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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第26回   イダス村に勝つ

 いよいよ当日の朝を迎えた。バラムの村の集会所は見送りの家族や友人がバスを囲んでごった返していた。
 「おい! ジョセはまだかー」他の選手はすでに集まっているというのにリーダーが遅れるとは……監督兼同行の責任者であるティムがきょろきょろあたりを見回す。
 「アマト、おまえ一緒じゃなかったのか」
 「声をかけたんだけどちょっと先に行ってくれって言われたんだ」
 パシカがめずらしく元気良く早くから起きて「早く早く! 」ってせきたてて来たし、パシカの歩くことを考えて出るのが早過ぎたらしくジョセがびっくりした顔で言ってきたのだ。
 「まあ、じゃあ他の者はバスに乗ってくれ。奥の方にな。村長とパシカと母さんは前の席だから」
ぞろぞろバスに乗り込み始めたところへジョセが駆けこんで来た。
 「遅いぞ! 」
 「ごめんなさい! 母さんが姉さんに渡すものを用意してて、弁当が遅くなっちゃたんだ」ジョセがそう言って勢いよくバスに入ってきた。
 「よう、みんなお早う! そろってるな。さあ、出発だ! 」調子良いリーダーの掛け声に「おう! 」とみんなが応えた。
 「ふう―あせったぜー」
 アマトの隣にどんと腰掛けた。
 ジョセが席に着いた途端バスが出発した。
 「がんばれよ! 」と見送りの人が手を振っている。
 「姉さんって、町にいるエリダって人のこと? 」
 「そうさ、試合を見に来るって言うんで母さんが服を作って上げるんだってはりきっちゃって、寝坊したんだ。とんだ迷惑だよ」
 「エリダが来るの? 」前の席からパシカが振り向いて来た。
 「そうだよー。パシカが来るよって言ったら喜んでたぞ」
 「わあー、母さん、エリダに会えるのよ。楽しみだな」
 俺は嫌だな……、家族中で応援されるんだよ、やりにくいよな……とアマトの耳にそっと囁いて来た。
 本当は嬉しいんじゃないのか……と、アマトは思った。照れてるだけだ。
 「いいな……僕は誰も見に来てくれないんだよ……」
 「あっ、そうか。悪いこと言ってしまったな。気にするなよ。俺って鈍いから」
 「もう、だいじょうぶだよ。ちょっと寂しい気もするけどみんながいるから」
 バスに乗る前に家族にワイワイ応援される姿を見た時は、やっぱり寂しさを感じた。独りぼっち……だなって。でもそんなのは長く思ってるわけじゃない。タネおばさん、パシカ、や仲間達がいるし村の人もみんな優しいから。
 「次に乗ってくるのはイダス村のチームだ。うちのチームと対戦する相手なんだがこのリーダーのトミーはやたら足が速いんだ。ボールが渡らないようにマークしないとな」
 「もう対戦相手と分かってるのか? 強いの? 」
 「村の大きさがよく似たチームで戦うんだ。イダスはうちよりちょっと大きいぐらいだからな。去年は負けた。でもたまには勝つんだぜ」
ってことはほとんど負けてるってことらしいがジョセは口にしたくないんだろう。
そのイダスチームが乗り込んで来た。
 
 「ようジョセにハント、また会ったな。今年はどうだ? 」
 最初に乗ってきた少年がジョセに言って来た。ジョセがつんつんとアマトに肘で合図を送ってきた。これがトミーだな。なるほど背が高いし半ズボンの下に見えている足は筋肉の塊みたいだ。
 「甘く見ると痛い目に会うよ。今年はうちがいただきだな」
 「へえー、いやに自信ありげだな……」トミーがアマトを見て、おや? という顔になった。
 「見たことないけど新しい子か? 」
 「この子はアマトって言うんだ。最近バラムに来たんだ。おかげで年長が三人になったからな。油断するなよ」
 「ふーん……」そう言ったトミーの顔はにやにやしている。たぶん、アマトの身体をみて、たいしたことないや、と感じたんだろう。アマトはそんなトミーの態度に逆に闘志を燃やした。
 七つのチームの送迎に島では2台のバスが動いている。アマト達のバスには4組のチームが乗り込み、会場に到着した。毎年顔を会わせているので、他チームとも親しい。 あちこちで元気な呼び声が起こっていた。アマトは新顔なので、興味の目で見られたが、たいがいトミーと同じような反応が返ってきた。
 「あいつら、アマトの実力を見たらびっくりするぞ」
 ジョセはアマトのことを『秘密兵器』と称して内緒にしてるので、アマトは注目の的になるほど騒がれずにすんだ。

 マライのタラス首長の長い挨拶に飽いた応援席が騒いだおかげでタラス首長の用意した挨拶は半分で打ち切られ、試合が始まった。
 二つのコートにまず四つのチームが並んだ。
 「アマト―、ジョセ―、頑張って―」気の早い女の子の高い声、パシカだ。「まったく、パシカ一人張り切ってるぜ」ジョセが苦笑いして言った。アマトは声に応えて手を振ったがパシカには見えないんだった。まさか声で応えるのはさすがに恥ずかしい気がする……ふと見るとパシカの横に背のすらりとした女の人が立ってこっちを見ていた。
 「ジョセ……あの人がエリダってお姉さんか? 」
 隣に並んでるジョセが小さな声で「そうだ」と言った。
 「きれいな人だね」と耳打ちするとジョセが肩をすくめた。前を見るとイダスチームが並んでいる。向こうは十二歳の年長がバラムより一人多い四人だ。体格だけ見ると、もう負けが見えているようだ。でもそうはいかないぞ……
 ジョセとトミーのじゃんけんでジョセが勝った。「よし! ボールをもらうぞ」
 トミーは「ちぇっ」としかめっ面をしたが、奪い返せば済むことだ「取るぞー」と仲間に合図した。

 「フリーパス! 試合開始! 」審判が叫んだ。
 ジョセがボールを後ろのハントにパスした。ハントはしっかり抱え、相手コートに駆けだした。ジョセとハントが両脇で走った。相手チームが五名を水平ラインに、後方に二人の守りに入った。練習通りハントが前に飛び出た。ボールがジョセにパスされる、と思わせておいてアマトがコートのタッチラインすれすれに相手チームの守りをすり抜ける。
 ジョセ、ハントががタグを狙われる寸前「アマト! 」と叫んで高く上がるパスをアマトに送った。アマトはジャンプしてボールを受けた。アマトをマークしていた相手はしまったという顔をしてアマトのタグを取ろうと近づいたが、その前にアマトはダッシュして振り切る。早い! 相手が慌てて追って来る。ゴールライン前で守備についている相手の二人がアマトの行く手を塞ごうと両手を広げている。身体接触は禁止だ。アマトは無理だと判断した。
 「ジョセ! 」と呼んだ。ハントとジョセはすでにハントとクロスしてコート中央を走っていた。
 ジョセにパスする、と誰も思ったことだろう。ハントは? と見るとトミーにマークされている。飛ばしパスを見越しているのか……それならとアマトはジョセとクロスする戦術に切り替え、いったんジョセにパスした後、クロスしてすぐジョセからパスを受けた。相手陣営の守備が崩れた。その隙をついてアマトは大きく弧を描くように回ったり、走る方向を急に変えて相手をかわした。アマトの動きがころころ変わりなかなかタグが取れない。
 「ゴールを守れ! 」トミーが叫んだ。叫びながらトミーはハントから離れてゴールにダッシュした……が、すでにアマトは乱れた守備のわずかな隙をすり抜けゴールラインを越えた。
 「トライ! 」ボールを地面に置いて大きく叫んだ。取った!―
 「わあーっ! 」バラムの応援席から大歓声が上がった。アマトの『トライ! 』の 声はパシカにも聞こえたらしい、わあーわあー騒いでいるパシカの声がひと際大きく聞こえた。
 トミーがまさか……と信じられない顔をしてアマトを睨んでいる。アマトは得意な気持ちだ。バスの中で軽く見られたお返しが出来て爽快な気分だ。
 すぐ試合再開となり、イダスチームがフリーパスとなった。試合は前半、後半とも七分づつだ。前半残り四分。
 トミーをマークするのはジョセだ。パスボールをトミーが必ず受けるだろうと予測してた通り、トミーはボールをしっかり抱え走り出した。前にアマト、ジョセ、ハントが、後ろに年下の四人が守備についていた。
 ジョセがトミーの前に立ちふさがった。ジョセはタグ取りがうまい。トミーはそのことをよく知ってる。身体を反転させてジョセの隙を狙ったが上手に塞がれて、後ろの仲間にパスした。ハントがマークしている相手だ。その相手が素早い動きで走る方向をいきなり変えたりして、ハントをすり抜けた。イダスの応援席から歓声が起こった。アマトはそっちに走って行きたいのを必死でこらえた。自分のマークしている相手にパスが送られたら防げない。その相手がボールを持って走る仲間に向かって行く。ジョセもトミーから離れず走っている。
 後ろの年下達の守りが緊張した。敵が向かってくる! タグ取りを嫌というほど練習してきてるのだ。がんばれ! アマトは心の中で叫んだ。ゴール手前まで来られたら全員で防がないと……アマトはマークしていた相手から離れ年下達の後ろに回ろうとした。
 「タグ! 」の声が聞こえた。リョンだ。彼がボールを持った相手からタグを奪ったのだ。よくやった! 
 タグを取られたら三秒以内に仲間にパスしなければいけない。リョンとタグを取られた相手はタグを返してもらって再び腰に付けるまで動けないのだ。早くトミーにパスしようとしたらしいがそれを予測してジョセがトミーの前を阻んでいる。どこへ……と目を向けると……しまった! あまりにボールを持った相手にみんなが集まってしまっていて離れたところでもう一人の年長が待機していたのが目に入らなかったのだ。ハントがそちらに走ったが間に合わない。ボールはその相手にパスされ、しかも的確なパスだった。ゴール前の守備の乱れをついて入り込まれた―
 「トライ! 」
 イダスから大歓声が起こった。バラムは逆に落胆のため息が……
 1対1で前半が終わった。
 後半の作戦にジョセは守備を変えると言った。アマトは後ろの守りに入って、全体を見て動いてくれ。代わりにリョンがアマトの相手をマークする。年長が向こうは一人多い。1対1のマーク守備は無理があるから自由に判断して動く役をアマトにして欲しいということだ。後半はアマトもしっかりマークされるだろう。年下のおまえたちもいつパスが来ても受けてゴールめざせ。
 作戦時間が過ぎた。みんなコートに集まる。フリーパスはイダスが取った。先ほどと同じくトミーがまずパスボールを受け走り出した。ジョセが阻む。トミーはさっと後ろの仲間にパスした。そのボールを受けた仲間が大きく弧を描いて走る。トミーがその仲間とクロスした。ジョセが走る。トミーに渡されると思って必死だ。だがアマトは違う年長の動きを見張った。トミーじゃない。それはダミークロスだ! 案の定、ボールはトミーには渡されず、そのままだ。ハントが前に塞がった。ハントに目が向いた相手が、後ろにさっと回ったリョンに気がつかず止まった。その一瞬にリョンがタグを取った。アマトはそれを見てすぐ離れたところの相手の動きに目を向けた。さっきと同じだ。年長じゃないが、二人の年下が離れたところで待機攻撃の位置にいる。よく訓練されているもんだ。ボールをこちらの物にするためにどうしたらよいか……
 「おいニフ、あいつをマークしろ」
 年下のニフが攻撃位置にいる相手に走って行った。やはりボールはそこにパスされた。受けたばかりの相手にニフが走る。間に合った。相手が走り出そうとする前にタグを取った「タグ! 」と叫ぶ。よし! きっとあいつに来る! 
 アマトはタグされた相手が少し後ろで目立たないようにいる仲間に渡すとにらんで、すでに近くにまで走っていた。思った通りだ! 
 ボールが飛んだ。それを受けようとしていた仲間の前にアマトは飛び込んだ。取ったぞ! 
 すぐ相手陣営のコートに走った。その時ほど自分の走りに驚いたことはない。まるで風だ。相手は年下が二,三名守っているだけで隙だらけだ。この走りなら通り抜けられるぞ!とゴール近くに来た時、いつ来ていたのかトミーが立ちはだかった。アマトの動きを察知したらしい。さすがだ。ジョセや相手の仲間がじき追いついてアマトを取り囲んだ。ハントは? と見ると後ろにいるがマークされてる。駄目だ……ぐずぐずしてるとタグされてしまう……ふと、目に入ったのがみんなの外にいて、さっきタグを取ったニフだ。タグを返して復活してきたので遅れて来ている。だれもニフに目が向いていない。しかもニフのあたりはゴールまで隙だらけだ。アマトはそれを確認すると「ジョセ! 」と叫んでニフとは反対方向のジョセの方に足を向けて進んだ。出来るだけニフを自由にさせなくては……アマトの動きはいかにもジョセ、ハントに向いているように見えた。アマトのタグを取ろうと相手がなんども横をすり抜けて行く。そのたびに向きを変えかわしたりしていたが、とうとう取られた。
 「タグ! 」相手が叫んだ。近くの仲間は完ぺきにマークされている。それで良い。
 「ニフ! 」アマトは叫ぶと同時にパスしていた。周りを取り囲んでいた相手の頭上を越えニフに向かってボールが飛んだ。。
 たいがいなら思いもよらないボールに慌てて受け損なうところだろう。だがニフは囲まれているアマトをしっかり見ていた『年下のおまえたちもいつパスが来ても受けてゴールめざせ』と、リーダーのジョセの言葉を忘れなかったのだ。
 その言葉通りニフはボールをしっかり受け止めゴールめざした……
 「トライ! 」ニフの叫びに観衆がどよめいた。会場の大時計が六分を過ぎている。もうイダスの反撃は無理だ。勝ったのだ! 
 バラムの応援席は大喝采だ。会場のあちこちで信じられない、あのバラムが! 
と驚きの声が飛び交っている。
 ニフが仲間から抱きつかれたり小突かれたりされ祝福を受けている。
 ジョセがアマト、ハントとともに肩を抱き合った。涙があふれた。
 バラム、イダスのチームが並んだ。
 「ノーサイド! 」の言葉を交わしながら、ともに握手をし合った。ゲームが終了すればともにタグラグビーを楽しみあった仲間なのだ。
 「ジョセ、悔しいけど俺達の負けだな。今年のおまえたちは強いよ。次の試合もがんばれよ」
 トミーはジョセと握手しながらそう言って隣のアマトを見た。
 「きみ、すごいね。びっくりしたよ」
 「ありがとう。でもトミー、きみもさすがにリーダーだね。動きが早いもの」
 アマトの言葉はうれしかったのだろう。トミーはアマトに片目でウィンクしてチームの仲間とともに去って行った。
 バラムの応援席に戻ると
 「よくやった! 」「すごいぞ! 」と祝福の渦に迎えられた。ダセなど感激しすぎて涙がこぼれている。
 パシカには抱きつかれるし、ジョセの姉のエリダに微笑まれて、アマトは顔を赤面してしまった。こんな事って嘘みたいだ。ここの人たちはマタイでの僕のことを知らない。ボール拾いの補欠ばかりで、ようやく選手になれたばかりだったなんて知ったら信じないだろうな……父さん、母さんが生きてこの試合を見てたらびっくりするだろうな。マタイのチーム仲間もどんなに驚くことか。
 きょうの試合でも自分の身体がどんどん動き、走っていて風のような自分に驚いた。 身体の内側から力がみなぎって来るようだった。とても爽快な気分だ。僕にはこんな力があったんだ!


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