20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第17回   『国際宇宙局特捜隊』とクラノスの陰謀


              『国際宇宙局特捜隊』


  同じころ、国連の建物の中の一室で興奮に燃えている人物がいた。
 バラムでそんな騒動が起きていることなど全く知らず、別の理由でガイは地図上の一点を見つめていた。

 ──また此処か──ガイが指を置いた所は太平上にある南国の孤島──通称双子島といわれている場所だ。
 ドアをノックする音でガイは顔を上げた。
 「入りたまえ」
 ガイの声でドアが開き、白い研究服を着た男が手に資料袋を持って部屋に入って来た。
 男は正面奥の一際立派な机に向かって進んだ。『国際宇宙局特捜隊隊長』の肩書きが机の上にデンと置かれている。その机に引けを取らず逞しい体をした目付きの鋭い男に向かって行った。

 「ガイ隊長、各国からのデーターがまとまりました」
 「よし」
 ガイは封筒を受け取ると早速、机に広げた。鳶色の目がまるで吸い付くようにデーターを睨んでいる。
 「ほぼ同時刻に、同じような数値が出ています」
 研究服の男が言った。
 「やはり……すごい数値だ! 過去に例はあるのか」
 「観測史上、初めてです」
 ガイは机の端にあるスイッチを押した。すると背面のパネルに世界地図がクローズアップされた。資料を寄せた各国の観測地点が次々とランプで示される。ランプの色が数値によって変化する。太平洋上は赤い。特に、オーストラリア、ハワイの色は濃い赤だ。
 「隊長、もう一枚の資料は宇宙衛星が捉えたものです。これと照合しても同じ結果となっています」
 男はそう言うとパネルの装置にデーターを打ち込んだ。
 「絞り込んでくれ」
 ガイの指示で、男はコンピューターで二つのデーターから得られる地点を探った。
 画面に始めは破線の円が太平洋を大きく囲んでいたが、だんだん円が中心に向かって小さく絞り込まれていく。やがて円が点滅した。結果が出た。
 「……やはり……」ガイは画面を食い入る様に見ていた。それぞれ机で仕事をしていた隊員達も集まって来た。
 「……D地点ですね」副隊長が呟いた。
 「そうだ……」

 地球上に数箇所飛行ルートが引けない空域がある……計器を狂わす磁場があるためだ。その中で最も強力なのがこのD地点だ。
 「国連本部に報告しよう……世界中で観測されたのだ。何かが起きたに違いない」
 これまでに何度か本部に調査の実行を要請したが、飛行ルートがないことから空から調査できない上に、この地域は環礁にしっかり守られ、大型船は停泊出来ず、実現しなかった。
 ──今度こそ徹底調査してやる! 特捜隊の面子にかけても!──
 点滅する円に挑むようにガイの目は燃えていく……。

        
            『クラノスの陰謀』

 マタイの町にひと際南の島にそぐわない二階建の洋館風の建物がある。これが官庁だが島民は密かにクラノス官邸と呼んでいる。
 ネルス、パラク、テュポの三人は憂鬱な面持ちで庁舎に入った。脅迫に失敗しパシカは検査を受けてしまった。クラノスになんて言われることやらとパラク、テュポの二人は親分格のネルスの後ろに隠れるようにして二階の首長室に入った。

 「つまり、失敗した原因というのはその突然現れた少年のせいだと言うのだな。しかもそいつはラファンの息子だったと言うのか」
 「そうです」
 「親達は海岸に打ち上げられて死んでいたというのに、おかしいではないか?」
 「本人も覚えがないと言ってますが、不思議なのは、パシカは確かに洞窟の中に置いてきたし娘も間違って洞窟の奥に入り込んで、眠ってしまったはずだと言ってるんですが、息子のアマトは洞窟の外の河原でパシカを見つけてるんです」
 「……」
 クラノスは腕組みし、ゆったりした椅子の背に深くもたれかかったままネルスの話すのを聞いて、黙ってしまった。怒声を覚悟していた三人にとってそれは不気味な沈黙だ。
 ネルスは言い訳するように続けた。
 「パシカをさらったあと、母親を脅す予定も、その遭難騒ぎで村に入り込むこともできないうちにパシカはアマトに救われて帰ってきて、夜もパシカ親子は集会所に保健局のやつらと泊り込んでしまい手の打ちようがなかったんです」
 ネルスの後ろで小さくなってる二人もそうだとばかりにクラノスに向けてぺこぺこ頭を下げるているのに、そんな三人の様子などクラノスは目に入ってないのか、腕組みしたまま、視線を天井に向け、くるくる回っている羽根の大きいファンを睨みつけている。
 三人ともそれ以上言うことも出来ず、クラノスの言葉を待った。
 白壁に囲まれた広い首長室に、ファンの回る小さな音だけが室内に響いている。

 「ラファンの息子は父親からなにか聞いていた様子はないか……」
 「ハっ……あの、アマトですか──」ネルスはちょっと言い淀んで「なにも聞いてはないです。マタイのことも、父親のしていたことも」
 沈黙を破って出たクラノスの質問が、自分たちの妨害工作の失敗には関係ないようなことだけに戸惑った。
 ラファン博士の逃亡は知るところではない。マタイの工場が関係した公害が世間に知られ大騒ぎにならないように工作活動が密かに任されている我らの仕事だ。それが今回失敗したのだ。責められるものと覚悟して来たのにクラノスの反応がいつもと違う。
 「首長、パシカは検査されてしまったけど、まだ打つ手はあります。母親を脅してはどうですか」
 「脅す? そんなことはもうどうでもよい。国連から調査の申し入れがあっても無視すれば済むことだ」
 クラノスの今の言葉はネルスにとって屈辱だ。失敗を怒鳴り散らされたほうがまだこの仕事に価値がある証拠だ。これではどうでもよかったことに踊らされたようではないか。
 ガタっとクラノスの椅子が鳴った。立ち上がったクラノスが背側にある窓に向った。
 窓のブラインドを開け、郊外に広がるマタイの遠くの山並みに目を移したクラノスが再び沈黙している。クラノスの広くがっちりした背をつかみようのない不安に襲われながら見つめる三人……

 「ドゥルパの洞窟か……」クラノスが呟いた「おい、お前たち、あの山のことを知ってるか」
 「えっ、山ですか? 」
 「そうだ。あそこに見えている山だ」
 「……」
 山のなにを聞きたがってるのかさっぱり見当もつかない。クラノスは黙ったままの三人の方など見向きもしないでまた話始めた。
 「昔、マタイとマライは一つの島だったという言い伝えがある。それが真っ二つに割れて二つの島が生まれた。今見えているあの山はマライのどこに繋がってたか知ってるか」
 「はぁ……」
 「知らんか──だろうな」唇に薄笑いを浮かべて「ドゥルパの洞窟だ。覚えておけ」
 そう言い放つとクラノスは三人に向き直った。三人を見る目に今までにない光が宿ってるようだ。三人は思わず身体に緊張が走った。
 「……ラファンの息子を拉致してこい」
 「はっ──あのガキをですか? 」
 「そうだ。ラファンはなにかを言い残しているに違いない。思い出しては面倒なことになる。連れて来るのだ! 」
  クラノスに仕えている三人にとって命令は絶対だ。ラファンの息子を拉致する理由を聞くこともない。言われたことを実行するべく三人は庁舎を飛び出た。

 「ふうー」テュポは大きく溜息を吐くと隣のパラクに「なんだかよう、クラノス様はだんだんおっかなくなってきやあしないか」と小声でささやいたつもりが、前を歩くネルスには聞こえてしまった。ネルスは兄貴分だがクラノスとは自分達よりも付き合いは古い。
 ネルスが歩みを止め、後ろを振り向き、睨んできた。
 「兄貴、勘違いしないでくれよ。俺はたてつくつもりはないんだ。ただ、どうも最近のクラノス様は分かりにくいんだ。前は、言われることは、すっと理解できて、なにをしたらよいかも分ったが…たとえば、さっきもよう、なんで山を見たり、マライとの古い伝説なんか話し出すのか、俺にはさっぱり意味が分かんねえな。なあ、パラク」
 「俺もよう分からん…」
 「そうだろう。今度の仕事だって、今までの公害のもみ消し工作となんのかかわり合いがあるんだ。あんな息子をそんなに気にかけなきゃならねんだ。兄貴だけには理由を知らされてるのか」
 「俺にもわからん」ネルスはプイっと顔を前に戻してスタスタと足を進めた。
 「理由など知っても知らなくても、言われたことを実行するのが俺たちの仕事だ」
 ネルスに言われてテュポは肩をすくめるとパラクと顔を見合わせた。これ以上は詮索するなってことだな、とうなずき合ってネルスの後について行った。。

 ネルスにとってもパラクの疑問はそのまま自分の疑問でもある。権力を手にする野望に燃えていた当時のクラノスに出会って、自分は引きつけられた。上に立つ者への畏怖の念に打たれ、クラノスの手先になって率先して動いたし、クラノスも貴重な部下として自分に対して信頼を寄せてくれているのが分かった。それが……二、三年ぐらい前からだな、ふと違和感をおぼえるようになったのは……なにが変わったとはっきりしたものではないが、目を合わせていても、自分を見てない気がする。気持がぴったり来ないのだ。
 道に目を落として黙々と進むネルスの横にパラクが並んだ。
 「兄貴、どうやってあのガキを連れ去るんだ。俺らはバラムの村には入れないぜ。パシカって娘っ子は声を聞いてしまってるし、隣の家から飛び出してきたあのガキに顔を見られてるし、それにあの憎たらしい犬はまずいぞ。テュポはなんていっても味まで知られてしまった。簡単には近づけそうもないな」
 「なに言ってやがる。俺だって娘を抱いてなけりゃあんな犬に負けるもんか。ちくしょう、まだ咬まれたとこが痛みやがる。犬め! こんどあったら叩っ殺してやる」
 テュポが悔しさに声を荒げた。
 「威勢がいいのは構わんが、勝手にうごくなよ」
 前を歩いていたネルスはそう言ってテュポにくぎを刺した「俺は車にいたから顔はばれてないだろうが声は娘に覚えられてるしな……」
 「兄貴、こりゃあ難しいぜ。簡単には近寄れないのにどうすればいい?」
 パラクが険しい顔でネルスに言った。
 「なんとか近づく手立てを考えんとな……」
 ネルスは密偵者の顔に戻り、思案するふうに二人を前にして密談を始めた。

 一方、三人が出て行ったあとのクラノスは相変わらず先ほどの山を睨み、どうしてラファンの息子だけが生きていて、それもよりによってドュルパの洞窟に現れたのか……不可解な思いにとらわれていた。
 ──まさかとは思うが……
 クラノスは隣室の部下を呼んだ。
 「おい、車の用意をしろ。工場の視察に行く」
 「はっ、今すぐですか」突然のクラノスの剣幕に押され、部下がしどろもどろに尋ねた。
 「そうだ! 」

 部下の用意した車に乗り込み、工場に着くと車を待たせたまま、一人で地下実験室に向かった。
 ラファン博士の疾走後、実験をそのまま任されている若い助手は、突然、ドアが開き、クラノス首長が現れたので、慌てて出迎えた。
 「どうだ、あれから消えたりしてないか? 」
 「はい、指示通りにしていますが、放電中に少し揺らぐようですが、それ以外はほとんど、変わりありません」
 クラノスの口元がにやりと緩んだ。助手の報告に満足そうに「それで良い」と答えると足早に、実験装置のガラス容器の前に進んだ。
 クラノスが見つめるそこには、ラファン博士が朦朧とした視野で捉えた、わずかな黒いしみ……助手が見た時にはもう消えていた、そのしみが、はっきりと、その場に存在していた。
 
 ──あの時は本当に無かったんだけど、一体これは何なんだろう?
 ラファン博士の疾走後、いったん、家に戻されて、つかの間の休養後、また同じ実験を開始した直後だった。よく見ないと分からないような小さなしみが現れたのだ。
 しみはそれからはもう消えなかった。一日三回の放電を繰り返す中で、ほんのわずかではあるが大きくなっていくようだった。首長が初めてそれを確認した時の様子は助手の目にも異様に映った。
 今、ガラスの中のそのしみに見入るクラノス首長の姿に助手は気味悪さを覚えた。自分のしている実験は何なのか……放電中にわずかにうごめくしみを見ながら、得体の知れない不気味な思いが湧き起こるのだ。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 11701