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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第21回   ドゥルパの洞窟と球体


 タグラグビーの全島試合まであと三日。このところ毎日、村の学校が終わると七人の選手は猛特訓だ。海の色が茜色に染まり出すまで、浜のコートで、パスの練習、タグ取りの動きの工夫、走りなどを熱心に繰り返した。『勝つぞ! 』という意気込みに満ち、気迫十分のチームが出来ていた。それもアマトが入ったからだ。

 「よーし! 練習終り! 」チームリーダーのジョセの甲高い声が辺りに響いた。
 「集まってくれー」
 ジョセの周りに集まってきたみんなは汗だくだ。その汗が夕焼けに照らされひかり輝いている。
 「だいぶ、動きが良くなってきたと思う。あと、三日だ。きつい練習だけど、がんばっていこうぜ! 」
 「おうー」七人の声が一斉に上がった。
 「では、解散! 」
 ジョセの号令で七人は浜を後に家に向かった。
 それまで、少年達の掛け声に打ち消されていた波の音が、静かになった浜にようやく戻った。

 「おい、アマト、ちょっと、家に寄ってくれないか。母さんがココナッツミルクをたくさん作ったから渡したいだって」
 「わー、僕大好きなんだ。プディングにかけて食べると最高だよ」
 「食いしん坊のパシカも大好きだからな。このごろ一緒に遊べないので怒ってるだろ」
 「いや、勝ってほしいからって、おとなしくしているよ。でも帰ってからが大変さ。どうだった、パス出来たか、走れたかって、ジョセはどうだったかって、もう、うるさいうるさい、まるで魚のフンみたいに僕の後を離れないんだ」
 「あいつは小さい時からそうさ。元気良すぎるっておばさんはいつもはらはらして怒鳴ってたけど懲りないんだよな。怪我はしょっちゅうさ。あいつの目が見えてたら、すごい選手になってたな」
 「間違いない」そう言って二人は笑いあいながら家近くまで来た。
 ココナッツの甘い匂いを嗅ぎつけて、二人は駆けだした。

 「あれ、村長がいる」ジョセが言った。
 ダセが家の入口で父のディオとなにやら話している。
 「やあ、お帰り」ディオが二人が来るのを見て言った「母さんが待ってるぞ。お入り」
 「おお、遅くまで練習かな」ダセが言った。顔が笑ってる。村の中でも一番、今度の試合に期待してるのがこの村長だ。
 「こんにちは、村長。もう腹ペコだよ」
 「たくさん食べて力を付けないとな。わしもさっき羊羹をいただいたがお前の母さんの作るココナッツ羊羹は旨いもんだ。町に持っていけば売れるぞ」
 「おいおい村長、おだてないでくれ、そんなことかみさんに言ったら、わしが町に売りに出されるはめになるじゃないか」
 父の慌てた顔にジョセもアマトも笑いながら家の中に入って行った。
 入ったとたん濃厚なココナッツの匂いに包まれた。
 「お帰り。遅くまで頑張るね」母のサキが二人に声をかけて来た「食べていいよ」二人の手がすでに食卓に伸びているのを見て可笑しそうに言った。タロイモと混ぜた羊羹だ。
 「アマト、バナナの皮に包んであるの、持って行ってね。それとこの瓶にココナッツミルクが入ってるから、こぼさないようにね」
 「……」口の中は羊羹で膨れてて声を出せれないので、コクンと頷いた。
 
 「母さん、村長が来てるけど、なんの用なの? 」
 「ああ、なんだか知らないけど、また国連のお偉い方々がなにかを調査したいとか言ってみえたんだって。明日、その方達を父さんに案内してもらえないかって頼みにみえたんだよ。村長もすっかり腹が出て来ちゃったからね。山に入るのは無理だからさ」
 「ふーん。山になにがあるの? 」そう言うとジョセはまたさっと羊羹をつかんだ。
 「さあ……じば、とか言ってたけど、ほら、鉄がくっ付く金属のこと、なんとか言うじゃない……」
 「ああ、磁石? 」
 「そうそう、それ、磁石のような物がこの辺にあるんじゃないかってことを調査したいそうよ。マタイの工場跡なんかあやしいものだよ」
 アマトはこの会話を羊羹を食べながら、じっと聞いていた。なんだか気になるな……
 「おばさん、工場跡ってどこなの? 」
 「場所ね……」言ってよいのかな……アマトにとっては思い出したくない場所かもしれない……
 「ほら、君が倒れてた河原にドゥルパの洞窟があったろう。パシカがいたという。工場跡はその反対側の少し山に入ったところだよ」
 大人と違ってジョセは気にもとめず母親の代わりに答えた。
 「ふーん……そうなんだ」アマトはそう言ってから「あっ、いけない、もう暗いや。おばさんおいしかった! ありがとう。じゃあこれもらっていきます」
「暗いから、ころばないようにね」
 おばさんの声に頷きながらアマトは戸口に向かった。出ようとしたその時、外の話し声が耳に入り、立ち止った。ジョセの父親、ディオが大きな声を出したからだ。

 「ええ! ドゥルパの洞窟に入るのか! 」
 「いやいやあんたは外で待っておればよい。魔物の正体を調べたいということだから……わしがついでに探検でもなんてけしかけたからな、興味をもったらしい」
 「そのあとで、占い婆のとこへ行けばいいのだな」
 「ああ、あの晩、光ったとか言って大騒ぎで家に来たからな。いい加減な占い婆の言うことなんか信用できないから、と言ったんだが、家の女房も雷が光ったとか言ってたし、会ってみたいと言われてな……」
 アマトは突っ立ったままそれを聞いていた。
 「どうした?」とジョセが聞いて来たことで、ハッと我に返ったみたいだ。
 「いや、なんでもないよ……じゃあ」
 戸を押してアマトが外に出たら、声を落としてしゃべっていた村長とジョセの父親が慌てたように黙った。
 「あっ、帰るのか」おじさんが言った。
 「うん、おじさん、おいしかった! パシカが喜ぶよ」
 「そうだな。またヤシが一杯取れたらやるからな」
 「ありがとう」アマトはそう言って、少し離れて明りが見えるパシカの家に帰って行った。
 「聞こえたかな? さっきの話……」ダセが心配になってディオの顔を見た。
 「いや……その時は声を小さくしたから、たぶん聞こえてないじゃないかな……それで、その国連の人は納得したのか? 」
 「ああ、本人はショックで、海がどうなって遭難したかなんて覚えてないと言っておいたからな」
 「その方がよい……ようやく明るくなって村の子達に溶け込んで来たんだ。思い出させるような話を無理に聞きだしたらかわいそうじゃないか」
 「わしもそう思って伝えておいたから……だが、どうもあの隊長とか呼ばれてる男は好かんな。油断ならない目付きだ。それもあって、あんたに彼らの付き添いを頼んだんだ。アマトに近づかんよう見張っていてくれよ……」


 クロは、食卓で今か今かとアマトを待っているパシカの傍らにうずくまり、前足の間に顔を乗せ気持ち良く眠っていた。その眠っていた目がパッと開き、顔をもたげて耳をぴんと立てた。
 パシカの鋭い聴覚もクロに負けていない。その足音をとらえた。
 「母さん、アマトが帰って来たわ」
 「えっ、そうかい……母さんには分からないけど……」
 その間にもクロが尾を引きちぎれんばかりに振り、戸口に駆けて行った。

 「ただいまー」
 「お帰りなさいー」パシカの嬉しそうな声とクウン、クウンと甘え鳴きのクロがアマトを迎えた。クロはアマトにすり寄っている。
 「クロ、よしよし、今、手がふさがってて撫でてやれないんだよ。おばさん、ジョセのおばさんがココナッツミルクと羊羹をくれたよ」
 「わあー! 羊羹だ! ちょうだい、ちょうだい! 」
 パシカが喜びの声を連発しながら、手で食卓をポンポン叩く。
 「ちょっと待って、今、バナナの皮をほどくから」
 アマトは食卓に置いた羊羹をパシカの動きまわっている手に持たせてやった。
 パシカの声が止んで、静かになると「アマトも食べて」とおばさんが言った。
 「僕、もう食べて来たからいいんだ」
 「そうなの、じゃあ、夕食にしようかね」
 アマトの前に、タロイモと野菜の煮物や魚の蒸し焼きが並んだ。
 いつもならたちまちかぶり付くところだが、羊羹でお腹が満たされているのと、なんだか気がかりなことがあってアマトの手は料理を口に運ぶのが遅い。

 「ねえねえ、今日はパス、落とさなかった? 」パシカが口をもごもごさせながら聞いてきた。きのう、パスがうまくいかないと言って話したからだ。ちゃんと覚えていてさっそく聞いて来た。
 「うん……まあまあかな……」それだけ言ってアマトは黙ってしまった。
 「ジョセは? 」
 「うん、いいよ……」
 タネは、おや、とアマトを見た。いつもならパシカの質問を待たずにどんどん話を続けるはずなのに……いつも二人のおしゃべりが弾んで終わらないので、タネが、もう寝なさい、とさんざん言って止めてるぐらいだ。パシカもアマトの様子がおかしいと感じ取ったようで
 「アマト、どうしたの? 元気ないね」
 「えっ、そう……」
 「そうよ」タネが言った「さっきから、食事が進まないみたいだし、顔も元気がないわよ。毎日、遅くまで練習が続くから疲れたのかね……」タネが心配して、アマトの顔をのぞきこんで来た
 「あと、三日だからあまり無理はしないほうがいいよ……ジョセに少し練習時間を減らすよう言ってみたら」
 「うん……そんなに疲れた気はしないんだけどな……」
 そうは思っても、頭の中がもやもやしてて気持ちが弾まないのだ。これってやっぱり疲れてるのかな……
 「アマト、大丈夫? 」パシカも心配になって言って来た。
 「大丈夫。でもちょっと疲れてるのかもしれないから、食事が済んだら、今日はさっさと寝ることにするよ」

 そうは言ったものの布団に入ってもなかなか寝付けなかった。なんども寝返りを打ってごろんごろんしてようやく眠りに入ったらしい。その眠りも半分意識があるような無いような。しかも誰かがささやいて来て自分もその声に応えていた。

 〈アマト……君は明日、占い婆のところへ行かねばならない。そこに球体があるはずだ。占い婆に見つからないように持ち出すんだ〉
 ──球体? どうして……ないしょで持ち出すの? 
 〈それはとても重大な物なんだ〉
 夕方、ダセとディオの会話が耳に入った時、アマトを立ち止らせたのは靄だ。アマトはなぜか分からなかったがあの時、身体が勝手に止まってしまった。
 〈あす、ドゥルパの洞窟と占い婆に調査が入ることは君も聞いただろう。調査の目的はこの地域の磁気源を突き止めることに違いない。その前に球体をドゥルパの磁気ホールの天蓋にはめて磁気を止めなければいずれは洞窟の大探索が始まることだろう。アマト、よく聞くんだ。ドゥルパの洞窟は守らなければいけない。これは君の使命だ。あす、球体を持ち出し、天蓋にはめ込むんだよ〉
 ──僕が守るの? どうして……
 〈そう、君しかいないんだ。あの球体は世界の人を守るための大切な物なんだ〉
 靄はそれ以上は言わないことにした。最初、この子に私の存在を知らせた時の興奮状態を見て、それからは話しかけないことにしている。この子はその時の記憶を忘れているようだ。この子の脳はまだ神経回路が未発達で、空き細胞がいっぱいだ。話しても理解出来ずに混乱を起こすだけだ。
 〈今はこれしか言えない。でもいつか君にもわかる時が来るだろう。それまでは私の言う通りにして欲しい〉
 ──わかった。あす、占い婆のところへ行けばいいんだね。
 〈洞窟と球体のことは他の人には話してはいけない。とても驚かれることだから。秘密だ。守れるね〉
 ──うん。守るよ。だれにも話さないから……

 夢の世界はとても不思議なことが起きるものだ。そしてほとんどが目覚めとともに忘れ去るものだ。だが、アマトは朝早くに目が覚めてもはっきりとこのやりとりを覚えていた。変な夢だな、と思いながらも、だれにも話さないと決めていた。夢とはいえ、約束したのだから……
 問題は占い婆のところへ行く口実だ。おばさんはすでに起きているらしく、コトコト音がしている。なんて言おうか……ふとんの中でそのことを考えていた。その時、ぷーんといい匂いが漂い始めた。そうだ! これだ!
 アマトはガバッと身体を起こして台所のおばさんのところへ向かった。



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