バラムの集会所にほとんどの村人が集まって来た。 村始まって以来の快挙に、さっそく祝勝会が開かれたのだ。ただアマトのことがあって、手放しで喜んでばかりはいられなかった。
「ケーシー博士に連絡しておいたが、クラノスがこれであきらめたかどうか……また狙って来るかもしれん。村のみんなで守っていかんとな」 「村にいる限りはだいじょうぶだろう。外から村に入るには船か、一本しか通じてない道を車で来るしかないからな。よそ者はすぐ分かるさ」 大人達は御馳走をつつきながらヤシ酒をあおり、陽気に騒ぎながらアマトをどう守っていくかとか、近づくミセの祭りの準備の話しから、誰それの家の息子が就職できたのとか、男衆や女衆のにぎやかな輪があちこちで出来ていた。その間、子どもたちはジョセのしゃべる試合の様子に聞き入っていた。
「いいか、俺たちはこれで終わりだ。今度はおまえたちの番だからな、よく聞けよ。小さな村のチームだからって弱腰になるな。戦い方次第で勝つことが出来るってことがこの試合で分かった。練習するんだ。状況判断できること。すぐ動けるようにすること、これが大事なんだ……」
ジョセが熱っぽく語ると、うんうんと小さな子達が首を大きく頷かせ、尊敬の眼差しを向けて来る。アマトもハントもこの子達にはヒーローだ。 「リョン、ニフ、レポン、マイラ、頑張れよ。今度はおまえたちが主役だからな」 ジョセに励まされた四人が固く誓いあうように大きく頷く。目が輝いている。やる気充分だ。これなら安心して後を任せられそうだ。
昼から始まった祝勝会も夕闇が近づくころには女達は夫を残して先に帰るため立ち上がり始めた。 外で鬼ごっこで走りまわったり、貝殻遊びや石けりなどで遊んでいた子どもたちはそれぞれ呼ばれてしぶしぶ「じゃあな」と母親のあとを追っかけた。 「アマト、ジョセ、パシカ―帰るよ―」 呼ばれて三人は仕方なく、先に歩き始めたサキとタネの後に付いた。
「終わったな……」ぽつりとジョセが言った。 「うん……終わったね」アマトも頷いた。勝利の余韻がまだ少し残ってはいるがこれで練習に汗流すことも無くなった……ぽっかりと心に空洞が出来た感じだ。 「ねえねえ、ジョセもアマトも上の学校に行ったらラグビー部に入るの? 」 アマトの手に引かれたパシカが突然聞いた。パシカの手を握ることに始めはぎこちない気分が付きまとっていたがいつのまにかあたりまえになって自然と手を取っている。 期待に満ちたパシカの声に「うーん」とはっきりとは答えられなかった。町の子達の試合が目に焼き付いている。あんな筋骨たくましい奴らと張り合えるのだろうか。子ども向けタグラグビーと違って本格的なラグビーに変わるのだ。身体ごとぶつかりあい取り合いの闘いだ。
「パシカ、上には上がいるんだ。あいつらからみれば俺達はまだまだひよっこだよ……そりゃあ、俺はやりたいと思ってるがな。迷ってるんだ。アマトはどうする? 」 「えっ……僕? まだちょっと考えてなかった……」 実際そうだった。それよりも先にやらねばならぬことがあるんだ。自分が上の学校に行くということすら忘れてた。 「後、半年で学校にあがるんだけど、アマトはどうするの? うちのジョセは寮に入る予定だけどアマトも一緒に行く? 」サキが振り向いて言って来たことでアマトはドキッとした。 そうか……後半年しかないのだ。それまでに球体を天蓋に嵌めなければ― アマトは自分がなぜこんなにあの球体に固執するのかが不思議だった。自分とは関係ないことなのに気になって仕方がない。おかしいな。夢にこだわり過ぎている……
「アマト、だいじょうぶよ。学校や寮に入るのも村の子と同じように無料で行けるからね。遠慮せず行っていいのよ」 タネはアマトが黙ったままなのでお金の心配をしているのかなと思ったらしい。 「必要なお金はケーシー博士が出してくれるそうだからね。でももしケーシー博士の進めるスイスに行きたかったらそれでもいいのよ」 「えーっ、アマト、スイスに行っちゃうのーそんなのいやよ! 」 パシカが足を止め「嫌だ―」と手を引っ張って来た。 「パシカ……そんなわがまま言っちゃだめよ。アマトのためになることが一番なんだからね」母親にたしなめられてもパシカは足をバタバタさせて「いやよー。お兄さんができたのにまた一人になるなんて……」言い終わる前から涙声になってしゃくり始めてしまった。 「まあまあ、タネさん、急に言われたらパシカもそりゃあ悲しいわよ。じっくりと話し合わなくっちゃ」サキが取りなす言葉もパシカは耳に入らないようだ。クロがそんなパシカを見て犬なりに悲しみが伝わったようで「クーン」と鳴いてパシカにすり寄っている。
「パシカ。だいじょうぶだよ。僕はスイスには行かないから……」 「まあ、アマト……パシカのために犠牲になることはないのよ。自分のことなんだから無理しないで行ってもいいのよ」 「ううん、おばさん。僕本当にこの島にいたいんだ。バラムの村の人とも別れたくないし、ジョセ達と同じ学校に行きたいんだよ」 本心だ。島を離れたくないのだ。
「よかった! 」ジョセが喜んだ「俺、母さんに止められて誘わなかったけど、一緒に行って欲しかったんだ。おい、アマト、学校上がったらラグビーやろうぜ」 弾けたジョセの声に泣きべそのパシカが笑顔になり「よかった―」と言ってさっさと歩き始めた。こういうところがパシカらしい。後を引くこともなくパッパッと気持ちが切り換えられるのだ。うらやましい性格だな。僕はちょっと考え過ぎちゃうのかこうはいかない。一緒に暮らしてみてそういう自分に気がついたんだけど。
その夜、パシカのハーモニカの練習に付き合って、アマトは丸太をくりぬいて片方はトカゲの皮を張った太鼓でリズムを取った。軽い木で作ってあるのでポンポンと軽やかな音が出るのだ。 「うまくなったね」 実際、パシカの音感は鋭い。クロに負けずと劣らない。目が見えない分、音を聞き分ける力が普通以上に身についたんだろう。 「アマト、そこ叩き過ぎ。それに音、こうもっと軽やかに出ないの」 「そうかなあ―ちゃんとやってるけど……」 「ちょっと、貸して」 声と手が一緒に出て来た。アマトが持たせてやると「こうね」とポンポコポンポコ叩き始めた。聞くと確かに自分のよりリズミカルだ。ちょっとしゃくだ。 「まあ、にぎやかだね」タネがやってきてヤシの実をくりぬいて出来た容器を持って来てテーブルに置いた。何だろうと覗くと、貝殻が入っている。名前は知らないが小さな巻貝や平べったいの。色も白、薄いピンク、紫っぽいのといろいろある。
「これなに? 」 パシカも叩くのをやめて、テーブルの上に手を這わせ容器に触れると中に手を入れた。 「これはね、祭りのときに被る帽子の飾りに使うのよ。ヘアーバンドの部分にこれを縫い付けてそこに鳥の羽や動物の毛を差し込んでいくの。この平たい貝は穴を空けて首飾りや腰みのに付けたりするのよ」 テーブルの上に貝が並んでいく。 「母さん、わたしのなの? 」 「そうよ。それにアマトのもね」 「わあー、母さん、わたし、、羽根はふわふわしたのがいいな。色はわたしには分からないけど、きれいな色にして」 「それはアマトにお願いした方がいいよ」 「えっ?……僕」 「あっ、アマトは初めてだったね。祭りの準備は村中でするんだよ。女は頭や腰に着ける物を編んだりそこに貝や羽根を付けてね。男は山に羽根飾りになる鳥や動物の毛を取りに行くんだよ。そのうち行くからジョセに分からないことは聞くといいよ」 「アマト、わたしオウムの羽根がいいな。それとフウチョウ! みんながきれいだよって言ってたわ。赤や青や白、緑とほかにもあってとってもきれいだって。ねえねえアマトも一緒に付けようよ」 「えー、僕はそんなふわふわは嫌だよ。強そうな鷲とかコク蝶の羽根がいいな。勇ましくて格好いいのが。でも、おばさん、飛んでるのを取るなんて出来るの? 」 「まさかー。いくらアマトの足が早くても捕まえるのは無理ね。落ちてるのを拾うのよ」 「鷲の羽根が落ちてるかなー」 「心配ないよ。毎年行き慣れている男衆がどこにどんな羽根があるか知ってるから、聞いて行けばいいから」 「僕とパシカとおばさんの分を取ってくればいいんだね。おばさんは何の羽根がいいの」 「まあ―アマトったら」笑いながら「残念だけど、わたしら女衆は御馳走作りに大忙しで羽根飾りなんか付けてられないよ」 おばさんはクスクスとまだ笑いを残しながら貝殻を並べだした「こうがいいかな……ここはピンクのを入れて……」 フンフンと祭りの歌を口ずさみだし貝をあっちこっち並べ替え、それがいかにも楽しそうだ。 「パシカ、これ耳にどう? 」 おばさんはパシカの耳に丸くて白い平たい貝を当ててみた。 「うーん、すてき。パシカきれいだよ。これを耳飾りにしようね」 「そう。アマト、どう? 似合う? 」パシカに聞かれて迷った。女の子の飾りを似合うかどうかなんてどうやって決めたらいいんだろう。
「う、うん……いいよ。きれいだよ」貝は実際きれいだったのでそう答えた。パシカはそれで満足そうににっこりしてくれた。 「おばさん、それなんという貝なの?」 「これ、白蝶貝っていうの。なかなか見つからないのよ」 数少ない貴重品を娘に飾れるのがよほど嬉しいようだ。なんども耳に当てては「こうがいいかな、長さはどれくらいかな……」と見入っている。それは良しとして「アマト、どう」と意見を聞いてくるのはやめて欲しい。二,三ミリ長かろうと前側か後ろ側だろうとたいして変わらない気がするけどな……こんなことに夢中になる方のが不思議だ。 「あれっ、母さん。焦げ臭いわよ! 」 「えっ?……あっ! いけない! 煮詰まりすぎちゃったかな」 外のかまどにおばさんが慌てて走って行った。やれやれこれで解放された。パシカの嗅覚に感謝だ。 「あれまあ!」とおばさんの叫び声が聞こえた。そのあともぶつぶつ言ってるようだ。 「いやだー、アマト、明日の朝はお焦げよ」顔をしかめてパシカが言った。 「うへっ! 」いかにもまずそうな声がアマトの口から出たのでそれがおかしかったらしくパシカがゲラゲラ笑いだした。
油がそろそろ切れそうだからとおばさんが寝るように言って来た。マタイの僕の町は電気だったので、始めは薄暗い明りとさっさと寝る生活に閉口したけれどすっかり慣れた。 マライでも町やその近くの村は電気が来てるがバラムは一番離れた村なのでまだまだ先の話だという。わたしには関係ないことだわ、と無関心だったパシカだったが電気は明りだけでなく洗濯を機械で出来るしなにより冷蔵庫が使えれば冷やしたり凍らしたりできるのだ。それを知ってからは電気に一番焦がれ「電気が来ればー」をやたら口にしてまるで電気が来さえすれば、料理も服もなにもかも機械で作れるようになると思っているようだ。
布団に横になり目を閉じるのだがなかなか寝付けない。遠くの林の中で夜を待ってたような鳥の声がこだましている……その鳥の羽根はどんなだろう……クラノスはまた僕を狙って来るのかな……球体が帰って来るのは後何日だっけ……など、とりとめもない思いが浮かんでは消え、なんとなくまどろみ始めていたらしい。耳のすぐ近くでパシカがささやいて来たのにびっくりして目が覚めた。いつの間に仕切りのカーテンから入って来たんだろう。
「ど、どうしたの? 」暗くてパシカの表情が分からない。 パシカは寝台に腰掛けてアマトの手に触れると握ってきた。 「アマト……ごめんね。本当はスイスに行きたいのよね……」しんみりとした声だ 「わたし、自分のことしか考えてなかったわ。布団に入ってからよく考えたのよ。母さんの言うようにわたしのわがままだって分かったの……」そう言うと少し間を置いて 「わたし、アマトが行っちゃたらとっても寂しいけれど、我慢するわ。でも、時々は帰って来てね」 今にも泣きそうなのをこらえてるようで声が詰まっている。
なーんだ、パシカは―。まるで僕が行きたいのを我慢してるんだと決めつけてるじゃないか。そう思うと可笑しくて笑いそうになったが、真剣にに考えて自分を抑えて言ってきたのだ。軽々しくは笑えないぞ。「なーんだ」ともうちょっとで言いそうだった言葉をぐっと飲み込んだ。 「パシカ」 身体を半分起こして声をかけた。暗闇にようやく目が慣れて来てパシカの姿が見分けられるようになったので腰掛けているパシカの肩にそっと手を添えた。 「バカだなあ―、パシカは。僕は本当にこの島にいたいんだよ。独りぼっちになった僕に優しくしてくれるバラムの村が大好きさ。ジョセ、ハントと一緒の学校に行くのを楽しみにしてるんだから」 「ほんとう? 」 「ほんとうのほんとうだ。僕は島の学校に行く。約束出来るよ。もしスイスでもっと学びたくなったら進級するときに考えればいい。今は行く気はないからね」 「ほんとうなのね。信じてもいいのね?……わたしのせいじゃないのね」 「ああ、パシカが怖くていかないんじゃないよ」 「えっ? 怖い……まあ! ひどい! わたし怖がらせることなんかしてないわよ」 「うそうそ、じょうだんだよ。パシカは明るくって元気でお茶目で僕にとって最高の妹だよ」 「妹? 嬉しい! そう思ってくれてたんだ。わたし、ジョセの家みたいに兄第が欲しかったの。でも、わたしの小さい時にお父さんが亡くなったでしょ。母さんが兄弟は無理だからねって言ったわ。母さんになんどもせがんで困らせたんだって」しおらしくしていたのが嘘のように一気にしゃべってきた。 「アマトがお兄さんになってくれて、わたし、ほんとうに嬉しい! 」そう言って飛びついて来た。 パシカの重みで倒れそうになるのをなんとか支え 「おいおい、重たいよ」 そうは言ったもののパシカの気持がよくわかった。僕も小さいころそうだった。近所の赤ちゃんを見ると、僕にも欲しい、妹か弟が欲しい、と母さんにせがんだりした。パシカと同じだ。父さんと母さんがいなくなって、独りぼっちになってしまった時、タネおばさんの優しさにどんなになぐさめられたことか。寂しさに泣きたくなる時もあったけど、陽気なパシカが近くにいて立ち直れたことも何度かあった。
「パシカ……」パシカの頭を撫でながら「僕こそ、パシカのような妹が出来てとっても嬉しいと思ってるんだ」 パシカは僕の気持が分かってすっかり安心したのか、まるで猫のように僕の腕の中で甘えているようだ。 「さあ、もう寝に行こうな」 パシカを立ち上がらせてカーテンから出るとクロがいた。 「クロ、おまえもおいで」 パシカが布団に入るのを見届けてから自分のところに戻り、今度こそ寝ようと布団にもぐったものの目が冴えてしまった。 嬉しさに飛びついて来たパシカのぬくもりがまだ腕に残っている……可愛いな……兄になるというのもいいものだな。しっかりしなくっちゃ。 一人っ子の時には感じたこともない、兄として下の兄弟を守るという感情がふつふつと心に湧き、アマトはなんだか誇らしい気分だった。男手がいないので苦労しているタネおばさんを見るにつけ早く一人前になって、助けてあげたいとも思う。ヤシの木に登って実を取ったり、漁に出たりしたらタネおばさんやパシカが喜ぶだろうな……そうだ! 僕がこの家の男手になろう―この考えにアマトの心は崇高な思いに満たされ、気持ち良い眠りにつくのに充分な条件になった。おかげで朝までぐっすり寝込み、タネの声で目が覚めた時にはすでに陽がこうこうと昇っていた。
「さあさあ、二人ともいつまでも寝てないで。ミセの祭りのお祈りに集会所に集まるんだからね」 タネおばさんがいかにもやっつけ仕事のようにテーブルに皿を置き、鍋から煮物をぶち込んでる。黒っぽい物がちらっと見えた。とたんに昨夜のおばさんの悲鳴を思い出し、おばさんの不機嫌さを知った。パシカも匂いでそれが分かったみたいで 「……でしょ」とおばさんに分からないように後ろからそっと小突いて来た。 「食べるしかないね……」ぼそっとパシカに耳打ちして二人は黙って食べ出した。文句など言ったらおばさんに火を付けるようなものだ。せいぜい無言の抵抗で二人の気持をしめすのが精一杯だ。
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