「おお、やっとるやっとる」ダセはそう言うとすでに浜の木陰で座り込んでいる年寄衆の中に入って行った。
「おや、村長か、おはようさん」村一番の年寄りで、九十歳になるというのに達者なイノが「ここへ」とダセを手招きしたしたので、イノの隣に腰を下ろした。
「わしの孫が今度チームに入ったんでな。ほれ、あの隅のチビがそうじゃ。すばしっこいぞ」 「どれどれ……」イノの指さす方に目をやると、なるほど新入りらしく、緊張した様子でボールをキョロキョロ追っている姿が可愛らしい。
「もう、そんな年になったんかや。子どもは大きくなるのが早いもんだな」 「ああ、その分わしらは年を取るでな」しわに囲まれたイノの目が笑いながら「それにしても、なんだや、あの腰ひもみたいなひらひらした布切れを取らないとボールが奪えんとはあれでラグビーといえるのか。たるいのう」
「あれはタグというんだ。だからタグラグビーと言われてるんじゃ」 「わしらのころはもっとたくましく体ごとぶつかっていったもんだ。今の若いもんは軟弱いのう」
イノの隣の年寄りがいかにも物足りなさそうに言った。 「まあ、こりゃあ、しょうがないわ。町からのお達しでな。島の大会が行われるようになって、怪我人が続出したことで、ルールが決められたんだから」とダセが説明した。
「大会に出るなら、やり方を守らにゃな。まだチビ達だから、これで良いと思うがな」 「へえー、お前がそんなこと言うとはな。さんざん手こずらしたガキ大将のくせに」
イノに昔の自分を持ち出されて、ダセが苦笑いしたところへ、ワアーと歓声が響いた。 「おおー、あの子がまた点を入れたぞ。たいしたもんだ」 「こりゃあ、今年のチームはけっこう勝ちにいけるかもしれんぞ」 年寄衆が感心している。
ダセも思わず「ほうー」と口に出た。 「やった! やったーアマトすごいぞ!」 仲間のチームが手を鳴らしてアマトを囲んでいる。 ──あの子がなあー 仲間にほめられて照れたように微笑むアマトの姿をみて、ダセは目を細めた。
両親を亡くし、しょんぼりと浜で海を見つめては涙をこぼしていたもんだが、村の子どもたちとようやく打ち解けてきたようだ。 「アマト! 君、すごいね」 ジョセの目が輝いた。 「マタイでも選手だったんだろ! 」 「えっ、そのーそうだけど……でも最近ようやくレギュラーになれたばかりなんだ」 「信じられない! これで! マタイのチームってむちゃ強いんだね」
ジョセの驚いた顔を見てアマトは慌てた。自分でも信じられないのだ。足の遅い自分はタグを取られないように、回ってきたボールを仲間にパスするのが精一杯だった。だから、ジョセがしきりと誘ってくれたのに、すぐ加わらなかったのだ。親が亡くなった悲しみでそんな気持ちになれないのもあったけれど、知らないチームでやれる自信もなかった。
今日はパシカがどうしてもタグラグビーの練習してる浜に行きたいと言うので、連れてきてあげたのだ。目の前で練習を見て、体がむずむずしてきた。少し前まで自分もああだった……忘れていた興奮が戻ってきて、いつかボールを目で追っていた。ジョセから「やってみる」とボールを渡されて、アマトはとっさにボールを受け取っていた。
「アマト、頑張って」 パシカがアマトの手を握って言った。その声に励まされるようにアマトは「うん」と頷きコートに入って行った。
身体の異変に気がついたのはしばらく動きまわってからだ。久し振りのタグラグビーの練習に始めは思うように動けなかった。腰のタグをすぐ取られたり、パスしたボールも届かなかったりして恥ずかしくなった。でも、そのうち不思議なほど身体が機敏に動き始めてるのに気がついた。
ボールを手にしたとたん足がゴール目指して駆けだした時には驚いた。前に立ちはだかる相手をうまくすりぬけ、相手陣地のゴールにボールを置いた時など、まるで自分じゃないみたいだった。信じられない! こんな事って……と、ボールを手にして戸惑ったように突っ立ったまま暫く呆然としてしまった。
「すっごーい! アマト! 強いんだー」ジョセが興奮してる。 「おーい、みんな、これで百人力だぞ! へぼチームと嘲笑ってるやつらに一発くらわすぞ! 」ジョセは拳を突き上げ飛び上がった。 「バラムは小さい村だから、選手はチビまで入れないと七人にならん。大きな村のチームに勝てるはずないだろう。でも今年はアマトのおかげで十二歳が三人もいるんだ。俺はパスが得意だ。ハントはタグ取りの名人で足も速い。俺達三人が組めば怖いものなしだ」 「怖いものなしだ!」ジョセの真似して年下の者達が口ぐちに叫ぶ。この興奮にアマトは不安になってきた。たまたま今日調子が良かっただけかもしれないのだ。
「三人の動きをどうするかだな、作戦を練って特訓していこう」 ジョセはそう言うと近くに落ちている棒切れを拾い「選手以外の子は練習を続けて」と指示してから地面にそれぞれの守備位置を書き始めた。
「アマトとハントは両端にいて走り役だ。タグを取られそうになったら、真ん中で俺がパスを受ける。パスは前には出来ないからボールを持った者がいつも先頭の位置にいるように気をつけないとな。残り四人は相手のチームの主将格をずっとマークする。ボールがそいつに取られたらタグをすぐ取らないとな」
ジョセの棒の動きを追いながら五人が頷く。マタイではアマトはいつも相手のタグを取る役だった。走ってゴールに向かえるなんて夢のようだ。本当に自分に出来るのか不安な気もするがさっきのプレー中のように動ければ、十分戦える。身体がそう言っているようで、アマトは力強い気持ちが自分の中に湧き起こっていた。
七人の選手はジョセを中心に円くなり作戦を練った
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