第二試合の開始だ。 「がんばって来いよ! 」とバラムの応援席から送り出されてコートに向かった。 「今度の相手はイダスより手ごわいぞ。全員年長だ。だれが見ても俺達の負けと思ってるだろう。俺もそう思う。みんな、負けて当然と思って、全力であたって行こうぜ!」 年長が三名という混合チームが、第二試合に進んだことすら奇跡だ。 それだけでも嬉しい。その高揚した気持ちに燃えていて、コートに並んだ相手のトリアチームを見ても怖気づくことなく燃えた。さすが年長だけのチームとあって、向き合って並ぶと鷲に狙われた小鳥みたいだ。でも、俺達はすばしっこい小鳥だぞ。どうどうと闘ってやる。 ジョセは年下の選手に言った。 「リョン、ニフ、レポン、マイラ、いいか。おまえたちはバラムを代表する選手だ。年は忘れろ。遠慮せず思いっきりやれ。相手は見た通り、大きいし力もありそうだ。でもチビのが得意なこともある。あれだけタグ取りを練習して来たんだ。取り巻くって相手のペースを狂わせるんだ。頼むぞ! 」 ジョセの言葉に四人は大きくうなずいた。四人の目はひるんでない。だいじょうぶだ! 「イダスとの闘いのようにアマトはフリーにする。俺とハントはリーダー各をマークする。なにがどう動くか分からないから、いつでもゴールできるように目を配れよ」
試合が始まった。 最初のフリーパスはジョセが勝った。じゃんけんに強い。 笛の合図でジョセがすぐ後ろのハントにパスし、ハントが前に走った。ハントはすぐマークされた。カットインという急な方向変えでそのマークを振り切ったがじき三人にマークされてしまった。逃げ場がない。ジョセがパスを受けようと走った。 危ない! ジョセが狙われている― アマトの勘が当たって、ボールを受けたとたん、ジョセはタグをすぐ取られた。ボールを受けなくては! アマトは走った。自分もマークされている。ジョセはアマトが向かって来るのが見えたがパスするには場が悪かった。大きな相手に塞がれたのだ。三秒以内にパス出来るのは……ととっさに目についたのはリョンだ。 「リョン! 」と叫び、ボールを放つ―タッチライン脇にかまえていたリョンが走った。そのすぐ前をトリアの選手が走り出た。ちゃんとリョンもマークされていたのだ。それも少し離れていて目につかないように……洗練されている。 ボールが相手に渡ってしまった。相手が走る。バラムのゴール目ざして― ジョセ、ハントが向かう。ゴール近くにいたレポン、マイラがパッと相手の前を塞いだがすぐにパスされた。運悪くその相手をマークする間がなかった。しまった! 「トライ! 」 一点を取られた。なんというすばやさだ。動きが的確だ。どう立ち向かったらいいのか……だがまだ試合中だ。残り三分。 すぐ点を取られたバラムのフリーパスが始まる。ジョセがボールを持って走った。すぐ囲まれる。その寸前、アマトにボールが渡された。複数にマークされたらだめだ。とっさに判断したアマトは前に行かず、後ろに逃げた。外側に走れるペースがあるのを確認していた。コート一杯に大きな弧を描くように回った。早い走りに相手がついて来れない。だが相手ゴールの前は完全に守りがついていてアマトの動きを見張ってるようだ。このまま突破は無理だ―ハントとジョセがクロスしながらアマトに近づく。ニフがその向こうだ。ニフは相手のマークから逃げようとうろうろしながらあまとに近寄ろうとしている。ボールをだれに渡すか……ゴールの守備を乱すには……しかし時間がない。考えてる間などないのだ。ここはニフだ…… 「ニフ! 」 待ってたようにニフが受け取り、マークして来た相手をうまくかわしてゴールに向かった。でも守備に阻まれて進めない。立ち止った隙にタグを取られてしまった。慌てた ニフがジョセにパスしたがボールがそれてジョセには取れず、トリアチームに取られてしまった。ジョセがボールを持った相手に向かう。ジョセに気を取られた相手のタグを今度はハントが取った。相手が隙をつかれて慌てたのか味方にパスしたボールがこれまたそれてコート外に出てしまった。 バラムチームのチャンスだ。フリーパスが取れた。ジョセがボールが出た地点からフリーパスを投げようとした―が無念。時間切れの笛が鳴った。 「あー……」溜息がバラムの応援席から、また見学席のさっきの対戦相手だったイダスの選手からも聞こえた。 一点を取られたまま前半の試合は終わった。みんな息を切らせながらジョセのもとへ集まる。 「やっぱり強いな。守備も堅いや。でも最後の辺は相手もちょっと乱れたみたいだな……マークがしっかりしてるし……」ジョセはみんなの顔を寄せ合い、小声で作戦をねった。 後半再開― 最初のフリーパスはトリアが取った。このままゴールされることだけは絶対阻止しなくては― 守備は、ボールを持った相手にタグ取りに三人付く。近くのパスを受けやすい選手はマークから外さず、受けたらその相手のタグをすぐ取るのだ。 トリアのリーダーがパスをした。受けた選手が走った。すぐタグを狙う。だがその前にパスがまるで約束通りのように渡されて行く。思った通りには行かないもんだ。でも、どこかで隙が出来るはずだ……しつっこくリョン、ニフ、レポンが相手の脇を狙って行く。パスを崩させようとマイラが相手の視野を塞ぐように何度も飛び上がる。その間にもバラムのゴールへの距離が狭まって行く。急がねば―。 ようやくパスに乱れが起きた。投げたボールがそれたのだ。だれが取るか。ハントだ! 取ったーハントが走る。コートのタッチラインすれすれに―それを守るように前後、内側にジョセ、リョン、ニフがついて一緒に走った。相手がマーク出来ないよう守った。 トリアの守備が行く手を並んで塞いだ。その分、反対側コートが手薄になった。これを待っていたのだ。 コート中央でハント達の走りに合わせて他の三名、レポン、マイラ、アマトが前後に並んで走った。だれがボールを受けるかは決まっている。レポンとマイラがクロスした。ハント側に近いレポンが手を振る。相手がクロスに注意した。ダミークロスの恐れもある。レポンと見せかけてマイラあるいはアマトかもしれない。ハントがパスしようとした。相手は外の三人を警戒したが、ハントは遠くへ投げるふうに見せかけて、すぐ隣のジョセに渡した。「えっ? 」と、相手がその動きに気を取られた瞬間、ジョセがパスをした。パス名人のジョセだ。ボールはすぐ近くの相手の頭上を越え、渡すであろうと思われたクロスした二人も超え、その時、すでに手薄の反対コートのタッチライン側にダッシュしたアマトへと― 「ナイスパス! 」見物のイダスのトミーが叫んだ。 さあ、アマトだ! パスボールを受けると同時に手薄のゴール目ざし全力で走った―ゴールを守っていた二人が慌ててアマトの前に向かう。まっすぐ走ったらぶつかるだろう。直前、アマトは弧を描いて回って入り込む。あまりにすばやい走りに相手が間に合わない。 「トライ! 」ボールをゴールの地面に叩きつけた。 「やったー! 」コート内の仲間が飛び上がった。 「すっごーい! 」イダスのチームの驚きの声、応援席の大喝采…… 笛が鳴ったー後半の試合終了だ。バラムのチームが同点試合にしたのだ!。パシカ、エリダは飛び上がり、タネ、サキ、ダセらは手を取り合って喜んだ。 すごいな、あの少年は―という声が会場内のあちこちでささやかれ、アマトは注目の的だ。 同点のため三セット目の試合が行われることになった。トリアチームはアマトを警戒して徹底してマークして来た。これが逆にバラムに幸いをもたらすことになってしまった。 ジョセはアマトに目立つような動きを指示した。トリアの選手はアマトの動きに敏感になっている。その隙をついて年下達にゴールさせる戦術だ。アマト、ジョセ、ハントのおとり作戦だ。 その罠にトリアチームは見事にはまってしまった。フリーパスを手に入れると、今度はジョセがタッチラインすれすれに走り、ハントが横に、アマトは自由になれるように中央を走った。さっきの再来を予期してアマトはぴたっと複数にマークされた。ボールは隣のハントに一度渡された。アマトが走った。反対側のタッチラインへと―。 ハントがタグを取られそうになりまたジョセへ― パスがアマトへ行く! と思ったトライチームがアマト側の守備に走った。ゴールの守りもそれに合わせた。年下選手の動きを見落としていた。ジョセの後ろにニフがいたのだ。ハント、ジョセがコート中央に走る。ニフは少し遅れてついて行く。ジョセがマークされ動きが取れなくなったのを見て、ニフはタッチライン側に離れた。アマトと反対だ。ゴールの守備が手薄になっている。ジョセがパスした。ニフへ―ニフは走る― 「トライ! 」 あーっ、と呆然となるトリアチーム。 ジョセの作戦勝ちだった。バラムの選手が拳を空に突き上げる。 点を先行されたトリアチームはすばやく立ち直りフリーパスを始めた。だが先行されたショックに動揺し、パスがうまくつながらずボールがコート外に出てしまった。出たコートからバラムのパスが始まる。このボールを守れば勝利は見えている。ジョセ、アマト、ハントへとボールが流れる…… もうバラムの勝利が見えていた。信じられない勝利だ。年長が三名しかいないマライ島きっての弱小チームがだ。 「ピーッ」時間切れの笛の音― 「ワオッ―! 」会場内がどよめいた。 前代未聞の大快挙にバラムの応援席が興奮のるつぼと化した 「信じられない! 信じられない! 」パシカが連発する。 ジョセのもとに駆け付け、抱き合い、泣き笑いするバラムの選手……呆然と見つめる トリアの選手…… 「ノーサイド! 」握手しあう両チーム。喜びに手に力の入るバラムに比べてトリアのチームは握り返す元気もなかった……弱小チームに負けてしまったのだ。 バラムが二勝したことはすぐに会場中に知れ渡った。 マライの大会は町組と村組と分けられていた。その村組の勝者にバラムの名が出たのは大会始まって以来の出来事で、選手達は称賛の眼差しに出くわした。 「えへ、気分いいもんだな」ジョセがアマトを小突く「おまえのおかげで俺達最後の試合が勝てたんだぞ」 「そんなことないよ。ジョセの作戦勝ちだし、年下達もよく頑張ったからだよ。チームみんなの力だよ」アマトは心底そう思った。自分が足が速いだけでは勝てないんだ。 応援席に戻ったらパシカや大人達が祝福してくれた。 「村に戻ったら祝賀会を盛大にやらんとな。村始まって以来の快挙だ。わしゃあ、嬉しいよ! 」ダセの顔はもう弾けっぱなしだ。 町組の試合が終わらないと表彰式が出来ないのでアマト達はその試合を見に行った。 村組の選手たちがすでにコートを大きく囲んで観戦していた。 「さすがに町のチームはすごいな! 」アマトが感心するとジョセが苦笑いした。 「人数が違うからな。村組は年長になればほとんど選手になれるが、町は年長の中でも選ばれた者でチームが作られるからな。村組が戦っても絶対勝てっこない。だから二つに分かれてるんだ」 「町って何チームあるの? 」 「パモナが一番大きいんだ。なんてったって島の中心だからな。そこだけで三つのチームがある。ほかにモモス、フロラーという町のチームだ。いつも勝つのはパモナさ。ほら、いまゴールしただろ。あいつがそのリーダーさ」 「トライ! 」の雄たけびが離れたところのアマトの耳にも届いた。まるでライオンみたいだ。ほかの選手もみんなたくましい身体だ。あれで同じ十二歳とはとても思えない。 「圧倒されるよな―」ジョセのため息に同感だ。 「ちょっと」と後ろで女の人の声がした。振り向くとジョセの姉のエリダだった。近くで見ると顔立ちがサキおばさんに似ている。目のきれいな人だな、とアマトは見とれた。 「なんだよ」ジョセがそっけなく言った。 「表彰式が終わってからバスが出るまで時間があるからアイスクリーム食べにいかない? 」ジョセよりアマトににこっと微笑んできた。 「えっ、アイスクリームだって! 」 「そうよ。町に店が出来たの。お祝いにおごってあげるわ」 「姉さんが? 」信用ならない目付でジョセが言った。 「なに、その言い方。わたしだってそれくらい稼いでいるわよ―って言いたいところだけどね……ふふふ」意味ありげな笑いだ「おごってくれるのは彼氏なの」 「彼氏?……姉さんの? 」 「そうよ、こう見えてもわたし、もてるんだから」 「ちぇっ、自慢してら。母さんが言ってたぞ。姉さんは軽はずみだから変な男に騙されなきゃいいけどって」 「だいじょうぶ。とっても良い人よ。優しいし格好も素敵よ。彼が車で連れてってくれるのよ。行くでしょ? 」 「みんな行くの? 」 「母さんとタネおばさんは買い物に行くし、おじさん達はお土産を見に行くって。パシカはアイスクリームが食べたいからわたしが見るわ」 彼氏には興味がないがアイスクリームは魅力だ。最近、町にアイスクリーム店が出来たことは噂で知っていたが、まだだれも入ったことがない。みんな「ヤッホーッ」と奇声を上げた。 表彰式で晴れ晴れとメダルを首にかけてバラムの応援席に戻ると、エリダとパシカだけが待っていて「みんなは、もう出かけたわ。さあ行きましょ」
エリダの後をぞろぞろついて行き、車のところまで行った。ワンボックスカーの前でサングラスをかけた男の人が手を振って来た。あれが彼氏らしい。若いかどうかはサングラスのせいで良く分からないが、エリダが彼のところに駆けよりなにやら話している。 「みんな―彼が写真を撮ってくれるって―こっちに来て―」 「わあー写真だってさー」われさきにと走って車の前に立った。 「パシカを真ん中にしてね」エリダがそう言ってパシカをジョセとアマトの間に立たせた。 「首のメダルをちゃんと見せてね。いい、撮るわよ―」エリダがカメラを構えている彼の傍で弾んだ声で言って来る。みんな首のメダルを手で持ちポーズをとった。一枚撮り終わって「もう一枚撮るわよ―特別に彼がジュースを用意してくれたから乾杯してるところをね」みんなのところにやってきたエリダが紙コップをみんなに持たせ、ジュースを注いだ。 「じゃあ、いい。コップをみんな合わせてカンパーイって言ってね」声まで写るわけじゃないけどエリダの音頭で「カンパーイ! 」と大声を出した。 「はーい、オッケー! もう飲んでもいいわよ」そういうエリダもちゃっかり自分の分も持っていて飲み始めている。それにつられてみんなもグイッと一気に飲み上げた。 オレンジとパインが合わさったような味が口の中に広がり、汗をかいた後だけに身体の中にしみ込んで行くようだった。 「さあ、車に乗ってね」後部ドアをエリダが開けた。 「全員乗れるの? 」ジョセが危ぶんだ。 「いいの、ちょっと窮屈だけど我慢して。わたしとパシカは助手席よ」 後ろに年下の四人、真ん中にジョセ、ハント、アマトが乗り込むと車は発進した。 開いた窓から風が入り込み気持がよかった。 「おい、あれ見ろよ! 」ジョセが言った。最近道路がアスファルトで整備されたらしく真新しい道路の前にいろんな店が並び始めている。ジョセが指差したのは洋品店だ。ジーンズ姿の看板がでっかく立っている。 「町の学校に入ったら俺もジーパンはくぞ」「俺も」ハントも身を乗り出し窓からのぞいた。アマトはそれで思い出した。ジーパンを買ったばかりでまだはいてなかったのを。病院から脱走したままで服がなかった。惜しい……あれだけは持ってくればよかった― 向こうからバイクがやって来て通り過ぎる……若い男女だ。男の腰に手を回した女の髪が風になびいて流れていた。 「かっこいいな―」バイクは憧れだ。町のバイク工場にはなかなか就職できない。ジョセは前からバイク工場に行くのが夢だ。 「おい、あれなんだ! 」後ろの席から声が上がった「おいしそうだな― 」コックが肉を焼いている看板が見えた。 「あれは洋食屋さんよ。わたしもう入ったのよ。ねえー」エリダ狭くてくっつき合っている運転手の彼に甘えた声で言った「パシカ、また連れてってあげるね」 「俺も頼むよ」 「あんたは父さんにでも頼めばいいわ」 「ちぇっ、冷たいの」 窓に流れるそんな景色や風に吹かれて気持ち良さが手伝ったのか、急激に眠くなって来た。選手達はそれぞれ持たれるようにして眠り始めた。 「あらあら、眠ちゃったわ……」静かになった後ろを振り向いたエリダが言った。 「試合で疲れたんだろ」彼氏がボソッとつぶやいた。 「そうね」とエリダが前を向き直るとパシカまでがエリダの身体にもたれかかって来た。 「あらあらパシカまでが……」と腕を回して抱いてやったものの自分まで眠くなって来た。 「ごめーん、ちょっと眠……る……」言い終わらないうちにエリダもパシカに寄りかかるようになって眠ってしまった。
その様子を確かめるように見やると運転手は周りを確かめ、町並みから逃れるように車を走らせた。 郊外に出ると林の中に停車した。 そこに一台の車が待機していた。 「兄貴、うまくいったか? 」外から車の中をのぞきながら言ってきたのはパラクだ。 「ああ、たわい無いもんだ。おい、手伝え。運び出すんだ」 車から降りた彼がサングラスを外した。ネルスだ。この日を狙って彼はジョセの姉が町に働いているのを突き止め従業員になり済まし、エリダに近づいたのだ。パラクやテュポはジョセに顔を見られてるしクロと格闘している。もし犬も来たらまずかった。 「三十分もすれば目を覚ますだろう。早くしろ」乾杯のジュースに眠り薬が入っているとも知らないで、エリダは優しい彼の心遣いにうきうきしてみんなにジュースを注いだのだ。 「この姉ちゃんも可哀そうにな。兄貴に惚れてたみたいだぜ」 「下らんこと言うな。まだ娘っ子だ。芝居は終わりだ」 真ん中の席で倒れこんでいるアマトを引っ張り出すと待機していた車に乗せ込んだ。 「船の用意はいいだろうな」 「ああ、テュポが海岸で待ってるよ」 二人はワンボックスカーをそのまま置き去りにして海岸へと走った。
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