「やあ、占い婆。元気そうだな」にわとりに立ち向かう勇ましい婆の姿を見たようだ。 ディオのにやにやした顔を睨みながら「なんだ、おまえらは……」 「ああ、婆、こちらは国連…えーと」 肩書を忘れて口ごもってしまったディオの横にガイがさっと進み出 「国際宇宙局特捜隊の隊長ガイです」とっさに手を差し出そうとして婆の手に棒が握られていたので引っ込めた「後は隊員です。突然来てしまって驚かせたようで済みませんでした」 婆が無愛想に来客たちに目を向けた。 「なんだか物々しいのう……こんなところになにしに来たんじゃ? 」 「あのな婆、ほら、まえに婆が占い玉が光ったって村長宅に押し掛けたじゃろ」 「押し掛けたとはなんという言い草だ。わしゃ、大事を知らせにわざわざ暗い中を出かけたのじゃぞ。なのにダセの奴、このわしを追い返しおって、それを今さらなんじゃ」 「そうだったな、言い方が悪かった。その光った夜のことだがな、世界中でこの島国に異常があったことが観測されたんだと。それでわざわざその原因を調べに見えたんだ。最初はマタイの工場跡に行く予定だったんだが、婆の家の方から煙が見えたからな。こりゃ、婆がいるに違いないと思って先に寄ることにしたんだ。どんなことでもいい、気がついたことでなにか異変があったかどうか聞きたいと言われたので、婆のことも話したらぜひということでな、まあ、朝から騒がせて悪いが協力してくれや」 「ダセのかみさんは雷だって言ったんじゃろ。だからあれは雷じゃ」 「その雷はこの山のどこかに落ちたようですか」 ガイはへそ曲がりの婆さんをうまく操らなければとディオに変わって聞いた。ディオはやれやれとばかりに婆の前から身を引きガイに譲った。 「落ちたかって? 雷ならな、そりゃ落ちるじゃろ。だがなあれは雷じゃないわ。音などせんかったわ」 「ほうー。それは興味深いですね。音も無く光ったのですね。どんな様子だったのですか。このあたりに他に異常はありませんでしたか」 「あの晩はな風が強く吹き始めて、あまりにうるさかったのでわしゃあ、目が覚めたんじゃ、そしたら小屋の中が明るく光ってたのじゃ。ありゃ、外からの光なんかじゃない。わしの占い玉から出てたのじゃ。そりゃ、恐ろしかったぞ。だから、こりゃ、お告げだと思って、急いでダセに知らせにいったんじゃが奴は信用せんかったわい。寝ぼけたことを言うな、帰れってろくに話も聞かず追い返しおって、罰あたりめ。バラムのことを思ってやったのに」婆の鼻息がまた荒くなって来た。 「それは気の毒でした。では光は空からではなくその占い玉から出ていたのですね」 ガイも婆の話を疑ってはいる。年寄の勘違いだろう。実際は外の光を受けて反射したのでは……とも思えるが、その占い玉を見たいとも思った。もしそれが本当のことだとしたらその占い玉を調べる価値がありそうだ。このさい不思議なこともあり得るのかもしれない…… 「そうじゃ」 「では光はどんな光り方で、時間はどれくらいでしたか」 「時間などはわしゃ、寝てたから分からん。目が覚めた時にはもうボーと周りが明るかったからな。そのうちどんどん光って最後にぴかっとなって消えたわ。それからはもう真っ暗になって、風も無くなったわ」 「それは神秘的な光ですね。今までにそういうことはあったのですか」 「いや、玉はむかしからあるが、わしはあんなのは初めてじゃ。だから恐ろしいというのだ。バラムの衆はむかしの信心を忘れてわしをばかにするようになったからじゃ。災いが起きないようみんなでお祈りをしないと今に大変なことが起きるぞ」 ディオが後ろで苦笑いしていた。いったいこの婆にどれだけだまされたかしれやしない。 当たりもしないのに祈祷料だけ取って後は行いが悪いから効かないのだと開き直って威張りくさっていた。これも作り話に違いないのだ。
「いやあ、そんな不思議な占い玉なら、とても見たいですね」 「見たいだと……我が家に伝わる家宝だからな。めったに見せるものではないが……」 「家宝と聞いてはなおさら見たくなりました。ぜひお願いします」 ガイはいつもの威厳を潜め、出来るだけくだけた口調で婆に話しかけた。副隊長や隊員もガイの意外な一面を見た気がしてあっけにとられた。そんなにしてまで見る価値のあるものだろうか。 「そうじゃな……はるばる遠くから来たことだし……」婆は気難しそうな仕草を見せてはいるが『家宝』の響きにくすぐられていた。 「特別じゃ。見せてやろう……ちょっと待っとれや」 婆がいそいそと小屋の中に入って行ったのを見届けると、ガイが苦笑いをし、隊員に向き直ると「おい、計測器を見ていてくれ」と命じた。特に期待したわけではない。いい加減な話だとしても一応は検査しておこうぐらいの気持ちからだ。果たしてなにか反応が現れるだろうか。
「隊長! 見て下さい! 」計測器を持つ隊員が叫んだ。 「どうした」ガイが駆け寄った。隊員の指差す目盛や地軸線を見て目を見張った。 「これはどういうことだ……」 「どうしたのですか──」副隊長や隊員も計測器を見て信じられないという顔だ。 「磁気も地軸も正常だ……いつ変化したんだ」 「車から降りた時に一度確認していますが、その時はずっと同じ異常値でした」 怠慢だ と叱り飛ばしたいところだが、ガイも油断していた。もし変化があるとしたら工場跡だろうと予測してたのだ。それが一時間も経っていないうちに正常に戻ってしまったのだ。おかしい……。 「発生源から遠のいてしまったのでしょうか」副隊長が言った。 「いや、それにしても突然正常になることはあり得ない。バラムの村に入る以前から少しづつ数値が変化して来たぐらいだ。山に入る前は異常のままだった……バラムの村付近が発生源となるなにかがあるのか、それともこの山の中になにか狂わせる原因があるのか……」 計測器を取り囲んで一隊がシーンとなっているそこへ婆が小屋から出て来た。
「ほれ、これが占い玉じゃ」 いかにも大事そうに両手でしっかり包んでいる。 計測器に関心が奪われていたガイは、婆の前に向かった。しょせんいい加減な占い師の呪い玉だ。よく見る水晶だろうと思っていたので、婆の掌にある玉を見た時は、なんだただの石か、と思った。それも焦げ茶の冴えない石だ……が、待てよ……ガイは石をじっと見ていて、これは? 「ちょっと、触らせて下さい」 「ああ、そっとな」 ガイは婆から玉を受け取ると撫でたり、軽く指で弾いて見たり陽にかざしてみたりして「うーん……」と声を出すと「副隊長、見たまえ」 ガイから玉を渡された副隊長は同じように観察し「なんの石でしょうか」訝しげにガイに玉を戻した。 石のようでありながら金属的な感触と重量感がある。婆が言うようにこれが光を放ったのだとしたら……これは一度調べて見る価値がありそうだな。 「お婆さん。これはとても興味ある玉ですね。いつから持っていましたか」 「いつからって。それは先祖代々から受け継いでいる家宝じゃ。大昔に決まってるわい。もういいだろう返してもらおう」 「お婆さん。この玉を貸していただけますか。調べたら必ずお返しします」 「とんでもない! 家宝をやすやすと貸せるか」 「婆、いいじゃないか。ちゃんとした国連の方達なんだから」ディオが婆に言った。 「いやじゃ。返してもらおう」 ガイは婆に玉を返そうとしてもう一度言った。 「貸していただければ、それなりの礼金を払うつもりですが、それでも駄目でしょうか」 礼金、と聞いて婆はガイの顔をじろっと見た。 「礼金といってもほんのはした金じゃろう……それで玉が還って来なかったら大損ではないか」 「いえいえ、国連の名にかけて必ずお返ししますし、家宝ともなれば借用料も高額が保証されます」 ディオが呆れかえって婆を睨んでいるのもかまわず「ちょっとこっちへ」とガイを小屋の入口まで誘った。 「ちょうど今、金がいるんじゃ。小屋も直したいし……どのぐらい出してもらえるんじゃ? 」 「百ドルではどうですか」ガイは見越していた。婆はもっと要求してくるにちがいない。
案の定「百ドルか……」婆がおおげさに思案顔を作り「もっと出せないか」 「買い取るわけではないので普通なら十分の額ですが……」ガイはわざと難しい顔をして「家宝ですのでまあ特別に……百五十ドルとしましょう」 「百五十ドルか……」いかにも不服らしくいったものの顔はもうにやにやだ。 「まあ、もう少しと言いたいが……いいじゃろ。だがな期限を決めないとな。いつまでもというわけにはいかんぞ。期限を過ぎたら一日幾らで追加があるのは当たり前の世の中だからな」 抜け目のない婆さんだ、変に感心して「もちろん、期限は守ります。もし万が一、遅れるようなことがありましたらその分も当然支払いましょう」ガイははっきり約束した。 「その占い玉を調べるのにどのくらいの日にちがかかるのじゃ」 「まあ、一カ月あればいいでしょう」 「よし、では一カ月だな。それからは……一日一ドルでどうじゃ」 「一ドルですか……」ガイの声はわざと渋い。腹の中では大笑いしてることなど婆が知ったらもっとふっかけていただろう。婆は外国との相場を知らなかった。 この島国で百五十ドルといえば半年は遊んで暮らせる額だが、ガイからすればほんの小遣いだ。ガイには計算済みのこと。一日一ドルにしたってたばこ一箱分にも満たない。 双方、満足の交渉が成立し、ガイ一行が次の目的地、工場跡に向かって出発して行くのを、婆は愛想よく見送った。 「気を付けてなーおまえさん達に勇気があるなら、近くにあるドゥルパの洞窟探検をしていけやー」
婆のご機嫌な声掛けはガイにまた嫌な思いをさせてしまった。どいつもこいつも…… ガイは憤慨していた。村長のダセも言い、今、婆にまで言われ……それに思い起こすのも腹立たしい、マタイの横暴な首長クラノスのお断りの返書の隅にドゥルパの洞窟の探索をお勧めします、と書かれてあったのだ。 また、ドゥルパの洞窟か……私らを探検隊とでも思っているのか、まったく……あいつらは魔物の正体を知りたくてうずうずしてるに違いない。馬鹿らしい! なにが魔物だ。 私は宇宙局特捜隊隊長なんだぞ──
ガイのプライドを大きく傷つけたことなど知るよしもない婆は、思わぬ大金が懐に飛び込んだことに大喜びで、にわとりと格闘するのも忘れて小屋に入ってしまった。
アマトは茂みから出た。まさかガイが球体を持って行ってしまうなんて予想もしてなかった。占い婆からなら取り戻すことは簡単だがガイとなると……これからどうなっていくのか……とにかく今は、一行の後を追ってみよう。 球体の秘密は簡単には分からないだろう……が、それが戻らないと大変なことになる。なんとか取り戻さなくては……
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