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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第19回   タグラグビー A


 その間、年下の子達は、お互いのタグを取りあったり、パスしたり遊び半分で練習していた。そこへパシカが「私もやりたい。教えて」と入ってきたのだ。

 「えっ! パシカやりたいの」小さい子達が目をまん丸くさせ驚いた。
 「タグ! タグ! って叫んでるけど、何なの? 」
 パシカの質問に一番年上の女の子がパシカの手を取った。
 「パシカ、私、レイナよ」
 「ああ、レイナね。私より一つ上だったよね。選手じゃないの? 」
 「そう、残念。だって十一歳は男の子が多いんだもん。でも、来年は絶対、選手になるわよ」レイナの声は少し悔しそうだ。レイナは自分の腰のリボンを取ってパシカに持たせた。

 「ほら、タグってこれの事よ。細長い布なの。これを腰に付けたタグベルトのマジックテープの所にくっ付けるの、触ってみて」
 そう言ってパシカの手を自分のタグベルトのざらざらした部分に触れさせ「そら、タグの端っこにも同じようにざらざらしたとこ、あるでしょ。これがマジックテープね。そこを、ベルトのこことくっ付けてみて」
 「ここね」パシカは持っているタグを押し付けた。
 「手を離してみて」
 パシカは手を離して、もう一度触れてみた。
 「ほら、落ちないでしょ。じゃあ、今度は引っ張ってはがしてみて。ちょっと力を入れてね」
 「こう……」思いっきり引っ張ったら、ビリっというような音がして布が取れた。
 「取れたら、タグを持った手を上にあげ『タグ!』って言って」
 「タグ! 」パシカが取ったタグを上に上げたら
 「わーっ、パシカがタグ取ったぞ! 」
 チビ達が歓声を上げた。
 「今度はボールね。持って」

 渡されたボールを撫で廻すとそれはまん丸でもなかった。
 「だ円の形をしてるのよ。そのボールを持って敵のゴールに置いたら点が入るの。点が多い方が勝ちなのよ。でももし、ボールを持ってるときにタグを取られたら、すぐボールを近くの仲間に投げなきゃいけないのよ。投げることをパスって言うんだけど、パスが上手かどうかで決まるようなものなの」

 「ジョセはパスが得意って言ってたわ。アマトはどうだったの? 」
 「アマトもパスはうまかったけど、それより足が速いのよ。敵が追いつく前にゴールできちゃうのよ。ジョセ、ハントにアマトが入ったからもう最強チームよ」
 「すごーい。いいなー。私もやれたらな……楽しそう」
 「うん、とても楽しいよ」そう言ってから女の子はパシカを見て考えていた。
 「ちょっと、一緒にやってみる? 私が助けてあげるから」
 「ほんとう! やりたい! 」
 「じゃあ、コートに行きましょ」

 パシカはレイナに手を取ってもらいコートに入った。

 「今、立っているここが私達のゴールね。敵がここにボールを置いたら負けなの。私達も敵のゴール目ざすのよ」パシカにそう言うと、みんなを二チームに分けた。
 「フリーパスは無しね。じゃあ別れて」レイナの声でみんなはコートの位置に付いた。
 「パシカがボールを持つから、パシカのタグが取られないよう守ってね。私はパシカの前に付いて敵のゴールまで声をかけて導いてあげるから」
 「では、始め! 」レイナは大きく号令してすぐパシカの前に付いた。

 「パシカ、こっちよ。私の声の方に走っても大丈夫よ! 」
 ボールを両手でしっかり持ってパシカは声に向かって走り始めた。どんなことがあってもこのボールは渡さないという顔つきだ。

 「おお、あれはパシカだぞ」チビ達がなにをするか見ていた年寄の一人がびっくりして言ったので、それまで雑談に夢中になっていたダセや他の衆も目をそちらに向けた。
 「大丈夫かや……」ダセは心配だ。
 「ちゃんとチビ達が守っておるわ。パシカだっていつまでも赤ん坊じゃないしな。危ないことはしないだろうよ」
 「おや、なんか相手チームが騒いでおるぞ……」

パシカの周りをがっちり固められて、入る隙がないと、ブツブツ言ってるようだ。
 レイナが「そんなのあんたたちが下手だからよ! もっとすばやく動けるようにならなきゃ選手なんかなれないわよ! 」と、どやしていた。
 そのレイナの言葉に火を付けられたのか、一人の小さな男の子がすっと動いて頑強な壁をすり抜け、パシカの腰にぱっと手を当てた。
 「『タグ!』取ったぞ! 」

 守っていた者が慌てたがもう遅い。
 レイナがしまったーという顔つきでパシカの所にやって来て「ごめん。タグ取られちゃった。パシカ、ボールは前にはパス出来ないから、私が右に付くから、ちょうだいね」
 レイナはパシカからボールを受け取るとすぐ近くの仲間にパスした。レイナ、パシカ、男の子を除いて試合続行。パシカの守りも解かれ、仲間がボールを追っていく。男の子が急いでパシカのタグをパシカのベルトに戻しみんなの方に走り去った。
 「タグが戻ったわ。私達も行きましょ。あっ、ボールを取られたわ! わあ、向かって来たわ。ちょっと、みんなのろのろしてないで奪ってよ! 」
いてもたってもいられなくなって
 「パシカ、ちょっと待っててね。私が奪い反してくるからー」言い終わる前にすでにレイナは走っていた。

 「あっあー、パシカを一人にしてしまってー」ダセが溜息をついた「やっぱりチビだな。自分が夢中になってしまって」
 パシカは立ったままだ。どうなることやらとダセは心配しながら見ていると、突然コートの中に黒いものが走った。クロだ! 。パシカの横にぴたっと付いた。それを見ていた年寄衆は「賢い犬だなー」と口ぐちに感心し合った。

 「あの犬はいつからパシカとこにいたかな」
 「パシカが赤ん坊の時は見なかった気がするな」
 「歩き始めのころかな……」ダセが言った。
 クロがどこで生れた犬かは分からないが、パシカがよちよち歩き始めたころにはいつもクロが一緒だった気がするな。
 「本当にどっから来たか知らんが、ようパシカになついてタネも大助かりだわ」
 
 ダセの言うことはもっともで年寄衆は頷きながら、試合がどうなるか見ていた。
 レイナはダセが思ったようなパシカのことを忘れたわけではない。なんとか、パシカにボールを渡したくって、がんばり、見事、奪って来た。

 「パシカー、はい、ボールね。よかった。クロがちゃんと守ってくれてたのね」
 レイナはそう言うと「じゃあ、また行くわよ、パシカ出発! みんな! 攻撃開始! 」
 パシカの顔がほころんだ。邪魔じゃなかったんだ。忘れられてなんかなかったんだ。
 嬉しくって、転んでもよい、思いっきり走ろう、とレイナの声に向かって行った。
 クロが、わんわん吠えて応援してくれているのも力になった。
 ところが、実は、クロはタグを取ろうと向かってくる相手に吠えたて、威嚇していたのだ。
 これには年寄衆も大笑いし、クロの声に、対策会議をしてたジョセ達選手も一斉に振り向き、ありゃーなんだ、とドッと声を立てて笑い合った。

 「クロがいたら優勝まちがいなしだな」ジョセの言葉にまた笑った。
 パシカはおかげで見事にゴールし「トライ! 」と叫び大喜びだった。
 「ずるい、ずるーい。クロが邪魔しなかったら僕たちだって勝てたのに」
 負けたチームの不平に「犬に負けるようじゃ、たいしたことないよ。負け惜しみを言わないの」
 レイナは自分のリードでパシカが勝ったので意気揚々として、不平なんか蹴散らした。
 クロは咬みつかないと分かっていてもそこはチビ達で、吠えられても平気というわけにはいかなかった。悔しそうにレイナに訴えたのだが逆に叱られてしょんぼり。
 これを見てジョセが「おい、あいつらを鍛えるのにちょうどよい練習になるな」とニヤり「タグ取りにの強化にクロは持ってこいだな」
 コートでは、負けチームのチビ達がクロとじゃれ合っていた。

 その夜のパシカのはしゃぎ様はアマトにも感化し、タネの家の中は元気な声に満ちた。
 悲しむアマトを預かったものの、慰めの言葉だけではどうにもならず、そっと、見守っていた。パシカがしきりとアマトを楽しませようと話しかけていた。浜に行くと言えば、パシカも付いて行った。ジョセにも頼んで声をかけてもらったりした。少しづつ打ち解けて来てはいたけれど、こんな明るいアマトは初めてだった。

 「母さん、アマトって足が速いんだって。それに上手だって、ジョセが大喜びしてたわ」
 「おやおや、そりゃ、残念。見たかったね」鍋の煮物を皿に盛ってやりながら言った。
 「そんなんじゃないよ、僕、下手で、マタイでもようやく選手になれたばかりなんだ。今日は信じられない気分だよ。嘘みたい。自分でもびっくりしてるんだから」
 「バラムはいつも負けてばかりだけど、今度は勝てそうだってジョセが言ってたわ。ねえ、母さん。私も試合の応援に付いて行きたいな」
 「えっー、お前、試合は町であるんだよ。バスが来てくれるけど、長い時間、乗って行かなきゃならないのに大丈夫かい」
 「大丈夫よ、私だってきょう試合して走って勝ったわ。夢中だった。スポーツって楽しいって分かったわ」
 「クロのおかげだってね、ジョセが笑って教えてくれたよ。さあさあ、おしゃべりばかりしてないで食べて」
 「ジョセのおしゃべり! でも、あんなに真剣に走ったのは初めてよ」パシカはそう言いながらタロイモにかぶりついた。お腹がぺこぺこだ。アマトも同じだ。がつがつ食べたい気分になっていた。

そんな二人を眺めながら、タネはホッとした。これがきっかけでアマトもこれからは明るく立ち直っていくに違いない。
 「試合はいつだって? 」
 「あと一カ月後だって」口をもごもごさせながらアマトが答えた。
 「そう……じゃあ、パシカも応援に行こうかね」
 「えっ! 行けるの! 嬉しい──アマト頑張ってね」
 「そのためにも、さあ、たくさん食べて力をつけなきゃね」

 アマトは食べ過ぎたせいか、久し振りに興奮したせいか分からないが、カーテンで仕切っただけの自分の布団に入ってから、なかなか寝付けなかった。何度も頭に浮かぶのは今日のあの出来事だ。自分の手足とは思えなかったあの感覚……力強く地を蹴るつま先、ボールを抱える腕、向かってくる相手の隙を潜り抜ける素早さ……全身にエネルギーがみなぎって燃えてるような……僕の身体、どうなったんだろう。
 なんども寝返っては、そればかりが浮かぶ。ひょっとして、今まで気がつかなかっただけで、本当は力を秘めてたのかもしれないな……そうかもしれない……。



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