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作品名:アマトの宇宙(そら) 作者:サヴァイ

第14回   バラムの村へ

 ふたを取ると湯気が一気に立ち上がり、中を覗くと、タロイモや野菜が煮込んであった。竈の近くにしゃもじもあったので、それを取ると、アマトは鍋から煮物を掬おうとした。そのとき、
 「こりゃあー! 」
 突然、ひどいしわがれ声が飛んで来た。
 アマトはギクッとして手を引っ込めた。顔を上げ、声のしたほうを見て立ちすくんだ。──化け物だ──一瞬、そう思った。
 「誰だ,お前達は」そう言うと声の主は二人のほうへやって来て、じろじろ見廻してきた。
 近くに来て、それがみすぼらしい成りをした婆さんだと分ってアマトはホッとして、
 「ごめんなさい! 」と謝ると「僕達……朝から何も食べてなくて、お腹が空いて……呼んだけれど返事が無かったので、悪いとは思ったんだけど……我慢できなかったんです! 」と、お婆さんに必死で弁解した。
 「……お前達は子どもじゃないか──ぼつぼつ陽が落ちる頃だというのに、何で子どもだけでこんなところにいるんじゃ? 」
 「何でって……」──何て言ったらいいんだ──アマトは返事に困った。
 
 「おばあさん……」アマトの背にしがみついてで小さくなっていたパシカがアマトの身体から顔を出した「私、パシカって言います……悪い人に連れ去られてドゥルパの洞窟に置いてかれたの……アマトが……あっ、この子の名前なのだけれど、助けてくれて村まで送ってくれる途中なの……でももうお腹がぺこぺこなんです……お願い、少しでよいから食べさせて!」
 「パシカ? 」婆は目を細めて伺うようにパシカを見た「ひょっとして……タネのとこの娘か? 」
 「えっ、タネって私の母さんです! お婆さん、知ってるの? 」
 「ああ、知ってるとも──もう、こんなに大きくなったのか」
 婆には苦々しい思い出がある。パシカの目が見えないと分った時、祈祷してやると言ったのに、タネは祈禱料が高すぎると言って断ってきたのだ。この罰当たりめ! そんなんだから亭主が木から落ちて死ぬ羽目になったんじゃ! とタネに毒づいてやったが、逆に怒ってわしを追い払いやがった。
 
 「ああ、おまえの母さんだけじゃない。村長のダセやバラムの村の衆の事はようく知ってるわい」まったく……村の者もわしを邪けんにじおって……わしの母の時は大事にされたものを──
 パシカは婆のそっけない口調を聞きながら──ああー、ひょっとしてこの人、村の人が言ってる占い婆かも……ドゥルパの洞窟の近くの山の中に住んでるって──村の人がこの占い婆のことを良くは思ってないのを知っているパシカは、喜んでいいのかどうか戸惑った。でも、村に連れてって、と頼まなくては──
 「まあ、座れ」婆はそう言うと、しゃもじで煮物を掬い、自分が持ってきたバナナの葉に入れると二人の前に置いた「腹がへってるんじゃろ、さあ、喰え」
 二人は地面に座ると婆の出してくれた煮物に手を出した。拳ほどの芋だ
 「熱っ! 」アマトが声を上げた。
 「何じゃー食べ方も知らんのか、バナナの葉をちぎって包んで食べるんじゃ」
 「うん」そうだった。家では食器があるからこんな食べ方しないが、外で困ったときはそうしてたんだ。
 パシカの手を見ると、バナナの葉の上を探している。アマトはその手にバナナの葉に包んだ芋を持たしてやった。それから自分もそうして食べ始めた。熱いので、二人とも、フウフウと吹きながら、夢中で食べた。
 「パンも食べるか? 」占い婆の声に二人とも大きく頷いた。婆は竈脇で焼いていたパンを寄越した。
 ──懐かしいな──ちょっと固いけど香ばしい味だ。アマトにとって。このパンの木から出来たパンは久しぶりだった。小さい時は良く食べたけど、何時ごろからかな、外国から入って来た、小麦粉から出来たパンに変わったのは……マタイの町に住んでいたから、いち早く外国の生活や文化が入って来たので、このパンは本当に懐かしい味だ。
 占い婆も同じように食べながら、時々パシカからいきさつを聞きだしていた。

 「そりゃあ、ドゥルパの洞窟じゃ、きっと……魔物の声か…いるのかの……本当に」 婆は信じられないというように顔を横に振りながら、じろっとアマトを見てきた「それでこの子が洞窟にいたのか? あそこは昔から魔物がいると恐れられ誰も近付かんのに何でそこにいたんじゃ? 」
 婆の不審そうな目付きにアマトは慌てて
 「僕は洞窟になんかいません! 僕は……川原に倒れてたんだ──」
 話しても信じてもらえないだろう……海で遭難したのに山の洞窟近くの川原で倒れていたなんて──
 「僕にも分りません……なぜあそこに自分がいたのか……」アマトはそれから黙ってしまった。
 占い婆はそれ以上は聞いて来なかった。時折、何かぶつぶつと独り言を言っては首を傾げていた。
 占い婆はこの二人の出現と、夜中の占い球の異変、そしてドゥルパの洞窟が絡んでいる事に奇妙な胸騒ぎを覚えていた。──突然現れたこの少年──不思議じゃ……
 「さて……どうしようかの」食べ終えた二人を見て、婆はよいしょと立ち上がった。 「もうじき暗くなる……送るには遅いな……まあ、今夜は泊まって行け、明日の朝、送ってやるから」
 婆は二人を小屋の中に連れて行った。
 「油が無いでな、暗くなったら寝るしかないのじゃ……寝る所を決めておけよ」婆はそう言うと小屋の隅に積んである襤褸布の所に行った「掛けれそうな物がないかな……」と呟きながらさばくっている。
 アマトは小屋の中をぐるっと見廻した。
 薄暗くてはっきりしないが、がらくたばかり、と思ったほど、ごたごたと古くてみすぼらしい物が狭い小屋の中を半分ほど占領している。町に住んでいたアマトの家は、寝部屋が別にちゃんとあった──ひどいなーと尚もキョロキョロ見廻していて、隅の一角に気味の悪い彫り物や色落ちした動物を現しているらしいトーテムやらが目に入った。 ──気持ち悪い! ──じっと睨まれているようだ……

 小屋の中に入った時から、アマトは気分が落ち着かなかった。何だか知らないが、自然と目が部屋の中を見廻している……というより探し回っているような感じなのだ。
 とにかく寝る場所を決めなくては──ともう一度よく見ようとしてパタッと古そうな木机らしき物が目に止まった。その机の上は暗幕のような黒い布に覆われていて、真ん中らしいところがポコッと盛り上がっている……アマトの目はその膨らみから離せないでいる。非常に気になるのだ。
 「あの布の下には何があるのですか?」
 アマトは自分でそう言っておきながら口から出た言葉にびっくりした……口が勝手に動いてしまったようで。
 婆はアマトの指差す方を見て──ほぅ……と、今度はアマトを見てきた。
 ──何という目付きの子じゃ……
 「ああ、あれか……気になるか? 」婆も奇妙に思った。
 あの布の下には婆が粗末にほったらかしてきた先祖からの占い玉が、綺麗に磨かれて台座に収まっているのである。昨夜、心を入れ替えてそうしたのだ。埃が被らないよう布で覆った。子どもの目を引くような物でもないはずじゃが……
 「あれはな、わしの家に先祖代々伝わる占い玉じゃ」
 「見たい!」アマトは叫んでいた。
 「見たいとは……不思議な子じゃのう……占いに興味でもあるのか?」
 アマトはこっくり頷いていた。そんなアマトを婆はしげしげと眺めた。
 その時、パシカが叫んだ。
 「クロよ! 遠くでクロが吠えているわ! 」パシカの顔が喜びで一杯だ「助かったわ、アマト! クロが来てくれたのよ! きっと村の人も一緒よ! 外に行きましょ」
 言いながらパシカはすでに手を差し出し、動き始めた。アマトはハッと目が覚めたように慌ててパシカの手を取った。
 庭に出たパシカが「クローー、 クロ!ー─ 」と大きな声で呼んだ。
 アマトの耳にも遠くで犬の声がしてるのが分った。それはどんどん近付いてくる。もう近い! と思った途端、木の間から一匹の犬が飛び出してきた。名前通り本当に真っ黒だ。クロはパシカの顔をペロペロ舐め、クンクン喜びの声を上げた。パシカはクロを抱き締め「クロ!クロ!ありがとう!」と喜びに泣きじゃくった。
 「おーい、パシカーいるのかー」続いてパシカを呼ぶ人の声がした。
 「パシカー、母さんだよーいるのー」ひときわ大きな声が響き渡った。
 「母さんだ! 母―さーん、ここよー! 占い婆さんの所よー」
 パシカの応える声に、おっ、こっちだ、こっちだ、という声。そして男の人が数人、庭に飛び込んできた。パシカを見ると「いたぞー! 見つかったぞー」と後の者に知らせた。
 「パシカ!」タネが叫びながら庭に現れた。「パシカー、あぁ──よかった! 無事で──」タネはパシカに駆け寄り、思いっきり抱き締めて、涙をポロポロ流した。
 「母さん! 」パシカも母親に抱きつき泣いた「怖かったわ、怖かったわ──」

 「パシカ、良かったね……」
 ──あっ、この声は、ジョセだわ!
 「ジョセ! ここまで探しに来てくれたの! ありがとう!」
 「ごめんな、俺、パシカが叫んでジープで連れ去られたんで、追いかけたんだけど……」「追いかけたの、危ないわ……あの時……」そう言ってハッと思い出したようにクロを抱き寄せた「クロ……ねぇ、ジョセ、クロは大丈夫だったの? 男達に何かやられたんでしょ? クロは追っかけて来なかったわ」
 「そうだよ、クロは前足の片方を思いっきり打たれたんだ……それでもびっこを引きながら車を追っていたんだよ、俺、急いで村の人に知らせたんだけど、車がどこへ行ったのか分らなかった。クロの足の手当てをして、少し歩けるようになってから皆でクロを頼りに探しに来たんだよ」ジョセはクロの頭を撫でてやった「クロは偉いよ」
 「クロ……ありがとう……」パシカはクロの前足に手をやり、布が巻きつけてある所に触れた「クロ、痛かったでしょ……それなのに、よく我慢して来てくれたわね」パシカの目にまた、涙が溢れた。
 「でも、クロはすごいよ! 回復するのが早いんだ。俺達のが付いて行くのに精一杯だったんだよ!」ジョセが感心して言った。
 ──そうよ、クロは強いのよ──パシカは誇りに思った。いつも私を守ってくれる……私の大事なクロ……
 「それにしても、なぜ、占い婆のところにいたんだ? 」村の男がそう言って婆を睨みつけた。
 「何だ、その目は」占い婆は逆に男を睨み返した「わしゃ、知らんぞ。逆にその子達に夕食を分けてやったぐらいだ、全く、こんな時間に子どもだけでやって来てわしの方がびっくりしたわい! 」
 「この子達?……」
 そこで初めて、村の皆は小屋の所に突っ立ったまま、こちらを見ている少年に気が付いた。

 「あっ、そうだ! 」パシカが言った「母さん、みんな、……この子はアマトって言うの。私を助けてくれたのよ。ドゥルパの洞窟から占い婆さんの家まで連れてきてくれたのよ」
 「ドゥルパの洞窟だって! 」村の者が驚きの声を一斉に発して顔を見合わせた。
 「パシカ! おまえそんな所に連れられたのかい? 」タネが悲痛な声で聞いてきた。
 「母さん、とても怖かったわ! 魔物が吠えていたの」パシカは思い出しただけでも震えが来そうでタネにしがみ付いた「私、必死で逃げようとして違う道に入ってしまって……いつの間にか眠ってしまったの……でも、私、どうしてかわからないけど洞窟の外の川原で倒れていて、アマトが見つけてくれてここまで連れて来てくれたのよ」
 パシカの話すことは驚くことばかりで、どこまでが本当の事か分らないもんだ、とは思うものの少年の事は確かなようだ。
 「アマト、何処? 」パシカが顔をキョロキョロさせた「ここに来て……母さんよ、それに村の人よ」
 アマトはパシカに呼ばれておずおずとパシカに近寄った。
 タネはアマトをしげしげと見つめた。まだ少年だ。顔つきも優しい童顔だ。
 「アマトって言うのね……パシカを助けてくれてありがとう」タネはアマトの手を握り締めた。まだ可愛さの残る優しい手だった「大変だったでしょ。よくここまで連れてきてくれたわね、ありがとう……」
 タネの温かくてふっくらした手のひらに包まれたとたん
 ──母さん!──思わずアマトはこころの中で叫んでいた。タネの声音や身体つきが似ていたのだ……
 「アマトは何処の村の子なの? 帰るのが遅くなってしまって家の人が心配してるでしょ」タネはまだアマトの素性は知らない「あす、家まで送ってあげるわね」
 タネがアマトにそう話しかけてるのを聞いたパシカが
 「母さん,アマトはバラムに行きたいのよ。アマトのお父さんとお母さんがいるかもしれないって──」と慌てて話した。
 「バラムに?……この子の両親が?……」タネが首を捻っている。他所からの人って言えば……国連の保健局の人達かしら?
 「僕……マタイから来ました……」アマトはパシカに話した事をまた繰り返し語った 「バラムの村長の所に行けば、父さんの友人に会える事になってました……なのに……」アマトは声が詰まった……
 アマトの話を聞いていた村の男達にざわめきが起きた。マタイだって──ひょとして……もう一人いた男の子?……そんなひそひそ声がアマトの耳に入った。

 「知ってるんですか! 僕の父さんと母さん! いるんですね! 無事にバラムに着いたんだよね!」アマトは男達の方に向かった「教えて! 元気だよね……」
 アマトの真剣な眼差しにぶつかり男達はたじろいだように下を向いた。一人が他の男達に目配せをし、アマトから離れた所に移動しでヒソヒソ話し始めた。チラチラとアマトを見てくる……どうしたんだろう? 変だな?……父さん! 母さん! 早く会いたいのにどうして返事をしてくれないんだ!
 パシカをここまで連れてくる間、自分の辛さを押さえていた……わけのわからない出来事ばかりで叫びだしたいぐらいなのに我慢してきた……パシカはもう大丈夫だ。今度は僕の事を助けて!──
 男たちが戻って来た。みんな顔を足元に落としている……アマトの目を避けているような……
 「ねえ!──知ってるんでしょ! 僕、早く会いたい! 」
 一人の男がアマトの前に出て来た……不安で今にも泣き出しそうなアマトの顔をじっと見つめてきた。
 「ああ……知ってる……君のお父さんとお母さんはバラムにいるよ……」男はそこまで言うと腰を落とし、両手をあまとの肩に置いた。
 「さあ、バラムに行こう……ご両親はそこで君を待ってるよ……」と言ってアマトを見てきた。その目の暗さが気になったけどそれよりも会える喜びの大きさでアマトは興奮した。
 「やっぱり! バラムに着いたんだ! 」アマトはパシカの手を取った「パシカ! 僕、父さんと母さんに会えるんだ! 君がバラムの子で良かった! 」
 「アマト!……良かったわね──」パシカも喜んで握り返した。
 「……さぁ、急いで帰らないと、暗くなってしまう……」
 先程アマトに返事をしてくれた男が皆を促して、先頭に立った。
 パシカは村の男に背負われた。
 占い婆の小屋を後にして一行が帰り始めた時、パシカは占い婆に声を掛けた。
 「お婆さん──ご馳走してくれてありがとう!」
 娘の声に合わせてタネも軽く会釈してお礼を言った。
 一行の姿がやがて木々の間に隠れ去るまで、占い婆はその後ろ姿を見つめていた…… 村の者などどうでもよかった──あの少年……何者じゃ? 
 占い婆のしょぼくれたような瞼の奥で目だけが怪しく光っていた。



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