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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第31回   31

 『国際宇宙局特捜隊』の部屋の中は興奮の渦に巻き込まれていた。隊長のガイの机に置かれた丸い石……占い婆から借り受けた玉だ。その玉をガイを中心に隊員が取り囲んでいた。
 ガイは玉の分析報告書と玉を交互に見つめていた。
 「もし、その報告書の通りだとしたら……」「この地球上の物ではないということですか……」ガイの隣で副隊長が言った。
 「成分としては鉄鉱石、それも磁鉄鉱にかなり近いが、なのに磁気が無い……質量がかなりあるのに玉じたいは軽い。整った円い形で存在しているのは自然にできたのではなく手が加えられたと見るべきだろう。今までに発見されている鉱物成分にない物だ。地球上の物ではない、と軽くは言えないが……不思議な石だ」
軽く断定できない、と口にしたガイだが内心では―地球外から持ち込まれたものだ―と確信していた。見れば見るほど引きつけられガイの気持は外面とは裏腹に異様に心がざわめいた。
 「借用期限まであと一週間ですがどうしますか」
 「……」
 「延ばしますか……」
 「……」
 ガイがなおも黙ったままなので沈黙が流れた。
 「いや、期限通りに返そう。その前に調べたいことがまだある。あの異様磁気の発生と関係しているかどうか……後二,三日待ってくれ」
 「はい、分かりました」
 ガイは部屋の壁の時計に目をやると玉を机の引き出しに入れてカギを掛けた。
 「今から私は重要な会議がある。みんな仕事の続きに戻ってくれ。副隊長は私と一緒に同行してくれたまえ」

 たいして広くない会議室にガイを含めて五名の人間が前のスクリーンに目を奪われていた。
 「みなさん周知のガス星雲『M七〇』です。この星雲の存在はすでに三十年前から知られていました。赤外線探査望遠鏡によってこの星雲は炭素ガスから成り立っていることが明らかになっています」
 スクリーンの画面を見ながら説明をしているのは国際宇宙科学部のハイツ博士だ。博士は次のボタンを押した。
 「これが三十年前の映像です。分かりにくいでしょうから現在のと色分けして重ねて見ます。どうですか。この通り、現在の色がはみ出ています。ということは大きくなっていると見えますがそうではありません。赤外線の届く時間が現在のが短いのです」
 画面がまた変わった。
 「このデーターをコンピューターにかけて地球からの距離をイメージしたものです」
 「おうっ……」とどよめきが起こった。
 ハイツ博士はどよめきと囁きのおさまるのを待って続けた。
 
 「世界の天文学者達が今ひそかにこの『M七〇』の動きを見張っています。このイメージ像は地球に届くまでを測定して約三百年後に到達となっています。ただしそれはこのままの速度の場合であり果たしてこの太陽系に向かってくるのかどうかも今のところはっきりとは断定できません。この星雲がなぜ移動しているのか。実際はどのくらいの規模のものかを地球に住む者として見過ごすことは出来ない存在です」
 ハイツ博士がおもむろに席に着くとじきに質問の声が上がった。『生物学、エミリー』のネームプレートが置かれている席から
 「仮にと断定してこの星雲の今の規模のままですと太陽系に達した時どのくらいの範囲が覆われるのですか? 」
 エミリーという女性学者がはきはきした声で言った。
 ハイツ博士は質問に対してまた立ち上がり
 「太陽系の半分は覆われることになるでしょう。あくまで想定の元ですが……」
 「半分も!……」周りの学者が驚いてお互い顔を見合わせた。
 「三百年後と考えるよりも二百年後と考えないと対応できないでしょう。国連として 対応策は考えているのですか? 」違う席からも質問が出た。『気象学、キムラ』とある。
 「対応として今考えているのは探査機を向かわせることです。まず、十分な調査が必要です。炭素ガス以外に含まれている物とか、物理的な質量とか動きをしっかり把握しなければ対応も出来ません」
 「まずは敵を知れ、ですな。それも早い方が良い。いったん動き出した膨大なエネルギーを押しとどめる力をまだわれわれ地球人は持っていない。探査機はいつを予定しているのかね」
 威厳に満ちた声の持ち主はヘンリー博士だ。一番の年配者でありながら贅肉の付かない締まった身体からは活気がみなぎっている。彼の専門は宇宙物理学だが異才な発言で周りを驚かせることでも有名だ。
 「星雲といえば、星の誕生する場所でもあるところですね。その『M七〇』の中にそれらしい星はあるのですか」
 ガイがそれまでの沈黙を破った。
 ガイがこの会議のメンバーに加わっていること事態、煙たがられていることは十分承知していて質問までしたのだからじろっと見られた。ヘンリ―博士だけはにやにやして 「それはおもしろい質問ですな。いやおもしろいは失礼した。興味深いことですな」
ガイは不快な顔もせず表情も変えなかった―慣れっこだ―
 異様な目で見られるのは今に始まったことではない。小さい時から……そうだ、小さい時からな。そこまで思ってガイはその先からのことを頭から締め出した。思い出したくもない―
 「今のところ星の存在もまた形成の兆候もありません」
 ハイツ博士は事務的に答えると、他にありませんか? と見回して
 「この件は極秘扱いとなっておりますことはみなさん御承知かと思いますが念のため申し上げます。われわれ科学者の及ぼす影響は多大なものがありますが、もっと恐ろしいのは人々の心です。うわさ、デマに惑わされ動かされる群集心理です。三 百年後がいつのまにか三年後と伝わり人類に絶望を与えどんな事態が起こるかは計り知れないものがあります。われわれは冷静に事態を見守り必要な時に必要な事柄だけを正確に伝える義務があります。この件はここに集まったみなさんと一部の天文学者のみで対応しているということをご承知置き下さい」
 秘密同盟の契約にサインを確認するかのようにハイツ博士は一人ひとりに頷いていった。
 「それでは今回の会合もこれで終了します。次回は探査機に搭載すべき調査内容を検討しますので時期が来ましたら召集いたします」
 解散を受けてそれぞれ科学者はお互いの研究について雑談をしながら会議室から出て行った。ガイは最後に出た。控室で待機していた副隊長がガイに近寄った。
 「お疲れさまでした」
 「ああ、まったくな……」
 「いつも不思議に思っていたのですが聞いてもよろしいでしょうか」
 「どんなことだ」
 「内容は分かりませんが、集まるメンバーは相当な科学者ばかりでそこに特捜隊というのは異質な気がします。それに隊長に対する彼らの視線が侮蔑してるように思えるのですが……」不満げな様子にガイは苦笑いしながら
 「その通りだ。彼らから見たら幼稚な存在なんだろう。だがいざ怪しい出来ごとが起きれば大事な戦力部隊だ。引け目など持たずどうどうとしておればよいのだ」
 その時、うしろで咳払いがした。
 振り返るとだれもいないと思っていたのにヘンリー博士がいた。
 「これは失礼。聞く気はなかったんだが聞こえてしまったんでね。わたしは君らを幼稚な部隊とは思ってはいないぞ」
 博士はそう言うとガイの横に立った「君の質問には同感だな。手足があるのが宇宙人とばかりは言えんからな。頭はあらゆる面から想像できる柔らかさが必要だ。案外宇宙人が操縦してるのかもしれんぞ。ハハハ……」
 ガイは内心、ほうーと感心して、笑いながら去っていく博士を見ていた。
 「あの方は誰ですか? 」
 「宇宙物理学者のヘンリー博士だ。私と同じ変わりもので通っている。この会合に我々を加えたのも彼だ」
 
 国際宇宙局特捜隊の任務をヘンリー博士は認めているのかもしれない。ガイは『M七〇』の動きに意識ある未知の存在を仮定してあの質問をした。そのガイの発想をヘンリー博士は理解したに違いない。
 「『国際宇宙局特捜隊』とは地球外生物の飛来に対応する国連の組織部隊だ。彼が必要と思ってのことだろう。私はいつもこの部隊の観点から物事をとらえ発言するつもりだ。あの占い婆の石も怪しいと思っている。地球上で起こっている不可思議な出来事を常に部隊の任務と結び付けて考えるんだ。副隊長として肝に銘じておくのだ」



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