こん睡するアマトの状態に靄は解明を急いだ。このままだと海に連れ去られるようだ。今。ドゥルパの洞窟から遠く離れることは防がねば…… 脳から筋肉への指令や思考の働きをする電気が神経細胞から流れていない……身体を休めるための自然睡眠とは明らかに違う。意識を止める物質が脳血管から流れたようだ。ヒトは人工的にこんな物質を作り出しているのか。 靄は意識に働きかける電気を流し始めた。
〈アマト……アマト聞こえるかい〉 ──うーん…… 〈アマト、起きなさい。君は今、危ない目に会っている。逃げるんだ〉 ──……危ない目? って言ったような…… 後部席に投げ込まれたアマトの意識が少しずつ戻ってきた。
「小僧を見られるとまずいですぜ」 「そうだな……まだ目は覚めないだろうが乗せる前に縛って網で包んだ方がいいかな」 どこか遠くでそんな会話をしてるようだ……小僧って誰のこと?……マライの漁船? 考えているうちにアマトの意識がはっきり戻ってきた。さっきの会話も前から聞こえて来たんだ。 おかしいな……みんなとアイスクリームを食べに向かってたはずなのに― アマトはそっと薄眼を開けてみた。両隣にいたはずのジョセやハントも後ろの者もだれもいない。自分一人だけが座席に倒れていた。車も違った。前に二人の男が座ってしゃべっている。どうなってるんだ? 起き上がろうとして考え直した。ようやく事情がつながって来た。縛り上げる小僧とは僕のことだ! 「クラノス首長もどうしてここまでして小僧が欲しいんですかね」 「分からん……父親の脱走と関係してるかもしれん」 クラノスだって! 心臓が飛び出そうだった。こいつらクラノスの手下なんだ。マタイに連れて行かれる! 船に乗せられたら逃げられない……どうしよう…… アマトは前の席を隙間から盗み見た。──あっ、あの男は― 運転している男はエリダの彼だ。服装やわずかに見える横顔。サングラスをかけていないが間違いなく彼だ。どういうことだろう……あの時……みんなで窓から見える店を眺めてワイワイ言ってたよな。それで……そうだ! 急に眠くなったんだ。ジョセもハントもそうだ。おかしい……そういえば、乾杯の写真を撮るからってジュースを飲んだよな…… 彼からのお祝いだってエリダが言ってた。ひょっとして、そのジュースに眠くなるような物をいれられてたんじゃないか。きっとそうだ。みんな眠らされたんだ! 僕を浚うために! このままだと僕はマタイに連れて行かれるんだ! 逃げなきゃ― アマトは気付かれないようにそっと頭を起こし、横の窓から外をのぞいた。みんなで興奮してた店通りはまったく見当たらずヤシの木や灌木ばかりだ。もう海に近いのかもしれない。どうやって逃げようか……
「あそこにいますぜ」助手席のパラクが浜で停泊してるボートを指差した。 「うーん、まずいな……いかだで遊んでるガキ達がいるぞ…もう少し船を遠くへ移動できないのか?」 「ちぇっ、ガキどもめ。さっきまではいなかったんだが。この先は浜がないので移動はちょっと無理なんですよ……どうします」 「しかたがないな。あまり時間もない。小僧が目を覚ますと厄介だ。ここで網にくるんで分からんように担いで乗せ込むか」 ネルスがブレーキを踏み始めた。 ──今だ! チャンスはこれしかない― 車が完全に止まる前にドアをパッと開け、道脇の草むらの中に転がり込んだ。 「あっ! 小僧!」ネルスの怒鳴り声が聞こえた。飛び降りたはずみに肩を打って痛かったがうずくまってなどおれない。すぐに走りだした。道の向こうに二,三軒の家が見えた。畑に人もいる。なんとかそこまで走るんだ― 車から慌てて降りて来た男達が追ってきた。 「助けて― 」大声で叫びながら走った。こっちに気がついて― 足がもつれて転びそうだった。でも走った。心臓が破裂しそうだ― 畑の人達が顔をこちらに向けたのが分かった。 「助けてー」その顔に向かって声の限り叫び続けた。最初は何事かと思って見ていたに違いない。でも異常に気がついたようで持っていた鍬を放ってアマトの方に駆けて来始めた。―助かる! アマトは走りながら後ろを振り返った。追ってきた二人が立ち止りアマトを睨んで来たが踵を返して逃げ始めた。そして浜で待機してるボートに向かって行った。 「どうしたんだ! 」畑の人が倒れかけたアマトを支えて聞いた。 「ぼっ、僕さらわれて来たんだ―」息を切らしてなんとか答えた。畑の人が逃げて行く男達に目を向けると、二人の男はすでにボートに乗り込んでいた。もう追うことは不可能だ。 「お願いです! 僕の友達たちが車の中に眠らされたまま置き去りになってるのです。助けて! 」 アマトはそう言うのが精一杯で言い終えたとたん意識が遠のくのが分かった……
どのくらい眠っていたのだろう……「アマト……アマト」という声に呼び覚まされ、目を開けると目の前に仲間達の顔が覗き込んでいた。 「あっ、気がついた! 」 「アマト! 」 抱きついて来たのはパシカだ。抱きつかれて横向きに落ちそうになってようやくここがバスの中だということが分かった。バスの座席に横たわっていたのだ。 「あれ……みんな、助かったの? 」 「うん、アマトが僕達のことを知らせてくれたくれたおかげで警察が探してくれたんだ。みんな眠らされたんだって分かったんだ……あのー言いにくいけど姉さんの彼ってやつにだまされたんだよ。ごめんな、アマト。あいつは君を狙って、姉さんに近づいたんだって。姉さんは泣いて怒ってたよ」 「ほんとうにすまないねー。エリダが軽はずみだったんだよ」サキが謝って来た。 「君は僕達を助けて、と言ってからまた眠ってしまったんだって。いったいなんで狙われたんだ? あいつは何者なんだ」ジョセが聞いて来た。 「あいつら……クラノスの手下だ。僕をマタイに連れて行くつもりだった……」 耳にはさんだ男達の会話が頭に残っている。 「クラノスだって! 」ダセとタネが同時に叫んだ。まさかそんな男がからんでいたとは― 「僕にもなんでか訳がわからないけれど、父さんと関係してるのかもしれない」 クラノスがアマトを狙っている! どうしてかは分からないが子どもまで巻き込むやり方に背筋が寒くなる思いがした。 アマトは身体を起こして周りを見た。 「他のチームのメンバーがいないけど……」 「ああ、バラムだけ特別にバスを出してくれたんだ。行方不明だったからな」 「それで、サキおばさんがいるんだ」船で応援に来たサキがどうして? と不思議だった 「痛っ! 」アマトは思わず肩をかばった。そうだ車から飛び出たはずみに打ったんだった。痛みで、男達に追われた時の恐怖がよみがえってきた。もしあの時目が覚めていなかったら今頃は網に縛られてマタイに連れて行かれてたんだ。そう思っただけでぞーっとした。 ただその恐怖の思いの中になにか異なったささやきが頭に残っているような気がするのはどうしてか。たしかあの時、『危ない!』って声が聞こえて目が覚めたような―
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