがレイナに言った「臭い」というのも本心は違うと思うな。照れてるんだ。それがレイナには通じてない。

 陽が斜めに落ち始めてようやく暑さも和らいできた頃、広場が山の陰に入ると急に人が増え始めた。町が特別にバスを出し町や村の踊り手や観光客を運んでいるのだ。バラムとイダスの住民も離れて行った家族の親類や兄弟がやってくるので村の席は膨れ上がった。エリダも来ていた。祭り衣装はもう付けてないがおしゃれをしてきている。

 さあ、いよいよ始まる。さっきからポンポンと軽い太鼓の音が響き渡っていて大人が忙しそうに動き回っている。トーテムの周りを大きく囲むようにして踊り手と村人が円陣を組んだ。
 その円陣の中から二人の者がトーテムのところに進み出た。白装束に人の面をつけている。髪の白髪からして年寄のようだ。大きい方の一人が両手を広げた。
 「ようこそ、島人よ。また今宵、ご神木に宿る神々への祈りをささげる日が来た。われらの聖地はここなり。美しきマライの島に繁栄と島人の命を守る我らの神を称え、皆の衆よ、ともに語り合い歌い、踊り、飲み、トーテムに祈ろうぞ」
 それに応えるように「おおうー」と大勢の声が会場に広がった。
 「あの人と隣で並んでる人は誰? 」
 「イダスの占い爺さ。ほらトーテム彫る時祈った爺さんがいたろう。それと隣はアマトのよく知っている人物さ」
 「……占いをする人っていうと……えっ、占い婆なのか」
 「そうさ。この祭りの時だけはいつもああしてイダスの爺と並ぶのさ。一応、バラムの占い師となってるからな」
 「占い師ってどの村や町にも決まっているのか? 」
 「そうだよ」ジョセの代わりにハントが言った。
 「俺の母さんの妹がパモナって、ほら試合があった島の中心の町。そこの占い師と結婚したんだぜ」「でもな、今は行事の時しか占い師をやってないらしい。普通に働いて生活してる、って言ってたな」ハントがそう言うと今度はジョセがヒソヒソ声で
 「あの占い婆だってバラムの占い師ということになってるけど、名ばかしで村とは関係ないさ。インチキ婆って嫌われてるからな。イダスの占い爺とは大違いだ」
 「へー、あの爺さんは村の人と仲がいいのか? 」
 「イダスの占い爺っていえば島では有名なんだぞ。よく当たるって言うし、占い師らしい風格があるだろ。でも威張ってなくて優しんだ。島の占い師の代表になってるんだ。だから占い婆も本当は祭りの場に出たくないけど爺に逆らえないんだってよ」
 そういえば……突然、占い玉のことが浮かんだ。もう一ヶ月過ぎるころだ! 祭りの準備に気持ちが向いてすっかり忘れてた。
 あれほど気にしてたのにどうして今まで思い出しもしなかったのか……婆の占い玉は無事帰って来たのだろうか……そのことをジョセに聞こうとしたとたん『祈りの歌』が始まってしまった。
 全員の大合唱だ。腹の底に響いてくるほどの迫力で話など出来なかった。


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