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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第3回   3
端に避けたので、博士一行は無事、待合室を通り抜けることが出来た。そのまま病院の裏口に直行し、道路で待機していた乗用車に乗り込んだ。
「まずは無事に脱出成功! 」
乗用車が出発すると男は助手席で安堵の声を上げた。
後ろの席で、博士は妻の肩に腕を廻しながら,どういう訳でこんな芝居をしたのか聞いた。博士が連れて行かれた後、数日して、ケーシー博士の使いだと、今、助手席の男が訪ねて来て、すでにラファン博士が連れて行かれたことを知って、救い出す方法として今回の芝居を考えたという。
「そうかー、芝居には思えぬ演技だったよ、アマトは本当に痛そうだったな」
「うん、僕本当に痛いんだ、って思うようにしたんだ。だって、もし嘘だとわかったら怖くって……真剣だったんだよ」
「ありがとう。よく頑張ったな」
博士は、アマトの頭をやさしく撫でた。
「博士、これからの行動についてですが」
助手席の男が、後ろの博士に顔を向けて来た。
「実はケーシー博士が、明後日、マライ島に、国連の保健局に同行して、視察に見えます」
「ほう、マライ島にですか」
「ええ、」
「もしかして、例の身体異常者発生の調査ですか」
「そうです。それで,マライ島にこれから渡るわけですが、マライ側に面している内海は警備艇が巡回しており、危険です。博士の逃亡が発覚するのも時間の問題ですので、そうなると検問が張られるでしょう。大廻りになりますが反対の外洋から迂回してマライに渡ることにしました。」
男がそう話している間にも、乗用車は寂れた漁村に入っていた。
「一人の漁師がボートでマライに渡ってくれます。マライのバラムという村に着きますので、明日の朝、ダセと言う村長を訪ねて下さい。彼がケーシー博士に引き合わせてくれるでしょう」
「あなた方は一緒に行かないのですか」
「ええ、ひょっとして外洋に警備艇が来るかもしれません。出来るだけ目立たない小さな船のほうがいいのです」
「そうですか……分りました」
やがて、乗用車は民家のまったく無い海岸に止まった。
「ここです。降りてください」
男は先に降りて、足元だけ分りやすいように、小さな懐中電灯で照らしてくれた。こんもりした木々の間を抜けると、海水が入り込んでいる突堤に出た。
男が電灯を二,三回点灯させた。すると真っ暗な海に、ボートが現れた。モーターが付いてはいるが男の言うとおり小さくて、博士一家だけで精一杯だった。
「おい、手筈通りに頼むよ」
男はボートを操縦している者に声をかけた。
「へい」
暗がりで年恰好がよく分らないが、返事の声からして、少し年寄りじみた、小柄な漁師のようだ。
「では、博士、ご無事で」
「いろいろとありがとう」
博士に続いて、妻のレア、アマトもお礼を言うと、ボートは小さなモーター音を立て、海岸から離れ始めた。

ボートはゆっくりゆっくり暗い海を進んだ。
「この辺りは浅瀬だで、警備艇は入れないからまだ安心だが、深い外洋に出たら周りをよく見てておくんなせい」
漁師はそれだけ言うと黙って海に目を向けたままだった。
アマトは静かな沈黙と、吸い込まれそうな真っ暗な海が怖くなり父親の手を強く握り締めた。
「父さん……あの漁師さんは、こんな暗いのに方角が分るの?」
アマトはずっとこの事が気になっていた。広い海でしかもこんなに暗くって、迷わないのかな……
「大丈夫だよ、漁師さんは海には詳しいのだから……ほら、向こうの方を見てごらん、灯台の灯りが回ってるのが見えるだろう、あれが島の先端の岬だ。」
あの岬の向こう側がマタイの内海になる。警備艇がどこまで巡回してくるのかが心配だ。
アマトは灯台の灯りに時々薄暗く映る島影を見つめた。昨日まで普通に暮らしてた島なのに……それに……ああそうだ、今度の日曜日はラグビーの試合だったんだ! 何てことだ! やっとレギュラーになれたのに──
島の子ども達のスポーツといえばタグラグビーだ。大人のそれとは違って身体でぶつかり合うのは禁止。タグという紐を腰に付けてその紐を取られたらボールをパスしなくてはいけないのだ。アマトの身体は少し華奢に出来ていて、激しく動き回るには不利だ。でも楽しくって、大好きで、小さい時から少年チームに入っていたが、一向に上手くならず、それでも、努力してようやく、この試合の選手になれたのだ。
アマトはがっくりし、悔しかった。どうしてこんなことになってしまったのか、と父さんに聞きたい!──でも、今はそれどころではない。とアマトは自分に言い聞かせて我慢した。
「ダンナ」と漁師が博士を呼んだ。
「見なせい、警備艇だ」
漁師に言われて、内海側を見ると、点々とライトが見えた。
「わしは、ときどきこうしてマライに渡ってるが、こんな時間に警備艇が出てることはまずなかったな……ダンナ達を探してるに違いねえ」
「ここまで見回りに来るかね?」
「普段には来ねえだが……気をつけて見てて下せい」
ボートはマタイの内海の外回りに入った。警備艇が何隻かライトを海に向けているのが分った。
「うーん、ちょっとまずいかな……」
漁師がつぶやいた。
一隻の警備艇がこちら側にライトを向けながらやって来るのが見えた。
ここまで来るのか──博士達は息を詰めて警備艇の動きを見守った。
ボートのモーター音が止んだ……
漁師が屈んで何かを出し始めた。
「さあ、これをボートごとスッポリ被せますんで広げてくんなせい」
それは黒いビニールシートだった。
博士達は、頭上にそのシートを広げボートの底に這いつくばった。
これなら暗い海と同じに見えるに違いないだろう。
警備艇の音がかすかに聞こえる……アマトの心臓は破裂寸前にまで高鳴っている……見つかりませんように!
「今,明かりを遠くに向けて照らし始めたようだ」
漁師が、低い声で言った
「あっ,こりゃあ届くかな……ちょっと動かないでくんなせい──」
漁師はそう言うと、シートーから少し出していた顔を引っ込めた。
シーンとした中で警備艇の音だけがしている──実際は微かな音なのに──とても近くに感じてしまう……全身が耳になったような気がする……照らされているのかどうかも分らない……なんて長い時間だ!アマトはそれは耐え難ほどい長い時間に感じた。
「おお、やれやれ、行ったみてえだ」
ほっとしたような漁師の声がした。そしてごそごそ動き始めたようだ。ラファン博士もシートから顔を出した。
「アマト、レア、もう大丈夫だよ」
そう言われてアマトはやっと恐怖から上げられなかった顔を起こすことが出来た。
「警備艇は行ったの?」
「ああ、もう安心だよ」
「怖かったわ、もう駄目かと思ったわ」
「済まない、お前達にこんな思いをさせてしまって」


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