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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第30回   松井の準備

  ドンドーラ ドンドーラ 樹に流れる命よ 大地のぬくもりよ
              風のささやきよ 水の喜びよ
  ドンドーラ ドンドーラ 我が魂の息づく 自然よ
              木よ 鳥よ 魚よ 
              光り輝く星になれ
              永久に流れる命の元へ
  ドンドーラ ドンドーラ その地に降り立つものの声を聞け
              歌い 踊り 喜びあおう
              すべての命を 分かち合う
              始めの彼方に 導かれ
              永久に続く 時となれ
  ドンドーラ ドンドーラ 歌おう 踊ろう 自然の喜びを
              分かち合おう 命を
              ドンドーラ ドンドーラ
              ドンドーラ ドンドーラ

 長老たちの重々しい祈りの歌と踊りが集会所の空き地で始まった。「ドンドーラ」のところは村人も一緒になってあぐらを組んで座ったまま両手を天に上げ地に伏す格好を取った。
 この時は飛び回るチビ達も親に頭を押さえつけられ神妙にならざるをえない。最後の 「ドンドーラ ドンドーラ……」の唱和が済んだとたん親の手がゆるみ弾け飛ぶようにまた駆けまわるのだ。
 「さあ、村の衆よ。祈りはとどけられた。祭りの準備じゃ。男衆、女衆、子どもたちよ、力を合わせて祭りを迎えよう! 」
 一段高い石の上でそう言っているのは村長のダセだ。村の長として代々「始め」の言葉を言うのがしきたりとして続けられている。言い終えてホッと気がゆるんだのか石段を降りる時つまずいてよろけた。
 「あれまあー昔は飛ぶ鳥のようにすばしこかったのにねー」「あの出っ腹をなんとかしないとねー」とタネとサキがヒソヒソ声で言った。
 「ジョセ……あの『ドンドーラ』ってどういう意味? 
 「うん? 意味って俺考えたことないな。お祈りの言葉なんだろ」そんなこと聞くアマトの方がめずらしいという顔で答えてきたのでアマトはそれ以上はなにも言わなかった。
 そんなアマトの沈黙にさすがにもうちょっと言わないと学がなさすぎると思ったらしく「ドン、というのはたぶん太鼓のことじゃないか。ほらドンドンだろ……」ジョセの言い分は確かに当たってるようで頷いてみた……では……
 「じゃあ、ドーラはなんなの? 」
 横からアマトの疑問をそっくりパシカが代わりに聞いて来た。パシカはジョセを困らせるつもりはない。分からないからただ聞いただけなのだ。それでジョセがどんな顔付になるかなどと気をもむこともないのだ。
 「ドーラか……ドン、が太鼓だろ?……そうなるとドーラは踊りという意味だな。ぴったりだ」
 当てずっぽうで言っているのが見え見えだな、とアマトは笑いをかみ殺した。
 「ふーん」ちょっと納得まではいかないようなパシカの返事が前にいる親達に聞こえたらしい。
 「なにをバカなこと言ってるんだよおまえは」サキが呆れたように息子に言った「教えてやったじゃないか、もう忘れたのかい」「いいかい、ドンドーラというのはね、天空の神様のことだよ。パシカ、すまないね、いい加減なジョセの言葉を忘れておくれ」
 「えっ? 母さん、俺そんなこと聞いたことないよ。いつ教えてくれたんだ」
 「いつって……そんなこと……いちいち言った日にちなど覚えてられないよ。小さい時から物覚えが悪いんだから……」サキは言いながらまた前に向き直ってしまった。
 「あれって、きっと俺に話したんじゃないと思うな。兄貴か姉さんだよ」アマトにだけ聞こえるように言ってきた。どっちにしてもジョセがいい加減な知恵を披露したのが引き金になったわけだ。
 「おーい、十二歳、十三歳の子はこっちに来いー」チームの監督と試合の付き人役だったティムが手を振り回して大声で呼んでいるのが見えた。
 「おい、行こうぜ」ジョセが立ち上がりながら言った。
 「ジョセ。アマトは初めてだから教えてあげてね」タネに言われてジョセが頷きながらアマトと一緒に向かった。

 山に入るのはこれで三回目だ。入口までの道のりはすっかり覚えていてアマトは迷わず灌木の中へと進んだ。ティムが先頭を行く。十二歳、十三才、つまり試合に出た七名の選手全員を引き連れてるわけだ。きょうの山入りはたいまつに使う樹脂採りと飾り用の羽根拾いだ。
 これはおまえたちに任された祭りの仕事だからな、と集会所で呼ばれた時に言われた。もっとチビ達は男達が採ってきたヤシの実の中から胚乳部分をこそげ取るのが仕事だ。それを陽に当て乾かし油を作り、夜通し祭りを照らすたいまつやろうそくに使う。
 
 「オウムの止まり木だ。羽根を見つけて来い」
 ティムが指差す枝はなるほど止まりやすいように横に伸びていて幹がほかの部分よりがりがりと皮がはがれている。
 ガイの隊員がオウムを見たのもここだ。
 「あった!」「あっ、見つけた! 」七人は草むらをかき分け目を凝らして探した。
 赤、黄、白、青のオウムの他にもインコやヒクイドリの羽根も混じってきれいだ。でも男が付ける荒々しい大きな羽根が欲しい。それはもっと山奥に入らないとなかなか手に入らない。
 ティオはさらに進んだ。占い婆の家あたりからもっと奥へ、ドゥルパの洞窟や工場跡を通り越し見上げるような高い木々が空を埋め尽くしてるところまでやって来た。ピーイピルルル、ヒューヒュー、チィチィチィ、ギイギイギイ、と鳥たちの鳴き声が絶え間なくこだまし、時々、魔物が笑ってるかのような気持ち悪い声にビクッとみんな顔を合わせた。奥に進むにつれますますいろんな鳴き声が入り混じってアマト達を驚かせたりした。
 「ほら、これだ。飴色のどろっとした樹脂が付いているだろ。それとこれもだ。こっちは乾いていてこびりついているんだ。受けてないと下に落ちて見つからない時もあるから気をつけろよ」そう言いながらジョセは器用に採っていく。
 「分かった。僕、あっちの木を見て来るよ」
 金魚のフンみたいにいつまでもくっ付いているのは情けない。一人前に働きたいのだ。その木にも樹脂が見つかった。しめしめと金具で削り始めたが底の方までしっかり採れなかったり、ボロッと下に落としてしまったりで意外と難しい。ほかの子はどうかなと見ると慣れた手つきで採った樹脂を容器に入れている。負けてられないや、気を取り直してなんとかうまく削ろうと手先に目を凝らし、落とさないようにと気持ちを集中してやってるうちになんとかコツが分かって来た。夢中だったのでジョセが叫んでいるのも気がつかなかった。突然、腕にバサッと長いものが落ちて来て腕に巻き付き始めた。
 「うわあーっ! 」
 長いものと思ったのはじき蛇だと分かった。振りほどこうとしても蛇は腕にしっかり巻き付いて締め上げて来た。裂けたような口からちろちろと牙が見える。
 「だいじょうぶだ。毒はないからな」駆け付けて来たティオが落ち着いて蛇の頭をつかんだ。ジョセ達も駆けつけて来て、アマトの腕を締め付けている蛇の胴をほどきにかかってくれた。
 「子どものニシキヘビでよかったな。大人だとアマトの身体などぐるっと一巻きにされてしまうぞ。それで締められたら終わりだな」とティムが蛇の頭を手に持ったまま笑って言ってきた。蛇の胴がぶらーんと垂れ下がっている。
 「俺、見たことある。オオトカゲが丸飲みされてたんだ。口がぱくっとこんなに大きく開いてびっくりしたよ」年下のリョンが両腕を大げさに広げて見せた。
 「俺も見たよ。蛙だったけど」レポンも言った「人でも襲われて丸飲みされたことがあるんだって……」
 「まあ、ニシキヘビは毒はないしおとなしい性格だから腹を空かしてなければ攻撃はめったにしてこないが、ちょっかい出していじめたりしたら向かって来るぞ。手を出さんことだな」ティムはそう言うと「それー、もっと大きくなれよ」と蛇を草むらに放り投げた。
 「さて、親蛇が怒って向って来ると大変だ。ここは退散とするか」
 「えっ、向かって来るの? 」みんな不安げな顔で見合った。その時、近くでガサッ 「ヒクイドリだ! それ、つかまえろー」ティオが叫んだ。
 ヒクイドリはうかつにも姿を見せたとたん襲われて逃げ出した。飛べない鳥だ。七面鳥に似ている。パタパタと走りだしたがバラムのタグラグビーチームにかかっては勝てない。あっけなく捕まってしまった。胴は黒くて細長い毛におおわれている。毛は祭りの飾りに使えるし、身は御馳走になるのだ。
 帰り道でも、オオギバトの頭にある冠羽根も見つけた。すーっと伸びた細い骨の先に透けるような青灰色のふわっとした羽根が広がって扇に似ている。
 「きょうの収穫はまあまあだな。あしたは男達に合う鷲の羽根を採りに行くからな」
 テイムには男子が思ってることが通じているようだ。

 集会所に帰ったら広場はヤシの葉が山のように積まれていて、女衆が輪になってその葉を木槌で叩いたりすいて紐にして編んだりしている。 
 小さな子達はもっぱら編む方らしい。その中にパシカがいた。見えないのにほかの子達と変わらず上手に編んでいる。
 アマト達が持ち帰った羽根を見ると「わあー」と女の子達が集まって来た。
 「きれい! 見て見て! 」頭に羽根をかざして騒ぎ始めた。母親のところに飛んで行って「母さん! これどう 」と見せてる子もいる。色とりどりの頭が乱舞してるみたいだ。でも……その中にパシカの姿はない。パシカは……と見ると、取り残されたように、編むのを止めたまま騒ぎの方を向いている。一人の女の子がパシカに走り寄り、なにやら話しかけながら、パシカの手に羽根を持たせた。オウムの羽根だ。パシカがその羽根をそっと撫でている。顔は微笑んではいるけれど……
 その様子を見ていて、アマトはなぜか胸がキューンと苦しくなった。あの頬笑みは言葉でしか分かっていないんだ……虹色のようにどんなにきれいでもパシカに色は見えない。見えたらどんなに喜ぶか……見せてやりたい! 

 ドンドコドンドコ、毎日太鼓の音が響くようになった。いよいよ祭りもあと2週間後だ。準備の間を縫って、踊りの練習もあり、村中が祭り一色になった。パシカも毎日ハーモニカの練習だ。毎晩太鼓で付きあわされたおかげでアマトも太鼓の腕が上がり、もう充分に太鼓衆に入れそうなぐらいだ。
 祭りも一週間後にせまった。アマトは初めて祭りの会場になる場所に行った。
 一時間ぐらい歩いて着いたそこは小高い丘のような場所でかなり広い。すでに草や灌木が刈られていた。
 「いったい何人ぐらい来るんだ? 広すぎないか」会場を見渡しながらアマトがジョセに聞いた。
 「隣村のイダスと合同の祭りなんだけど、マライの全部の村や町からも見物や踊り手がやって来るし、外人の観光客やカメラマンもやって来るんだ。けっこう有名な祭りなんだぞ」小さな村の自慢をひけらかすようにジョセが言った。だから村人がこんなにも張り切るのだ。
 「おっ、いるいる、あそこ。トミーだ」ジョセが広場の向こう側に大声を出しながら手を振ると、向こうも気が付いて「よお―」と答えて来た。イダスチームのメンバーだ。
 「十二歳以上は会場の準備を手伝うことになってるからな。大変なんだぜ。力仕事だからへとへとだ。でもトーテム作りは俺、好きだな。こう見えても彫るのは得意なんだ。色塗りもおもしろいぞ。アマトはトーテム作ったことあるの? 」
 「あるよ。僕の町にも祭りがあったから。祭りが近付くと学校でトーテム作りが始まるんだ。みんな家の前にそれを立てるから。でも僕は不器用で何を彫ったのか分からないって友達に笑われたよ」
 荒削りの力強い表情が彫れないのだ。細かい部分でこちょこちょやってるうちに形がおかしくなってしまう。笑われてからはトーテムは苦手になった。
 「ハハハー」ジョセが笑いながら「アマト、それじゃーここのトーテムは大変だ。大きいんだぜ。細かいとこにこだわってたら間に合わない。だいたんにそれらしく削ればいいんだよ。怖くて強そうな感じが出せればいいさ」
 「分かってるんだ。でもいざ彫ろうとすると出来ないんだよ」
 「あっ、ほら、見ろよ。今運ばれてる木を」
 「うん? ああ、あれ」
 大人が五,六人で大木を担いでいる。
 「たぶんあれが中心のご神木だ。広場の中央に立つんだ。大きいだろう! あの木はこのあたりの山にしかないんだ。俺達あれに彫るんだぜ。わくわくするな」
 ジョセが言った通りそのご神木の彫刻をバラムとイダスの少年達に任された。
 ご神木の前に並び、彫る前の『樹の祈り』の儀式が行われた。一人のお爺さんが進み出て、樹に手を当てたり、流れるように撫でたりしている。
 「あのお爺さんはだれなの?」神妙に見つめているジョセにそっと聞いた。
 「イダスの占い爺だ」

 直接大木に彫っていく作業は大変だった。すごい重労働だ。儀式が終わると、すぐに取りかかり始めた。一週間で彫って、色を付けなくてはいけない。鋸やノミ、金槌を使い分けながら図面とにらめっこだ。魚、鳥、人、動物の顔や格好を幹の表面一杯に彫っていくのだ。ジョセは得意と言っただけあって一番面倒で難しい人の顔を受け持った。
「アマトは何を彫るの? 」聞きたがり屋、知りたがり屋のパシカが初日から帰ったアマトにさっそく聞いて来 
 「えーっ、魚なの! ねえ、動物にしてよ。わたし動物だったらクロをモデルにして欲しかったんだけどな……」
 パシカに名を言われたクロが顔を上げたのでアマトの目とかち合った。犬か……魚より難しい顔だな。耳や鼻は飛び出てて面倒だぞ……絶対魚のが簡単だ。観察されてる、と感じ取ったのかクロはじきに顔を落として下を向いてしまった。
 「僕はだめだよ。犬はハントがやるんだ。ほら、モグって言う犬を飼ってるだろ。その顔を彫るんだって、もう張り切ってたから」モグがいて助かった。苦手だなんて言いたくないからな。
 「えー、そうなの。残念ね。わたし、いつかクロをと願ってるの。いつもわたしを守ってくれてるでしょ。だからご神木にクロを守ってもらえるようにってお願いしたいの。今年は無理でも、アマト、お願い、いつかクロを彫ってあげて」
 パシカが思ってることの意味がわかって、アマトは頭をガーンと殴られたようになった。自分が恥ずかしくなった。自分は簡単かどうかで選んでいた。彫ることの意味すら考えることなくただ姿かたちを表現させればいいんだと軽く考えていたのに……パシカにとっては大切な祈りなんだ。
 トーテムって祈りを込めて彫るものなんだ……昔の人には崇高な儀式だったんだろうな。パシカのお陰でようやくアマトはご神木に並ばされ、占い爺の祈りの儀式の意味が分かった気がした。
 魚で良かった、なんて軽く考えちゃいけないんだ。僕達の大事な食となってくれているとても大事な存在なんだ。そのことに感謝を込めて彫らなくては……下手でもいい。できるだけ魚らしく彫ってあげよう……そうだ!
 「タネおばさん、明日の朝早く、僕浜に行って来るよ。魚を見たいんだ」口、目、顔、うろこ、見慣れていてもいざ絵にした時、こんなもんかな? としか描けなかった……もっとよく触って形をとらえたい。口の中や、うろこの並び方はどうなってるのか。背びれ、尾びれがどう付いているのか。
 「パシカ、ありがとう。パシカの今の言葉で、僕やる気が起きたよ。正直に言うとね、魚を選んだのは一番簡単そうだからなんだ。でも大切なのは形じゃなくて、感謝やお礼の気持ちなんだね。魚、と軽く考えてたけどしっかり彫ってあげたいと思えるようになったんだ。クロは来年だ。僕、十四才になってしまうけど彫らしてくれるよう頼んでみるよ」
 「ほんとう! うれしい! 」パシカはクロの頭に手を置いて優しく撫でながら「クロ、聞いた、今年は無理だけど、来年は彫ってもらえるのよ」
 喜びが伝わるかのようにクロも顔を上げ、尾っぽを振っている。アマトと目があっても今度はそのまま嬉しそうに見て来ている。まるで値踏みするようなさっきの僕の目付きと今のとでは雲泥の差だ。今の僕なら受け入れてくれている……うん! この気持を忘れないで彫るんだ……


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